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やっと! 第1部完

「ジトウさん朝ですよ。そろそろ起きませんと乗り遅れますよ」


 ゆさゆさと振動が来る。眠りを邪魔するのは誰だ、バラバラに引き裂かれたくなかったらやめるべきそうすべき。って朝?


「朝?」

「そうです朝ですよ。もうすぐ開門ですから準備しないと間に合いませんよ」


 そういってくれたのはミーコさんだ。ありがたいんですが部屋の鍵はどうしたんですかねえ。


「何度呼んでも起きないから合鍵使っちゃいましたよ。顔を洗う時間くらいはありますけど急がないと」

「そうですかありがとう。合鍵すごいですね」

「寝ぼけてないでさあさあ、着替えてくださいね」


 そういうと部屋から出て行った。モーニングコール付きの部屋だったのかというか鬼なる。寝巻きをかばんに詰め込んでシャツとズボン、防具を重ねて着込んで終了だ。リュックを背負って受付に向かいテーブルに置かせてもらう、顔を洗ってトイレに行って準備完了だ。鍵を返却する。


「短い間ですがお世話になりました。ミーコさんもお元気で」

「迷宮に行く前にパーティを組んでくれる人を見つけた方がいいですよ。怪我をしないようがんばって下さいね」


 玄関まで出て来て手を振ってくれた。不覚にもちょっとときめいてしまったが内面の問題がなぁ……ぎりぎりでアウトだ。

 いつもと違って東門へと向かっている人が多く感じるのはやはり船がきているからなんだろうか。流れに乗って東に進む、遠くに見える門が開いていくのが見えた。中と外から一斉に人の出入りが始まったようだ、左側通行なんだな。そのまま外に出ると人だかりがすごい、右手には荷運びの人と台車が列を作っているのでとりあえずまっすぐ進むと船着場に着いた。旅立つ人ばかりと思っていたが普段着なのは見送りや受け取りに来た人かな。加えて駅弁売りなのか箱を提げて食べ物を売っている人までいる。


 乗船するのにチケット売り場みたいなのはないかと探していると声をかけられた。マルタスさんとローウィちゃんだ。


「ジトウ様、こちらです」

「おはようございます。ローウィちゃんもおはよう」

「おはようございます」


 まだ眠そうだな。商人は早起きでも子供は普通なんだ。


「一同でお見送りしたかったのですが荷がありますからな、私と娘だけでもと思いまして」

「お忙しいところ痛み入ります。すごい活気ですね」

「ええ、見事なものでしょう。貿易船も今日到着でしたのでかなりの賑わいですな、メイキュウマエ行きはこちらです」


 左手奥の船に案内される、舷側に階段が立てかけられていてその根元で乗船手続きをしているようだ。3等船室は大部屋で2等からが個室か……1等は銀貨50枚? 高すぎる。


「メイキュウマエまでは大体7日といったところでしょうか、大部屋ですとゆっくり出来ませんから個室の方がいいですな」


 2等だと銀貨6枚か。7泊分としてもギルドだったら2ヶ月は泊まれる計算だがここは仕方ないな。ちなみに3等だと銀貨1枚だ。211と謎文字が並んで刻んである鍵を受け取る。


「出港までいま少しありますがまずはこれを、ローはこれで何か買ってきなさい」


 マルタスさんが懐から便箋を取り出すと手渡された。宛名は読めない字だな。裏にはマルタス商店の屋号が押してある。


「妹が向こうで宿を経営しておりまして名前は『黄金の麦穂亭』といいます。よろしければお訪ねになってください。もっともジトウ様ならすぐにでも家持ちになられるかもしれませんが」

「いやこれはありがたいです。家ですか、目標ではあるんですが大体いくらぐらいなんでしょう」

「地代も合わせると結構なものになるでしょうな、中古でも金貨数十枚はするでしょうし税も毎年かかります」

「当分は無理そうです」

「なに、一人前の冒険者なら一度迷宮に潜れば金貨数枚は稼ぎます。そう遠くはありませんよ」


 一人前と言うと50階まで潜れる人だったか、物価や修理代はどれくらいかかるんだろう。それに準備して潜って戻ってで何日かかるのかも分からない。マップや脱出用の魔法があるんだったら早々と覚えたいが無理っぽいな。


