またシステム()か
何時間か眠っていたがまた扉をたたく音で目が覚める。前回よりましなのはノックの音が控えめなところと睡眠時間が足りているところだ。
「ジトウさん起きてますか? 警備隊のトムです」
「ちょっと待ってください」
目覚ましのない時代はどうやって起きてたんだろうな。鶏で目覚めるとかありそうだが街中はどうするんだろう。
着替えて鍵とドアを開けると若いネコミミ男がいた。
「おはようございます。開門時間なので伝令に参りました」
「おはよう、リールさんは?」
「隊長なら内壁へ報告に向かいました、すぐ戻られます」
内壁と言うとお城の周りの防壁か。
「大変だね。トム君はあれからも警備だったの?」
「ハッ、歩哨をしておりました」
トム君は実に兵隊らしいと言うかなるほど、新兵なんだな。堅苦しいが好感が持てる。
「顔を洗ってくるから玄関で待っててくれるかな。すぐに行くよ」
「ハッ、お待ちしております」
これで女の子だったらもっと良かったのにな。ネコミミ女兵士、あると思います。
そんなことを考えながらトイレと流しへ。準備完了、受付で串焼きを食べているミーコさんを尻目に出発だ。
「おまたせ」
「いえ、では参りましょう」
相変わらず活気のある通りを歩いていくと昨日の箸巻き屋台が見えてきた。3本買って食べながら歩く、トム君に1本進めてみたが勤務中は飲食禁止のようで辞退された。焼き鳥パーティしてた隊長ェ……あれは休憩時間なんですよね?
何事もなく南門へ到着、開門したばかりなのに結構な賑わいだ。
「おう、来たか。早速出ようぜ」
「おはようございます。報告って意外と早く終わるんですね」
「怪我人はいないし取り逃がしたわけでもないからな。倒しました、でおしまいよ。むしろこれから確認した後報告書で提出するのが本番だ」
「なるほど」
「それよりお前堀と岩場の間で何匹倒した? 回収が面倒でなきゃいいんだがな」
ドロップは自動で回収してくれる仕様じゃないのはずるい。乱戦になったら危ないし遠距離からしとめると取りにいくのが面倒とか修正されてください。
「5、6匹だったとは思いますが詳しくはわかりません。全部で11匹ってでてましたけど」
「爺さんが16匹って言ってたがすごいな。うちの隊で倒せたのが7匹だけか……新人に早く祈らせてやりたかったんだがしょうがないか」
「祈る?」
「お前の国ではなんて呼んでたのかは知らんが魔物を倒したあと祈るとステータスが上がることがあるだろ? 運がいいと自分の上げたいステータスが上がるんだ、初代様いわく『魔物を倒した日は寝る前に祈れ』ってよ」
ステ振りのことか? 経験点は自分で割り振れないんですかやだー。
「そういうものですか。図書館に魔物はいなかったので」
「そうか……とりあえずいこうぜ。生き残りはいないと思うが一応警戒しておけよ、トムとシロはジトウの護衛だ。出発」
城壁の上で戦っていた人数の半分くらいだから15人くらいか、荷車や籠を背負った人たちを中心に進んでいく。
「残りの人たちは行かないんですか?」
「警備隊が警備しないわけにはいかないだろ。東門と西門から応援が来てくれることになってる。あとで酒でも届けないといかんのが辛い……まあもうすぐ懐は暖かくなるがな」
「兵士が魔物を倒すとお金になるんです? 勤務中なら国のものになるかと思ってました」
「そこはそれよ、上の連中が資料として引き渡せなんて言ってきた事があったが新人が一斉に辞表を出しやがった。冒険者の方が稼げるので辞めますだと」
「それはひどい」
「新人は給料安いからな、ここの警備隊はまだましな方だ。田舎に赴任してたまに魔物を倒したかと思ったら王都まで持ってこいとか言われたら俺でも辞めたくなる。どこの現場からも不満が出て結局元通りになった」
