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彼はみんな生きている

掲載日:2026/05/19

KUON

世界的に大ヒットし今や二人に一人が持っていると言われる

【AI搭載人間型携帯電話デバイス】

その修理店には今日も数多くのデバイスが持ち込まれる。

「何をしたのかも正直覚えていなくて、気がついたら頭に亀裂が入ってるし」


私の前の女性が、顔を青くして不安そうにしている。


「そうなんですね…。じゃあ突然だったという事ですか?」

「起きたらこんな状態で、反応もないし」

「昨日、お休みになるときはなんとも無かったって事ですよね。」

「あ。昨日は…ちょっと…。」


なんかあったのかな。言葉に詰まった感じがしたけど。


「…わかりました。ちょっと確認してきますので10分くらい時間をいただいてもいいですか?」

「わかりました。お願いします。」


かしこまりました。と笑顔で答えその場を離れた。


もうひとつの扉をあけ、ため息をついている私に同僚が笑いながら

「どんな感じですか?」

と、私の手に持っている携帯電話を持ち上げた。


「見ての通り、長い間一緒にいたからアチコチ傷があるけど…これは故障の原因じゃない。問題なのはこの頭の亀裂。」

「あー。CPUに入ってる可能性がありますね。ロジック交換かなぁ。」


手の中にあるのは、小さな男の子の形を模した携帯電話。

普通、目が開いていれば焦点が合うはずがこの子は空中を見つめている。


私たちは【KUON】直属の修理専門スタッフだ。

KUONは、携帯電話やウェアラブルデバイス、携帯音楽再生ツール、PCなどを幅広く展開する総合デジタル家電メーカーで――


無機質な携帯電話を人型にしたりペット型にして販売も行っており、通常の機能はもちろん、AIを搭載している為話し相手にもなる。それが現代の疲れた人間の心に大ヒット。

本国では全く相手にされなかった家電製品メーカーが数年で世界中に支店を構えるほどになった。


そこで多くなってきているのが、デバイスの故障だ。


KUONは世界各国に直営店を構え修理サービスも行ってきたが、そこだけでは手が回らなくなり

一般企業に修理サービスの資格を与え、多くのユーザーの声に応えることになった。


中にはバッテリーを交換するだけの簡単な作業もあるが、今回のように『破壊したんじゃないのか?』と疑いたくなるような修理も存在する。


ちなみに人型やペット型の場合、故意に破壊していると判断した場合は、警察に通報。

器物破損に該当する場合がある。

しかし、あの女性は起きたら動かなくなっていたし、頭の亀裂も覚えが無いと言っていた。

「まあ、どんなに飼い主が『やってない』って言ったとしても、この子達を確認すれば分かっちゃうですけどねー。」

「そうね、本当になんともない事を祈るしかないな。」


私は手の中にある携帯電話のケーブルを取り出し、自分の修理用PCに繋いで記録を確認した。

大体、KUONは故障する原因を自ら前後1分間を録画できるように設計されている。

もちろんユーザーもそれを承知で使用している筈。

ただ、この映像は修理技術者しか見ることができない裏コードに入るため、ユーザーは自らで確認することも消すこともできない。


PC映し出されたのは、暗い部屋。おそらく手に掴まれているのであろう携帯電話からは壁しか写っていない。

テーブルだろうか。そっと座らせられた事がわかる。

さっきの女性は何やら泣いている。

『なんで…?もうヤダ、生きていたくない!』

その叫び声が聞こえたと思ったら、ガチャンと何かが割れる音が続けて聞こえる。

しかしKUONには何も起きていない。

『マスター…、ダメ、で、す。あの男、は…。』

そう言って電源が切れたのか何も映らなくなっていた。


「…?何も起きてないですね。」

「それどころか、彼女はKUONをテーブルにちゃんと座らせている。KUONは自然に故障したってこと?」


解析ログには持ち主を励ましていたり、非常に健気な性格に育っていたようだ。

そして、最後に自分の主人に何かを訴えようとしていた。

おでこを撫で、強制的に電源を落とした。

どこを見ているのかわからない瞳は色を失い、アイカバーガラスが虚しく光っているだけだった。


「さて、どうしようかな」

「最後の映像に何か隠されているんでしょうかね。でもこれは自然故障として扱っていいんじゃ無いですか?」


同僚の言葉に頷きかけたが、少し考え

「いや、ちょっと話をしてみる。一護、ちょっと来てくれる?」

