マリッジブルーになる暇もない
圭絽が部屋を出ていってすぐ、入れ替わるようにして何人もの女性が雪崩れ込んできた。
手に衣装やら装飾品やらを抱え込んで。
「もう準備しなければ間に合いません!」と、あっという間に着せ変えられ、化粧を施さる。首にも腕にも、じゃらじゃらと重たい飾りつけをされて、思うように動くのが難しい。
さっきまで仮の服として着せられてたものも十分豪華に思えたが、これはその比じゃない。重たいと感じたこの装飾品も、よくよく見れば宝石の類いだ。とは言っても、宝石にはあまり詳しくないのだが。
高校生である雛子は普段の生活上、宝石なんてものに縁はないし、冠婚葬祭も制服で事足りるので付ける必要がなかった。
そのせいで今の格好に違和感を感じる。やっぱりもう少し控え目な格好が良かったとは思うが遅い。雛子がぼーっと考え込んでる間にも準備は進んでいたようで、呆気なく後宮へと連れていかれることになった。
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婚儀だから大勢の人前に出るかもという雛子の心配は外れ、陛下にすら会うことなく宛がわれた自室へと案内された。
――……大きすぎない?
「申し訳ございません。貴女様は周家からのお越しですので、本来ならばもっと広い部屋でなければなりませんのに……。何分、急のことだったので、一番広い空き部屋はここしかございませんでした」
広すぎて驚く雛子の沈黙を、部屋の広さに不満があり言葉も出ないと解釈したらしい後宮侍女が申し訳なさそうに謝る。
「いえ、私が生活するには広すぎるかと思って……」
「そんなことはございません。皇帝陛下のご側室であられるお方、もしかしたら国母になられるお方のお部屋としては狭い程です」
国母はおろか、寵妃になる可能性がゼロである雛子の方が申し訳なくなる。
その理由でこの部屋を用意されたなら、それこそ陛下の寵愛を望む方にここを譲って自分は末端の小部屋に移った方が良いのではとさえ思う。
もっとも、皇帝の側近である圭絽の家から嫁いだ時点で雛子が側室の中でも割と高い地位にいるなんていうのは、まだ自覚してないことである。
どうやらこのあと訪ねてくる人がいるとかで、雛子は豪勢な衣装のまま待機することになった。
周家からついてきた侍女たちは準備があると言って下がってしまい、 この広い部屋に一人残される。何もすることがないので、大人しく座って待っていれば幾分か後に扉を叩く音が聞こえた。
恐る恐る扉を開けると、先程とは違う格好をした圭絽が立っていた。
「なんだ、訪問者って圭絽さんのことだったんですね」
「えぇ。本当は別の者が訪問するはずたったんですが、雛子様はこの国のしきたりや習慣をご存知ないと思いましたので至急、私が代役を」
どことなく焦りの見える表情に、雛子はにわかに不安を覚える。
「この時間は、婚儀を控えて自室で待機する妃の方へ大まかな式の運行を説明するための時間なのです。ですが雛子様には事細かに婚儀の方法や主な礼儀作法も説明致しますので、全て覚えてください」
「……それ、覚えられなかったらどうなります?」
「後ろ楯である周家もたいしたことないなと低く見られ、雛子様自身も馬鹿にされるでしょう。つまりはここで生活しにくくなるということです。更に……」
わかった! わかりました! とまだまだ続きそうな圭絽の台詞を遮る。
覚えなきゃならないことはよく分かった。ここで生活すると決めたからには、ここのルールを何時かは覚える必要がある。
「郷に入っては郷に従え、ってことね……」
「……時間がありません。説明させていただきますね」
雛子の呟いた一言にさして気にも留めず、圭絽は咳払いをひとつしてから、話し始めた。
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(これ無理……!)
聞き始めて数秒で限界を悟った雛子だが、なんとか最後まで説明を受けた。時間にそぐわない情報量で頭がパンクしそうだし、軽く目眩がする。
(あ、最初の方の説明がもうあやふや……)
一通り話し終えた圭絽は急ぐようにして部屋を出ていってしまった。やはり婚儀は行うのだと思うと緊張するが、それ以上に上手くやれるかの心配が大きくなる。
ここまできたらやるしかないと腹を括り、深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
それから、ぱちんと両頬を叩いて気合いを入れる。よし、と小さく意気込めば、先程下がった侍女たちが雛子の前に表れた。
その中央に居る侍女がゆっくりと雛子に告げた。
「雛子様、婚儀のお時間です」
彼女たちが近づいてきて、軽く化粧を直される。
「お綺麗でございますよ」
「……ありがとうございます」
「参りましょう」
多くの侍女が付き従うように後ろに並び、声をかけてくれた彼女が斜め前に立った。先導してくれるらしいことは圭絽から聞いていたので、特に疑問もなく、連れられるまま部屋を出た。




