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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

秘密の場所で

作者: まよまぐろ


 彼が好きだった。

 世界中の誰よりも大好きだった。






 玄関のチャイムが鳴った。

 ドアを開けると自分より少しばかり年上の少年が門の外に立っている。

 彼は自分を見ると優しそうな笑みを浮かべた。



「こんにちは、ウェンディ。今日も可愛いね」


「こんにちは、ロビンさん。いやですわ、そんな可愛いだなんて」



 秋なのに私は一人春の陽気に惚けている気分。

 永遠にこの時を過ごしていたい。

 しかし二人っきりの時間はここまで。

 二階から兄のギルバートが下りてきたのだ。

 兄はぞんざいに私を押し退けると、いつものように彼を家に上がるよう促す。


 乙女を足蹴にするとは、全くもって乱暴な兄だ。

 そんなんだからいつまで経っても彼女が出来ないのだ。


 私は自ら茶菓子を用意しに台所へと向かう。

 彼の前では精一杯"気の利く良い子"を装う。

 お湯を沸かし手際よく紅茶を淹れる。

 兄が毎朝飲んでいた時は少し大人ぶって自分は珈琲派だと馬鹿にしてたが、今では一番好きな飲み物だ。

 きっかけなんて単純。

 彼が好きだと言ったから。

 理由はそれだけで十分だった。


 彼は兄の幼馴染み。

 家も近所で家族ぐるみの付き合いもあるから登下校も一緒で昔は頻繁に遊んでいた。

 兄達が別々の中学に上がると同時に少し距離が出来たが土曜日の午後はいつも三人で過ごす。

 学校は休みだけど父は仕事、母はママ友達とガーデニングの講習会で留守。


 私の目下の悩みは二人が自分を子供扱いすること。

 それが何より気に食わない。

 たかだか4つしか離れていないのに。



「嗚呼、早く大人になりたい」



 庭にある手入れされた薔薇園の迷路は母のお手製だ。

 作る際は自分も手伝わされたが。

 秋薔薇の見頃は今週がピークだろう。

 目指すは迷路の中央にあるテラス。

 二人は先に行ってる。

 三人分のカップと紅茶の入ったポットをトレイに載せ溢さないように慎重に歩く。

 前みたいに転んだりしたら恥をかく。



「うちの両親もこの時間はいないからね」



彼の声が聞こえる。


私のロビンさんと楽しそうに話しやがって兄様め。



「中々気の回る娘だよね。本当に君の妹なの?」


「どういう意味だよ」



 どうやら私のことを話してるようだ。

 思わず足音を忍ばせ聞き耳を立てる。

 薔薇の壁は少し屈めば私の身長なら隠れる。

 今だけは自分の身長の低さに感謝する。

 実のところ兄が彼にあらぬことを吹き込むので、彼にがさつな女と見られているのではないかと心配していたのだ。

 だがそれは杞憂で、彼はちゃんと自分のことを見ていてくれた。

 先程の会話が私にとって努力が実を結んだ証。


 そして二人の会話と身を隠すのに気をとられ、自分の靴紐がほどけているとも気付かず踏んでしまいバランスを崩した。



「~~っとっとっと」



 転びはしなかったが持っていた陶器製のティーカップ達がトレイの上で小躍りし実に良い音を奏でた。

 驚いたように此方を見ている二人。


 視線がかなり気まずい。



「お前いつからいたんだ」


「わ、私は別に何も聴いてませんけど、如何なさったの?」


「……」



 暫く続いた沈黙。

 兄は明後日の方を向いて顔色は窺えない。

 彼に視線を向けると。



「なんでもないよ」



 いつもの優しい笑顔が、彼の白い頬がほんのり薄桃に染まって見えて鼓動が高鳴る。

 胸の内にあるざわめきの正体をまだ知らぬまま。











「ウェンディの髪はギルに似て綺麗だね。実りの麦畑のようだ」


「父親譲りですの」



 頭を撫でる彼の手はとても優しく温かい。

 しかし兄と一緒にされると素直に喜べなくなる自分が嫌だ。

 前はこんなに醜い感情はなかったのに。

 何だろう、この疼くような胸の痛みは。






 すっかり日が落ちるのも早くなった。

 夕日で空が赤く染まったころ。

 私と兄は兄妹で部屋を共有している。

 その部屋に母が入ってきた。



「これ庭にあったんだけど、ウェンディのだったかしら?」



 母の手には見覚えのある丁寧に織られたハンカチ。



「ロビンさんの! 私届ける!」



 兄が口を開くより早く名乗りをあげ、手を伸ばそうとする。

 兄に先越されてなるものか。

 すると、母は怪訝な顔をした。



「来てたの?」


「……うちのじゃじゃ馬娘引き取ってくれるかもしれねぇからな。今の内に餌付けしてんだよ」


「に、兄様っ! ちょっと、何おっしゃってますの!?」


「……そうね、ウェンディは他にお嫁に貰ってくれそうな人いないものね」


「もう、母様まで! って言うかそれどういう意味?!」



 母の手からハンカチを奪うと家を飛び出した。

 恥ずかしさで顔を真っ赤にして。



 結婚までは考えてなかったのに二人してそんなこと!



