第二十二話 名家
衛士令の馬丁峡とその部下三名が陸家の屋敷に踏み込み、陸弦紳の妻や女中たちが突然の突入に慌てているのを横目に、訓薫鳳も曹牙陵と紅玻璃を伴って後に続く。
陸弦紳はその足取りを見て、気付かされる。
薫鳳の狙いは自分ではない。息子の陸弦翔の私室である、と。
馬丁峡と衛士三名は陸弦翔の部屋に踏み込むや、本棚や机の上を念入りに調べていく。
後から入室した薫鳳は部屋を見渡すと、寝床の横に置かれた脇机の全三段の棚を調べ終えて引き出しをしまおうとする馬丁峡に指示する。
「丁峡どの、そこもう一度」
「お、おう。特に何もなさそうだったが」
馬丁峡が改めてごそごそと引き出しの中のものをかき分けていると、薫鳳の後ろにいた陸弦翔が焦燥の顔で必死に叫び出す。
「部屋を荒らすのはやめろぉっ。俺はただ牙陵どのと一緒に死体を発見したってだけだろ。どうして俺が疑われるんだ」
泣き出しそうな声である。その横にいる玻璃は薫鳳の背後からひょこっと顔を出して、馬丁峡が全開して調べ直している二段目の引き出しを指差して助言する。
「その真ん中の引き出しだけ、奥行きが全体と微妙に合ってないみたいですし、まだ奥があるんじゃないんですかー」
「……て、てめえ! 下賤の女が名家の物に口出しすんな!」
玻璃の言葉に陸弦翔の顔は一気に青ざめ、その焦りを隠すため本能的に怒りの言葉が出た。玻璃は「わー、うるさ」と手で自分の耳を押さえて鼓膜を守る。
帝国美術学院の建築科を主席で卒業している玻璃には、空間や造形物の寸法の違和感がつい気になってしまうようである。容赦がない。
玻璃の助言を受けて、馬丁峡は中央の引き出しを丸ごと外す。
「お、何かある」
奥を覗き込んだ丁峡が慎重に手を入れる。そこから取り出されたものは、青色と緑色の液体が入った美しい小瓶であった。
この二段目の引き出しだけが、上下の引き出しよりも奥行きの寸法が短く、奥に空間が生じている。二本の瓶は横並びにすればそこに収まる大きさであった。
玻璃はそれを見ただけで、あの五連の瓶のうち足りない二本、実家の工房で作られた瓶だと判明できた。
陸弦翔は焦りで歯をがちがちと打ち震わせていたが、いきなり襟をつかまれて引き寄せられたので、「ひいぃっ」と怖じた声が出てしまう。つかんできた相手は、玻璃であった。
「下賤の女が名家の物に口出しするな、って言いましたか?」
「う……、いや……」
「あの瓶は、その下賤の女が必死に知恵を絞って設計して、その実家の工房の下賤の男たちが精魂込めて作り上げて、下賤の調香師のご自慢の香水に合う形に一生懸命に仕上げたもの。それを……、それを……、名家に生まれた者なら人を殺してでも奪って構わないって? ふざけんなっ」
玻璃は額に青筋を立てて、左手で襟を掴んだまま右手を高く振りかざした。あまりの形相に陸弦翔は心臓に恐怖の楔を打ち込まれたような痛みを感じて、目を瞑り歯を噛み締める。
渾身の張り手が振り下ろされようとするのを、薫鳳が冷静に手首をつかんで止めた。
「そこまで。二級匠官のおまえに制裁権はないんだ。おとなしくしてろ」
「離してっ……!」
「口癖だからって、今こいつへ『殺す』と言うなよ。衛士らの前だ。名家への殺意と取られて、しょっぴかれて杖刑だからな」
「離してよっ……!」
「『下賤の調香師』は聞かなかったことにする」
「く……くっ……!」
玻璃の怒りは殺意に近いほどだったが、薫鳳が握る右手の手首は動かない。やるせない気持ちに涙を浮かべる。自分の、自分たちの作品とも言える大切な香水瓶が、こんな事態に巻き込まれるなんて。
だが、この薫鳳も同じ気持ちなのかもしれない。この五連の香水を考案し創香したのは薫鳳なのだから。この薫鳳はいろんな女にやたら愛を振り撒いているようだが、きっと自分が生み出してきた全ての香水にも愛を持っているに違いない。そう思うと、玻璃はがくりと項垂れた。
薫鳳は玻璃の右手の力が抜けたのを確認すると、そっと玻璃の手首を解放した。玻璃の肩を優しくポンポンと叩いて、薫鳳は話を続ける。
「それにまだ、このお坊ちゃんが瓶をくすねた犯人だと決まったわけじゃない。誰か別の人間がここに隠したのかもしれないしな」
「そ……、そうだ。誰かが俺を陥れようと、俺の部屋に香水を持ち込んだんだ。ちくしょう、誰なんだ。これは俺か、陸家を追い落とそうとする陰謀に違いない。父上」
薫鳳の言葉にハッとした陸弦翔は、ブンブンと首を縦に振りながら自分の無実を父親に伝える。陸弦紳は事態が飲み込めず渋い顔をする。
騒ぎ立て始めた陸弦翔の襟が、またつかまれた、首が吊られるほどに襟を引き上げているのは、訓薫鳳であった。
「おまえだよ」
「……!」
(つづく)




