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私と彼の時間が巻き戻る

彼女が二人の思い出をゴミ袋に詰めて出ていった日、俺の時間が巻き戻る

作者: 夜明けの碧
掲載日:2026/08/21

短編「恋の終わりを決めた日から、私の時間が巻き戻る」の another ver. (男性視点)です。

この小説単体でも読めるとは思いますが、先に美咲(女性視点)の物語を読んでからお読みになると、わかりやすいと思います。



【 side: 蓮〜別れの日】


「もうこんな時間か」


時計の針は、23時20分を指している。肩を回し、飲みかけのコーヒーを全部のどに流し込む。

帰り支度を済ませ、会社のエントランスを出る。


頬に触れる空気は冷たい。こんな日は温かいスープが飲みたくなる。

ふと、家で帰りを待ってくれている彼女の顔が思い浮かぶ。

今日もご飯を食べずに待っているのだろうか。


残業で遅くなるから先に食べていてくれと頼んでも、頑なに自分の帰りを待って食事をとろうとしない彼女。 体に悪いから、やめてくれと頼んでも、それはあなたも同じでしょう?と返されてしまう。


いつからか、一緒にいる時間が息苦しいものに変わっていた。

俺たちはどこで間違ってしまったんだろう。

どうすればいいのか、もうわからなかった。


__


家につき、鍵を開ける。いつもなら部屋の明かりがついているはずなのに、室内は真っ暗だ。 玄関にあるはずの靴がない。もうわかっていたけど、声が出た。


「美咲、寝てるの?」


返事があるはずない。人の気配がないのに寝室のドアを開ける。

きれいにベッドメイクされている部屋が、そこにあるだけ。


テーブルの上には、俺の好きなコーンポタージュスープ。

いつもなら、どんなに遅い時間に帰っても温かいスープが用意されていた。

今日はすっかり冷めきっていた。


リビングの片隅に、2つの大きなごみ袋が目に入る。近寄ってみると、ゴミ収集日が書かれた付箋が付いていた。

彼女はこんなところまできっちりしている。

俺との時間と日々の暮らしは、彼女にとってもう不要品になった。


首元のネクタイを緩め、ダイニングの椅子にドカっと音を立てて座る。

追いかけようとは思わなかった。 二人とも、もうずっと終わり方を探していて、彼女の方が先に決断しただけだ。


袋の付箋をしばらくボーッと見つめ、美咲との日々を思い出していた。




【 side: 美咲 〜現在から半年前 】


「どこに行こう」と考えて、スマホの連絡先を見る。そこにあるのは、彼の名前だけだった。友達の名前も、よく開いていた店の番号も何もない。

夜の冷たい空気が、肺の奥まで届く。新たな始まりにふさわしいようで、気持ちよく染みた。


まっすぐ自宅に帰る気になれなかった。半年前まで通っていたカフェで一杯だけお茶を飲んでから帰ろう。

蓮の家でほぼ過ごしていたけど、契約を切らず残しておいてよかった。


美咲は自宅最寄りの夜遅くまでやっているお店に向かった。定休日だったらそれまでだ。


電車に乗り込み、イヤホンから流れる音楽を聴く。少し前から繰り返し聞いてきた曲が流れ始めた。スマホの画面で曲の横にあるアイコンをタップして、「このプレイリストから削除」を選ぶ。 もうこの曲を聴くのをやめる。


