過去⑥
ヒロ「温泉入って、ご飯食べたから眠いでしょ?」
碧「ちょっと・・・」
ヒロ「いいよ、寝ても」
碧「でも、ヒロも眠いでしょ?」
ヒロ「僕は大丈夫だよ。気にしないで寝ていいよ」
碧「じゃあ寝ちゃったらごめんね」
碧はしばらく起きていたが、やはり温泉と満腹と、車の心地良い振動に負け寝てしまった。碧の寝顔を見ていたヒロは、上着の袖から少し見える白い物が目に入った。
ホテルに着いた。部屋は最上階だ。部屋に案内され中に入る。
碧「凄いね・・・この部屋・・・」
ヒロ「気に入った?」
碧「うん・・・こんなの初めてだよ」
ヒロ「少し早いけど、レストランも予約したから、先に食事をして部屋でゆっくりしよう」
碧「よくこういう所で食事するの?」
ヒロ「そんなわけないでしょ」
碧「そうなの?」
ヒロ「こんな所、男と来たって仕方ないし」
(そうなんだ・・・)
碧はちょっと安心したが、そんな自分に気付き戸惑った。
部屋に戻るとお酒やデザートが用意されていた。
ヒロ「ここ、ルームサービスが目玉なんだ」
碧「お腹イッパイだけど、美味しそうだね」
お酒を飲みながら会話をしていたが、ヒロは碧の手の包帯が気になり、聞くタイミングを探していた。ふと会話が途切れた。
ヒロ「ここに来る途中、碧が寝ていた時に気が付いたんだけどさ・・・手、どうしたの?」
碧「・・・手? ・・・あ・・・」
碧はサッと手を隠した。
碧「・・・コンクールの作品を作ってて・・・少しケガしたんだ・・・」
ヒロ「コンクール? ふーん・・・」
ヒロは碧が何か隠していると思った。
ヒロ「大丈夫なの? ちょっと見せて?」
碧「大丈夫だよ。病院も行ったし・・・」
ヒロ「いいから、見せて」
碧「でもまた包帯巻かなきゃ・・・」
ヒロ「いいから!」
ヒロは思わず大きな声を出した。
ヒロ「ごめん・・・」
驚いた碧に謝った。
ヒロ「手・・・見せて?」
碧は恐る恐る手を出した。ヒロは包帯を外した。
ヒロ「碧・・・これ・・・」
(こんなの不注意でするケガじゃない・・・それに、他にも跡が・・・)
ヒロ「いつ?」
碧「・・・昨日」
ヒロ「どうして・・・」
碧「・・・別に・・・死のうと思ったわけじゃないから」
ヒロ「当たり前だろ!」
碧「・・・・・・」
ヒロ「・・・ごめん」
碧「・・・・・・」
ヒロは碧の手に包帯を巻いた。
ヒロ「昨日・・・何があった?」
碧「・・・・・・」
ヒロ「黙ってたら分からないよ?」
碧「・・・ヒロには関係ないよ」
ヒロは碧を抱きしめた。
ヒロ「何で・・・何で関係ないんだよ」
碧「・・・・・・」
ヒロ「昨日・・・碧を迎えに行った時・・・碧の先輩がいた」
碧の肩がピクッと動いた。
ヒロ「あいつと関係あるのか?」
碧「・・・・・・」
ヒロ「碧が言いたくないならいいよ」
碧「・・・・・・」
ヒロ「でも、関係ないなんてもう言わないで欲しい」
碧「・・・・・・」
ヒロ「いいね?」
碧は黙って頷いた。
碧「・・・昨日・・・急に部屋に来て・・・」
碧は昨日あった事を話した。
碧「先輩に言われた事を考えてたら・・・ヒロに会いたくなって・・・」
ヒロ「・・・分かったよ。でも・・・あいつ、何でそんな事・・・」
碧はヒロの背中にギュッと腕を回した。
ヒロ「碧?」
碧「私・・・一人だから」
ヒロ「・・・・・・」
碧「私・・・お母さんの顔も何も知らないんだ・・・赤ちゃんの頃にいなくなったから・・・」
ヒロ「いなくなった?」
碧「・・・うん・・・どっか行っちゃったから・・・私は捨てられたんだ・・・」
ヒロ「・・・・・・」
碧「お父さんとお婆ちゃんと三人で生活してたけど・・・私が七歳の時に・・・お父さんが自殺したんだ・・・」
ヒロが碧を抱きしめる腕に力が入った。
碧「それからずっとお婆ちゃんと二人だった・・お婆ちゃんは優しかったけど・・・二年前に病気で・・・だから・・・私は一人なんだ・・・」
ヒロは言葉が出なかった。もし、自分が碧だったらどうだったろう。まだ七歳で、両親がいなかったら・・・。自分が両親からしてもらった事、両親に対してしてきた言動を、碧はお婆ちゃんしか家族がいなくて、言いたい事も言えず、やりたい事も、して欲しい事も、碧はずっと我慢して今まで生きてきたんだ・・・。そう思うと、何をどう言ったらいいのか分からなかった。
碧「お母さんも・・・お父さんも私を捨てたんだ。だから、私はもうずっと一人でいいって思って・・・」
ヒロ「碧・・・違うよ、一人でいいなんて・・・一人でなんて生きていけないよ」
碧「生きていけるよ! だって・・・私は一人で生きて来たんだから!」
碧はヒロの腕から離れた。
碧「所詮、人は一人なんだよ」
ヒロ「そんな事ないよ!」
ヒロは思わず大きな声を出した。
碧「何が・・・何が分かるの? ヒロに何が分かるの?」
ヒロ「分からないよ。碧が今までどんな気持ちで過ごしてきたのか。でもね、僕は碧を理解したいと思ってるよ」
碧「無理だよ・・・」
ヒロ「どうして?」
碧「・・・・・・」
ヒロ「碧が分かってもらおうとしないからだよ。それに、碧は僕の事も分かろうとしていない」
碧「ヒロだって・・・いつかいなくなるよ・・・なのに・・・」
ヒロ「違う!」
碧「・・・・・・」
ヒロ「違うよ、ずっと一緒にいる。約束するよ」
ヒロは真剣な眼差しで碧を見つめた。
碧「そんな約束無理だよ・・・出来ないよ・・・」
ヒロ「碧・・・」
碧「だから・・・だから簡単に言葉にするんだよ!」
碧はヒロから離れた。
ヒロ「碧?」
碧「・・・ごめん、少し一人になりたいから」
碧は上着を手に部屋から出て行った。