 火照った顔は冬風で冷ますが気分は高揚したまま。






 顔が赤かったのは走ってきたからで誤魔化せたが、肩で息をするのは少し見苦しかったと後から気付いた。

 しかし本当に困っていた様子だったので相当大事なものなのだろう。



「今度の土曜日は、湖に行こう。綺麗な水仙が咲くんだ。秘密の場所だから三人の内緒だよ?」



 悪戯っぽく笑みを浮かべる。

 普段は見たことがない一面にどぎまぎする。



「ギルの奴にもちゃんと伝えてね」



 兄の名が出た途端、先程の兄と母のやり取りを思い出しフリーズ。

 私の異変に気付いた彼が顔を覗きこんできた。



「どうしたの? また顔赤くなってるよ」


「な、何でも何もないですぅ!」



 不意討ちとも言えるその動作に更に顔が赤くなり、また飛び出してしまった。

 家に辿り着くまでの道中叫びたくなったが近所迷惑を考えて必死に堪えた。





 翌日、朝から母に庭の手入れを手伝うよう頼まれた。

 外に出ると我が目を疑った。

 薔薇園が見事になくなっていたのだ。

 次は庭一面をチューリップ畑にすると張り切っていたが、華奢な乙女に土運びなどの重労働をさせるとは我が母親ながら、鬼だ!


 チューリップは春に咲く為秋の間に植えないといけない。

 とはいえ、まだ枯れていない薔薇もあるのに母の潔さには感心する。

 春には彩り豊かなチューリップの絨毯が見られるだろう。

 まだ枯れていない綺麗な花だけドライフラワー送り。

 東屋のテーブルに積まれた薔薇達を兄は切なそうに眺めていた。



「手伝えゴルァ」


「忙しいから却下」


「何もしてないじゃんか」


「脳がフル稼働してんだ」



 私の抗議もすらりとかわし、兄は家の中へ入っていった。











 兄に言わなければ二人っきりで過ごせるのではないか。

 そんな考えが頭を過ったが、即座に却下した。

 何かの拍子に嘘がばれたら嫌われてしまう。

 そんなリスクの高いことは出来ない。

 最近どうしてしまったのだろう。

 こんな浅はかな事考えるなんて……






 霧深い枯れ林を抜けると目の前には幻想的な風景が広がっていた。

 湖の水蒸気が凍り、太陽の光でキラキラと宝石のように輝いて見える。

 町外れにある湖の為人気が全くないく、まさに貸し切り状態。

 畔に咲いた水仙が時折風にたゆたい水面に波紋を作る。



「そっか、あの薔薇園なくなっちゃったんだ。残念だな……」


「でも春にはチューリップ畑になりますから」



 私頑張りましたよほほほとさりげなく上品にアピールするのは忘れない。


 大きな木の下に腰掛け、器用にお手製のアップルパイを切り分ける。

 彼が美味しそう食べてくれるなら早起きして作ってきたかいがあるというもの。

 秋薔薇も恋しく思うが静かな湖畔での午後も悪くない。



「綺麗な水仙ですね」


「水仙、ナルキッソスはね。ギリシャ神話に出てくる美少年の名前」



 彼の話に耳を傾ける。

 一字一句聞き逃さないためにも。



「湖に映る自分の姿に恋をしてしまい、叶わぬ恋の果てに溺れ死んでしまった……」



 白い手が黄色い花に優しく触れる。

 すると、花弁がふたひら零れ落ちて湖へ。



 嗚呼、湖に映った貴方が深みへ誘うのなら私は迷わず飛び込むのに……!



 そんなロマンチックな妄想、兄がいる手前恥ずかしくて口に出せない。

 出したら最後、末代までおちょくられる。

 兄さえいなければ今頃二人で甘い時間を過ごしていただろうと歯噛みする。



「ちょっとギル。折角の水仙折っちゃ駄目だよ」


 見ると唖然、兄が一輪手に持っていた。


「まぁ兄様ったら信じられません!」


 ロビンに同調するようにウェンディも批難の声をあげる。

 実際兄の行動など毛ほども興味がないわけだが、揚げ足というのはとる為に存在するもの。

 彼の前で口汚く罵るようなことはしないが。



「別にいいだろ。もう見られないかも知れないんだし」


「また来たらいいでしょうに。兄様は本当に頭がすっからかん」


「あ゛?」



 私が割り込むように彼と兄との間に座ると、兄は嫌そうな顔をしたが無視。

 静かに目を閉じて眠るふりで彼に寄り掛かる。

 私の世界は彼の小さく笑う声と腕から伝わる温もりと兄の悪態をつく騒音だけになった。

 最初は寝るふりだけのつもりだったのだが、いつの間にか本当に睡魔が襲ってきた。



「綺麗だな」



 兄の声が聞こえた。

 瞼が持ち上がらないので見えないがさっきの水仙のことだろう。



 兄様は見掛けによらず綺麗なものが好きだから。



「いつまでもこうしていたいね」



 そう呟く彼の声はどこか儚げで。

 まるで叶わない願いのように。


 その後も二人は何か話していたみたいだけど、意識が途切れ途切れになって聞き取れなかった。

 後で聞いてみたいが、きっとまた二人だけの秘密にされるんだ。




 結局、あの時も兄様は答えてくれなかった。


 私が秋薔薇の迷路を潜っている時

 彼は兄様と顔を寄せ合って

 一体どんな話をしていたのかしら?


 いつか私にも聞かせて下さる時が来るかしら?



 心地好い夢現の中、水仙の甘い香りが仄かに鼻を掠めた気がした。




挿絵(By みてみん)


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