「怪我しないようにがんばります」

「それが何より大事な事ですな。商売でも慎重でなければ生き残れません」


 含蓄深い言葉だった。ローウィちゃんが帰ってきた。ストロー付きの塊を胸に抱えてさらに手に持っているのは紙に包まれたホットドックだ。


「買って来ました」

「ありがとう。ローウィ、良い商売はできたかね?」

「1番新鮮なお店で買いました。こちらがおつりです」

「なんて賢いんだ。将来は大商人になるぞ。ジトウ様もそうは思いませんか」


 ぐりぐりと撫でながら喜んでいる、親馬鹿ですね分かります。


「すごいなー、あこがれちゃうなー。ところでローウィちゃんは言葉遣いがはっきりしていますね」

「と仰いますと?」

「猫族の子供は語尾ににゃーと付いてました」

「ああ、なるほど。幼児言葉は種族によって違いますが猫族はそうでしたな。ローはハーフですしそもそも狐族にはそういった特徴はありません」


 語尾にコンとかつけて欲しかったです。ホットドッグと塊を渡されたがこれは吸えばいいのか? ざらざらして毛が生えているがココナッツジュースみたいなものかな? ココナッツにしては小さい気もするが。


「大人になれば皆同じ言葉になりますから、可愛いものですな。うちは商売もありますので言葉遣いには慎重に教育していますよ」

「そういえば敬語も使えるんだ。すごいね」


 照れている、これは可愛い。あと10年もすればメインヒロインだったのに実に惜しい。


「おー、間に合った間に合った。セーフな」


 一瞬誰かと思ったら鎧を着てない猫男、いわゆる警備隊のリールさんです。俺の手からココナッツもどきをヒョイっと掴んで吸い始めた。


「あー生き返るわ。もう少しサッパリした奴ならもっと良かったな。もっとないか?」


 この男は本当に自然な嫌がらせが得意だな。悪気がない分たちが悪い。空気読んで下さいますか? ローウィちゃん半泣きになってるだろ……。


「リールさんも見送りに着てくれたんですかうれしいなあお帰りはあちらです」

「おお? ずいぶんご挨拶じゃないか」

「ご挨拶はお前だ馬鹿。うちのローがせっかく買ってきたケウイにケチをつけるとは」


 半泣きのローウィちゃんを見つめるリールさん。お前に食わせるケウイはねぇ。中身は緑色のようでこの匂いはキウイだったのか。どろどろのキウイ……ミックスジュースの一部と考えればあると思います。


「すごくおいしかったなーもっとのみたいなー」


 駄目だこいつ、とりあえず謝っとけばいいものを逆方向に気を使ってるな。


「お前ちょっとこい」


 引きずられていくリールさん、どこかで見た光景だがでも今はそんな事はどうでもいいな。幸いというか片手があいたのでローウィちゃんを空いてる縄をつなぐ出っ張りに座らせて落ち着かせる、これは何ていう名前だったかな。撫でていると落ち着いてきたので一緒にホットドッグを食べながら待つ。狐耳も最高です。

 しばらくたつと鐘の音が響く、出港か? と見渡すと門の前の大きな船から階段が外されて出港し始めたようだ。ゆっくりと旋回して舳先が外に向くと帆が全部開き進んでいく、湾の外に出たと思ったら帆が急に膨らんですごい加速で飛び出していった。


 強風ってレベルじゃねーぞ、ウィンドとかストームとかいう魔法か。

 大人2人が戻ってきた。これは教育されたんやろなあ、猫男はすごい勢いで謝っている。階段横の受付の人があわただしくしているところを見るとそろそろこの船も出港するみたいだ。


「まもなく出港します。乗船される方はお急ぎください」


 受付の人が叫ぶと回りにいた人たちが次々と階段を上っていく。別れを惜しんでいる人たちもいるがもう時間がないな、俺も上がろう。


「では行って来ます、皆さんもお元気で」

「欲張りすぎるなよ。休みはしっかりとれ」

「お体には気をつけて、何かありましたらご一報下さい。手紙や荷物は冒険者ギルドでも出せますから」


 忠告感謝だ。しなやすともいうしな。

 ローウィちゃんは腿の辺りに抱きついてきて離してくれない。何この可愛い生き物、ヒロイン昇格待ったなしになりそうだ。また撫でているとポケットの中のものを忘れていたのに気づく。


