第二十八話 宝珠と水晶
「す……すげえじゃねーか、玻璃! まるで彫刻を瓶の中に閉じ込めたみたいだ」
薫鳳の声が調香室に響き渡る。
薫鳳が手にしている硝子瓶は、手のひらほどの高さがあり、透明な胴体の中に水晶を彷彿させる六角柱が四本ほど立っている。薫鳳は待望の玩具を与えられた子どものように新たな瓶を上から下から眺めている。玲花や小雅たち助手陣も打ち合わせ席に寄ってくる。
「南方の造形華茶から着想を得て設計しました。薫鳳先生の要求にはほぼ全て応えられたと思いますよ。私は褒められ慣れてるので、実家の硝子工房のみんなを褒めてあげてください」
玻璃は試作瓶を包んでいた風呂敷を丁寧に畳みながら、そっけなく言う。
新作に用いる香水瓶を制作するために、薫鳳は製瓶設計師の玻璃にいくつかの要求を出していた。
まず一つ目は、置き物として映えるもの。
これまでは持ち歩きたくなる携帯性の香水瓶が進化してきたが、香水が高級品になりすぎた今、部屋の調度品のように置物として長く愛でられるものはできないかと薫鳳は考えた。
それを聞いた玻璃は、瓶の中に硝子細工を仕込む意匠を設計する。着想は南東の州で生産される、湯を注げば透明な湯呑みの中で花が開く造形華茶と呼ばれる独特の茶葉の形からであった。緻密な硝子細工を硝子瓶の中に封じ込めるのは、玻璃の実家の玻丈工房だからこそ実現できた技術である。
そして二つ目の条件は、入る香水の量を適度に抑えることであった。
高額の香水の液体量が少なければ当然価格は下がる。なみなみ注がれた香水を愛する富裕層も多いだろうが、少量のほうが品があるというものだ。置物でありながら内容量は抑えたい。玻璃にはそう伝えた。
薫鳳は硝子瓶を厚くするのだろうと想像していたが、玻璃は中に大きな六角柱を入れることで、香水に沈む水晶を鑑賞できると同時に収容量を抑えるという要望も実現してみせた。
「玻璃と玻丈工房の連中はすごいな。調度品としての完成度も高い。これは<宝珠尖香>に劣らぬ値がつくぜ」
薫鳳は興奮気味に言いながら、棚を指差す。指示を理解した玲花がそこに立てられていた香水瓶を手に取り、卓上の試作瓶と並べて置いた。
<宝珠尖香>と呼ばれたその香水は、紙幣の横幅ほどの高さを持つ握りやすい細長い円柱型の瓶で、蓋の部分に宝珠型の硝子玉が付く。中には茉莉花の香りを基調にした白濁の香水が満ちている。独特の意匠の瓶は二年前に玻璃が設計したものだ。宝珠茉莉と呼ばれる茉莉花の一品種から着想を得て作った。
昨年に宮廷調香室が十本限定でこの<宝珠尖香>を作り発売したが、一本は皇室に献上されたものの、残る九本にはとてつもない値がついた。一本だけで一州の三年分の内政予算に匹敵するほどだとも言う。数本は西洋に渡り、この帝国の輸出総額を大いに引き上げた。調香室の現在までの看板商品と言える。
並べて見ると、新たな水晶柱入りの香水瓶は明らかに、再びその特需を舞い込みそうな雰囲気が感じられた。どちらもこれまでになかった独特の意匠である。薫鳳は目を輝かせながら顔を寄せ見入る。
「硝子珠が外側の<宝珠尖香>と、水晶が内側の新作瓶。対象的だが、どちらも見る者を唸らせる出来栄えだ。みんな見てみろ。二つはまるで、実直な猛々しさの男性器と複雑な麗しさの女性器のような……」
「何て言った?」
解説中の薫鳳の胸ぐらを、玻璃が瞬時につかんで引き上げた。首を吊られる薫鳳は解説を即刻ごまかす。
「だから、二つはまるで、実直な猛々しさの剛剣と複雑な麗しさの防楯のような一対だと、特級匠官のオレは二級匠官のおまえに言ったんだ」
「そうですか、失礼しました。次に妙な表現が聞こえたら殺します。聞こえなくても殺します」
玻璃は放り出すように襟を離して薫鳳を突き押した。薫鳳は襟を正しながら尋ねる。
「この新しい瓶の名前は、どうしようか。<宝珠尖香>のような美しくて輝かしい名前が欲しい。キラキラした水晶が入っているように見えるから、<綺羅綺羅水晶瓶>というのはどうだ」
「何ですか、その感性皆無な名前。幼児か。薫鳳先生は麗しいと評してたから、<水晶麗香>、みたいなのはどうですか」
玻璃の提案した名前を聞き、薫鳳も女性助手たちも「おおー」と感心の声を挙げている。玻璃は何気なしに口に出したものなので、同僚たちの感動に呆れて溜息をつく。
他の意見も出ず秒速の全会一致で名前は決まる。薫鳳は一仕事終えたような明るい顔で、立ち上がった。
「よし、じゃあ玻璃。朝萌山にひとっ風呂浴びに行くか」
「はあ……。なんで私が」
玻璃はうんざりして溜め息を吐いたが、ちょくちょく衣裳師の紫喬と二人で楽しむ朝萌山のあの温泉の豊かな香りを思うと、少しにやけた。
(つづく)




