出来ることと出来ないこと
ぼくのかんがえたさいきょうのまほうは万能だと思っていたろ? あれは嘘だ。
レベル制なのかイメージ不足なのかは不明だが出来ないことの方が多いことに気づいた。試そうとするとMPが減る気配と言うか発動する兆しも無い、銃は出来るが砲は無理で爆発は起こせても爆撃レベルの威力、範囲には及ばない。発動できてもMP切れで即効気絶しそうな気もするが。とすると銃と弾は低燃費なのか? アイスアローより小さいアイスを飛ばしているんだから低燃費と言えば低燃費と言えなくも無い、炸薬の部分の魔法パワーはどういう計算なんだろう。
回復魔法や防御魔法はほとんど駄目だ、『今代の冒険者たち』の僧侶のページに載っていた神の盾だの大地の守りだのを真似してみたが謎エネルギーで防御する仕様が理解できないせいかも知らん。かろうじて止血と治療の魔法は使えたがこれも使うとめまいがする上に腹が減る仕様。修正されてください。
カロリー消費で代謝を上げる魔法ですね分かります。リアルならダイエットいらずの人気魔法になりそうだが生活費を稼ぐために戦わないといけない現状では腹が減るのはまずい。
一方で手榴弾魔法は完成した。手榴弾のバリエーションで普通の手榴弾と閃光手榴弾にクレイモア地雷だ。
正確には魔法の爆発で鉄片と鉄粉が弾ける仕様だ。控えめに言って殺傷範囲内なら人間は死ぬ。しかもマジカル☆弾のようになぜか爆発するまで見えない、対人兵器の威力だから海が割れ山が砕けるのに比べたらまだチートじゃないんだろうが恐ろしい魔法が出来てしまったな。
閃光手榴弾は中学校の理科の実験で見たマグネシウムに火をつけたときの反応を思い出したら出来た。本物と比べると劣るかもしれないが派手に光ってしばらく目がくらむ。音は出なかったので純粋な閃光手榴弾だ。音響手榴弾はどういう反応で音が出てるか分からないので無理だった。
幸いなことにレーダー魔法でどこにあるか分かるが投げた段階で着火しているらしく確認したところで実際は手遅れになりそうな予感、これはソロじゃないと危なすぎるな……リアルはいつでもFFONです。
一通り出来ることはわかったし早くメイキュウマエに行こう、どうしてこうなった。
さかのぼる事1日前、いつものように目覚めて洗顔していると防具屋のマルカさんが荷物を持って訪ねてきた。はやい、もう出来たのか。メイン防具きた! これで勝つる!
昨日に比べると目が生き返っていて安心だ、眠そうではあったが。染物屋が一晩でやってくれましたといったところかな、チェインシャツの背中には丸にポーションと矢の絵が入っていてその下には王都マルタスと描いてある。マルタス商店の屋号なんじゃないですかねぇ、やはり叔父の圧力には耐えられなかったんだ……。
マントもつけてもらったのを忘れてた、フードつきでこちらには丸に盾の絵で王都マルカと描いてあるからマルカさんがんばったな。せめて宣伝になれるようにがんばろう。
そして昼に姪の快気祝いをするから来てくれないかと言う事なので了承する。マルカさんが迎えに来てくれるそうだ。
それなりに時間はあったが外出して入れ違いになるとまずいので部屋で魔法の練習をして過ごす。あっという間に昼になった。
マルカさんと話をしながらマルタス商店へと向かう、曰く叔父さんは本気で婿取りを考えているから断るなら早めにしたほうがいいとのこと。婿ェ……まだ名前も知らないキツネ娘のことを思い出すが子供過ぎじゃないですかねぇ。ミーナちゃん12歳でも躊躇するのに8歳はさすがに犯罪だろ……だがちょっと待って欲しい、我が国にも光るミナモト氏という例もあることだし。婚姻に関する法律は文化や風土に密接な関係がある、加えて時代の影響も受ける。ミナモト氏を参考にすれば1夜だけの関係なんて頻繁にあったし高い身分の人なら何人でも嫁を貰っても合法だ。さらに幼女育成までこなしていたのはさすがだよな憧れる。まあどこまでが史実なのかは知らんが事実を基にしたフィクションぐらいにはあてにしよう。
ただ婿入りして家業が付いてくると考えると肩身が狭そうな悪寒。国民的アニメのフグ夫さんはよほど神経が図太いんだな。
マルタス商店に到着。中に入るとフリルの付いたワンピースを着た可愛らしいキツネ娘とマルタスさんが待っていた。
「ようこそいらっしゃいました。挨拶が遅れましたが娘のローウィーです、ご覧のとおりすっかり元気になりました。これもジトウ様のおかげです」