『はい、マスター。』

一護は私の診断用PCの名前だ。明るい茶髪の男の子を模している。

私の腕を伝い肩にちょこんと座るのを確認して、お客様が待つカウンターへ向かった。


「お客様、お待たせいたしました。」

私との間に壊れた携帯電話を置く。

「壊れるまでの間に記録されている映像がありまして、見ていただきたいのですが。」

「はい…。わかりました。」

私の肩からぴょんと飛び降りると、一護はイヤホンをお客様に手渡した。

他のお客様に聞かせたくないと感じたのだろう。

お客様は震えながら、イヤホンを受け取り映像を見て真っ青になった。

「…これが残されていた映像になります。申し訳ございませんが、この子が壊れた原因がはっきりと分からないんですよ。でも何かを伝えようとしていた。心当たりはありますか?」

お客様は私の言葉に辛そうな顔をした。

「無理にとは言いません。この子が壊れた原因が何かあるかと思っただけなので。」

一筋の涙が彼女の頬を伝う。その涙が一護の頭に落ちた。一護は慌てて自分のポケットに入っている人間が使うには小さすぎるハンカチを彼女に渡した。

「どうぞ。元気出してください。」

その姿に彼女の涙腺が崩壊した。その様子に慌てる一護。

「昨日、彼氏が違う女性と歩いているのを見てしまって…。ちょっとショックだったんです。でも、そうですよね。協力できない彼女なんて捨てられて当然ですよね。」

お客様は泣きながら私に

「しかも今日の朝にはこの子も動かなくなってしまっていて、この世の終わりかと思いました。私、ついてないんですよ。昔から。」

そう言って、携帯電話を私の方に差し出した。

「この子は家族なんです。記憶がなくなってしまっても良いです。直してください。」

「かしこまりました。では…。」

『マスター』

引き取ろうとした時、一護が私の手を掴んだ。

『ここ見てください。接続フレックスが外れかかっています。』

KUONを持ち上げルーペで隙間を確認するとロジックボードに接続されているバッテリーフレックスやSSDケーブルが外れかかっているのが見えた。

『もしかしたら、起動するかもしれません』

「お客様。数十分時間をいただいても宜しいですか?」

「…え?」

「もしかしたら起動するかもしれません。」

私の言葉に彼女は少し顔が明るくなった。

「待ちます。よろしくお願いします。」

その言葉を聞いて、作業室にKUONを運び込んだ。


小さなトレーの横たわった携帯電話を自分のデスクに置き、分解を始めた。

一護が側でマイクロルーペを持って灯を照らしてくれている。

頭部の外装パーツを外すとやっぱりバッテリーフレックスとSSDフレックスが取れかかっている。

慎重に接続をやり直すと、KUONは目を覚ました。

「あ、起きた。」

『ここは何処ですか!』

その言葉に一護が

『私たちの病院です。』

『私のマスターはまだ近くにいますか!急いで伝えないと!』

その言葉にKUONをトレーに乗せてお客様のもとに戻った。


外装パーツが外され痛々しい姿の状態だったが起動したKUONは彼女に再会して開口一番にこう言った。

『マスター!あの男はいけません!あのまま別れを告げた訳ではありませんよね!?』

私も一護もあまりの勢いにキョトンとしてしまった。

「え、ちょ、ちょっと恥ずかしいんだけど…。」

『いいからマスター!私の映像を見てください!』

そこに映し出されたのは、彼女に部屋。多分だけど彼女の枕元に待機している状態だったのだろう。物音がしてカメラがそっちの方向に向く。

あまりにも、音が鳴り止まないのでこの子がベットから降りてその方向へ歩いていく。

「え、嘘でしょ?」

『そうです、あいつはマスターが寝ている間にお金になりそうな物を漁っては盗んでいたんです!』

KUONは防犯カメラとしても役に立つ。車に一緒に乗っているとナビゲータとしては勿論、ドライブレコーダーとして機能してくれる。

彼女の彼氏はKUONに気がつくと、拳でKUONを殴り倒した。

あの頭部の亀裂はこの時についたのだろう。

『あの後、記憶装置がうまく働いていないことに気がついたのですが…。』

少しの異変くらいなら通常動作で使用する事は可能なので、彼女自身も小さな異変に気が付かなかった様だ。

『あの後、マスターがあの男の浮気現場を目撃して警告しようとしたのですが、その時くらいから上手く話すことができなくなってしまって。』

確かに。KUONは自分の主人に身体的・精神的ストレスを感じ取ると、それをカバーする機能がついている。彼女が泣いていたあの時、この子がそれを感じ取らないわけがない。