液晶に映り込む自分は、彼好みである地味なメイクと髪型をしている。グロスの艶も、まぶたのグラデーションも、何もない。素顔風どころか、ほぼ素顔。

彼が好きなのはストレートのロングヘアだから、切らずにずっと伸ばしてきた。

でも、週末は美容室に予約を入れよう。ずっとしたかったショートカットにすると決めた。


肩にかけた新しいかばんはまだ馴染んでないし、今日初めて履いたかわいいパンプスも見慣れない。

でも気持ちが浮き立った。


流れていく街並み。夜の暗がりに灯がともる景色を眺めながら、電気を消して出てきた部屋とこの半年間を思う。


__



蓮とつきあって半年が経つ頃には、半同棲の状態になっていた。

最初は好きな人とずっと一緒にいられることが、うれしくてたまらなかった。

でもすぐに状況が変わり始めた。


私は蓮のために何でもしたいと思っていたけど、蓮はそれがうれしくないようだった。

帰りが遅い彼のために、食事を作って待っていた。作っているときに味見をしているから、それほどお腹もすいていない。彼と二人で一緒に夕食を食べることの方が大事だった。


でも蓮は、頼むから先に食事を済ませてくれという。 一緒に暮らしていても、朝早くて夜が遅い蓮の時間に私が合わせなければ、一言も話さないで一日が終わってしまう。


「美咲の体が心配なんだ」と蓮は言うけど、それは彼も同じだ。

そう言ったら黙ってしまった。

二人でいる時間を少しでも作ろうとしていることが、うまく伝わらなかった。


__



二人の予定があった休日に、蓮に何をして過ごしたいか聞かれた。

必死に「蓮の好きな方でいい」「蓮がしたいことでいいよ」と伝えても、蓮の表情は曇っていく。

どうしたらいいか全然わからず、焦りだけが強くなっていった。

少しケンカっぽい雰囲気になったときに、蓮が言った。


「何でもかんでも俺任せじゃん。たまには美咲がしたいことを言ってよ!」


私のしたいことは、「蓮とずっと一緒にいること」

蓮の楽しいことが、「私の楽しいこと」


素直にそう言ったら、蓮は部屋から出て行ってしまった。

何が気に障ったのか、見当がつかない。

だけど、一つだけわかったことがある。


私たちはうまくいかないかもしれない。


二人の関係を絶対にうまくいかせたいと思う気持ちと裏腹に、何をやっても裏目に出ている気がしてならなかった。




【 side: 蓮 〜つきあって3か月目】


付き合ってすぐ、俺の誕生日があった。美咲と一緒にどこか旅行に行きたいと考えて、会社の昼休みに旅行サイトをあたった。

サプライズにしたいけど、お互い社会人、仕事の都合がつかない恐れもある。

最近美咲の職場は忙しい。繁忙期というわけではなくて、退職者が続けて出たらしい。


彼女の職場は取引先だから何となく事情を知っているけど、癖が強い上司がいるし、なかなかにブラックな会社だ。今日のデートだって久々だ。

仕事が忙しいのは俺もわかるし美咲に無理をさせたくはないけど、やっぱり直接会えるのはうれしい。


そんな多忙な彼女へのねぎらいの意味を込めた、完璧な旅行プランだ。

自分の誕生日だけど、彼女の喜んだ顔が見たい。


「美咲〜。俺の誕生日なんだけど、前日から1泊2日で温泉にいかね?」


食事が美味しいと評判の、宿のHPを彼女に見せながら誘った。


「うん、いいね。私、ご飯が美味しい所がいいな〜」

「だよな、ここは部屋食でカニ三昧だって」

「それ、すっごくいいね」


一瞬、美咲の表情が陰った気がしたけど、俺は深く考えず旅行プランの説明を進めた。

ようやく会えた平日夜の貴重な時間を、気まずいものにしたくなかった。

何か問題があれば言ってくれるはず。

美咲はちゃんと自分の意見が言えるカッコいい女性なんだから。


__



ある日の食事のあと、俺の部屋で二人で過ごしているときに、美咲のスマホの着信音が鳴った。

電話に出なよと促し、さりげなくキッチンへ向かう。冷蔵庫に冷えている缶ビールを片手にリビングに戻ると、寝室から美咲の声が漏れてきた。

盗み聞きするつもりじゃなかったけど、どうやら幼馴染と会う話をしているらしい。前に聞いたことがあるかも。

幼稚園の時から仲良くしていた親友で、今は距離があるからなかなか会えないと言ってたっけ。


でも何やら揉めてる? いや、調整が難航しているような口ぶりになってきた。

大事な予定が入っているから無理とか、次の日は?と聞こえてくる日付からして、俺とコンサートに行く日と重なってしまったのだろう。

結局、今回は会うのをなしにしようと、話がまとまったみたいだった。


「ごめん、聞こえちゃった。友達と遊んできていいよ。久しぶりに会うんだろ?」


すごく楽しみにしていたコンサートで、チケットを取るのがすごく大変だったから、できれば二人で行きたかった。でも、俺たちはいつでも会えるし、昔ながらの友達との関係を大切にしてほしくて、そう言った。


美咲はじっと俺の顔を見つめた後、なぜか安心したような顔でこう言った。


「ありがとう。でも私も蓮とコンサートに行くのを楽しみにしていたから大丈夫。彼女には、今度私の方から会いに行くから」


話はこれで終わりになったけど、俺の中に少しの違和感が芽生えた。


最近美咲から、友人と会ったり遊んだという話を、めっきり聞かなくなった気がする。

俺と会うのを最優先にしてほしいという気はない。もちろん、俺との時間を大切にしてくれることはうれしい。でも、友達関係も大事だと思うんだ。


美咲は自分の時間や交友関係を楽しめているのかな?


