長い一日の終わり
もう十分に回復したところで、雛子はベッドから起き上がり向かい合う形で改めて祇琅にお礼を言った。
「何から何までありがとうございます」
「もう良いのか?」
「はい!」
この国で一番偉い人に介抱されたとか、とんでもない醜態を晒したとか、頭を抱えたくなる問題は一先ず置いておくことにする。
「陛下のお陰で命拾いしました」
「……頼むから次来たら死んでるとかはやめてくれ」
「死にませんよ。縁起でもないこと言わないでください」
どうだか、と言いたげな表情に気まずくなって横を向く。どちらも口を閉ざしたため、微妙な沈黙に陥った。
無言のまま、盗み見る様にして陛下に視線をやれば、どことなく疲れている様だった。雛子自身、思った以上に疲労していたのだから、面倒をかけまくった陛下はそれ以上に疲れてるのだろう。
「とりあえず、陛下、横になります?」
「……一応聞くがどこにだ?」
何と声をかけようか迷ったが、休んでもらおうと提案してみた。それなのに不自然な間をあけられ、挙げ句の果てに顔をしかめられる。納得のいかない対応だ。
「どこって、ここです」
ぽんぽん、とベッドを叩いてみせた。
「俺がそこに寝るとして、雛子はどこで寝るんだ」
「あっちの長椅子で」
「……大きさ的に無理だろう」
「縮こまればいけそうですよ?」
初めから自分は椅子、無理なら床で寝るつもりだったので、祇琅が何故渋るか理解できなかった。結局、椅子も床も却下されて成す術がない。残る選択肢は部屋を変えることぐらい。
部屋の主である自分がベッドで、相手が移動するなんていう考えは全くもって存在しなかった。自分が移動して当たり前とさえ思っている。
だって彼は皇帝陛下なのだ。床で寝させる訳にもいかないし、かといって夜な夜な自室に帰るなんてことはしないだろう。
「じゃあもう一緒に寝るしかないじゃないですか」
ことごとく案を拒否されて不貞腐れ気味に呟いた。
「お前が構わないならそれでも良い」
耳に入ってきた台詞に思わず顔がひきつる。事もなさげに言うから一瞬意味が分からなかった。
(……今何と? 同じベッドで寝るって言ったんですか?)
「嫌なら俺が床だな」
「いやいや、それは流石に……」
頭を鈍器で殴られた様な衝撃だった。二人で一緒に、なんていう選択肢は雛子の中に存在しなかったけれど、陛下の中には当然のように存在してた。そのズレが言い表し難い感覚になって、何だか胸の奥の方で燻っている。
こう言っては変かもしれないが、自分の性別は女で、彼は男なのだ。更に言えばお年頃というやつだ。こうして話している分には平気な雛子だって、一夜を異性と過ごすのは、出来れば遠慮したい。
「別に強制はしていないからどうするかは雛子が決めれば良い。このまま起きてても構わんしな」
「……明日はお仕事お休みですか?」
「いや、あるぞ?」
「だったら意味なく徹夜なんてしちゃダメですよ!」
「ならどうするんだ」
勝手に決められるのも困るけど、決定権を渡されるのも困る。陛下は陛下で、自分だけベッドという選択肢はないらしい。女の人を床で寝かせ男の自分は快適に寝るというのが駄目だと言う。
それをしたら冷酷とかではなく人として問題があると、さも当然のように言われた。確かにそうだけどそうではないというか……。
彼には彼のポリシーが有るようだけど、例外があっても良い筈だ。「皇帝陛下」という立場があるのだから誰もが納得するであろうに。
どれが一番良い方法なのか、そろそろ頭が混乱してきて判断出来なくなってきている。
「他の方の時はどうなさってるんです?」
聞いた後、しまったとすぐに後悔した。自分は部下として後宮入りしているが、他の女性は純粋に「妻」として入っている。つまりはそういうことで、まだ顔も知らない彼女たちは、夫婦として共に過ごしているに違いない。
「やっぱり答えなくて良いです!」
「聞いておいて何なんだ」
「生々しい話題とか勘弁してください……!」
「生々しい? ……あー、お前の考えの方が生々しいと思うがな」
「何がですか!」
「他の妃ともこんな感じだ」
「……は?」
「雛子が考える生々しいこととやらは、一切していない」
二度目の衝撃をこんなにも早く受けるとは思わなかったが、面白そうに喉を鳴らして笑う祇琅にとうとう追い付けなくなった。
「面倒だろ。何せ権力やら世継ぎやら問題が多すぎるからな。初めましての女とそんな危険な真似をするのは得策じゃない」
「……じゃあ何してるんですか?」
「まぁ、何せベッドが広いしな。一緒に寝たとしても十分な距離が空けられるし、寝なくとも話をしたり……。あとは終わらなかった仕事を軽く持ち込んでる」
「なんて色気のない!」
仕事って……、いや私相手なら大丈夫ですけど、それじゃ嫁いできた奥さんたちが居たたまれないでしょ……。
「忘れてるだろうから教えておくが、俺は冷酷で通った皇帝だ。どこかで逆鱗に触れるぐらいなら、何もしない方がマシ。そもそも怖くて頭が働かない、と言ったところだろう」
「陛下が冷酷ってところがいまいちピンときませんけど、それならどうして一晩同じ部屋に居るんですか?」
普段の「皇帝」として振る舞う彼をそんなにも知らないから、冷酷だとか恐ろしいとかを聞かされてもイメージが掴めない。
「後宮にいる妃を把握するためだ」
すっかり雛子のフランクな態度に慣れてしまった祇琅は、皇帝へ質問攻めすることにさして気にも留めず続けた。
「顔も名前も家柄も知らんでは、いざというときに困る。その家に関して気になることがあれば畏まってる妃から聞き出せるしな」
「……政治絡みなんですね」
「後宮と政は切り離せないものだ」
例え妃が知らなくとも、会話の節々に疑念が出たら調べれば良い。
静かにそう告げた祇琅の目がどことなく、婚儀で見た皇帝としての彼に近かった。国を治める統治者の顔とはこういうことなんだろう。
「そういうことだから、生々しいことなどないぞ?」
「分かりましたってば! 何度も繰り返さなくて良いですから!」
そう思っていたら、雛子をからかうように話しかけてくる。よく分からないけど怖い人には思えなくて、何がそこまで噂になるのか逆に気になってきた。この国の状況や陛下の統治を知らないから、と言われればそれまでだが、少なくとも今目の前にいる彼からは恐れられる要素が見受けられない。
皇帝という地位が初めから恐怖心を持たせるということに関しては、今までそんなものに縁なく過ごしてきた雛子がそれを感じ取れる筈もない。
「……とにかく、疲れました」
「俺もだ」
主に雛子のせいで、との言葉は聞こえないふりをした。
「もういいです。寝ましょう」
人間疲れてくると頭が働かなくなるのは事実。雛子もそろそろ限界で、一緒に寝るのを渋るのも面倒になってきた。
寝れるならこの際どうでもいい。
ぼんやりと考えながら今一度横になった。陛下が言った通りベッドが広いから、二人で寝たとしても余裕がある。
向かい合うのは憚れるので、雛子は祇琅に背を向けて目を閉じた。