「ローウィーです、ほんとうにありがとうございました」
ぺこりとお辞儀をするローウィちゃん8歳。三角の狐耳がピクピクしてたのは緊張しているせいなんだろうか、学芸会のお姫様役のようだ。台詞も棒読みだし。
「立ち話もなんですからどうぞこちらへ、簡単なものですが料理を準備しております」
「はぁ、ご馳走になります」
案内されると籠に盛られた焼きたてのパン、たっぷりの野菜サラダ、目の錯覚か鳥の丸焼きがテーブルの上に並んでいる。簡単ってレベルじゃねーぞ。
「ローの、ああこの子の愛称です。好物でしてな、地鶏の塩焼きと野菜を好みに合わせてはさんで食べます、ソースも数種用意してありますので。このように」
5枚切りぐらいの厚さのパンにナイフで切り取った鶏肉と野菜をはさみケチャップみたいなソースをかける。なるほどサンドイッチパーティですね。
「マナーも特にありませんから自由にお召し上がりください。おーいワインはまだか」
そんなこんなでパーティが始まった。奥さんとの馴れ初めや子供の自慢、店を継いだときの苦労話などを延々と語ってくれた。喋り上戸なんだな。
意外にも結婚だの婿入りと言った話は出なかった。ありがたいことだ。
しばらくすると店の人たちも参加して結構な騒ぎだ。午後の仕事は大丈夫なんだろうかと思ったが何人か入れ替わりになっているようで問題なさそうだ。
「ところでジトウ様はこれから迷宮に向かわれると聞いております」
「その予定ですが……何か?」
「リールから一通りご事情は聞いております。さぞお辛かったでしょう」
お前は何を言ってるんだAA略というか鬼なる。この場合リールさんが余計なことを吹き込んだと考えるべきなんだろうか。
「いったい何のことです?」
「いえおっしゃらずとも分かります。我が一門のみならずこの近辺の店全てがご協力いたしますぞ。ささもう一杯」
「いや少し酔ってしまったのでこの辺りで。お茶をもらえますか」
「おお、これは失礼しました。ではこちらをどうぞ」
それからマルタスさんが酔いつぶれるまで続いた。奥さんとローウィちゃんにお礼と挨拶をして外へ出る、もう夕方になっていた。リールさんを問いただそうと南門へ向かう。
「隊長でしたら今日は夜番です、もう少しで交代ですからそろそろ来る頃ですよ。よかったら詰め所の中でお待ちください」
とトム君、本当にええ子や。それに引き換えあの猫男は本当に何を吹き込んでくれたんですかねぇ。少し待ってると現れた。
「うーす交代だぜ。ミーナちゃんとハッスルしすぎでねみーのなんの」
「リールさんコンバンワ、ちょっとお伺いしたいのですが」
「おう、なんか用か?」
悪びれた様子が無いな、拍子抜けだ。
「マルタスさんの様子が変なんですが何を吹き込んだんです?」
「なんだそりゃ? 朝に会ったときに話はしたがそんなにおかしなことは話してな、話してないな間違いない」
「今噛んだのはなんですかねぇ。正直に答えるべきそうすべき」
「いやあれよ、ジトウさんはいいとこのお坊ちゃんだけど複雑な事情があって旅に出たんだ的なことを話しただけだよ本当だよ」
みやぶるとかゆさぶるのしがいがありそうなコメントをありがとう。まず口調が変わっているところから突っ込めばいいのか。
「それにしてはずいぶんと感激した様子でして冒険者通りの人たち皆が協力してくれるとかなんとか言ってるんですが」
「ジトウさんは異種族でも分け隔てなく扱ってくれる人だよとも話しました。あと娼館の子供にも優しくしてたとか話しました」
「それから?」
「それだけです」
「本当に? それでマルタスさんは何か言ってましたか?」
「初代様が現れた時のようだと感動していました」
「そうですかありがとう。普通に話して結構ですよ」
恩人から勇者にレベルアップしている件について。いや別に平和な国だから勇者ポジションはいらんな。
「思うにあの酒のせいかもしれんな」
「1本銀貨2枚の酒ですか?」
「ああ、というか輸入品だな。外国と付き合いがあると聞こえてくるらしい。どこそこでは貴族は市民を奴隷扱いして獣人は完全に奴隷だとかなんとか。よその国を悪く言いたくは無いがこの国出身としては反吐が出るな」
「それだけであんなによくしてくれるものでしょうか? 商人ってもう少し現実的なものでは」