「ローウィちゃん、街の外は危ないから出る時は大人と一緒にね、おてんばもいいけど怪我すると大変だから気をつけること。これをあげよう」


 布に包まれた櫛を渡すと喜んでくれたようだ。もう一度撫でてから階段へ向かう。真ん中辺りまで上ると


「ありがとうおじさん、また来てね」


 振り返って手を振ると手と尻尾をブンブン振り回しているローウィちゃんがいた。不覚にも尻尾を触るのを忘れていたことに気づいたが紳士としてありのラインだろうか? あとおじさん扱いされてたことにショックを受ける。これは苦笑いだ。


 上りきると階段が外され柵が取り付けられた、隣に移動して手を振る。

 鐘の音が響き離岸し始めた、旋回して港が反対側になったので移動してみるとまだ手を振っていてくれた。しばらくそうしていると帆が開き岸から離れ、ゴウっという音と共に見る間に港が遠くなっていく。しばらく港の方を見つめていたがもう見えないな。本当にいい人たちだった……。





 いつまでも眺めていたいがそろそろ部屋に行こう。第一部完とか背景に出て来そうになったがこれからが本番だ。忙しそうだが水夫に声をかけると案内してくれた。2等船室は甲板から扉を2つほどくぐって階段を下りたところにあるこの廊下に固まっているようだ。1等は上で3等は下の階なんだと。鐘が鳴ると食事の時間なので船尾の食堂に向かうと良いとのこと、鍵が食券代わりらしい。そういや食事つきなんだな、なかったら困るところだった。何日かに一度中継港に寄る時があるが外出の際は乗り遅れないことぐらいでそれ以外は特に注意することはないそうだ。メイキュウマエに着くまで引き篭もってよう。


 水夫にお礼を言って211号室に入る。なるほど、狭いな。壁にベットがくっついていて倒すと寝られるようになるやつだ。あとは机と椅子ぐらいでこれも固定されていてわずかに動く程度だ。窓もあるが丸くて頑丈そうな枠で囲まれている、金具を外すと開いたが海しか見えないので閉めておく。リュックを下ろして防具を脱ぐとようやく落ち着けるな。


 特にすることもないので船を散策することにした。財布をポケットに入れて施錠して出発だ。部屋を出ると向かいにあるのは210号室だ。

 まず船尾の方に向かって歩くと突き当たりにトイレと食堂があった。準備中のようで奥の方は騒がしかったがまた後だな、食堂と言うよりは購買部みたいな感じで座れそうな場所は少ししかないがそんなに客が少ないんだろうか。角を曲がると売店がある、色々売っている様だが何か暇つぶし出来るものでもないかな。本も売ってるのか、いや本と言うよりパンフレットみたいな簡易のものだな。日本語で書いてあるのを見ると『キタメイキュウガイド』だと。観光ガイドみたいだが便利そうだ。立ち読み禁止なのか紐で縛ってある、1冊買っていこう、銅貨20枚なり。

 廊下をどんどん進んでいくと階段だ、案内図が貼ってある。この階は輪になっていることが分かった、右に曲がると最初の廊下に戻るようなのでパンフを置きに戻る。続いて階段を下って3等船室へ、ドアのない小部屋に2段ベットが詰め込まれているのが見える。男女とか盗難とかの問題が起きそうなのはどういう対応をしているんだろう。ぐるりと回ってみたが構造は2等の階と変わらないようだ。


 甲板まで戻ると左舷に陸、右舷には海だ。北に向かっているからこれであってるな。しばらく眺めていたがなんというか何もない。陸は街道らしきものが見えるがたまに馬車が見えるぐらいで目新しいものがない、海側も鯨とかイルカでも見えないかと思ったがそういうサービスはないらしく延々と海なのでおなじくだ。ムキムキのおっさんが帆やロープを操作しているのも見ていたがすぐに飽きた、仕方がないので部屋に戻ることにする。


 早速ガイド本を読もう。ベッドをセットして靴を脱ぎ寝転がって読み始める、なになにまずは街の全体図だな。見た目は王都と大体同じだ。東に港があって北側に城が描いてある、十字路も同じだな……解説が謎文字じゃないですかやだー。

