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維心の妹の、瑤姫が月の宮の蒼に嫁ぐ事が決まったのは、それからしばらくしてからの事だった。蒼は穏やかで明るい気を放つ人で、義心は良い縁だと思ったが、臣下達はそうではないようだった。龍王の妹が、いくら月の継承者とはいえ、人に嫁ぐなど許されることではないと思われたからだ。

それでも、維心は月の宮との縁組に前向きだった。何より瑤姫が大変に乗り気で居るとのこと。今までどれだけ近隣の宮の王から乞われようとうんと言わなかった瑤姫が、嫁ぐ気になっておるのだからと、維心は譲らなかった。義心は、この婚姻のためにあんなことを調べさせたのかとも思ったが、しかし王が聞いていたのは人の女のこと。どうも解せないなとは思っていた。


そんな中、朱音は、何かのたびに義心に話し掛けて来た。義心は、うっとうしいと思いながらも、生来の優しさから邪見にも出来ず、数分の話し相手ぐらいにはなった。しかし、婚姻の話になると、そこは絶対に首を縦には振らなかった。

その日も、朱音は立ち合いを終えた義心に冷たい茶を持って来た。

「義心様、どうぞ、これを。」

義心は眉を寄せた。

「そんなことはせずとも良い。変な噂が立てば、主の嫁ぎ先も無くなろうぞ。」

義心はそれに手を付けずに踵を返す。朱音は、それに付いて歩きながら言った。

「嫁ぎ先が無くなり申したら、義心様は我を迎えてくださいまするか?」

義心は歩きながらうっとうしそうに言った。

「だから、それは断ったであろうが。諦めよ。」

毎日こんな調子だった。義心が不機嫌に歩いていると、慎怜が駆け込んで来た。

「義心!鳥ぞ!鳥が攻め込んで来る!王の結界を破ったのは炎嘉様。ここへ参る!」

義心は飛び上がるように立ち上がって走った。

「主は王にご報告せよ!行け!」

義心は、走りながら朱音に言った。

「主も奥から外へ参れ!王はそれを命じられるはずぞ!ここは持たぬ!」

朱音は、走って行く義心に叫んだ。

「義心様!我だけなど、嫌でございまする!」

軍神達が一斉に入り乱れて宮を走る。そんな中、王が横を甲冑を身に付けながら駆け抜けて行った。その気に、朱音は身震いした…なんて大きくて、強い気…!

軍神達が外へと走る中、何人かの軍神は宮の者達に叫んだ。

「奥の出口より外へ!ぼやぼやするな!すぐに鳥に攻め込まれる!」

朱音は、そんな軍神達の目を掻い潜り、必死に義心を追った。義心様…!鳥と戦われるなど…!

朱音も、軍神の娘だった。戦う事は分かっている。分かっているからこそ、義心から離れる事など出来なかった。


義心は、刀を抜いて、鳥の軍神達を迎え討った。相手の形相は凄まじく、どれだけの覚悟で来たのか分かる。そして鳥の宮の軍神達は、軒並み気が強く巧みだった。

「我は鳥の宮次席軍神、嘉楠!」

相手は叫んだ。義心も叫び返した。

「我は龍の宮筆頭軍神、義心!」

相手はニヤリと笑った。

「噂に聞く義心殿か。望むところぞ!」

義心は、その嘉楠の太刀の重さに驚いた。この宮では、もはや敵は居らぬ我が、圧される!

義心は、必死に太刀を奮った。

「龍王ぞ!」

鳥の軍神の誰かが叫ぶ。王が出て来られた!

「…参れ!」

維心が叫ぶ。その気の大きさに腰が退けていた鳥の軍神達も、一人が飛び掛かると見る間に次々襲い掛かって行った。維心は、簡単に一太刀ずつで軍神達を斬り、宙から落として行く。しかし、王の力は抑えられていた。