「初代様に助けられたのがいまだに効いてるんだろ。馬鹿貴族に因縁つけられたこともあったしな。まあ何とかなったが」
それも気になるが最初の大歓迎状態を考えるとそういう人柄なのかもしれない。そういうことにしておこう。
「いったい俺に何をしろって言うんだ……」
「まあそんなに気にするなって。あれだ、初代様みたいに迷宮壊しましたとかどうだ?」
「どうやって壊せばいいんですかねぇ。そもそも迷宮に行った事が無いのに」
「古代魔法にそういうの無いのか? それが駄目なら魔物の素材でも送ってやれば喜ぶだろ」
「それならまあ何とか」
「とりあえず迷宮に入ってみろよ。もうこの街で出来ることも無いだろうしな」
確かに装備は整ったし魔法も使えるようになったな、俺の冒険はこれからだにならないことを祈ろう。
「メイキュウマエまでは船が楽だぞ。定期便が出てるから明後日だな、毎月10の日だ」
「なんかもう迷宮行くのが前提になってませんか? 婿養子で安全な生活はどうなったんでしょう」
「あきらめろ。完全に旅立ちを応援する姿勢だな」
Oh……危ないことはしたくないけど一攫千金もあるならいやでも安全なほうが……どうしてこうなった。
「なに、最初はギルドで講習を受けておけ。それならそうそう死ぬようなことは無いさ」
「たまに死にそうになるってことですよねわかります」
「そう言うなよ、それなら警備隊だって危ないんだぜ。やばい魔物が出たら死人は出るさ、滅多に無いけどな」
「それはそうかもしれませんが」
「それに一発当てれば家でも買って嫁さん貰えば万々歳だろ? 夢を持てよ夢を」
そういうのもあるのか! 少し希望が持てたな。
と言うわけで旅立つことになったのでたマルタス商店に戻って旅立ちを告げると大歓迎状態になった。まただよ。準備があるからとギルドに戻ってミーコさんにも伝えたところがんばってくださいとサッパリとした対応をされた。こういうのが普通だよな。荷物の確認をして就寝。
あっという間に朝が来た。慣らしておこうと装備を着てみる、問題ないようだ。ベルトに輪が付いていたので杖を通すと侍っぽくなった。
あと1日しか居られないが他に行くところもないので魔法を試しておこうと東門から外へ出る、門を抜けるとすぐに港が広がっていた。帆船が何隻も並んでいるがガレアス船とかキャラベル船という奴だろうか。帆の数と大きさぐらいでしか区別できないな。
目当てはヒガシヤマダさんが壊した迷宮跡だ。壊れてるなら多少危ない魔法を使っても大丈夫だろうと思い進んでいく。
海岸沿いに進んで10分ぐらいだろうか、ずっと砂浜と岩場だったのが瓦礫交じりになってきた。道も陸側に曲がっている。少し進むとクレーターのようにすり鉢状にへこんでいるところに着いた。
ヒガシヤマダさんが一番下の階を壊したからへこんだのだろうか。人気もないしここなら大丈夫そうだな。早速室内で試せない魔法を考えよう。
そして冒頭に戻る。
ノリで旅立つことになってしまったが本当によかったんだろうか。どの道王都では仕事はなさそうだしウサギだけ狩ってるわけにもいかないから行くしかないんだろうな……婿養子とはいったいなんだったのか。
1週間も居なかったけどいざ旅立つとなると寂しいものがある。ゆっくりと歩いて帰って港に着いたら大きな帆船が接岸していた。これが定期便なんだろうか? それより気になるのは帆に描かれているものだ、なんといったらいいんだろう……海賊船ならドクロマークがある位置に東山と印鑑で押したような絵が描いてある。表からでも裏からでも東山ですねってやかましいわ。
ヒガシヤマダさんの国なら東山は分かるけどダはどうなったんだよ。あれでダまで含めた読みなんだろうか? 聞いたこと無いな。河野と書いてコウノさんとカワノさんとヨミが違う人がいるがそれともちょっと違うしダとはいったい……うごご。
ギルドまで戻ってミーコさんに聞いてみると古代語では東山はヒガシヤマと読むがヒガシヤマダさんの決め台詞『俺がヒガシヤマダ』からこの国ではダを加えて使っているとか何とか。東山さんは某ロボット物が好きだったんやろなあ。ならあの帆は国旗の柄なんだろうな……ある意味で悲劇やな。