彼女が何も言わないことを、「問題なし」と流してしまっていた。




【 side: 美咲 〜つきあって1か月目】


付き合って1か月記念日。

私の好きなイタリアンレストランでお祝いをする予定で、少し気合の入った服とメイクをしてきた。


ただ、定時の少し前に書類の修正が入り、会社を出る時刻が遅くなってしまった。

蓮との待ち合わせに遅れそうで、すごく焦る。連日、直属の上司に目をつけられている新人の子をサポートしていて、昨日帰ったのも深夜零時を回っていた。


(目の下に隈とかできてないかな)


お化粧直しもそこそこに慌てて退社してきて、今は汗をにじませながら走っている。

せっかくの記念日デートにこれはない。本当はもっときれいに整えた髪やメイクで蓮とデートをしたかったが、今は遅刻しないことで精一杯だった。


予約していたイタリアンのお店に着く。入り口で待っていた蓮が、笑顔でこちらに駆け寄ってきた。


「美咲、走ってきたの?急がなくても大丈夫だったのに」


彼の優しさに胸がジーンと温かくなる。手ぐしでササっと髪を整えながらお店に入ると、信じられない言葉を告げられた。


「大変申し訳ございません。お席のご予約をいただいておりません」


えっ?慌てて予約システムをみると、完了メールが届いていない。

確か、一昨日の昼休みに予約をしようとして......涙目になった新人の子に声をかけられて。

申し込みボタンを押した記憶がなかった。


一気に血の気が引いていく。どうしよう、予約できていなかった。

いつもなら前日に確認するのに、ここ数日バタバタしていて。

何も言い訳できない。完全に私のミスだ。


(どうしよう、失敗してしまった......)


恐る恐る、蓮の顔を見る。表情から何を考えているのか読めないけど、彼は淡々とお店の人に対応してくれた。


ちょうど金曜の夜ということもあり、おしゃれなレストランはどこも満席だった。

安くて美味しいのが売りの、コスパのいいチェーン店に入る。お酒と料理をいくつか頼んで一息ついたところで、あらためて蓮に謝った。

気にしなくていいよと笑ってくれたけど、ため息交じりに漏れた彼の本音が、胸に突き刺さる。


「あ〜あ、あの店のリゾット食べたかったな」


蓮は私を責めなかった。 私は、1か月記念の夜を台無しにしてしまった。

後悔で胸がはちきれそう......


「ごめんね蓮、ダメな彼女で」


その後、会話でどんな相槌を打ったか、覚えてない。

笑えていたかも、定かではない。


こんな失敗をしていたら、蓮に呆れられ振られてしまう。

出しゃばって予約を取るなんて、言うんじゃなかった。

蓮に任せていればよかった。


終わらない後悔の波に溺れそうだった。




【 side: 蓮 〜告白から初デート】


今日こそ、誘う。

俺は固い決意を胸に、取引先の企業を訪問する。担当者へ挨拶しながら、フロアをチラッと横目で見渡す。


いた!


問題はどうやって二人で話す機会を作るかだが、天が俺に味方してくれた。


「ちょっと清水さん、先日のA社の資料を持ってきて」

「はい、直ちにお持ちします」


憧れの彼女が机の引き出しから分厚いファイルを取り出し、こちらへ向かってくる。

刹那、目が合う。

恥ずかしそうに彼女はすぐうつむいてしまうけど、よく目が合うということは脈ありって思っていいよな?

というか、そう思わないとこの先の言葉を発する勇気が持てない。


「課長、こちらのファイルでよろしかったですか?」

「あぁ、これこれ」


その時、フロアから課長へ声がかかる。


「課長、至急のお電話です!」


俺の対応中であることがその社員から見えなかったようで、課長は苦笑いを浮かべながら彼女へ指示を出した。


「清水さん、悪いけどお客様を第一会議室にご案内してくれるかな?」

「かしこまりました」


彼女に先導されて会議室に向かう。俺の心拍数は最高潮を迎えていた。


「それでは、少々こちらでお待ちください。ただいま、お茶をお持ちいたします」


彼女が一礼をし、会議室を出る前に、俺はありったけの勇気を振り絞って言った!