なぜに、このような時に王は手加減をなさる…。

義心は怪訝に思いながらも、自分も手を休めることは出来なかった。相手の軍神はかなりの手練れ。手を抜いて勝てるとは思えなかったのだ。

「…脇が甘いぞ!」

相手の声に、義心はハッとした。維心に気を取られていて、一瞬こちらを見ていなかったのだ。

咄嗟に受けたその太刀の重みに吹き飛ばされて、義心は宮の中へと落ちて滑って行った。

少し奥まで飛ばされた所で体勢を立て直し、外へ戻ろうとした時、背後から悲鳴が聞こえた。

「…朱音!」

義心は、刀を振り上げる軍神の前に飛び込み、その太刀を受けた。

「ぎ、義心様…!」

義心はその軍神を事もなげに斬り捨てると、朱音を振り返って怒鳴った。

「奥から逃れよと申したはず!このような場で女は何の役にも立たぬわ!」

朱音は、涙ぐんだ。

「義心様が危ない目に合われると思うと、とても逃れる気にもなり申さず…。」

義心は朱音を睨んだ。

「これが我の責務ぞ!このような所に居られては、足手まといぞ!早く去れ!」

義心はそう叫ぶと、また外へと走り出た。朱音は歯を食いしばって、奥へと走った。途中瑤姫も奥へ向かっているのを知って、共に宮の外へと逃れて行った。


義心は、外へ戻って驚いた。自分の隊は何とか立ち向かえているが、他の隊は押されている…。王は、いよいよ多くなって来た軍神達を、それでも冷静に捌いて討っていた。

ふと、大きな気が向かって来るのがわかる。維心が、こちらを見て叫んだ。

「退け!炎嘉が来る!主らなど一溜りもない!」

義心は身震いした。炎嘉は、維心と世を二分しているだけあって、大きな気を持っている。維心には敵わぬものの、自分達軍神では相手にならぬことは分かっていた。義心がためらっていると、炎嘉はまっすぐに維心向かって何かを叫びながら斬り掛かって行った。

しかし、それでも王の気は抑えられたまま、相手を殺そうとしている気ではなかった。王は、一体どうなされたのだ。まさかどこかお悪いのか。

義心が案じていると、抑えられた気のままでも、充分に維心は炎嘉と渡り合っていた。そして、炎嘉を吹き飛ばした後、月から声が聞こえ、気が付くと義心は、他の軍神達と共に月の宮で立っていたのだった。

蒼が、寄って来て言った。

「維心様が、ここに龍達を匿ってくれと十六夜に言ったんだ。義心、解放する部屋を教えるから、皆を振り分けてくれないか。ここはただの人の屋敷だから、こんなにたくさん一気に収容するのは無理なんだけど…。」

義心は、事態を悟って頷いた。

「蒼様、では我らの幕屋を整えましょうぞ。さすれば多くの人員を配置出来まする。軍神達は慣れておるので、皆幕屋で良い。一般の者達をそちらの屋敷と神社へ振り分けよう。」

蒼は、ホッとしたように頷いた。

「助かるよ、義心。誘導を頼む。怪我人は、新しい屋敷のほうで治療してるから。」

義心は頷いて、皆を落ち着かせることに没頭し始めた。


世も更けて、やっと落ち着いた頃、義心が月を見上げていると、朱音が申し訳なさそうにこちらを見ているのに気が付いた。女は、治療の手伝いのために皆屋敷のほうへ行っているはず。では、あちらもひと段落したのか。

義心がそう思いながらも、幕屋のほうへ戻ろうとした時、朱音が思い切ったように言った。

「義心様…大変にご迷惑おかけいたしました。」

義心はどうしようか迷ったが、振り返った。

「なんの話ぞ?鳥相手に逃げなかったことか。それとも、今までこうして付き纏っておったことか。」

朱音は、涙を流した。

「両方のことでございます。」朱音は、下を向いた。「我はもう、義心様にご迷惑をお掛けすることはありませぬ。申し訳ございませぬ…。」

朱音は、それだけ言うと、涙を押さえながら去って行った。義心は、言い過ぎたかと思ったが、元々応えることは出来ぬこと。思わせぶりであるのが、どれほどに残酷であるかも知っている。

気になりながらも、義心はそこを後にした。


維心が炎嘉と話し合って和解を模索することになり、一応の落ち着きを見たので、龍の宮の復興に戻って来た義心達軍神は、その荒れた様を戻そうと必死になって働いた。

やっと復興した宮へ、王が戻って来て宮が元通りになるかとホッとしたその日、義心は慎怜が、影からコソッと呼ぶのに気が付いた。義心は眉を寄せながら慎怜に歩み寄った。

「あのな、まだ任務中ぞ。なんぞ?」

慎怜は声を潜めて言った。

「主、知っておるか?洪殿が、朱音殿が大層美しいとの評判を聞き付け、王にと今夜連れて参るつもりぞ。」

義心は驚いた。

「朱音殿を?…しかし、本人はなんと言っておるのだ。」

慎怜は答えた。

「前々から、打診は受けておったようぞ。だが断り続けておったものを、此度は受けたと。」

義心は、あの夜朱音が言っていたことを思い出した。朱音は、そのようなつもりで、あのようなことを言ったのか。しかし、王は…。

「王は、気に入らねば斬り捨てられる。そのようなこと、自殺行為ぞ。」

慎怜は頷いた。

「悪いが、よほどの女でなければ王はお召しにならぬ。今まで全く相手にして来られなかったものを、朱音殿なら受け入れるとは、到底考えられぬのだ。王は、お気に入られたのなら、ご自分で迎えられるであろうて。我はそうだと思うが、主はどう思うか?」