昼飯を屋台で買ったホットドックみたいなので済まして街をぶらつく。まだ行った事が無いのはお城だが入れそうな雰囲気じゃないので西側へ。北側は歓楽街だったので南側に行ってみる。住宅街のようでこれといって面白そうなところは無い。そのまま南下すると防壁についてしまったので南門へ、警備中のリールさんと話をしようと思ったが忙しそうなので挨拶だけしておこう、夜に蠍狩りの慰労会第二部をするというので行くことになった。まだ日も高いしそれまで暇だな、大通りに戻って歩いていくとそうだ、ジュース屋に行くのを忘れてた。ちょっと寄ってみるか。
十字路の脇にあるジュース屋に着く。おっさんは暇そうにしているが立地がいいから大丈夫なんだろうな。東山さん御用達とか書いてるのかもしれん。
「こんにちは」
「いらっしゃい。ああ、この前の兄ちゃんじゃないか。ずいぶんと立派になったな」
たびびとのふくからチェインシャツと皮鎧になったおかげか驚かれた。思えば何日か前までは無職だったんだよな、定職になるかどうか分からないけど一応冒険者ですって名乗れるだけありがたい。
「冒険者に見えるようになりましたか?」
「見違えたよ。見た目だけなら一人前に見えるぜ」
「たしかに中身は駆け出しですよ。明日立つことになったのでご挨拶にきました」
「まあこの街じゃ稼げないだろうからな。その方がいいだろうよ、まあ一杯飲んでいけ。おごりだ」
そういうとオランジを剥き始めるおじさん。
「それなら氷をご馳走しますよ。魔法使いになったんです」
「ほう、そういえばそれは杖か。ずいぶん頑丈そうだな」
「折れないほうがいいでしょ?」
「違いない。だが木ってやつは丁寧に扱ってやれば何年でも持つからな、そこのところは修行だが」
たしかにこの絞り機は木製なのに100年以上使っているんだっけ? 使い方次第か。
「氷が切れかけたところだったからちょうどいい。この箱一杯に詰めてくれ、大きさはこのぐらいで頼む」
箱の中にはさらに小さな石製の箱が入っていてその中には4分の1ほど氷が残っていた、網が引いてあって底には少し水が溜まっている。
「ひとつ取り出してもいいですか?」
「かまわんよ」
3センチ四方ぐらいかな。冷凍庫で作る氷より少し大きいぐらいだ。一つ作ってみる。
「こんなものでしょうか」
「ああそのぐらいだ」
後はおなじ要領でガラガラと音がするぐらい作った。アイス弾になれたせいかこれぐらいなら疲れず作れるみたいだな。ジュースが来たのでこれにもたっぷりと入れる
「ようし、新鮮な奴で飲めるな。兄ちゃんの前途を祈って乾杯」
「乾杯」
木の器を合わせてガチンという音とカランという音が響く。一口含むと前回と違って酸味も感じる、これもうまいな。
「地物のオランジと混ぜて作ってみた。どうだい?」
「こっちも好きです。酸味が増えてサッパリと飲めますね」
「真夏ならこっちの方が売れそうだ。時期が悪かったな」
「何、ちょっと動いた後ならちょうどいいんじゃないですか。それこそ強い酒に合わせてもいい」
「それもそうだな。しかし兄ちゃんも運が無い。秋の2月に入ればナシが取れたのにな、ヒガシスペシャルの飲み損ねだ」
ナシジュースとか新しいな。秋?
「すいません秋で2月ですか?」
「おう、秋の2月だな。この商売は秋の3月までが山場でよ、冬の1月に入れば材料は高くなる上売る方も寒いからジュースはサッパリになっちまう、夜の部で稼がないとな」
季節があるということは自転や公転は地球と同じなのか。しかも2月が秋とか南半球だな、いや秋の2番目の月か? カレンダーのことを聞くのをすっかり忘れていたな。
「冬の3月が終わったら春の1月ですよね? どんなジュースがおいしいんですか」
「春はそうだな、地物のイチゴを丸ごと絞った奴がお勧めだ。はずれを引くと酸っぱいが当たりはすごく甘い」
春1-3夏1-3となる暦なんだな。日本の春分とか大暑みたいに名前じゃなくて数字で別れているのか。
「それもおいしそうですね。でもはずれだったらもう一杯貰わないと」
「当たりだったら一杯で満足なのにな。子供だったらおまけしてやってる」
「大人は怒りませんか?」
「酸っぱくても飲み干すのが人生ってもんだ。飲みきれないのは野暮ってもんよ」
「ジュースじゃなければ含蓄深いお言葉です」
「うまいこといったろ。うちのジュースはいつも旨いんだ」
笑い声を上げる俺たち。飲み干してから気づいたがそういや名前も知らなかったな。
「俺はジトウ、冒険者です」
「ラリーだ。3代目ラリーをやってる」
上を指差しているが何のことだろう?
