ねこ妖怪さんモフモフ
どこにでもいる女子高生、村雨ツグミが通学中のことである。
いつものように、ツグミは塀を飛び越え、生垣を潜り、巨大な樫の木が見下ろすバス停で、一人バスを待っていた。
どこか遠くでウグイスの声が聞こえる。ただ、そのウグイスは若い鳥らしく、ホーホケキョの、「ホケキョ」に抑揚が無かった。
「すごく棒読みだよ」
ツグミがそんなつぶやきを漏らすと、背後から「ニー、ニー」という声が聞こえてきた。
振り向いたツグミの視界に映ったのは、小さな猫だった。しかも、二匹いる。一匹は茶トラ、そしてもう一匹は黒猫だ。
「あ、あら〜!」
ツグミの声は自然と高くなった。すなわち猫なで声というやつだ。
「君たち、どうしたの〜? お母さんは近くにいないの〜?」
猫たちはツグミの言葉にかまわず、よちよちと彼女に近づく。特に茶トラは尻尾をピンと立て、ツグミの脛に頬をこすりつけた。
(ああ〜!)
ツグミはそのもふもふとした毛の感触に、思わず身震いした。そして、こうも思った。
(思う存分に抱きしめたい!)
ツグミが茶トラ猫に手を伸ばした。しかし、その手が急に止まった。
「あっ! そっちに行っちゃダメだよ!」
そう呼びかけられたのは黒猫の方だった。黒猫はヨチヨチと、道路の方へ歩いて行こうとしている。
「危ないよったら!」
ツグミは黒猫を後ろから抱きかかえ上げた。しかし次の瞬間、黒猫はポワンという音と共に、煙になってしまった。
「えっ!? なに!?」
猫が煙になって消えた。振り返ると、茶トラの猫も消えていた。ツグミはわけがわからず、ぼうぜんと辺りを見回すしかなかった。
そんなツグミを見下ろす樫の木の上。人間の子どもくらいの体躯をした二人組が、枝の上にそろって腰をかけていた。だが、彼らは人間ではない。長い尻尾、尖った耳、そして柔らかい毛皮。彼らは妖怪になった猫、すなわち化け猫であった。
「さあ、よこせよこせ」
黒い化け猫が、隣に座る茶トラの化け猫に手を差し出した。茶トラは「ちぇっ」と残念そうに、黒猫にカツオブシを手渡す。
「黒猫は人気が無いと思っていたのに!」
茶トラにそう言われた黒猫は、カラカラと笑った。この二人は、茶トラの方がずっと若者である。
「それに、あんなのズルだぜ。道に飛び出して同情を誘うなんて」
「お前も、立派な妖怪になるにはもう少しずる賢さを身につけんとな」
実は、ツグミの前に現れた子猫たちの正体は彼らである。どちらが先に、ツグミに抱き上げられるかという賭けをしていたのだ。そして、黒猫の方が勝った。カツオブシは賭けのチップである。
「おや?」
黒猫が木の下を見ると、ツグミの姿は消えていた。
「あのお嬢さんはどこかへ行ったな。いつの間に? バスがもう来たのかな?」
「おい、爺さん!」
茶トラが声をはりあげた。
「次に来る人間で、もう一度勝負しようぜ! 今度は、とっておきのマタタビを賭けて……どうした、爺さん?」
黒猫は、急に目をみはって固まってしまった。茶トラ猫の、さらに向こうへ、視線が一直線に向き、唖然としている。
「一体なにが……?」
振り返った茶トラも固まった。猫たちが座る枝のすぐ近く。音も無く忍び寄ったのは誰あろう、先ほどまでからかってた女子高生、村雨ツグミであった。二人の化け猫を、獲物を狙う肉食獣のような目でジッと見ている。
「モフモフ……」
ツグミがそうつぶやいた瞬間、化け猫たちは悲鳴をあげて逃げ出した。しかし、茶トラは思わず足を木の枝から踏み外した。
「ぎゃー!!」
茶トラはあえなく地面に落下した。ツグミはそんな茶トラを追ってダイブし、彼のすぐそばに着地する。
「うわーっ! か〜わ〜い〜い〜!」
「や、やめろ! 俺の側に近寄るなー!!」
ツグミはそんな言葉にかまわず、茶トラのお腹に顔をうずめた。柔らかい毛皮の感触と、お日様の匂いにツグミは恍惚の表情を浮かべる。
「ああ〜! すごく、いい〜!」
「やめろ〜! くすぐったいんだよー!」
吸引を堪能したツグミは、茶トラの後ろに回ると、そのお尻をドラムでも演奏するように、ドンドコドンと叩き始めた。ツグミの手がお尻に当たるたび、なぜか茶トラは心地良さを感じた。
「うひ〜っ!? な、なんだ、この感じは!? へべ〜っ!?」
ツグミの魔の手から辛くも逃れた黒猫は、その様子を樹上から見下ろし、恐怖に震えていた。
「なんてこった、もう助からないぞ」
ツグミの愛撫は的確であった。彼女の手がツボを押さえるたびに、茶トラは体を骨抜きにされた。
「アヘーッ!」
こうして人間をもて遊ぶ化け猫は『どこにでもいる』女子高生によって退治されましたとさ。
めでたし、めでたし。