「お食事にでも行きませんか?」


彼女は頬を染め、笑って「はい、ぜひ誘ってください」と言ってくれた。


事前に用意していた、プライベートの電話番号が書いてある名刺をそっと渡すと、今度こそ彼女は会議室を出て行った。

俺は有頂天になって、その後の課長の無茶ぶりやごり押しに、すべて「承りました」と答えていたらしい。

会社に戻って、上司に叱られた。

その日のうちに彼女からスマホに電話があり、食事の日が決まった。

俺は、毎日ご機嫌すぎて同僚に引かれた。


なんとでも言ってくれ!俺は今、かなり心が広い。

そして迎えた、食事の日。


「突然、誘っちゃってすみません。ご迷惑じゃなかったですか?」

「すごく驚きましたけど、お誘いうれしかったです」

「マジですか、よかった〜〜〜。一生分の勇気、振り絞りました!」


彼女の、花が綻ぶような笑顔が素敵だと思った。


女性が喜ぶお店TOP30から、厳選したお店の料理は外れがなく、彼女も美味しいと言って喜んでくれた。

少しずつ打ち解けた雰囲気になり、会話も盛り上がっていった。


「前にそちらの課長にむちゃ振りされた時、さりげなく調整してくれて。しかも落とし所を見つけて案を取りまとめてくれた時、カッコいい女性だなって思ったんです」

「カッコいい……ですか?」

「はい!カッコいいです。あのしつこそうな課長を上手にあしらい、手のひらの上で転がすと言うか、はっきりミスマッチのところを指摘するところとか」

「課長を上手く転がせてるかはわかりませんが、性格がしつこいのは当たってます、ここだけの話ですけど」


二人で笑い転げた。


満腹になって、そろそろ帰ろうかとなったとき、本日最大のイベントを前に俺の緊張はピークに達していた。

お店を出て、最寄りの駅まで彼女を送る。


(今だ、今言うんだ!!)


この前振り絞ったはずの勇気をもう一度かき集めて、彼女の目を見てしっかりと言う。


「好きです、今日もっと好きになりました!俺と付き合ってくれませんか?」


沈黙が流れる。たぶん時間にして1秒くらい?

でも、俺にはもっとずっと長く感じた。


「はい!」と答えてくれた後、恥ずかしくなって俯いている姿が可愛すぎる。

思わず心の声がダダ漏れになり、「可愛い……」と声に出してしまった。

驚いて顔を上げ、目を見張る表情もしぐさも、全部が俺の心を揺さぶるんだ。


「これからよろしくお願いします。俺のことは蓮って呼び捨てで呼んでください」

「じゃあ、私のことは美咲で」


俺はこの日、最高に幸せな男になった。


__



つきあって初めてのデート。悩みに悩んで決めた街ブラプラン。

最近評判のカフェに行って軽く食事した後、レトロな商店街を二人で回って買い食いしたり、小物を贈りあうのもいいねと話していた。

冬だけど今日は小春日和といえそうな、日差しが柔らかな日。

はやる心を抑えながら、待ち合わせ場所に向かった。


美咲の姿をとらえた瞬間、時が止まる。


え?可愛い。

何?ピンクのスカート、可愛い。


語彙力が可愛いで埋め尽くされる。


職場で見かける彼女はパンツスーツばかりの印象なのに、自分とのデートにスカートをはいて来てくれている。

吸い寄せられるように、スカートからのぞく足に釘付けになる。

やばい、足から目をそらさなければ。

俺は無理やり笑顔を作り、美咲に声をかける。


「今日、何だか雰囲気違うね」

「え? なんか変??」

「いや、別にいーけど」


俺はドギマギして、自分の下心が美咲に伝わらないことを、初詣の時にだけ祈る神に祈った。目当てのお店に向かう途中、美咲が一歩後ろを歩いているのを、照れているからだと思っていた。


フワフワの毛がついた真っ白のコートを着る美咲はすごく可愛い。

口もいつもよりツヤツヤしていて、キスとかしたら......初デートでするべきじゃない妄想を打ち消していると、ある恋人同士の姿が目に入った。


幸せそうに手を繋ぐ二人。いいな、俺も美咲と手を繋ぎたい。


告白してOKをもらえてから、なかなかデートの日取りが合わず、主にSNSでやり取りしていた。

今日は、もう少し二人の距離を縮めたい。美咲は手をつなぐの、嫌かな?

初デートで手繋ぎなんて、早すぎるって思うかな?


