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第四十二話 忌服明け


 この帝国では古来より、肉親を失った者は四十九日を忌中とし、それを過ぎて初めて「喪が明ける」と言い表す。


 官職にある者は十四日をもって忌服明けとし職務復帰するのが通例だが、玻璃(はり)は祖父・温玻丈(おんはじょう)の死からわずか四日後に、調香室へと出勤してきた。



 明らかに泣き腫らした玻璃の青白い顔を見て、調香助手の玲花(れいか)小雅(しょうが)が心配して駆け寄り、慰めの言葉をかける。


 玻璃は二人の気遣いに礼を述べながらも、奥の薫鳳(くんぽう)の専用調香室へとつかつかと歩み、バーンと扉を押し開けた。


 中では薫鳳が熱心に細やかな調香作業中だった。扉の音を聞き玻璃へと視線を向ける。



「おう、玻璃。爺さんの葬儀は終わったか」


「ええ。先生は通夜にも葬式にも、一度も顔を出してくれませんでしたけどね。一応、失礼極まりない弔花を生前にいただいてたんで、これ、弔問客への香典返しです」



 玻璃は不機嫌そうに紙袋をグシャリと台の上に置いた。


 薫鳳は作業の手を止めてガサガサと紙袋を開ける。中身は帝都の老舗菓子店の月餅(げっぺい)だった。薫鳳は一つを摘み上げ、ためらいなくかじる。



「美味いね。まあオレは、もっと美味い月餅を食ったことあるけどな」


「どこまでも失礼な人。こんな時に」



 玻璃は鋭く薫鳳を睨むと、続けて一枚の紙を月餅の袋の脇に広げた。



「なんだ、それ」


「新しい燭台の図案です。うちに置かれていったこれ、先生にはさも自慢の道具なのでしょうが、私の目にはどう見ても冴えないんで」



 玻璃はさらにその横に、燭台を置いた。祖父玻丈の死の間際、薫鳳が香りで死出の旅路を送るために部屋に残していったものだ。以前に玻璃がこの部屋で芳香療法を受けた際にも用いていた薫鳳愛用の品。だが玻璃は、一目見た時からその意匠が気に入らなかった。


 薫鳳は設計図を手に取ると、食い入るように眺めている。



「おい……。こんなもの、本当に作れるのか」


「作れるも何も、単純な陶器でしょう。あの日みたいに外に持ち運ぶのであれば、下の燭台と上の皿は同一化したほうがいいに決まってます」



 薫鳳が用いている芳香器は、円柱状の燭台に香油皿を載せる構造で、下の燭台と上の皿は分かれている。玻璃の設計図では熱源と香油皿が上下が一体となっていた。蓋部で熱する方式の芳香器は、当時には珍しい形状である。



「これを、喪の間に考えたのか」


「ええ。薫鳳先生が毒の芳香を使っておじいちゃんを毒殺した可能性を疑って、燭台を調べているうち、思いついたんで」


「毒の芳香って何だよ。おまえも嗅いでて死んではねえだろ」


「『仕事のことは気にせず、ゆっくりと語らえよ』……とか格好つけて帰ったくせに、ゆっくりと語らうことなくおじいちゃんは無言で死んじゃったんで。誰だって薫鳳先生の毒殺だと思うじゃないですか」


「誰も思わねえよ。爺さんは、おまえに何も言い残さなかったのか」


「……別に、そういうわけじゃないけど」



 玻璃は口を尖らせ、視線を宙に泳がせた。


 祖父の最後の言葉は短かったが、それで全てを伝えきったのだと思う。ただ、玻璃は祖父に感謝の気持ちを十分に伝えることができなかった。その行き場のない悔恨で、つい薫鳳の他殺説を口にしたくなる。


 薫鳳は悲嘆の中で設計図を引いた玻璃に感心し、ゆっくりとうなずく。



「玻璃……。やはりおまえは、仕事がしたくてたまらないんだな」


「それはまあ。無心になれるんで」


「ならばさっそく、甲斐のある仕事を任せてやろう」


「はあ。何ですか」


「今日の午後、新作の香水を届けてきてほしい」


「どこへ」


「皇太后さまのところだ」


「ええええええぇぇっ! ……む、む、無理です。ひぃぃ」



 先ほどまでの強気な態度はどこへやら、玻璃は飛び退()いて窓の遮光の(とばり)の陰に隠れ、涙目で震えている。



「おい」


「無理です無理です。薫鳳先生も一緒ですよね?」


「いや、オレは別件で行けない。おまえが代理の責任者だ」


「無理無理無理ィィ! うわぁぁん!」



 玻璃は帷にすがりつき、祖父を失った時よりも大声で泣きじゃくる。


 調香室にいた玲花と小雅、思妍(しけん)蛍舞(せつぶ)までもが、性犯罪でも起きているのかと疑って入口から顔を覗かせ様子を伺っている。



「ガキみたいな駄々をこねるな。ちゃんと仕事しろ」


「だって……、私、皇太后さまに潰されちゃうんですよね」


「何を言ってる?」


「紅玉の間で薫鳳先生に命じてたじゃないですか、私を潰せって。私、潰されますぅぅ」



 震える玻璃の言葉を聞き、薫鳳は事情を悟ったのか、一つ溜め息をついた。


 次の瞬間、玻璃の顎を鷲掴みにして圧し上げると、顔を近づけてその瞳を見つめる。


 玻璃は薫鳳の翡翠のような瞳の前で、(たこ)の口ように唇を潰し出された妙な顔になっている。



「うるせえな。冷静になれ。皇太后さまがそんな人に見えるか」


「は……、はっへ……」(だ、だって)


「おまえなんかより、潰さなきゃいけないものが他にあるだろ。オレはその準備に忙しいんだ。それにおまえにも、皇太后さまに伝えなきゃいけないことがあるだろう」


「は……、はひほ……?」(な、なにを?)


「葬儀を終えたこと、報告してこい。おまえよりも先に二級匠官として皇太后さまに召されたことのある、偉大な先輩のな」


「へ……、へ?」(え、え?)



 薫鳳の言葉に、玻璃の震えは止まる。玻璃は祖父が二級匠官だった過去を知らなかった。





(つづく)







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