第二十一話 屋敷
「急ぎ、我が屋敷へ向かうぞ」
衛尉の陸弦紳は慌ただしく部下の衛士たちに命じる。奥の検死官たちに検死続行の指示を出すと、早々に出動の準備を始めた。玻璃に偽物だと指摘された青と緑の香水瓶も、薫鳳たちに触らせないようにした割には、雑に携帯鞄の中に放り込んでいる。
内廷護衛署内では魔術の使用が禁じられているため、一同はいったん署外に出る。衛尉陸弦紳と部下の衛士二名、そして薫鳳と玻璃。整列した五名を前に、曹牙陵は杖を掲げて目を閉じ、何やら呪文をつぶやき始めた。
複数人を別の位置へと連れ移す、<瞬移>という魔術である。
一級魔道師の牙陵が自身と合わせて六人を、そして二級魔術師の陸弦翔が自分自身を、<瞬移>によって陸弦紳の屋敷へと移動させる。二人が呪文を唱えると、首から掛けている黒い水晶玉が光を放ち始め、やがて全員が眩い光の幕に包まれる。
魔術の原理とは、世に棲みつく魔物の持つ魔力の応用である。魔術師は魔物を討伐する度にその魔力を、魔水晶と呼ばれる各々が持つ石に封じる。魔力の性質は魔物の種類によって異なるが、魔術師はそれをいわゆる五元素と掛け合わせることにより、様々な効力の魔術を生み出してきた。
<瞬移>の魔術も、驚異的な加速力を持つ有翼魔獣の持つ魔力を応用して、人を瞬時に遠くへ送る。二級魔術師であればせいぜい一人二人しか運べないが、曹牙陵のような一級魔道師となると同時に十人は移動できるという。
次の瞬間、全員が大きな邸宅前に移動していた。皇宮から出た城下町にある、陸弦紳の屋敷の門前。名門陸家の邸宅とあって、好立地にありながらかなりの大きさの豪邸である。
玻璃は人生初めての<瞬移>での移動に、興味を示している。朱雀宮の調香室と城下町の実家との通勤や試作瓶の持ち運びが毎回面倒なので、運賃制にして迎えに来てくれないものかと思う。魔術府もそれで運搬業でもやって財源にしたらいいのに。でも、自身一人ほどしか運べない二級魔術師の魔術とやらは、実用面では案外使えないものなのだろう。玻璃は全員が事件の緊迫感に張り詰める中、ついそんなことを呑気に考えている。
ようやく馬丁峡とその部下三名が、馬に乗って門の前に現れた。
「おっと、もうお着きで」
「牙陵どのの魔術でひとっ飛びさ。じゃあ丁峡どの、示し合わせた通りに行くか」
薫鳳は馬から降りた丁峡を労うと、陸弦紳の屋敷を指差した。
陸弦紳が気が気でない表情で、薫鳳に声をかける。
「どういうことか説明が欲しい。私が何をしたというのだ。私が屋敷に何か隠しているとでも言うのか」
「それを確かめに行くんだよ」
薫鳳はそう言い放つと、陸弦紳の制止も聞かずに堂々と屋敷へと足を踏み入れる。
制度上では、家宅捜索には禁衛府の発行する令状が必要である。だがこの国の特級匠官には、自身の技術や特許を脅かす事態に対しては、令状なく衛士に捜査を命じ指揮することができる強権が認められている。特級匠官の捜査の発動があれば、高位である衛尉の陸弦紳と言えども簡単に拒否ができない。
「牙陵どの。良からぬ輩の妨害があると困る。魔力から現場を護ってくれる魔術があるんだろ。頼めるか」
丁峡たちを先に行かせた薫鳳は、曹牙陵に依頼する。
「承知した。<魔壁>という魔術がある。庭も含めた敷地内全てとなると私には無理だが、この母屋ほどならば一刻は他の魔術を無効化できる」
本来は魔術府の牙陵には訓薫鳳の指示を聞く法的義務はないが、牙陵は力を貸す。<魔壁>の呪文を唱えて杖をかざすと、陸弦紳の屋敷全体を覆うように大きな半球体の緑色の光の幕が現れる。その半球の内部では、よほどの強さでなければ他の魔術が効かない。
事態に慌てている父の弦紳を見かねて、陸弦翔は薫鳳の行く手を遮る。
「待て、訓薫鳳。てめえはここをどこだと思ってるんだ。禁衛府衛尉陸弦紳の屋敷、ということは……」
「司徒の陸堯為様の体面にも関わるってことだろ。知ってるよ、おまえのお爺様のことぐらい」
弦翔の脅しを、薫鳳は涼しい顔で返す。
陸弦翔の祖父である陸堯為は、司徒の地位にある。この国家の官制において最高位にあたる三公の一つである。三公とは行政を司る司空、軍事を司る司馬、そして立法を司る司徒の三職を指し、六卿九名家の貴族が独占をしてきた。
この国で三公とあれば特級匠官など足元にも及ばない。しかも立法の長となれば、特急匠官の権限を認める法律をも変えられる。そんな権力者の一族に手を出しているのだと、陸弦翔は脅迫しているのである。
だが、薫鳳は悠揚たる態度である。
「三公の威光をちらつかせたきゃ、この捜査の後にしな。いくらでも受けてやるぜ。だが弦翔、その時になって泣きついてくるなよ」
薫鳳は弦翔の肩を横へと押しやって、陸家の屋敷へと踏み込んでいく。玻璃も祖父の十四光りを振りかざした弦翔の狭量さを奇異の目で見ながら、上司の薫鳳の背中を追った。
その薫鳳の向かう先を見て、陸弦紳が目を見開き呻く。
「ま、まさか……!」
(つづく)