「配分と言うかそういうのでもめたりしないんですか?」
「部隊は勤務前にパーティ登録することになってるが……それも知らないのか?」
「俺そんなのしてましたっけ?」
「終わってからでも出来るから心配するな。ギルドカードはあるだろ? 見せていいところは見せてくれ」
そういうと自分のカードを放って来た。あわてて受け取ると
-----------------------------
なまえ リール ノラ
ねんれい 35
とくぎ ケンジュツ
しゅっしん ノラ ムラ
-----------------------------
職業 戦士
筋力 ----------------
敏腕 -----------
知性 ------
神性 ------
器用 -------
技能
剣術
槍術
指揮
-----------------------------
とある。見事な脳筋だが隊長としてはどうなんだ……ノラ猫リールの冒険とかありそうだな。
功績のところには結構な数の魔物を倒した記録が並んでいる
「おいジトウぼっちゃんよ」
「いえ脳筋とか思ってませんよ」
「ノウキン……? それよりお前のステータスだがなんだこれは」
「なんだと言われても……ぼっちゃんじゃないです」
「だからぼっちゃんだと言うんだ、いいか、昨日から冒険者なんだよな?」
「そうですね」
「俺だって20年兵士をやって筋力には自信がある。だが入隊した頃は今の半分の筋力だった。もう年だしあとは衰えるばかりだろうがな」
指で半分目辺りをなぞるリールさん
「それがお前、昨日始めて魔物を倒しましたなんていってるやつに大半が負けているんだぞ」
「実はドラゴンとか悪魔を倒したことがあると言うのはどうでしょう」
「蠍以外の功績が無いだろこの馬鹿。普通の冒険者は最初はこんなに高くないんだよ、貴族か王族か生まれのいいやつじゃない限りな」
「だから貴族ではないと何度言えば」
「分かった、分かってる。権力争いとかそういうのなんだろ、言わなくてもいいからせめて自覚してろ」
どうみても貴族扱いされているようにしか見えない。もう権力争いに敗れた元貴族と言う設定で進めたほうがいいかもわからんね。
ただ妙だな、転生したときにステータスは標準になってるはずなんだが。時代が変わったとかそんなのなのか? チート時代に比べて年々皆弱くなっているとか……。
「戦士と魔法使いなら違ってて当然じゃないですか。すごい筋力だなー憧れる」
「おまけに古代魔法まで出来るとかおかしいだろ……よく殺されなかったな」
「えっ」
何それ怖い。古代魔法=芋砂が使えると殺されるの? 確かに部屋からキックされそうな気はしないでもないが。
「まああれくらいなら普通にストーンボウを使っても大差ないからほっとかれたんだろ」
「ですよね。ストーンボウさんマジ強いですもんね」
「まさか爺さんのサンダーレイン以上に強い魔法が使えるんじゃないだろうな? 古代魔法だったら山が吹き飛んだりするやつがあるんだろ?」
「さすがにそんなの無理に決まってるじゃないですか。サンダーレインのすごさに驚いたぐらいですよ」
詠唱的な意味で。60過ぎの爺さんの台詞とは思えなかったよな……天空とか魔を滅すとか、俺には出来そうもないな。
「爺さんはああ見えて叩き上げの魔法使いだからな。今は防衛専門とはいえまだまだ現役だ」
「ずっと王都だと聞いていましたが防衛専門って?」
「昔はこの辺りの巡回部隊にいたらしい、膝を負傷して走れなくなってからは半分警備隊預かりになってる。研究もしてるとか聞くが俺にはよくわからん」
「そもそも部隊の違いがよく分からないんですが」
中世の騎士団に魔法要素を組み込むとどういった組織図になるんでしょうか?