思考が手繋ぎデートでいっぱいになっていたため、美咲の小さな変化に気がつかなかった。


ふと振り返ると、俺と美咲の距離がけっこう開いていた。

表情が暗く、口を固く結んでいる。


「美咲、体調が悪い?」

「......ごめん、ちょっとつらいかも」


楽しみにしていた初デートだったけど、体調の悪い彼女に無理をさせられない。

家まで送るといったけど、美咲は頷かず、最寄りの駅まで送って別れた。

最初に顔を見たときは元気そうに見えたけど。


体調を心配する気持ちと落胆で、感情が忙しい。


俺が何か気に障ることを言っちゃったのかな?

俺の今日の格好、気に入らなかったかな?


割と研究して、社内でもモテる同期にお店を聞いて、買い揃えたんだけど。ダサすぎて隣を歩くのも嫌になるくらい......そういえば美咲は隣に並ばず、すっと後ろを歩いてついてきていた。

やっぱり、俺がダサすぎて......


ダメだ、泣きそう。間違いなく、初デートは失敗だ。

こんなダサい男とは付き合えないと、美咲が別れるといってきたら?

想像だけで死ねる。


センスが悪いのは努力で何とかするから、もう少し長い目で見てくれないかな。

でも、もう愛想をつかされているかもしれない。


——いやだ、別れたくない。




【 side: 蓮 〜別れの日から一年前 】


「本当は......」


自分の声に驚いて目が覚める。夢を見ていた。

頭がまだぼんやりしている。


あの後に続く言葉は、なんだったんだろう。

さっきまでものすごくクリアに見ていた夢は、目が覚めるとあっという間にその輪郭を失って、霧散してしまう。


すごく悲しい夢を見た。

心がちぎれるくらいつらい......


昨夜の記憶が徐々によみがえってくる。

美咲は昨日、出て行った。二人の関係をはっきりと終わらせて、去って行った。

何もする気になれなくて、スーツも脱がずに寝た気がする。

たぶん皴がひどいことになっているだろう。こりゃクリーニングに出さなきゃな......


重くだるい体を起こして違和感に気づく。


あれ、俺パジャマに着替えたっけ?

しかもこのパジャマ......確か美咲と一緒に暮らしているときに、もうボロボロだから買い替えようと話して、断捨離したやつ。なんで俺はこのパジャマを「今」着ている?


スマホを探したが見当たらない。昨日、カバンから出さずにそのままだったっけ?

俺はいま、混乱している。


ローテーブルの上に置いてあったスマホを見つけて開くと、待ち受け画面が違っている。実家で飼ってる犬の画像。

見覚えがあるが、美咲と付き合ってからは、二人の写真を待ち受けにしていたはずだ。昨日、壁紙の変更なんて俺はしてない。


急いで、ネットニュースのサイトを開く。おかしい......

——どうして日付が一年前なんだ?


落ち着きたくて、丁寧にドリップコーヒーを淹れて飲む。

これは、美咲にカッコいいと思われたくて購入した、イタリア製のコーヒーメーカー。付き合って3か月目に壊れて、今はオブジェと化しているはずの。


ちっとも落ち着かない。俺はまだ寝ていて、夢を見てるのか?


だけど、ほろ苦いコーヒーの味も、へたってきたパジャマの布の質感もリアルだ。


検索サイトで色々調べた結果、今の俺の状況は「タイムリープ」というやつらしい。精神疾患には当てはまらなかった。


意識が過去に巻き戻り、記憶を持ったまま人生のやり直しができるとある。

つまり、1年間の記憶をうまく使って、未来を変えることができるということだ。


果たして、俺にやり直したい人生や変えたい未来があるのか?

という問題だが、ある。

変えられるものなら変えたい、昨日までは「現実」だと思っていた「未来」が。


もう一度スマホの日付を見る。忘れもしない、今日は「初デート」の日だ。

何の夢を見ていたかは覚えていない。

でも、「本当は......」の言葉の続きを俺は知っている気がする。


本当は、美咲とずっと一緒にいたい。

初デートの日も、別れの夜も、俺の本音は全部同じなんだ。


__



待ち合わせの場所に着く。

あの日と同じように、フワフワの毛がついた真っ白のコートを着て、ピンクのスカートをはいた美咲が駆け寄ってくる。

それだけでもう、泣きそうだった。


「今日、何だか雰囲気違うね」

「え? なんか変??」


この瞬間、美咲の顔色が変わった。

前の俺は浮かれすぎていて、色んなことを見落としていた気がする。

何が悪かったのかを確かめたくて、前と同じセリフを口にする。

記憶がおぼろげだけど、こんな感じだったかな。


「いや、別にいーけど」

「それはどういう意味でいったのか知りたいな。教えてくれない?」


あれ、前はこんな会話したっけな?