その時には彼女の彼氏に殴られた損傷が広がってしまっていたことが原因だ。

『ということは、この頭部の損傷はその時の傷が原因ということになりますね。』

一護が彼女のKUONからケーブルを取り出し、自分に接続をした。

『この事は器物破損として警察に訴る事もできますけど、どうしますか?』

思いもよらない言葉だったのかもしれない。彼女もKUONも一護の言葉に動揺をしていた。

「…こういう場合ってどうするんですかね。」

彼女は自分のKUONの頭を撫でながら、考え込んでしまった。

そう言った事例は多くない。でも、明らかに器物破損と窃盗をおこなっている時点で警察に通報案件だとは思う。

「ここまでの話を聞けば警察に通報してもおかしくない状態ですよね。でも最終的に決めるのはお客様だと思いますよ。どうされたいのかよく考えてください。」

「…。」

そんな話をしている最中に一護がKUONからデータを吸い上げ終わった。


『まずは先にこの子を治すことから考えませんか?』

一護の言葉に、彼女がハッとして

「そうですね。それから考えるようにします。」


部品パーツを取り寄せをして修理になるので、数日預かることを伝えKUONの電源を切った。

「では、この子をお預かりしますね。」

「よろしくお願いいたします。」

来店した時とは違って憑き物が落ちたような顔で彼女は店を後にした。


一日の業務を終えて自分の部屋に帰宅。

鉛のような体をリビングのソファに沈めた。

「あああー…。疲れた…。」

足元に置いたバックから一護が出てくる。

『私も利口なPCの真似は疲れました。自分の本体に移っても良いですか?』

「いつも思うけど勝手にできないの?毎回私に聞いてくるけど」

『この体の時はロボット三原則が働いているので難しいですね。』

「ああ、そう…。じゃ、どうぞ。」

『ありがとうございます。では。』

そう言って、奥の部屋に歩いて行った。常に出入りができるように十五センチほど開けっぱなしにしている。まるで猫を飼っている気分だ。

私は冷蔵庫からヨーグルトを出して一気に口に流し込んだ。

ふう、と一息ついた時ガラっと寝室のドアが開く。

そこから出てきたのは明るい茶色の髪をした二十代くらいの男性。

『あー今日も疲れたな。小さい体だと動くのも不便だしやっぱりこの大きさがいいな。なあ、仕事場にこの体で行ける様にしてくれよ。』

「それには、その大きな体にロボット三原則を組み込まないといけなくなるんですけど。面倒なんですけど。」

『え。そんなことしなくちゃいけないの。』

「だったら最初から組み込んでおけば良かったじゃない。KUON創始者さん。」

そう、今目の前に立っている大きなAIロボット。これがさっきまで一緒に仕事をしていた一護の本体だ。そして中身はKUON創始者である松下光太郎。

彼はある日の会社からの帰り道何者かに襲われ命を落としたと言われているが、その死の間際、そばにあった開発中のこのロボットに自分の生命データをサルベージした。

肉体は滅んでしまったが、魂はこのロボットの中で生きているという不思議な生き物。

しかも、ロボット三原則を組み込む前だったので自分の考えで行動ができるという反則級のAIロボットだ。基本的にロボット三原則を組み込まれていないロボットは外に連れて歩けないという欠点があるため仕事の時は小さい体にデータを移して生活をしている。

『今日は何を作ろうかな。疲れてるだろうからトマトスープのパスタにでもしてあげようか』

生前は料理が趣味だったらしく、同居する事になった頃から甲斐甲斐しく面倒を見てくれる。

「お願いします。私はお風呂いただいてきます。」


湯船に体を預けて、今日の彼女を思い出す。

一護が「通報しますか?」と言ったときのあの表情。あれは戸惑いというよりも

通報されることで、相手を失うことへの恐怖。

多分、あれは…彼氏の行動を通報したりしないだろう。

搾取されることに慣れてしまい、何も疑問を感じることができない。

”恋は盲目”というけれど、やるせない気持ちになってくる。


風呂から上がると、一護はソファに座っていた。

『あ、ご飯できてるよ』

私を見た瞳は通信中の赤色に光っていた。

「…何か調べ物でも?」

『ん?ちょっとね』

そう言って一護は通信の方に集中し始めた。

私は、用意してくれたトマトスープパスタを口に運んだ。

「!美味しい!」


あれから一週間。

KUONの修理パーツが入荷し、修理も完成した頃。

思いがけないニュースが飛び込んできた。

それは、同僚とランチをとっている時に休憩所のテレビに流れてきた。


「就寝中の時間を狙って連続的に窃盗を繰り返していたとして、東京都北区在住の容疑者を逮捕しました。犯行の様子を住民のKUONが記録しており、詳しく余罪を調べています。」