「まず一番上に王と直卒の近衛隊がいる、続いて将軍だ。その下に魔法隊と戦士隊がいる。魔法隊は魔法が使えるやつらの集まりで戦士隊は歩兵・弓兵・騎馬兵が集まってそれぞれ配属される場所が少しずつ違う。あまり詳しくは言えんが大体こんなもんだ。」
「巡回部隊や警備隊が無いようですが」
「教育が終わったら各隊から抽出して1部隊作るんだよ。まあ部隊になってしまえば元が何隊だろうと協力して事に当たるのがここの流儀だ。一部を除いてはな」
「それは聞かないほうがいいことで?」
「ぼんくら貴族のドラ息子の話だが聞きたいか?」
「大体想像がつきますので結構です」
ヒガシヤマダさんの取り巻きが腐ってきているんですね分かります。
「まあ隠すなら隠すでもう少し普通の魔法を覚えるところから始めろよ。爺さんに言えば学園の教本ぐらい見せてもらえるだろ」
ファイヤーやアイスは攻撃魔法じゃなかったのか。ファイアアローで攻撃魔法になるんだろうな。ガイド本の解説は基本的なところが中途半端に載っていると言う事がよく分かったよ。
「それはありがたいですね」
そんなことを話していると岩場の横まで着いた。
「よし着いたぞ。全員問題は無いか? 各小隊ごとに探索だ。警戒を怠るなよ、行け」
「昨日より少ない人数なのにばらばらになって大丈夫なんですか?」
「蠍は所詮虫だからな、攻撃されたらまっすぐ向かってくるだけだ。もう少し頭のいい魔物なら逃げたり潜んだりするもんだが。まあこの辺り一帯と堀に向かって探索していけば終わる作業だな。俺たちも行こう」
リールさん、トム、俺、シロの順番で進んでいく。RPGみたいになってきたがやってることはリアル系FPSだった。目視だけとかレーダーの魔法を真剣に考える必要があるな……。
晴れているおかげか銀貨が光って探しやすいのはありがたい。しばらくすると籠に蠍の部品を乗せた小隊が集まってきた、荷台に乗せ変えて探索を続ける。30分ばかり続けていたが見当たらなくなってきたので集合。
「結構集まったな。よし、あとは堀に向かって進みながら探すぞ。5、6匹分はあるはずだから注意しろ」
今度は草地なので大変だ。それでも猫の隊員は目がいいのかあちこちで見つけている。俺にはさっぱりだ。
堀の前に着いたがこの辺りは草が少なく地肌が見えているところが多いので楽だ。爪が落ちているので拾ってみると案外軽い、肉が詰まっているわけでもないから部品になってドロップされる仕様なんだな。生臭くなくて本当によかった。近くに銀貨もあったのでまとめて持っていく。そういえば貨幣価値がいまだによくわかってなかったな。ギルドに泊まって外食してると銅貨20枚すこしかかるから持ち家で自炊すればいくらか安くはなるんだろうが……棍棒が銅貨50枚なのは高かったのか安かったのかよく分からんね。
「こんなもんだな。よし戻るぞ」
回収が完了したので門まで戻ることになった。全部回収できたのか聞いてみたらもう匂いがしないからないだろうって、そういえば猫も鼻が効くんでしたね。
「銀貨が80枚に殻も結構集まったな、これならいい値段になるぞ。ジトウ、お前の分の殻はどうする? 売るならまとめてなじみのところに持っていくが」
「それで防具を作ってもらえるところはありませんか?」
「蠍鎧か、軽いし硬いからいいんじゃないか。分配しだいだが篭手ぐらいは出来るだろう。ただ壊れやすいからな……魔法使いなら気にしなくてもいいかもしれんが」
「初心者向けじゃないです?」
「初心者と言うか蠍の軽さが問題なんだ、鉄鎧と違ってそこは利点なんだが粘りがないから割れたらおしまいだ。鉄なら多少へこむことは多いがすぐ直せる。斥侯部隊には人気だが魔法使いなら普通はローブだ、あまり見かけないな」
「なるほど。まず他の防具を見てから決めることにします」
「そうしとけ、どの道マルタス商店だからお前も一緒に来い。歓迎してくれるだろうよ」
「あの店でしたか。歓迎されすぎて気疲れしましたよ」
大歓迎状態が少しは落ち着いてくれるといいんだが……。
「それよりも、だ。今夜は色街に繰り出そうぜ。一夜の夢がまってる」
「うわぁ……だめだこいつ」
「結婚してないから何も問題は無い。たまには羽振りのいいところを見せないと女が寄り付かんぞ」
「いや交際と言うのはもう少し節度というか段階を踏んで行くものでは?」
「……これだからお坊ちゃまは、分かったよ。俺がよく行く店なら間違いないって。そういう控えめな女もいるはずだ」
「ぜんぜん分かってないじゃないですか……」
一介の紳士としてそういうお店は遠慮したい。3次元ネコミミの破壊力は堪能できたが俺は魔法使いだし何話したら言いかわからん。
個人的な思想になるが控えめな乙女が理想、娼婦の人とかちょっと無理だわ……これは個人的な嗜好です。
南門まで戻ってきた。今日も並んでいる人たちがすごいがその横を通って街の中へ入る。
「よーし、全員集合だ。配分するぞ」
ぞろぞろ隊員が集まってくる、皆ギルドカードを持っているが倒した数で割り振りか? 俺とマローク爺さん大儲け待ったなし! いやパーティ制だったな。
リールさんが持っている子袋にカードを集めていく、俺の前にも来たので入れてみたが取り出されてリールさんが持っている。そのあと大きな袋を持たされた。
「全員入れたな? では清算だ。ジトウの分は抜かれるが今晩は俺のおごりだ。しこたま飲んでいいぞ。夜番のやつは明後日な。『スタッカシェア』」
そういうと荷台の籠に乗っていた蠍のパーツが消えていく。と思ったら持っている袋が膨らんでいく。最後にジャリンと銀貨が降って来た。
ファンタジーってこういうのだったかな……酒場で分け前を巡って騒ぐとかそういう展開が普通だと思ってたけどこれは便利、便利なんだけどまた創生神のしわざか!