でも、聞かれたことにはしっかり答えたいから、「今」の俺の言葉で「過去」にどう思っていたかを、美咲に伝える。


「だって顔がニヤける。俺のためにおしゃれしてきたのかなとか思っちゃって、表情取り繕うのに必死で、正直何て言ったか覚えてない。俺、いま何て言った?」


多少言葉が違っても、時間の流れに影響はないだろう。

前の俺はこの後のことをよく覚えていない。

店に向かって美咲が少し後ろをついてきて、気がついたら体調が悪いと言ってきたんだ。美咲の顔をじっと見つめる。

体調が悪そうな気配はない。


「いや、別にいーけどって言って無表情だったから、洋服やメイク失敗したかなって不安になっちゃった」

「えぇっ、まじでそれはない。すごく可愛いし、めっちゃ似合ってるし、何なら大好物だし!」


言い間違えがないように、記憶を探ってたから変な顔しちゃっていたかもしれない。1度目の俺は、下心を隠すのにいっぱいいっぱいで、やっぱり変な顔をしていたんだろう。

でもそれを美咲があんな風にとらえるなんて、思わなかった。


すごく可愛いよって、伝わったかな?

美咲の顔は真っ赤だった。つられて俺の顔も赤くなる。



カフェでランチするために今度は並んで歩きだす。

美咲の体調の変化には、いち早く気づきたい。


お店に向かっていると、1度目と同じ恋人同士とすれ違う。


「なんか今の二人、気になるの?」

「えっ?いやその......あの」


手を繋ぎたいなって思ってたけど、できずに終わった後悔。

前回と流れは変わるけど、やり直すためにここにいるんだ!


思いきって美咲と手を繋ぐ。

嫌がられないかな......すごく不安だけど、これが初デートで俺のしたかったこと。

繋いだ手を放したくない。


「手を繋いでて、いーなーって思ってた」


美咲の顔をのぞき込む。瞳に嫌悪感は浮かんでいない。

念のため、確認する。すでに具合が悪くなってきてるかもしれないし。


「手を繋ぐの、イヤ?」

「嫌なわけない、自分の手汗が気になっちゃうけど、うれしいよ」

「よかった!今日は絶対手を繋ごうって決めてたんだ」


美咲が笑う。俺は美咲が笑ってくれるのが心の底からうれしくて、笑う。


思えば、俺は初デートを成功させたくて、でも経験値が足りなさ過ぎて、美咲のことを見ていなかった気がする。

自分の妄想だとか、手繋ぎだとか、自分一人で考えて、美咲の気持ちを聞いたりしなかった。


美咲の顔が赤くなって、俺の顔も赤くなるように。

俺の無表情が気になって、美咲が不安になるように。


お互い違う人間だから考えることが違うのは当たり前だけど、一緒にいるからこそ影響しあう。

だから、一人ではなく、二人で向き合わなきゃいけないんだ。


そんなことを考えていると、美咲がいたずらっ子のような顔をして聞いてくる。


「ねぇ、蓮ってコーンポタージュスープ好きだよね?」

「好きだよ。何で急に? 俺、美咲に好きって教えたっけ?」


食事会の時に、話したっけかな?

まさか......まさかね。


「ふふ、そんな顔してるの。私はパンプキンスープが好きだよ」

「顔?どんな顔だよそれ。でも女子って、芋栗カボチャが好きだよね」

「これから行くお店、美味しいスープがあるといいね〜」


美咲がパンプキンスープが好きなんて、初めて知った。

1年間一緒にいたのに、知らないことだらけの気がする。


俺はやり直しのチャンスをもらえた。


美咲の好きなこと、俺の好きなこと。

二人共通の好きなことや嫌なこと。


それを見つけるために、たくさん話をしよう。


二人でしっかり手を繋ぎながら、お目当てのカフェで

2度目の初デートを、もう一度やり直す。




骨太の長編(?)を連載しています。

「ルール国のロミジュリ20XX」

https://ncode.syosetu.com/n7948mo/


どうぞよろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
男性目線からのストーリー待っていました!!男女のすれ違いにもどかしさを感じつつ、次は絶対幸せになってほしいと思える深い話でした。続きがあれば本音で言い合える二人を見てみたいです!
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