「外の看板だよ」
カウンターから出てくるラリーさん。付いて外に出る。
「冒険者なら読めるだろう?」
「『立ち飲みラリー』ですか。分かりやすいですね」
日本語と謎文字で書いてあるから読めた。端には東山印が押してある。
「初代様の印をつけている店も少なくなっちまったがうちは当分安泰だ。跡継ぎもいるしな」
「あの印があると何かいいことでも?」
「この街じゃ何よりの名誉だ。あとうちはちょっと特殊でな、ここから内壁までの間では唯一酒が出せる店だし朝まで開けててもお咎めなしだ」
「時間的に独占出来るわけですか。それはまたどういうことで?」
「ヒントは初代様さ、ジトウが一人前になったら教えてやるよ。だからまた来い」
はぐらかされました。東山さんが夜中に抜け出して飲みに来る用とかそういうのじゃないんですかねぇ。
「それなら楽しみにしておきましょう。ヒガシスペシャルもね」
「さて、何時になるかな。俺が引退しないうちだといいんだが」
「イチゴの季節には戻ってきてるかもしれませんよ。一人前で」
「大怪我して戻ってこなけりゃいいんだがな。体には気をつけろよ。」
心配されてるのかからかわれてるのか分からないがいい人だと言うことは分かった。
「おっといけねえ、そろそろガキどもが出てくる時間だ」
「お子さんのお帰りですか?」
「それもあるが学園の連中が出てくる時間なのさ、書き入れ時だな」
アゴをしゃくって内壁の方を示すラリーさん。そうか、学園ってあの中にあったんだな。
「腹を減らしたお客様だからありがたいことよ、仕込があるんで悪いがもう戻るわ」
「いえいえ、楽しかったです。次に逢う時は一人前ですから楽しみにして下さい」
「期待してるぜ。ついでにメイキュウマエでもうちの店を宣伝しといてくれ」
「初代様縁の店だと言っておきますよ。ではこれで」
「おう、達者でな」
手を振って別れた。しばらく内壁の方を見ていると門が開いて人がいっぱい出てきた。大半が普通の子供のようだが鎧やローブを着ているのも混じっている。なるほど、冒険者見習いですねわかります。比較的年が上の子供が多いな。もうパーティを組んでいるのか固まって歩いているからわかりやすい、ウサギなら楽勝そうだ。
それにあわせてか露天や店の客引きも増えてきた。あちこち盛り上がっているが騒がしすぎませんかねぇ……細工物を売っている露天を覗く。
カメオっていうんだったかな? 人物だの風景だのを貝に彫る奴。貝以外にも木や石のものもあるようだ。座っているおばさんに尋ねる。
「女の子が喜びそうなのはありますか? 銀貨1枚ぐらいで」
「娘さんへプレゼントかい? 色々あるけど何歳くらいだろうね」
娘じゃないんだけどまあいいか。
「8歳と12歳です」
「それなら櫛がいいよ、洒落てるだろ?」
薦められたのは持ち手に動物が彫られている櫛だった。真っ白だがところどころ光っているのは何貝なんだろう。何種類かあるが猫と狐が彫ってあるのがあったのでこれにする。
「これとこれをお願いします。もう少し年が上ならどういうのがいいでしょう」
「髪飾りかねぇ、口説くなら指輪か首飾りだよ。ブローチなんかもいいね」
笑いながら布に包んでくれた。なるほど、やはりアクセサリーはどの世界でも有効なんだな。ミーコさんがもう少し普通だったら買っていたかもしれない。
2つで銀貨1枚だったので兵士の月給5分の1か、串焼き50本分ともいえるが削って彫ってをする手間を考えるとこれくらいになるのか。
それから通りをあちこち回ってみたが特にめぼしいものはなく、日も落ちてきたので南門へ。前回来れなかった警備隊といっしょに酒場へ乗り込んで飲み始めた。数時間後お開きになったが俺とリールさんは娼館へ。
部下たちは連れてこないのは何でかと聞くと
「酒は奢るさ、隊長だからな。だが女は自分の稼いだ金じゃないといかん、どうせなら嫁さんでも紹介してやりたいが当てがない」
よくわからない理屈だった、娼館に着く。相変わらず派手な通りだな。
