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魅力的なお仕事

 ……やってしまった。第一印象最悪。膝の上ってまずい、よね?


 「すみません、退きます……」


 自分がとんでもなく失礼なことをしていると自覚して、雛子はおずおずと祇琅の膝からおりた。


 (偉い人の前って、頭下げたりとかしなきゃいけないのかな?)


 棒立ちのままで、どうしたものかと悩んでいると皇帝陛下が手を伸ばしてくる。何だろうと思っていると、その手は雛子のスカートに触れ、ぺらり、と捲り上げた。


 「――っ!?」


 声にならない悲鳴をあげ、勢いよくスカートを捲った手を振り払う。


 「何をする」

 「それはこっちの台詞ですっ! 何してくれてるんですか! 平手打ちされなかっただけでもありがたいと思ってください!」

 「お前がそんな短いものを着ているからどうなってるか気になっただけだ。露出狂じゃあるまいし、普通は下に何か履くだろうが。それと言っておくが、皇帝に平手打ちなんぞ問答無用で牢獄行きだ。しなくて良かったな」


 いやそうかもしれないけれど……! やりたいことやっても許されちゃう立場なんだろうなぁ、なんて口の端をひきつらせながら思う。無駄に言い争うのも疲れるし、仕方ないからスカート捲った件は引き下がっておくことにした。反射的に怒鳴ってしまったけれど、特に咎められなかったことでお互い様、ってことにして。雛子はまだまだ怒りたい気持ちを抑えて、話題を変えた。


 「……陛下って呼べば良いんですか? それとも様付けとかですか?」

 「陛下と呼ぶのが一番無難だろう。他の者はそう呼ぶしな」


 そう言いながら祇琅は自身も立ち上がり、雛子との距離を縮める。

 また何かされるのかと身構えた雛子の顔を覗き込み、形の良い唇を薄く開いて笑った。


 (か、格好いい、かも……!)


 いわゆるイケメンの部類に属するこの陛下は何人もの女の子泣かせてそうね……、と勝手な推測をしつつ、距離を離そうと一歩後ろへ下がった。

 そんな雛子の警戒も虚しく、祇琅はさらに距離を詰める。


 (この女、もしかしたら使えるかもしれない)


 随分な推測をされてるとは知らないまま、祇琅はしばし考えた。自分を皇帝だと認識したその後も別段遠慮したり恐れたりせず、対応を変えなかった雛子の性格に利用価値を見出だして、思い付く。……未だどれ程高貴な身分なのかピンときていないだけかもしれないが。

 仮にそうなら威厳を保つためにも分からせなければいけないが、物怖じしない神経の太さは十分に自分の役に立つ、と判断したのだ。 


 「雛子と言ったな。お前、その様子じゃ此方に頼れる者はおらんだろう」

 「……いませんけど」

 「そこで、だ。俺がお前を保護してやっても良い」

 「ほんとですか…!?」

 「ただし、条件として後宮に入ってもらう」


 (後宮って……、あの後宮? 私に愛人になれっていうこと……!?)


 瞬きを数回。陛下は顔色ひとつ変えずにとんでもないことを言ってのけた。


 「……後宮、ですか?」

 「あぁ、後宮だ。と言っても、俺の相手をしろという訳じゃない。……後宮で俺の部下として働くんだ」

 「侍女みたいな感じってことですか……?」

 「いや。表向きは妃として入り、そこで見聞きした情報を報告してほしい」

 「ん? それなら別に私じゃなくても良いんじゃないですか?」


 質問の多い奴め。普通は二つ返事で了承するところだぞ、と悪態をつかれる。


 「……後宮は男子禁制のため信頼出来る部下を潜り込ませるのが難しい」

 「でも、」

 「宦官は裕福な家の肩を持つため情報の信憑性に欠けるし、手懐けるためとは言え、下手に妃に手を出そうもんなら跡目争いになりかねん」

 「それなら……!」

 「かと言って俺が直接行けば、良い場面しか見せんようにするせいで思う以上の収穫はない」


 矢継ぎ早の説明に相槌を打つ暇もない。終いには、これで納得したか? と逆に尋ねられてしまい、大人しく首を縦にふるしかなかった。


 「どうだ? 良い話だろう? 三食付いて着るものも住む場所も保証されてる。侍女ではないから、普段は妃としてのんびり暮らし、知ったことを報告するだけで良い」


 何とも魅力的なお仕事ではないか。待遇も手厚いし、文句の付けようがない。……でも、おいしい仕事って裏があったりするんじゃないの? 例えばとんでもない制約がある、とか。


