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第二十四話 香水とは



 魔術府(まじゅつふ)が技術提供して作られている香水は「《《香水もどき》》」。その根拠は何なのか、曹牙陵(そうがりょう)は魔術府の一級魔道師として理解を深めるべく、堂々と訓薫鳳(くんくんぽう)に教えを乞う。



「調香室の《《香水》》と魔術府の《《香水もどき》》……。何が違うのだ」


「全く別物だ。さっきの遺留品(いりゅうひん)の《《香水もどき》》で説明してやろう。魔術で露草(つゆくさ)香茅(こうぼう)の香水を作るとしたら、魔術師は露草と香茅の植物の香りを増幅(ぞうふく)した液体を作る。だから魔術さえ使えば大量生産も可能なんだ。弦翔(げんしょう)の坊ちゃんも彼女たちから露草と香茅の香水だと聞いて、魔術で瞬時に露草と香茅の《《香水もどき》》を生成したのだろう」


「それは分かる。だがそれは、時間のかかる栽培(さいばい)法や抽出(ちゅうしゅつ)法を効率よく魔術で早めたということではないのか」


 牙陵(がりょう)が訊く。薫鳳(くんぽう)()(いき)をついて(あき)れた仕草(しぐさ)をする。



「ほら、聡明な牙陵どのでさえこれだ」


「違うのか」


「香水ってのはな、大事なのは栽培や抽出じゃねえ。全ては調香なんだよ。つまり、香りの()()わせだ。特級調香師のオレが露草と香茅の香水を作るなら、露草と香茅を一切使わずにその香りを生み出せる」


「……!」


「この世から露草や香茅という植物が絶滅したとしても、処方箋(しょほうせん)さえあれば他の原料で露草や香茅の香りを再現できるんだ。それが調香というもので、オレたちはその配合比率の処方箋を生み出す、『創香(そうこう)』という貴重な仕事をしてるのさ。魔術だと露草がなけりゃ露草の香りは作れないだろ」


「確かに、その通りだ」


「露草と香茅そのものの香りを増幅させただけの水なら、それは香水じゃない。ただの露草と香茅の汁だ。ただの煮汁(にじる)に金は出さないだろ? 葡萄(ぶどう)酒には高値がつくが、葡萄の(しぼ)(じる)の濃縮還元には大して値がつかないのと同じ。魔術府の香水もどきにいつまでも高値がつかないのは、そうやってただ植物の汁を作っているだけだからさ。世の富裕層市場は粗悪な模造の大量生産品になど見向きもしない。だからオレのような調香師という優れた職業が要るんだよ」


「……」


「今どき魔術なんて、ちょっと便利なようにごまかせるだけの技芸に過ぎないってことだ。それが分かってないから、いつまでも弦翔のようなアホな魔術師が減らねえんだ」


「……」


「オレたち、魔術師以外の特級匠官ってのはな、高度な知識と豊富な経験から複雑な芸術品を生み出し、後世に大きな知見と利益を残していける芸術家なんだ。魔術の時代なんて終わる。魔術府が世を仕切るなんて考えは、これからの時代は魔術府の外では通用しないぜ。よく覚えておくんだな」



 薫鳳は思うがままを牙陵にぶつけた。牙陵はたじろぐ。自分の上司の燕該曜(えんがいよう)をはじめ、魔術府は総じて調香室を目の敵にしているが、薫鳳の話は至極(しごく)正論でもある。何も言い返すことはできなかった。


 いつの間にか、室内は薫鳳が香水論を論じる場になったが、しばらく静寂が続いた。


 渦中の陸弦翔(りくげんしょう)は膝から崩れ落ち、虫の抜け殻のように動かなくなっている。名家に生まれ、ここまでの屈辱と挫折を味わったことがない。考える気力すら失っていた。



弦紳(げんしん)様。ご子息を拘束し連行いたします。よろしいですか」


「あ、ああ……」



 衛士令(えいしれい)馬丁峡(ばていきょう)が確認し、衛尉(えいい)陸弦紳(りくげんしん)が力無く答える。丁峡の指示で、衛士(えいし)が二人がかりで陸弦翔を脇から抱え、引きずるように部屋を出ていった。衛尉の息子の捕物劇とあって、非常に気まずい雰囲気である。


 玻璃(はり)の頬には、いつしか涙が伝っていた。薫鳳の調香師としての信念を聞いていると、自分の製瓶設計師としての信条が重なった。


 玻璃には、より良いものを世間のために産み出している自負があった。しかし、それよりもはるかに速い速度で世の中には粗悪品が(あふ)れていく。女性は男性に負けない仕事をすることができるのだと証明したくて腕を振るってきた。しかし、それよりもはるかに大きく世の中の女性の尊厳は侵害を受けていく。そんな現状に、(はかな)い虚無感も感じていた。


 自分のやっている仕事は単なる自己満足ではないか。自分の女性としての想いはこの世では無意味なことではないのか。


 繰り返し押し寄せてくる葛藤。しかしその答えは、自分の近くにいるこの訓薫鳳が持っていた。薫鳳の言葉の中に、光明を見た。



 陸邸での騒動がひとまず落ち着き、朱雀宮(すざくきゅう)の調香室へと戻る薫鳳に、玻璃はついていく。言い表せない複雑な感情に涙が止まらず、何度も袖で拭う。


 ふと気づくと、薫鳳は足を止めて振り返り、玻璃を見ていた。



「そうか、玻璃。そこまでオレの言葉に感動したか」


「……は?」


「うんうん。心ゆくまで感動の涙を流せ。涙は香水に優るものだ」


「感動してませんが」



 玻璃が袖でもう一拭いすると、涙は止まっていた。薫鳳の言葉の中に見えた光明は、いつしか殺意に変わっている。


 薫鳳は玻璃の肩に、優しくポンと手を置いて言った。



「そう気を荒くするな。優雅な香水瓶を作るなら、もっと冷静な頭でやれ」


「分かってます。余計に気が荒くなって冷静さも欠くんで、気安く触らないでもらえますか」



 玻璃は薫鳳の手を振り払う。いつもの口の悪い玻璃に戻ったことに、薫鳳はフッと優しい笑みを浮かべると、玻璃を見つめて言った。



「玻璃。調香室に戻ったら、オレの部屋に来ないか」





(つづく)





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