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第六話 決意


 薫鳳(くんぽう)が赤く腫れた左頬を撫でながら、玻璃(はり)へ言い放つ。



「おまえなあ。女に香りを理解させてやるのは、国益としてだな……」


「その女性への上から目線をやめろって言ってんの」



 玻璃は食い気味に遮る。「理解させてやる」という言い回しが特に気に障っているようだ。



「あなたはさっき、前時代的な老害だとか古臭い魔術とか言ってたけど、あなたも余程の古臭い固定概念の塊じゃない。この外道」



 祖父玻丈(はじょう)に背後から両肩を固められている玻璃は、右脚を突き出して薫鳳の腰のあたりを蹴った。「痛てっ」と薫鳳の呻いた直後。


 玻璃の首筋にぴたりと硬質な感触があった。まるで刀剣の刃で脅されるように、長杖の柄の先が当てられている。


 その杖の持ち主は、曹牙陵(そうがりょう)であった。


 玻璃は顔を上げ、長身の牙陵の目を睨む。



「何ですか?」


「それ以上の無礼は、この曹牙陵が許さぬ」


「老害だとか古臭い魔術だとかは、こいつの発言から引用しただけですけど」


「無礼とは、我が国の特級匠官に対して手を上げ、足で蹴っていることだ。少年」


「えええ、こいつの味方ぁ!?」



 玻璃は思わず甲高い声を上げる。薫鳳が腹を抱えて大笑いを始めたので、ますます玻璃の怒気は煽られる。


 薫鳳は笑いの涙を指で拭うと、細い扇子の先を曹牙陵の杖に当て、玻璃の首から遠ざけた。



「牙陵どの。皇宮内の秩序に目を光らせる姿勢は素晴らしいが、だったらもっと、鼻でも鍛えたらどうか。乙女に少年呼ばわりとはな」


「……失礼した」



 曹牙陵は一瞬考えたが、玻璃の顔を改めて見て、女性だと理解すると素直に頭を下げた。燕該曜(えんがいよう)に忠実な副官ではあるが、良識に従う実直な男であることが窺える。


 薫鳳は笑みを見せる。



「そうそう。今の時代、あんたたち魔術師連中はもっと、淑女第一の精神を学んだほうがいいぜ」



 すかさず玻璃が噛み付く。



「どの口が。私のことも馬鹿にしてたくせに」


「淑女第一ってことは、淑女以外の女は第二以下ってことだろ」


「まだ言うの。この最低調香師がっ……!」



 薫鳳と玻璃は魔術師連中を置き去りにして揉め始めた。苛立ち呆れた燕該曜が、またも強く錫杖を突き立てた。ガシャンと金属音が響く。



「訓薫鳳……。今日はこれぐらいしておいてやる。だが、おまえのような異端の奸物に、この帝国を好きにはさせん。必ずおまえの悪行を暴き、息の根を止めてみせよう。よく覚えておくことだ」


「覚えておかねえよ。オレの脳はこの国を潤すために限界運転してんだ。悪行に回す知恵どころか、あんたらのような無用の長物に使う記憶の余地すら、一つもねえよ。お風呂嫌いの老師様は、入浴愛好者の芳しいオレなんかに構わず、体臭仲間と魔術という名の手品の見せ合いっこでもしてろ」



 脅しに全く動じず、薫鳳は余裕で言い返す。


 燕該曜は今一度睨みを利かせ、踵を返す。牛堅儀(ぎゅうけんぎ)や曹牙陵、他の魔道師も薫鳳に憤りの視線を向けながら、無言で老師の後に続いた。


 先ほど薫鳳が言葉をかけた背の低い魔術師が、被りに目を隠したまま玻璃に近づき、そっと耳元で囁いた。



「あの……。ありがとう」



 若い女性の声だった。恥じらうようにさらに深く被りを下ろして顔を隠すと、駆け足で燕該曜の一行に追う。


 彼女もまた男尊女卑の集団の中で苦労をしているのかな、と玻璃は身を案じながら、その背中を見送った。


 張り詰めていた緊張は、玻丈の大きな溜め息でようやく緩んだ。



「ふう……。これ、玻璃。老魔道師様の前で、なんたる無礼を働くのじゃ。生きた心地がしなかったぞ。それに薫鳳どのも、大人気ない」



 玻丈は冷や汗を拭いながら、孫娘と商売仲間に注意する。


 薫鳳は頭を掻いて、四阿の椅子に戻る。玻璃もまたその向かいに座り直し、薫鳳の目をキッと睨みながら口を開く。



「訓薫鳳どの」


「なんだ」


「あなたは国家輸出額の四割を自分が稼いでいるって言ってたけど、この四年であなたの香水の収益は何倍ぐらいになったの」


「四倍ぐらいだな。な、爺さん」



 薫鳳は温玻丈へ確認の目をやる。玻丈はうなずいている。


 玻璃は新しい香水瓶の試作品を置き直して見せた。



「行ってやるわよ。あなたの調香室とやらに」


「は?」



 薫鳳から意外そうな声が漏れる。


 玻璃は女性を物のように扱うこの男の意識が許せなかった。この色欲魔はきっと、仕事場でも美しい女性の助手ばかりを飾り物のようにはべらせているに違いない。そんな女性たちの尊厳を薫鳳から護るためにも、薫鳳の喉元に飛び込んでやろうという気概が玻璃には湧いた。



「私が香水瓶の設計に関わってから四倍になったんでしょ。だったら、輸出額の四割全部があなたの功績じゃない。三割分は私が稼いでるってことだよね」


「どういう計算なんだよ」


「私もあなたと直接やり取りするほうが仕事は手っ取り早い。だから行ってやる。ただし」



 玻璃は卓上に拳を叩きつけ、一拍置いて言い切る。



「……私に手を出したら、即刻引き上げて、あなたの仕事は二度と請けない。そして殺す」


「殺すなよ。何度も言ってんだろ、おまえは手を出すほどの淑女じゃないってな」


「それから……、それよ。女を馬鹿にした言い草。どうせあなたの調香室って、お気に入りの女性の助手ばかり揃えてるんでしょ。誰であろうと、私の目の前で女性たちに無礼を働いたり、必要以上に接触したりしたら、私は引き上げてあなたの仕事は金輪際請けない。そして殺す」


「だからすぐ殺すなよ、物騒な奴だな。おまえこそ、仕事に手を抜いたら容赦しねえ職場だが、覚悟はいいんだろうな」


「上等よ」



 いつしか薫鳳と玻璃は卓上に手をついて身を乗り出し、至近距離で睨み合っていた。波丈も両脇の美女たちも、その火花散る対峙に息を呑む。


 卓上に置かれた新作の香水瓶は、これから注がれる香水を待ち望んでいるかのように、艶やかな光沢を発した。



(つづく)

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