 「すっごく辛いことがあったりとかします……?」

 「……そうだな。当分は後宮から出られなくなるのが辛いかもしれん。例外として、俺の許可があれば外出は出来るが」


 外に行っても宛がないから、それについては問題ない。


 「後宮も含めてだが、ここは国の中心だからあらゆる情報が集まる。元居た場所に帰る方法も、見つかるかもしれんな」


 そこまでの利があるならば断る理由もない。更に言うなら「断ったらここで生活していく術がない」だ。


 「……分かりました。よろしくお願いします!」


 がばり、と頭を下げてお願いすれば「よし」という満足そうな陛下の声。


 「そうと決まれば早速準備をしよう。……しかしその格好でうろちょろさせる訳にもいかん。騒ぎになるのは目に見えているしな」


 どうするのだろうと首を傾げた雛子に含み笑いを見せた祇琅は、どうやら策を思い付いたようだ。


 「もう少し待てば良い」







 言われた通り、ぼーっと部屋で待機をしていると、扉を叩く音が聞こえてきた。


 「陛下、圭絽です」

 「入れ」


 自分が居るのに人をいれても平気なのかと思いつつ佇まいを直した。


 「陛下! 午後の公務の時間だというのに何をしてるんですか!」


 長身の、これまた美形の男の人が眉を吊り上げてずかずかと部屋に入ってきた。


 「圭絽、公務の前に頼みがある」

 「今日の公務を全て終わらせてからにしてください! ……って、その女性はどなたです?」


 こんな勢いで皇帝に怒る人がいるんだと呆気にとられていたら、自分に話題が向いて少しだけ雛子の肩が跳ねた。


 「この娘についてお前に頼みたいことがある」

 「……待ってください。何故貴方の部屋に女性がいるんです」

 「まぁ落ち着け。言いたいことは分かる。説明してやるから大人しく待て」


 一応命令ではあるから、長身の彼は不服そうな顔をしつつもぐっと押し黙った。


 「先ずは雛子。こいつは周圭絽(しゅう―けいろ)と言って、俺の側近の政務官だ。乳兄弟(ちきょうだい)として育ったから、信頼の置ける奴だ」

 一歩後ろへ退いて頭を下げ、重ねた両手を頭上近くへと持っていった。これが礼儀作法の一つなのかもしれない。


 「……周圭絽と申します」

 「あ、宮下雛子です!」

 「圭絽、いつも通りで良い」


 普段はああやって俺にも怒鳴ってくるんだ。勿論、人目の無いときだけだがな。と、こちらを見ずに付け足された。


 「……陛下の他にいらっしゃるとは思いもしなかったとは言え、見苦しい場面をお見せして申し訳ありません」


 ――そりゃそうよね。陛下が仕事の合間に自室で女の子と一緒に居るとは思わないもの。


 「俺にはもうイメージが付いて回っているせいで、人前ではそうそう親しげに話せん。そこだけは雛子も気を付けておけよ?」

 「分かりました。陛下も大変なんですね」


 雛子と祇琅の会話についてこれない圭絽が顔をしかめる。


 「それでだな。頼みというのは、圭絽。お前に、ここにいる雛子の後見人となって、俺の後宮に入れてもらいたい」


 「な、何故ですか……!? いったいその方はどなたなんです!?」


 最もな反応の圭絽を前に、雛子と祇琅は顔を見合わせた。不思議な場面に居合わせた者同士、体験してない相手に理解させる自信がほぼ皆無だからである。


 「……分かった。全部話そう。その代わり、聞いたら信じろよ?」


 (陛下、それを人は無茶と言うんですよー……)


 混乱しきっている圭絽を座らせて説明し出した祇琅に、雛子は内心で突っ込みを入れた。

 自分が話に入ると余計にややこしくなりそうなので、ここは陛下に任せておこうと、窓際へと避難して景色を眺めてみる。

 すぐ下には木々が並んでいるが、その一角に誰かが座り込んでいる様に見えた。角度的に見にくいのだが、時間をもて余してる雛子はじっと目を凝らす。

 ――女の子……?

 なんで女の子があんなところに、と疑問に思ったが、座り込んでいた彼女が立ち上がり、偶然にもこちらを見た気がしたので、覗き見したような疚しさを誤魔化すために笑っておいた。……顔の表情まで読み取れるかどうかの距離なので、相手の反応までは分からなかったけれど。



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