魔法は理解できたがさすがにこれはシステム的過ぎるわ。皆疑問に思っていないようだからこれが普通なんだろうな……。
「やっぱこうなったか、よしお前ら名前書いて荷車に積んどけ。換金してくるぞ」
隊員達が手ぬぐいのような布で口を縛って積みなおしているが俺の持っている袋に比べて大分小さい。マローク爺さんも小さいサイズだ。
リールさんは小袋を回しながら自分の銀貨を数えている。
「これ多すぎませんか?」
「そりゃお前だけパーティ外だったからな、11匹分入ってるんだろ。俺たちはコウヘイパーティだからな」
「公平?」
「パーティ組む時にコウヘイかカクインか選べるだろ、それも知らないのか……」
「公平は皆で分けて各員は個人で受け取るであってますか?」
「何だ知ってるんじゃないか。そうだよ、創生神様のご加護だ。普段は逆なんだぜ、通報してくるのは大抵商人か村人だから俺たちの方が多いからな」
「いや知らなかったんですが。それって通報した人はぜんぜん貰えないんじゃ?」
FAなのかLAなのか攻撃を当てるだけでいいとかドロップ獲得の仕様が分からない系の不具合、経験値とかも公平分配されてるのか? そういう仕様こそ解説してもらわないと分からないだろ常識ィ。
「まあ少しも分配されない時はこっちでいくらか包んで渡してる、今日はその必要がなさそうだがな。さあ店に行こうぜ、金だけ抜き出して置けよ」
村人の能力的に考えてFAとLAは関係なさそうだ。条件はPTに参加して攻撃を当てるでよさそうだな。
銀貨を財布にしまって後に続く、40枚くらいはあった。リールさんはさすがの筋力で荷車を引きながら進んでいくが少しも苦しそうじゃない。
「そもそも時間がたって後からパーティに入るメリットがない気がするんですが」
「誰が倒したかもわからん状態なら揉め事になるぞ。ギルドカードに間違いはないし創生神様はもっと間違いがない」
「それはそうかもしれませんが……普通の村人だったらどれくらいもらえるんです?」
「うーん、弓が扱えるやつなら2、3匹倒すこともあるがそれ以外だと石を投げるぐらいしかないから0匹だな、でも『スタッカシェア』すれば1匹も倒してないやつでもいくらかもらえるんだ」
スタッカシェア……stuck a shareかstack a share? また英語混じりか。リアルドロップと共用インベントリがちぐはぐじゃないですかねぇ。
「パーティを作る時にも呪文があったりします?」
「呪文ってなんだよ?」
「さっきの『スタッカシェア』みたいな決まり文句ですよ」
「ああ、『クリアトパーティ』のことだな。その時コウヘイかカクインか決められる。創生神様は本当に偉大だよな」
ゲーム脳()を心配した方がいいのか……ファンタジー世界では普通になっていることなんだ、問題ない。
「ただ出来ないやつもいるぞ」
「えっ」
「『クリアトパーティ』が出来なかったり出来るやつが『クリアトパーティ』をしてもパーティに入っていなかったりすることがある。両方出来ないやつは稀だが」
本当に不具合が発生してるじゃないですかやだー。
「それの確認方は」
「ギルドでやってるだろ、この国は5歳になったらみんな調べてる。出来ないと冒険者は厳しいからな」
聞いてないです。ミーコさんェ……。
ソロプレイ推奨になるわけですね分かります。寄生防止にはいいかも分からんが逆に寄生できそうだな。PT組んでるはずなのに入ってない魔法使いと壁とか。
「そういやここの支部じゃ講習はしなくなってたな。メイキュウマエなら新米も多いからやってるだろ」
「えぇ……それは無責任では」
「人がいないからパーティの組みようが無いんだ。まあお前は『スタッカシェア』出来てたから入る方は大丈夫だ」
「半分は安心なわけか、そう願いますよ」
噴水を通ってマルタス商店に到着、雑貨屋のはずなんだが魔物の買い取りもしてるのか。
「ごめんよ。マルタスはいるか」
「いらっしゃいませ、少々お待ちください」
店番をしていたのはキツネ耳のおばさんだ。奥さんかな?
