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第九話 新しい職場


 あまりの言われように、薫鳳(くんぽう)は我に返り玻璃(はり)へ反論する。



「そんなことないだろ。研究室ってどこもこんなもんだぜ。むしろうちはまともだよ。燕該曜(えんがいよう)んとこの魔術室なんてガラクタ倉庫みたいだからな」


「他の後進的な職種と比べないでください。こんなに女性助手が働いているんですよ? もっと快適な空間ってあるでしょう。それに薫鳳先生、私の作業場所はどこの予定ですか?」


「そこだ。集中できる特等席を用意しておいたんだ」



 薫鳳は部屋の一隅を指差した。そこには古臭い木製の机と椅子がぽつんと置かれてある。玻璃は思わず両手で机の上面を強く叩いた。



「こんな環境で設計作業ができるかあああああああっ!」



 玻璃の絶叫の声に、作業中の女性助手たちが一斉にこちらを向く。普段はどんな高官相手にも(ひる)まない豪胆な薫鳳も、猛獣のように息を荒げている玻璃の姿に唖然(あぜん)とし、恐る恐る()く。



「……おい、どうしたどうした」



 薫鳳は部屋の端で壁に向かうほうが集中できるだろうと心底本気で気遣(きづか)っていたようで、玻璃の急変に驚いている。キッと睨みつけてくる玻璃に、薫鳳は慌てて説明を加える。



「確かに皇宮内の厨房で処分前だったのを譲ってもらった机だけどよ。十分立派で綺麗(きれい)だし、香料も使ってオレが自ら()()きしたんだぜ。しかも部屋の端のほうが集中して取り組めると思ったが、違うのか」


「そういうことじゃないんです! 薫鳳先生は職場の行動工学ってのが全然分かってないじゃないですか。よく今までこんな職場で女性たちを働かせていますね。天然無頓着野郎のご自分だけならまだしも、女性の皆さんを使うならもっとちゃんとしましょうよ。天才調香師って肩書きなんでしょ一応」


「どういうことだよ。十分良いだろ」


「あああああああ、もうイライラする! 私これでも帝国美術学院の建築学科出身なんで、こういう非効率的で美的感性どん底の仕事場は気になって仕方ないんです。こんな生産性皆無の職場でモノが生み出せるのは、先生お一人が天才的で非常人的で変態的だからであって、普通の人には無理です」


「言い過ぎだろ。ちょっとぐらい散らかってるのが何だよ。画家や彫刻家の工房だって、著作家や劇作家の書斎だって、ごちゃごちゃってしているもんだろうがよ」


「何十年前の孤高の芸術家の時代の話をしてんですか。いまや芸術も分業制の集団制作の時代。総製作者が集団に快適で効率的な作業を提供するのは当然なの知らないの、この変態先生は。制作現場の取材をしたわけでもないのに適当なこと言って反論の材料にするなっつーの。帝国美術学院に入って一から学んできたらどうなの、このタコ」


「おい、オレ特級匠官だぞ。敬語は」


「何十年前の引きこもり芸術家の話をされているのでございますか。何もご存知ないんですね、この天才大先生、制作現場の取材をされたわけでもありませんのに適当なことおっしゃらずに、帝国美術学院で学ばれてはいかがでしょうか。きっと入試で落選なさるでしょう、このイカ」


「敬語は丁寧な悪口とは違うからな。じゃあどうしろって言うんだ」


「いいです、もう。私が職場の配置から設計から機能的に全部やり直します。おじいちゃんの硝子(グラス)工房で設計室を作り直したことあるんで、慣れてますし。あーもうほんと面倒! 殺したい!」



 玻璃は深い溜め息をつくと、抱えていた道具(かばん)を部屋の端に置き、頭巾(ずきん)を取り出して頭に巻いて髪を押さえる。まるで年末大掃除でも始めるぐらいの気合いの入れようだ。


 そして自前の()(じゃく)を手にすると、部屋の広さや調度品の寸法などを細かく測っていって、帳面に次々に書き記していく。あまりの手際の良さに、薫鳳は唖然として立ち尽くして見つめ、若い女性助手たちも調香作業を進めながらもチラチラと玻璃の様子を気にかけている。



「ほら、薫鳳先生、邪魔邪魔」


「おい、オレ一応、特級匠官……」


「あー、そこも邪魔だって。だから、そっち立つな薫鳳! 測ってるの見て分かるだろ? 分かんないの? あっち行け!」



 玻璃は苛立(いらだ)ちながら計測を進めていき、いつの間にかタメ口になって薫鳳を足で追い払った。


 薫鳳は怒られた犬のように萎縮する。実際怒られていた。所在なく、そそくさと奥にある自分専用の調香部屋へと移動していく。


 こうして始まった玻璃の朱雀宮(すざくきゅう)の調香室での仕事は作業場設計に始まり、結果、製瓶の業務に取り掛かれるまでに三日間を費やすことになった。




(つづく)



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