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第四十六話 帯剣


 小屋も花畑も全て焦げ熱を散らす中で、血に塗れた養父の凄惨な遺体は、既に冷たかった。



「オレはまた……大切な親を失ってしまった」



 呟く薫鳳(くんぽう)の脳裏に、幼少期の家族の最後の瞬間がちらつく。



「今のオレは、あの時のオレと違って、大切な人を守れたはずじゃないのか。それを、女遊びなんかしている間に……。オレは馬鹿だ……っ」



 悔恨の念が胸の奥で渦巻き、薫鳳は唇を噛み締め強く目を閉じる。


 あまりにも唐突の悲劇。


 蕭孔来(しょうこうらい)が生涯を懸けて書き連ねてきた研究資料も、幾千の植物から生み出した調香の処方箋も、皇后との縁を証明する書状も、何もかもが灰となって消失し、風に舞っている。


 なぜ、こんなことに……。




「……?」



 絶望に沈み、闇に目を閉じる中で、薫鳳の研ぎ澄まされた嗅覚は、微かな違和感を捉える。


 発火に用いたであろう燃料の匂いに行き当たらない。


 真昼の犯行ならば、松明などの火の照明を使うこともない。短時間で焼き払うつもりなら、油でも撒くのが常道だろう。


 油の匂い、さらには、火打ち石を使った気配すら鼻に感じない。


 薫鳳の嗅覚は、さらに奥深く潜る。


 蕭孔来の身体を無数に斬り刻んでいる刀傷。そう見える裂傷からも、刃物の匂いが一切感じ取れない。鍛治で打たれた剣や槍の類の傷ではない……。


 なぜなのか。



「……魔術しかない」



 薫鳳は細く目を開けながら、低く呟く。



「火炎のような魔術で家や畑を焼き、旋風のような魔術で親父どのを斬り刻んだ……。オレの鼻では、そうとしか説明がつかない」



 薫鳳の推測は、確信に変わっていく。


 先進的な青龍宮の皇后と、魔術師が多数所属する保守的な魔術府の確執は、巷では小説の題材になるほどよく知られている。蕭孔来が過去に皇后と繋がりがあったことを知った魔術師がいれば、命を狙われたと考えても不思議ではない。


 薫鳳が魔術に、そして魔術師に対して深い懐疑を抱くようになったのは、この時からである。



 十八歳の訓薫鳳は、育ての親と住まいを同時に失ったことで独り立ちを余儀なくされ、生きる術を求めて帝都へと向かった。


 自分に残された武器は、両親から受け継いだこの嗅覚と、親父どのから学び取った本草学と調香の知識だけ。


 それを武器に生きていく。そう亡き親たちに固く誓う。


 その数ヶ月後、訓薫鳳は硝子職人の温玻丈と出会い、その製瓶の協力を得て、やがて天才調香師として世にその名を轟かすこととなる。


 女癖だけは相変わらずであったが。




 調香室の作業机で、玻璃はひたすら次の香水瓶の図案を描き込んでいる。


 皇太后に対する誤解が解けてから、玻璃の顔は憑き物が落ちたように澄んでいた。


 祖父を失った悲しみは消えてはいない。だが、皇太后が祖父や父の名を知っていたことを聞き、誇りはさらに高まった。


 朝萌山での所用を終えて調香室に戻ってきた薫鳳も、その玻璃の顔つきの変化には一目ですぐに気づいた。



「どうした、玻璃」


「何ですか。調子がいい時は、話しかけないでほしいんですけど」


「顔つきが前と全然違うじゃないか。男でも知ったか」


「たとえ男を知ったとしても、薫鳳先生に報告する義務はありません」


「遠回しに、男を知らないって報告しているが」


「うるさい! 仕事に集中させろ!」



 玻璃は薫鳳に木製定規を投げつけて、苛立ちながら筆を走らせる。


 首を傾けて定規を軽やかに避けた薫鳳は、苦笑を浮かべると、奥の専用研究室へと入っていった。


 やがて、その奥の部屋からガチャガチャと聞き慣れない金属音がして、助手の玲花と小雅は顔を見合わせる。


 玻璃は無視しようとしたが、あまりにも耳障りな重い音に耐えられず、筆を机に叩きつけると、ずかずかと薫鳳の個室と踏み込んだ。開け放たれた扉をドンドンと拳で殴りつけて呼びかける。



「うるさいんですけど。何の音ですか。……ん?」



 そこに立つ薫鳳の姿を見て、玻璃は言葉を失う。


 その背後から覗き込んだ玲花と小雅も、思わず惚れ惚れと見入った。


 薫鳳の腰には革の帯が締められ、見事な宝剣が鞘ごと吊るされている。


 特級匠官には武官と同じく、帯剣が許されている。だが薫鳳や魔道師などは本業の邪魔になるので、儀礼式典などよほどの時にしか帯剣しない。



「ど、どうしたんですか。薫鳳先生。仮装大会にでも行くんですか……」



 玻璃は呆れ混じりに言った。


 だが薫鳳は、覚悟を決めたような真剣な表情で視線を返す。


 宝剣の柄に手を当てガチャリと揺らして、重く告げた。



「決着の刻だ。宝珠尖香を取り戻す」


「えっ……!?」



 思いもよらぬ名を耳にし、玻璃の声は思わず跳ね上がった。





(第六章へつづく)





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