答えの見つからない質問を
「茶会ですか……」と不思議そうな顔をした雛子に気付き、祇琅が軽く説明を加えた。
「後宮にいる妃とその家族の触れ合いの場、みたいなものだな」
「なるほど……」
場所が場所だけに家族といえど、なかなか入れないせいもあって不定期ではあるが面会出来る行事を設けているらしい。家族、と聞いたときに少し寂しくなったのは黙っておこう。
「丁度、後宮から茶会申請の書類が来てたしな。良い機会だ。圭絽に堂々と視察もさせられる」
「圭絽さんが後宮にくるんですか?」
「お前の後見だからな。今回から周家も参加するだろう」
あの婚儀以来会ってなかったので、久しぶりに会えるのは嬉しい。励ましてくれたり心配してくれたり、彼には何かとお世話になった。今から会えるのが楽しみで、ふふ、と漏れた雛子の笑い声に祇琅が食いついた。
「圭絽に会えるのは嬉しいか?」
「えぇ、勿論です! とっても良い人でしたしね」
雛子にしてみれば、自分の状況を把握してくれていて、尚且つ頼りになる数少ない人に会えるのは心強くて安心出来る。少々鬱陶しさが増した後宮で生活していれば尚更だ。
一方、祇琅にしてみれば、雛子の反応が何処となく面白くない。
それなりの理由があったとは言え、自分の訪問にはあんなにも不機嫌そうな顔をしていた癖に。
たった少しの時間で圭絽に信頼を寄せていた雛子に、喉の奥で何かが引っかかった様な違和感を持つ。
「そうか」
「……えぇーっと、陛下?」
「何だ」
「私、何か気に触ること言いましたか?」
ずばりと的確に突き刺さった雛子の疑問が、嫌な違和感を見透かされた様で余計に面白くない。
「別に何も」
一言だけ答えて、誤魔化すように茶器へと口を付けた祇琅の仕草が、雛子にはどうもしっくりこない。
「嘘ですね。むすっとして見えますもん」
彼がこの国で一番偉い皇帝だということを忘れた訳ではないが、はぐらかされるのは好きじゃない。自分のことを信用してくれてないみたいで悲しくなる。……まぁ、利害関係が一致しただけと言われればそれまでだけども。
「俺が何も無いと言えば何も無い。余計な詮索をするな」
一段低い怒りを孕んだ声に、少しだけ雛子の肩が揺れる。
そんな言い方しなくても良いではないか。気になっただけなのに。だって、この流れだと圭絽さんの話題で機嫌が悪くなったとしか思えない。
「陛下は、私と圭絽さんが会うことが、……嫌なんですか?」
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……一体なんだと言うのだ。何故こうまでに掻き回されねばならないのか。
雛子の質問に答えないまま、また来るとだけ伝えて部屋を出た。答えなかったのか、答えられなかったのか、それすらも分からない。
自室へと帰る抜け道に、かつかつと祇琅の靴音が響く。
愛情があって後宮に入れたでもないし、これから先寵妃にする予定もない。ただの部下だ。都合良く降って沸いた、ほんの少し、いや、かなりおかしな女だ。皇帝への口の利き方も知らない、常識外れで面倒な女に、何故、こうまでぐちゃぐちゃと思考を蝕ばれなきゃならない。
(圭絽と会うのが嫌かだと? そんな訳あるか)
執着する理由が何一つ見当たらない。それなのに、嫌かと聞かれて直ぐさま答えられなかった。嫌でないと言うにはどこか引っかかるし、嫌だと言うには決定的なその理由が見当たらない。
面白くないと思うのは物珍しさからきているものだ。そうに決まってる。そこに特別な思いなど。
(……あるはずない)
苛立つ気持ちを抑えて歩けば、いつの間にか自室の前に着いていた。この頃にはもう、一人残してきた雛子を考える余裕が出始めている。
一体雛子は、どういうつもりであの質問をしてきたのだろう。
考える程に泥沼へと嵌っていきそうな気さえして、これ以上あれこれ思案するのはやめた。
扉を開けて部屋に入り、後手で閉める。誰も居ないその部屋は雛子の部屋と比べてとても暗かった。当たり前のことなのに、いつも以上に暗く見えたのだ。




