第二十三話 真相
「弦翔。オレは警護署でおまえに会った時から、その二本の香水はおまえが手にしたことは分かっていた」
長身の薫鳳は襟ごと引き寄せた陸弦翔を見下ろし、馬丁峡の持つ青と緑の香水瓶を顎で示しながら伝える。弦翔はまだ強がりを吐く。
「馬鹿な。どうして分かるってんだ」
「おまえの外套には移り香が香っていたからな。少なくとも一度はその瓶をおまえが手元で開けたことは確実だ。だからこの部屋に入ってきた時も、瓶はそこの脇机だとすぐに気づけた。瓶にも残り香があるからな」
「う、嘘だ……」
「まあ確かに、微量の移り香は恐らくこの国ではオレにしか分からないから、十分な証拠にはなりにくい。だが、そんなのは取り調べれば分かることさ。次からはお父上の手心は効かないんだからな」
薫鳳は怯える陸弦翔の襟を離さず、陸弦紳へと目を移す。容疑者が身内の場合、たとえ高位であっても捜査担当から外されるのが禁衛府の掟である。陸弦紳はまだ事態を信じられずにいるようで、混乱の目をしていた。
陸弦翔の瞳へと視線を戻した薫鳳は、さらに襟を持つ手に力を込める。
「そして、おまえ。オレは絶対に許せないことがある」
厳しい薫鳳の口調。陸弦翔は苦しい息の中、固唾を飲む。
「……」
「オレのこの高潔な鼻はな、香水の奥深い<麗しの香り>と、女の味わい深い<邪な香り>を嗅ぐために鍛え上げられてんだ。その国宝級の嗅覚を、こんなチンケなことに利用させるんじゃねえよ。男の精液の余臭を嗅がされるなんて、反吐が出る」
「……!」
薫鳳のいつもの冗談めいた自慢が始まったのかと思いきや、思わぬ発言に場の全員が「えっ」と声を上げて目を見開く。
弦翔が苦しみに喘ぐ表情を見て、薫鳳は自分も力が入りすぎていることを悟り、投げ捨てるように弦翔の襟を放す。放られた弦翔は首を押さえてゼエゼエと息を取り込んでいる。
玻璃は瞬時に理解した。薫鳳が女官二人の遺体のうち一人だけが強姦の被害者であることを言い当てた根拠も、その強姦の加害者すら判明していたことも。その事実に、得体の知れない虫唾が走り全身に鳥肌が立ってくる。許し難い感情が体内に増していく前で、薫鳳の説明は続く。
「香水を現場に置けばオレたち調香室に疑いがかかると思うなんて、まあボンボンの浅知恵だと可愛げにも思って済んだだろう。しかし、おまえ」
「……」
「その香水瓶を見て、どこかに高く売れると思ってくすねたな。そんな小狡さ、名家の生まれが聞いて呆れるぜ。世の転売連中にもうんざりだが、強盗の上に換金とあれば看過できねえ」
「くっ……!」
「ご丁寧にそれに似せた《《香水もどき》》まで用意してくれたおかげで、自分の首を絞めたな。馬鹿が」
「……」
薫鳳が述べる推理に、弦翔は威を張って睨みつけながらも何の反論も出てこない。恐らくほぼ的中しているのだろう。
一瞬の静寂の中、何事もはっきり理解したいらしい真面目な曹牙陵が薫鳳にぼそりと尋ねた。
「《《香水もどき》》とは……。どういうことだ。先ほどの偽物の瓶の中身は、《《香水》》ではなかったのか」
玻璃も馬丁峡も、陸弦翔までもがその答えに注目する。
薫鳳は一つ息を吐くと、牙陵に解説する。
「魔術府の牙陵どのもいるからいい機会だ。教えておいてやろう。調香室に対抗したいからか、魔術府の上層部の連中も市中の業者と組んで香料を魔術でせっせと作って独自財源の足しにしているだろ」
「あ、ああ……。三年ほど前から魔術でも香水が量産できることが分かり、民間の香料製造に魔術の提供をしているのは聞いている」
曹牙陵は正直に答える。
それを聞いて玻璃は初めて知る。自分自身が苦心して高級感のある香水瓶の設計をし、香水の価値を高めることに尽力したつもりなのに、なぜか巷には粗悪な香水商品が出回っていく。薫鳳の香水に比べれば、それらの粗悪品の価格は十分の一以下。美に熱心な同世代の女性たちはその安さから一度は飛びつくが、続けて利用しようとする様子はない。なぜこうも粗悪品が世に出回るのか。その答えが魔術による生産だとは思わなかった。しかも国家の魔術府が関わっているとは。薫鳳が魔術府という存在を日々冷評しているのも理解できてきた。
曹牙陵が続けて薫鳳に訊く。
「そのことと、この事件と何か関係があるのか」
「大アリさ。だから魔術府から弦翔みたいなバカが輩出されてんだ。よく聞け。魔術府の者どもは、《《香水とは何か》》が根本的に分かってねえ」
(つづく)