今日はリールさんも部屋に一直線と言うことはなくテーブルで一緒に飲むことになった。ミーナさんだったかな、横に座らせてイチャイチャしている。こっちはミミーちゃんを膝に乗せているので大きな声では言えないが情操教育とはいったいなんだったのか。ひとしきり飲んでいると完全に出来上がったリールさんはミーナさんにのしかかっているおい、やめろ馬鹿。このテーブルは早くも終了ですね。
手馴れた様子で立ち上がらせてくっつきながら階段を上がって行く様はまさしく娼婦の力と言ったとこかな、プロだ。
あんな調子で朝起きれるんだろうか。そういえば俺も早起きしないと朝出航だもんな。だが目覚ましがないと起きられるか不安だ……やはり鶏を飼うしかないのか。
そんなことを考えているとミミーちゃんがこちらを見ている。つまみがなくなったか、追加で食べ応えがあるものを頼んでいる間撫でて過ごす。にゃーにゃーと喜んでくれているのかこれは癒されるわ。席が広くなったので隣に座らせ料理をあげるとよく食べた。ひとしきり食べ終わると眠いのかごろごろしだしたので寝てしまわないうちに渡しておこう。
鎧のポケットから櫛の袋を取り出して渡す。
「綺麗な櫛にゃ。ミミー嬉しいにゃ」
「ミミーちゃんのおかげで楽しかったよ。俺は明日の船で北に行くんだ。当分会えないけどミミーちゃんも元気でね」
「いかないでおなかにはあかちゃんがいるのあなたのこよ」
これは教育されたんやろなあ、ちょっとお話を聞かせてもらえませんか。
「ミミーちゃん今のは誰から習ったのかな?」
「ママが教えてくれたにゃ。こう言うとパパになってくれるって」
ママの方を見ると酒瓶を磨きながらウィンクしてきた。少しも悪びれてないのは気のせいなんですかねぇ……考えてみればそういう業界だな。一概に悪いとは……悪いよ。危うく流されそうになったが何時の間にか子持ちにされてしまうとかヤバイ。
櫛でミミーちゃんの髪をすきながら戻った時は会いにくるからと説得していると寝てしまった。まだまだ子供なんだよな、事情はあるんだろうが早く出て行けるといいが。ママに預けて出ようとすると部屋を用意してありますだと、確信犯だな。丁重にお断りして店を出る。
銭湯に寄ってサッパリしてから帰宅する。シェリーさんにも挨拶して明日発つと告げたところ向こうのギルド宛に紹介状を書いてくれるそうだ。これですぐ講習が受けられるらしい、ありがたく頂戴しよう。お返しに何か渡せる物がないか探してみたがさすがに現金はまずいだろうな。部屋にも気の効いたものはないし……閃いた。立ち飲みラリーまで引きかえして甘いオレンジとオレンジのリキュールを買って戻る。
隣の窓口で調理開始、3分の2の高さで上部分を切り取り中の白い皮を取り出してから実の部分だけ戻しリキュールを少し加えアイスドリルでかき混ぜるとシャーベットになる、さらに空気を多く含ませて滑らかにしてみた。クリームか卵があればアイスにできそうだがこんなものだな。スプーンがなかったのであせったが固く作った氷でスプーンを作り持ち手に布を巻いて何とかそれらしくなったのを刺して完成だ。シェリーさんも書き終えたところのようでちょうど良かったな。
「お礼代わりといってはなんですが南の方のお菓子です、好みでお酒を加えてください。何時間かは持ちます」
と瓶と蓋を少しずらしたオレンジを渡した。
「あらありがとう、ずいぶん大きいのね」
「輸入した奴だそうですごく甘かったですよ。『立ち飲みラリー』お勧めのオレンジです」
紹介状を貰い部屋に戻ろうと階段を登っていくと
「これおいしいわ、凍るとこうなるの?」
「ええ、いろんな果物で出来ますから試してみてください」
お気に召したようで何よりだ。部屋に戻って荷物をまとめよう、と思ったらまとめるほどの荷物はなかったな。リュックに詰め込んでおしまいだ。
着替えてベットに入る。長いようで短い王都生活は終了と言うことになるんだな。俺の冒険はこれからだ! ジトウ先生の次回作にご期待くださいって感じか。
なんてことを考えながら眠りに着いたのだった。