 新しい表紙詐欺の片鱗を味わったぜ、カタカナで書いてあるのは城のさらに北側にある”ボウケンシャギルド”ぐらいか。中身を見てから買えば良かった、そういえばこういうときのための魔本さんだ。翻訳機能すごいですね、リュックから取り出して合体させてみる。にゅるっと合体したかと思ったらビープ音がして吐き出された。

 中身をめくって最後までたどり着くと作業は終わっているらしく違う字が出てきていた、”本機は図書専用です”? なるほど、雑誌目録と図書目録は別物だもんな。一本取られたよ。っておいィ? 何でそこは常識的なんですかねぇ。

 以前はoptimizingなんとかと出ていた部分はメニュー画面なのかいろいろな機能が選べるようだ。日本語で助かったよ、なになに”本機の概要”だと。


 ・独立型全自動図書登録携帯端末、翻訳機能付きで重量・容量無制限

 ・登録者のみ利用可能

 ・追加プラグインで機能拡張可能


 3行だとこんな感じだった。本を飲み込んで解析だが分析だかしてくれて重さは本体分だけで携帯でき、ユーザー登録していない人には開けず追加プラグインとやらで別の機能が増えていく、だと。

 1行目は大体予想していた機能だからいいとして2行目と3行目だな、ユーザ登録なんてした覚えがないが……一番上に思いっきり名前が入ってる件について。初期装備品扱いなのかよ、その割りに効果が分かるまで何日かかったんだひでえ。プラグインは何のことかと思ってスライドさせていくとあった、事典と登録されてる。

 なんか見覚えがあるなと思ったら併記されているのは『世界神制百科事典』だった。あれは本じゃなかったのか、『今代の冒険者たち』は本だったのにな。見た目じゃ分からないとかどうしたらいいんだ。説明を見ると『情報を得ると自動で解禁されていきます』だと? それって辞書じゃなくてTIPSとか用語解説って言うんじゃなかろうか。文字化けばかりで変だなと思っていたがそういう仕様とは予想外、試しにケウイで引いてみるとケウイフルーツ:植物なになにと詳しく出てきたがイチゴだとレベルフィルタリング中と出てきて調べられなかった。現物を見れば解除されて読めるようになるんだろうな。オランジは普通に読めるし。

 サンダーレインで調べてみると中二詠唱が全部載っててこのまま読めば使えそうな悪寒、さすがの俺もこれには苦笑い。再びなかったことにする。


 もうこれ以上変な仕様がなければいいんだがと思いながらあちこちつついているとカンカンと音が聞こえてくる。これが鐘の音か? とりあえず食堂に行ってみよう。

 あまり時間は経ってない気もするが朝はホットドックひとつだから腹は減ってる。食堂の前に着くと列が出来ている、後ろに並んでいるとサンドイッチとカップスープらしい。鍵を見せて1セット受け取ると席はもう一杯だ。仕方がないので部屋まで戻って食べる、机はこのためにあるのかも知らん。野菜スープとサンドイッチだけなので物足りないが味は悪くない、夜に期待だ。コップを返しに行くついでに売店でスルメ見たいな乾物を買って戻る。見た目はイカにしか見えないが……かじると確かにスルメだった。


 夕方まで魔本を確認して過ごす、創生神さんは本当にかゆいところに手が届かない仕様で嫌がらせかと思うことすらあったがこれである程度情報は出揃ったと考えていいだろう。最低限というかチュートリアルレベルでの話だが。

 せめて最初のガイド本は日本語でお願いします。あれさえ読めればとりあえず何とかなってたと思う。


 日も落ちて鐘がなったので部屋から出る。音が聞こえるのは食堂の方じゃなくて甲板の方からだ、皆階段を上っていくので俺も続く。夜は甲板で食べ放題なのか。見た目は商人や冒険者風の人など様々だ、テーブルがたくさん並んでいて小さな光石が光っている、とりあえず飲み物を貰って空いている席を探す。席を確保してひとしきり食べてみたがチャウダーみたいなのが気に入った。ぶつ切りの魚介がゴロゴロ入っていて口の中に旨みが広がる。パンをつけて食べても絶品だ。

 腹がいっぱいになったので部屋に戻ると眠くなってきた。歯を磨いてもう寝よう。


 それから7日間毎日食っちゃ寝しているとようやく到着した。

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