義心も頷いた。

「我もそう思う。朱音殿が悪いのではなく、王にはこれまで相当な数の王族の女との縁談が来ておったにも関わらず、皆反古にされて来た。それが、朱音殿がと言われても、それは無理のように思うの。」

慎怜も、神妙な顔つきで頷いた。義心は、斬り捨てられることはないようにせねばと、洪を探して宮の中を飛んだ。

見つけた時、洪は着飾った朱音と共に、王の居間に向けて歩いている最中だった。義心は、洪を呼び止めた。

「洪殿、お待ちください。」

洪は振り返った。

「おお、義心。後にせよ、我は今から王にお目通りせねばならぬ。」

義心は頷いた。

「そのことであるが、どう考えても、あの王が首を縦に振られるとは思わぬ。」義心は言った。「何も朱音殿が悪いと申しておるのではない。今までのことを考えてみよ。絶世の美女と謳われた皇女のことすら、斬り捨てようとなさった。そんな王が、簡単に良いとはおっしゃらぬだろう。」

朱音が、ベールの中で息を飲む。それを見た洪は、眉を寄せて抗議するように言った。

「そのような、起こっても無い事で脅すのは止めぬか。王は毎回そのようにされるのではないであろう。否と申されたら、すぐに退けば良いのだ。さすれば、斬られることもないだろう。」

義心は首を振った。

「主は知っておるはずぞ。ご機嫌が悪ければ、妃の文字が出ただけで刀を抜かれる。今がご機嫌が良い時だと主は言うか。父の友の娘であるので、我は簡単に死なせる訳には行かぬのよ。」

洪は、義心を睨んだ。義心は、その目を見返した。歳は洪の方が上でも、立場は同等。同じ筆頭重臣と筆頭軍神なのだ。力は、俄然義心のほうが上だった。洪はため息を付いた。

「…主に反対されると、行くことは出来ぬの。」

すると、王の居間の方から、侍女が慌てふためいて走って来るのが見える。王の侍女だと、義心は思った。

「洪様!」侍女は、必死に高ぶる気持ちを押さえるように声を潜めて言った。「王が、王が女をお召しになっておられまする…!」

「ええ?!」

義心と洪は、同時に叫んだ。そして、そこが王の居間の近くであったのを思い出し、慌てて声を押さえる。

「して、お相手は?」

侍女は顔を赤くした。

「その、王が維月とお呼びされておるのは、聞こえておりまするが…お姿は…。」

維月と。

「…月の妃ではないか。」

義心が言った。これはもしかして、今度は月と戦になるのでは…。

洪は言った。

「良い。この際何でも良いのだ。とにかく王のお子さえ産んでいただければの。」と、駆け出した。「公李と兆加を呼ばねば!」

洪が浮き足立っているのが分かる。義心はため息をついた…朱音をどうするのだ。すっかり忘れてしもうておるではないか。

義心は、気まずげに言った。

「これで、この縁談は反古であるの。王はお気に入らねば斬り捨てる恐ろしいかた。最近はなぜかそれが少なくなっておるものの、我らはそれを間近で見て来て知っておる。なので、黙っておる訳には行かなかったのだ。主、斬られとうないだろう。」

朱音は、じっと下を向いて答えない。ベールの中のことなので、義心にも見えず、どんな表情でいるのかは分からなかった。義心は、歩き出した。

「夜も更けた。主ももう、戻るが良い。ではの。」

朱音は、震えていた。そして、義心に言った。

「義心様!」義心は振り返った。「…ありがとうございまする!」

義心は頷くと、また背を向けて歩き出した。

朱音は、ベールの中で泣きながら庭を見た。義心様が、我を助けてくださった…!我の縁談を反古にして、それは王が恐ろしいかただからだけれど、それでも、我はどれほどに…!

「…我は一生でも、待ちまする。」

朱音は呟いて、自分の部屋へと向かって歩いた。

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