「あなたー、隊長さんと恩人様がお見えですよ」
ドスンとかガタンという音と共に現れたのは昨日の大歓迎おじさんだ。人間とキツネ耳が結婚するとキツネ娘が生まれるわけですねわかります。
「おおお、恩人様! ようこそいらっしゃいました。早速娘を呼びましょう、祝言も早めに」
微妙に悪化してます。
「たまに馬鹿だと思っていたがついに突き抜けてしまったか……」
「なんだリール、いたのか」
「最初からいるよ。蠍の買取を頼む」
「そんなことはどうでもいい、今は恩人様を」
「恩人様の蠍も乗ってるぞ」
「今すぐ見ましょう」
そう言って表に飛び出していった。マルタスさんの恩人優先度は高いようだがいったい何が彼をそうまでさせるのか。
奥から子供がお茶を持ってきたので貰う。ジャスミンティーかな? 中華料理屋で呑んだことがある味だ。
「ごめんなさいね、隊長さん」
「いや長い付き合いだ。気にしちゃいないが……恩人ったって何であんなに張り切ってやがるんだ?」
ちょっと熱いからアイスの魔法で冷ましてみた。カラカラと氷がなるのが涼しげだ、ますますジャスミンティーっぽい。俺にもくれとリールさんがやってきたので多めに入れてやる。
「上の子が嫁いでからは寂しがってね、今度こそ男の子をってがんばったのよ。また娘でしたけど今度は猫可愛がりして絶対に嫁にはやらないぞ、って」
「遅くに出来た子は可愛いと聞くがそういうものかねえ。だがそれだと何でこいつを気に入ってるんだ? 嫁にはやらないんだろ?」
ガリガリと氷をかじりながらリールさん。
「昔々子供が同じように助けられたことがあったんですって、その人は名前も告げずに行ってしまったけどしばらくしたら誰だかわかったの」
「名前も知らないのに分かるとは有名人なのか?」
「なんと初代様だった、ですって。」
「初代様ならありそうな話だ、そりゃあの馬鹿が婿に据えたがるのも分かる話だが災難だなジトウ」
全盛期のヒガシヤマダ伝説に新たな一ページが加わった。婿取り怖いです。
「いや俺商人じゃないですし無理じゃないですか」
「大丈夫よ。あの人はまだ30年は現役って言ってるからゆっくり覚えれば良いわ」
「婿入り前提になっているのはなんでなんですかねぇ……」
「あらあら、私だって女ですもの。運命の出会いに憧れますわ。でも今は母親ですから娘のためと思えば何でも出来ます」
どういう理屈なんだ。慎重さが大切だと思うんだ、大店的に考えて。
「ブハハ! 聞いたかジトウ、運命の王子様だぜ。お前も人間族の魔法使いでぴったりだな。まあ王子様にしては年がいってるのはご愛嬌だ」
「そういえばおいくつでいらして? 20歳ぐらいかしら……娘は8歳ですからもう少しお待ちになって。すぐ大きくなりますわ」
「30です」
「えっ?」
「先日30歳になりました」
日本人は若く見られると言うが見られすぎだ。そんなに童顔に見えるんだろうか?
