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第三十三話 迷い人


 曹牙陵(そうがりょう)たち魔術府(まじゅつふ)の魔術師一団は、魔術師禁制のはずの朝萌山(ちょうほうざん)の視察をすでに四度も敢行していた。


 製瓶設計師の(こう)玻璃(はり)は、馬に乗れるという理由だけで訓薫鳳(くんくんぽう)に随行を命じられた当初こそ、露骨な不満げの態度だった。しかし、朝萌山に広がる香水原料の畑を巡ると次々と着想が湧き上がるからか、温泉の心地良さに抗えなかったのか、次第に自ら進んで理解に深める姿勢を見せるようになった。


 玻璃も牙陵も驚くほどの記録魔であった。訓薫鳳が語る説明、眼前に広がる光景、そこに潜む背景……。目に映るもの耳に届くものを寸分の漏れなく筆で書き留めていく。薫鳳は日頃、記録も残さず記憶にも留めない調香助手の女子たちに懲りているので、教えが響く相手には熱が入る。彼の語りは自然と熱を帯び、玻璃も牙陵も真剣に学んだ。


 魔術師連中の四度目の視察が終わった後も、勉強熱心な玻璃は何度も薫鳳に同行した。いつの間にか、朝萌山の物置きに眠っていた机を引っ張り出して香水工場の一角に置き、自分専用の作業空間を確保していた。


 薫鳳が忙しく敷地内を駆け回っている間も、美しい畑を巡ったり温泉に浸かったりしながら思考を巡らせ、着想が閃くとその机に駆け戻って一気呵成に図案へと落とし込む。もはややりたい放題だが、薫鳳は特に(とが)めることもなく好きにさせていた。



 次なる新作の香水瓶の構想を練るために、この日も玻璃は朝萌山の畑の畦道をぶらぶらと歩いていた。


 その時、農作業に従事していた小妖精(しょうようせい)の女性たちが四人ほど、茉莉花(まつりか)が一面に咲き誇る広い畑の端で集まって慌てているのが目に入った。異変を察した玻璃は、足早に近づく。


 そこには質素な平服を身にまとった若い女性が、植えられた茉莉花の花々をの押し潰すように倒れ伏していた。駆け寄った玻璃は、即座に腕を取り脈を見る。



「意識はないけど、脈は確か。薫鳳先生をすぐ呼んできて」



 困惑している小妖精たちに指示を飛ばす。彼女たちは人の姿をしているが亜人種の魔物であり、種族独自の言語を持つため人間の共通語は通じない。それでも薫鳳の名だけは理解できたのか、一人がうなずいて駆けていった。


 玻璃は、この一帯の茉莉花の濃厚な香りをも押しのけて主張する複雑な強い匂いに感づく。衣類に触れてみるとあちこちが湿り、色の染みも見え、複数の香水原液をかけられたようにも感じられる。


 ほどなくして、先ほどの小妖精とともに薫鳳が駆けつけた。工場で蒸留装置の点検中だったらしい。



「玻璃。どうした」


「畑の中に女性が倒れてるんです」


「意識を失ってるのか、その女魔術師」


「魔術師……? いや、彼女には外套も魔水晶の首飾りもないですけど」


「以前、燕該曜(えんがいよう)のジジイや牙陵どのと一緒にいた女だろ」


「え……!」



 薫鳳の指摘で、玻璃は思い出す。皇宮の園庭で薫鳳と初めて対峙したあの日、燕該曜や曹牙陵の一派と緊迫した空気が走ったが、その中に確かに一人女性がいることを薫鳳が言い当てた。


 だがあの時、その女性は薫鳳に張り手を見舞った自分の耳元にだけそっと感謝の言葉を告げた。薫鳳はその言葉が聞こえてはいないはずだ。



「今回の牙陵さまの視察団は男性ばかりで、彼女はいなかったでしょう。彼女の声も聞いてないのに、どうして分かるんですか。もしかして……」


「あの時の女の香りだからな」


「きもっ」


「いやそこは感心するところだろ」


「だって、これだけ茉莉花の畑の香りが漂ってて、彼女の服からも何本もの香水のような強い匂いがするんですよ。彼女の匂いなんて、分かるわけがないでしょ」


「七級愚民のおまえが分からないからと言って、特級匠官のオレも分からないと思うな。女の香りは植物の薫りや香水の匂いとは別物なんだ。おまえがこの畑の無数の茉莉花の中から彼女の姿を見つけられたように、オレは無数の香りの中から彼女の香りを見つけられるのさ」


「やっぱり、きもっ」


「おい。上司なんだから褒めろ」


「全国嘔吐級能力選手権でぶっちぎり優勝ですね」


「ふっ、まあ王都級能力ではあるが。それにしても、なぜ彼女はこんなところに……」



 いつの間にか薫鳳は女性の肩を抱き、上半身を起こしていた。白い頬に付着した畑の土を指先で丁寧に払っている。やたら手慣れた女の扱いを見て、玻璃は本当に嘔吐級の不快感を覚えながらも、一つの推測を述べる。




(つづく)





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