そこに映った男は預かったKUONに記録されていた男の顔だった。

画面の中の男は、悔しそうな顔を浮かべながら警察官に連行されている。


「バカですね〜。KUONがあったら犯罪の様子なんて記録されちゃうんだから真面目に働いておけば良かったのにね。」

「…そうだね。」

返事をしながら私の弁当箱の近くにいる一護に目線を移した。

不適な笑みを浮かべ満足そうにテレビを見ている。

「ちょっと、コーヒー買ってくる。…一護、おいで。」

『はい、マスター』

人があまり来ない物陰に隠れ、一護を手のひらにのせた。

「自宅にいる本体と繋いで」

しばらくすると、本体と繋がった。

『なんの用?』

「何の用じゃないでしょ。あんた、彼女の彼氏のこと通告したね。それもクラックまでして!」

私の言葉にキョトンとした顔を一瞬したけど、すぐに不適な笑みに変わった。

『ああ、逮捕されたんだってね。ザマアミロだ。』

「なんで、そんなこと…!」

『そんなこと?君には今回のことはそんなことなのか?』

その問いかけに言葉が出ない。

『通報するかどうかは彼女が決めることだと思ったが、KUONを傷つけ、人の財産を漁っている奴を野放しにすること自体、俺には理解できないんだけど』

「確かに私もそう思うけど!やり方が良くないって言ってるの。彼女が告発するまで待ったほうがおおごとにならなかったと思うんだけど。」

『搾取される事に慣れてしまっている人間は、自分でなんとかしようなんて考えないんだよ。周りがおかしいって声をあげないといけない事だと思う。だから俺は通報した。俺の行動は間違ってないと思っている。話はそれだけだったら切るよ。』

「ちょ、コラ!話はまだ終わってない!」

手のひらの一護の目が一瞬暗くなり、いつもの瞳の色に変わった。

『マスター?お昼休みがもうそろそろ終わりますよ。』

「…わかった。行こう。」

問題にならないといいんだけどなと思いながら大きなため息を落とした。


午後になって、例の彼女がKUONの引き取りに来た。

綺麗になっているKUONを見て嬉しそうな顔を浮かべている。

「この子がキチンと修理されて戻ってきてくれて安心しました。」

「…良かったです、これからも相棒として可愛がってください。」

彼女は自分のKUONに向き合って

「これから警察署に付き合ってもらうからね」

そう言った。私と一護はその光景にキョトンとしながら見ていると

「あの男、私以外にも女がいて全員にお金を請求していたんですよ。これから全員で警察署に行って、あの男の悪事を暴露してくるんです。」

何か吹っ切れたような明るい笑顔に見違えてしまうほど。

『そうです!マスター!あんな男なんて懲らしめてやりましょう!』

修理金額の支払いを終えて「さ、行こうか」と力強く前に進んでいった。

「ありがとうございました。お気をつけて。」

今まで辛い恋をした分、明るい未来が彼女を待っているはず。

『ほら、俺のやったことは間違ってないじゃないか』

「勝手に通信して出てくるんじゃないよ。私は怒ってるんだからね。」

『遠隔操作でやるのも面倒だな。やっぱり本体で出かけられるようにしようかな。』

「じゃあ、ロボット三原則を追加しましょうか。勝手に行動できないようにすれば私も安心だしね」

『あ、なんか眠くなってきた。じゃあな』

そんなに嫌か。縛られることが。

まあ、ロボットでも人間でもないからな。


その後の報道で彼女の彼氏は結婚詐欺の他、特殊詐欺にも手を染めていて

押収された証拠品の中にボロボロになったKUONもあった。

詐欺や窃盗の罪の他にKUONの器物破損も加わる事になる。


感情がプログラミングされているからなのか、首を傾げぐったりと座っている姿は

持ち主に捨てられた事を悲しんでいるように見えた。


この話は友人が昔やっていた仕事の話を元に作成しました。

彼もその仕事を離れて結構時間が経過しているとのことで、続きは難しいかな思いますが…

何か取材させてもらえる場所があったら、続き書いてみたいです。


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