30と8歳のカップルが存在したら通報されるのは間違いない。何歳から結婚できるか分からんがさすがにそういう対象としては無理だろう。
「人間の匂いしかしないし間違いないぜ。カードに30と出てるからな。立派なおっさんだ。白馬にのったおっさん、女の夢的にはどうだ?」
「ええっと、いやちょっと難しい、かな? でも王太子様なら大丈夫ですわ。玉の輿ですもの」
「残念冒険者だ」
素で引かれてる。フォローが生々しい。貴族設定が生かされているのかリールさんがウィンクしてくるのがキモイ。しかも匂いで分かるとか野生過ぎる。
まとめて言うと理不尽だ。別に婿入りしたいとか言ってないしそもそも冒険者にもなりたくはない。まてよ、婿入りしたら安全な生活が待っているな。
「婿入りすると街中だけで生活できますか?」
「ええ、うちは街の中だけの商いですわ。買取と加工に卸と小売ですから、街の外に行くのは港ぐらいのものです。あれが証明書ですわ。お茶のお代わりはいかが? 少しお待ちくださいね」
奥に入っていく奥さん。賞状が額に入って壁にかかっている、あれが証明書なんだろ……うな? 久々に謎文字だよ。読めない(迫真)
「ほうほう、手広くやってんだな。おお、輸入品も扱ってるのか、珍しい酒があるなら何本か貰ってこうぜ。どうした」
「いや読めなくて」
「……字の読めない魔法使いがどこにいるんだ。お前魔法使えてるじゃねーか」
「いや俺のいたところは古代語しかなかったので」
「えっ」
「えっ?」
まただよ(笑)。創生神さんは本当に分けわかんない仕様が好きですよね。
「お前隠す気ないだろ? 身の回りが全部古代語なんて貴族以外ありえねーよ。いや下っ端貴族じゃ無理だな」
「いや俺の国ではそれが普通でこの字は使われていませんでした」
「そんな国あるわけないだろ。普通の言葉と古代語、どこの国でもおんなじだ」
謎語と古代語の2種類なのか……全世界共通語とかある意味すごいはずなんだがまた創生神が手抜きしたんだろうな、言語形成の地域差はどうなったんですかねぇ。9種類で良い。
種族が違うのに同じ言葉が話せますを売りにしているのかと問いたい。
「おいリール、終わったぞ。いつものように布で個別にしてある。縛ってないやつはどうするんだ?」
「それはこのジトウ様の分だ。蠍鎧を作りたいそうなんだが鉄のやつやらローブと比べさせてやってくれ。魔法使いの初心者用な」
マルタスさんから小袋を受け取って上機嫌だ。早速酒瓶を物色している辺り勤務中じゃないのかと不安になってくる。
「さすがジトウ様、見事な戦果ですな。鎧といっても色々とございますが魔法使い用であれば軽いものが一般的です」
「装備できないものもあるんですか?」
「はい、重すぎたりすると動けませんからな」
いや重量じゃなくて職業制限的なやつなんですけどそこはリアル志向なんだな。
「あのリールが着ているのは戦士用の鎧で鋼と鉄で出来ています。重さで言うと20キロ少々といったところですな。戦士であれば問題ありませんが魔法使いですと走るのは無理でしょう」
「確かに重そうですね。蠍の鎧ですと大分軽くなります?」
「軽くはなりますが脆さもあります。打撃には強いですが一点を刺突されれば貫通することもありますな、修理にも難があります」
「割れたらおしまいという話ですか」
「一度割れると強度が格段に落ちます。重ね合わせて使ってもいずれは駄目になってしまいますな」
「鉄なら叩いて直せるというわけですね、その辺りは聞きました」
「ご存知でしたら話は早い。こちらへどうぞ」
奥の棚に色々と並んでいる。鉄は分かるけど他の金属や殻はなんだか分からないな。
「うちは雑貨屋ですので素材になりますが一般的な鎧用とするとこの辺りですな」
鉄と皮、鱗に殻と色々と並べてくれた。
「どうぞお手にとってごらんください。全身を仕立てるとなると結構な量になりますな、組み合わせて使うことも出来ますがこの水トカゲの皮などいかがでしょうか」
触って見るがいまいちよくわからない。水トカゲの皮とやらは鱗の付いた皮で結構硬い割に軽い。ずいぶんひんやりとしている。
「頑丈さはそれほどでもないのですが冷気を溜め込む性質があります。夏場は一枚下に着ておけば快適です」
「氷は自分で出せますから便利そうですね」
「後はこのリングとチェーンの組み合わせですな。鉄鎧より強度は落ちますが軽くなります。そこらの魔物なら牙も爪も通しません」
リングメイルとチェインメイルだな。これなら着込んでも鎧ほど動きにくいと言うことはなさそうだ。
「魔法使い用とするとその辺りになります。あとは上に羽織るローブですな」
「そういえばお子さんをくるんでいたマントのことなんですが」
すっかり忘れてた。数少ない持ち物だから回収しとかないと。
「おお、あのマントですな。血が染みてしまっていたので染み抜きに出しております。2、3日すれば戻ってきますからお届けしましょう」
「助かります。ローブの代わりになりそうでしょうか?」
「ものはよいものでしたな。ただ戦闘用ではありませんから別に仕立てた方がよろしいかと」
「なるほど……出来れば現物を着てみたいのですが」
「もちろんです。少し歩けば防具屋がありますのでご案内します」
リールさんを残して防具屋に向かうことになった。真剣に酒を選んでる姿勢は褒めるべきなんだろうか。ないな。