第二十話 瓶の行方
「そ、そんなわけねえだろ。五本瓶のうち青と緑の香水が消えてるって聞いてるぜ。青と緑、どう見てもあれじゃねえか」
陸弦翔が慌てて遺体の横の二本の瓶を指差し、玻璃に反論を投げた。玻璃が淡々と主張を続ける。
「私は製瓶師なので瓶のことしか分かりませんが、形や大きさが行方不明の瓶に似てはいても、あの瓶は明らかに別物です。中身の香水については自称天才の淫乱調香師にお聞きください。どうなんですか、薫鳳先生」
「だよな。中の香りも、二つとも明らかに別物だ。色でしか物を見ない低知能は困るぜ。だから男は嗅覚をもっと鍛えろって言ってんのによ。どんな教育を受けたんだよ。親と上司の顔が見てみたいもんだ」
「言えてます」
薫鳳と玻璃は意見を交換して、納得のうなずき合いをしている。陸弦紳と曹牙陵はムッとするが、何も言えない。目の前の親や上役の顔まで言及された弦翔は、頭を掻きむしりながら吼えた。
「てめえら、打ち合わせたような言い逃れはやめろ。玻璃とやら、てめえは仲間の訓薫鳳を庇って適当なことを言っているだけだろ。訓薫鳳、てめえはあそこの香水瓶の蓋を開けたわけでもねえ。離れた場所から見ただけで蓋の中の香りを語るなど、全部出まかせだろうがボケ」
弦翔の汚い口調の反論を聞き、薫鳳と玻璃は目を合わせて再び溜め息をついた。玻璃が面倒そうに、考察を語り始める。
「私は後宮に出向いて直接彼女たちの部屋を見たから分かるんですけど、彼女たちの持っていた五連の香水は、私がかつて設計した瓶でした」
「だからその中の二本が、あれなんだろうが」
玻璃の説明を遮って、陸弦翔がまた人差し指で二本の香水瓶を何度も差し示す。玻璃は首を振る。
「だから、違います」
「近くで見てもねえし、手にも取ってねえのに、分からねえだろ」
「だって、薫鳳先生も中身の香りが違うって言ってるじゃないですか」
「こいつも適当に言ってるからだ。近くで嗅いでないんだから」
弦翔は玻璃の芯を得ない答えに苛立っている。玻璃はまた大きな溜め息を吐くと、弦翔に苛立ちを返した。
「分からない人ですね。その瓶から中身が香ってるって言ってるんですよ」
「あ?」
「あなた、異才揃いと噂の魔術府の人ですよね? 詳しく説明しないと気づけないんですか」
「何だと」
「私が設計している瓶は、うちの実家の温玻丈工房で作ってるんです。二人の部屋にあった瓶の蓋は螺子型になっていて、その緻密さはうちの工房の技術でしか作れない。祖父や叔父の技術は最高の機密性を作り出しますから。だからこそ、揮発を恐れる香水瓶に向いてるんです。でもそこの瓶は、薫鳳先生が離れた位置からでも中身が香ってると言う。つまり香りが漏れ出る、他の工房制作の粗悪な瓶だということです」
「馬鹿な……」
「嘘だと思うなら、部屋に残された三本の瓶と比べて確かめたらすぐ分かるでしょう。透明具合も並べれば一目瞭然。そもそも禁衛府がなぜそれをやっていないのかが疑問です。薫鳳先生に罪を着せたいんですか? そう言ってくだされば、協力できることは協力しますのに」
玻璃の止まらない解説に、陸弦翔は次第に声を失っていき、衛尉の陸弦紳も肩をすぼめていく。薫鳳は「何を協力するんだよ」とブツクサ呟いていたが、陸弦紳の前に進み出る。
「青と緑の香水が持ち出された情報は、内廷の者しか知らないはずだ。衛尉どの。もしすり替えられたのなら、その青と緑の香水の偽物を用意できた奴が、内廷にいるってことじゃないのか」
「う、うむ……。その可能性は大きい」
「じゃあ、玻璃が設計しオレが調香した青と緑の香水は、果たしてどこへ行ったのか?」
「確かに……」
「そんなこともあろうかと、丁峡どのに確かめに行ってもらっている」
「ん、馬丁峡?」
薫鳳の言葉を聞き、陸弦紳は周囲を見回す。馬丁の姿がいつの間にかこの場から消えていることに気づく。
「馬丁峡をどこに向かわせたのだ」
「屋敷だよ。弦紳どの、あんたのな」
「……何だと!?」
陸弦紳が驚愕の声を上げた。あまりに混乱しているようで、しばらく口をパクパクさせていたが、我に返って薫鳳に詰め寄る。
「な、なぜだ。私はただの本件の捜査担当であって、私の屋敷は関係ないではないか。馬丁峡に何を吹き込んだのだ」
「さあな。香水瓶があるかどうかを確かめに行っただけだろ。何もないならどっしり構えてりゃいい」
「な、何もないに決まっておる。私は遺留品を隠したりもしていない」
「何なら弦紳どの、オレたちも一緒にお屋敷へ向かおうじゃないか。幸いにもここには一級のお堅い魔道士様と二級の魔術師のお坊ちゃまがいらっしゃる。瞬間移動の魔術を使ってもらえれば、駆け足で向かってる丁峡どのの部隊よりも、先に屋敷に着けるぜ」
薫鳳は不敵な笑みを見せた。陸弦紳は青ざめている。
玻璃だけが、早く設計の仕事に戻りたいんですけど、といううんざりの表情を見せていた。
(つづく)




