第十八話 魔術師
内廷護衛署内の冷たい廊下の長椅子に座っている二人の男性が、薫鳳たちをギロリと見た、灰色の外套を纏う二人に、玻璃は見覚えがあった。
一人は撫でつけた黒髪、薫鳳より高い長身。玻璃が初めて薫鳳と会った時、園庭で一悶着あった魔道師の曹牙陵だ。
もう一人の茶髪の若者もあの時の魔術師の集団の中にいて、薫鳳へ怒りを露わにしていたことを、玻璃は何となく思い出す。
曹牙陵は薫鳳と目が合うと、長椅子から立ち上がった。
「薫鳳どの」
「お、曹牙陵どのじゃねえか。何だよ、この事件は魔術府の連中の監視下ってわけか?」
「この二人が第一発見者なんだ」
険悪な雰囲気になりそうな所へ、衛士令の馬丁峡が説明を挟んだ。薫鳳も意外な報告に言葉が止まる。
そこへ、先ほどから薫鳳へ獰猛な睨みを送っていた茶髪の若者が椅子から立ち上がり、歩み寄って薫鳳の鼻先に近づき威圧を利かせる。
「どうせてめえが犯人なんだろうが、この淫乱香水野郎。後宮の女を呼び出し、草むらで犯して、死体に香水瓶の贈り物を添えて、か?気持ち悪ぃな。猟奇的な感性しやがって」
茶髪の若い魔術師は高貴な出なのか色白で顔立ちは良い。口の悪さを見ると、素行不良の貴族出なのだろう。薫鳳は動じず返す。
「オレが犯人だと、なぜ思う」
「そこのてめえの助手も肯定してんじゃねえか」
若い魔術師が薫鳳の横の玻璃を顎で示す。薫鳳が見ると、玻璃は「うんうん、分かる分かる」と魔術師の言葉にうなずいていた。
薫鳳は鼻で笑うと、さらに若い魔術師の瞳に眼力を注ぐ。
「迂闊な推測は後で泣きを見るぜ。断定したけりゃ、真実を嗅ぎ分ける嗅覚を持ちな。”魔術師のお坊ちゃん”」
「て、てめえ……」
薫鳳の言葉に、若い魔術師の目が血走った。怒りに任せて薫鳳に飛びかかろうとするのを、大柄の曹牙陵が襟をつかんで後方へと引き離した。
「冷静になれ、弦翔」
牙陵に諭された若い魔術師は、陸弦翔といった。陸家は燕該曜の燕家のように六卿とまでは行かないまでも、六卿九名家と括られる九名家の一つであり、多くの名臣を輩出してきた高い家格である。
この国では魔術師も技術に長けた職人として匠官扱いである。その中でも優れた技術を持つ特級匠官と一級匠官は「魔道士」と呼称され、一般の「魔術師」と区別される。
つまり薫鳳の言った「魔術師のお坊ちゃん」とは、「名家生まれだがまだ一級匠官になれていない格下の若造」という皮肉がこもっている。気位と自尊心の高い若気の陸弦翔を怒らせるには、十分な悪口であった。
鼻息荒い獰猛な陸弦翔を嘲笑の目で見ていた薫鳳は、その上司である曹牙陵へと視線を移す。
「で? 牙陵どの。このオレを疑って禁衛府に呼ばせたのか?」
「正直に言えば、力を借りたい。実は我ら魔術府の中でも、若い女性が立て続けに命を落とす事件が起こっている」
「へえ。初耳だな」
「そこに香水が関係しているものもあるのだ。我らでは判明が難しく、香りに関してはやはり薫鳳どのに……」
「かああっ、あんたら魔術師連中は、本当に仕方ねえ奴らだな。他が手出しができないことをいいことに、自分らの中だけで情報を囲い込んで、内々で処理しようとしやがる。だからそうやって、いつまでも真相解明の力が養われていかねえんだよ。いい加減、その非公開の常識をやめろ」
薫鳳は大きな溜め息をついて牙陵へ忠告を放つ。牙陵は激怒中の弦翔をたしなめながらも、言い返す材料がなく押し黙っている。
魔術府は古来より、絶大な権力に守られてきた。禁衛府もそう簡単に手出しができない。魔術府の中で起こる事件は、衛士を通さず魔術府の高官の中で処理されることが多い。それほどまでに魔術府は独立した権限を持ち、ゆえに不正の温床にもなりやすい。
現在の魔術府には、燕該曜をはじめ四名の特級魔道士が在籍する。特級匠官を四名も有する部署は他になく、皇帝直属の禁衛府さえも凌駕する権力を有する一大勢力である。最近若い女性魔術師が連続で死を迎えているという曹牙陵の話も、衛士令の馬丁峡ですら今が初耳であった。
曹牙陵は生真面目な性格であるが故に、今の魔術府の不透明さには自分なりに葛藤があるようだ。薫鳳がその矛盾を突くたびに黙ってしまう。
「それで丁峡どの、オレは二人の死体を直接確認できるのか」
薫鳳が丁峡に確認したが、瞬時に陸弦翔が否定の言を飛ばす。
「てめえはダメに決まってるだろ、訓薫鳳。女を惑わす香水に関わってる連中は、みんなクズだ。俺ら魔術府に不利な細工でも仕掛けるに違いねえ。それに、どうせ屍姦でも狙ってんだろ、この淫乱が」
「ひどい言いようだな。おまえは玻璃か」
「そこに女助手のガキがいるじゃねえか。女の屍体の検分なら、その女にやらせろよ。女同士なら問題ねえだろ」
陸弦翔が玻璃を指差した。
玻璃の顔はみるみるうちに怒りに紅潮していく。薫鳳が止める手をはたき落して、玻璃は陸弦翔に歩み寄る。
「香水に関わる連中はクズですですって……? うちの上司が、どうせ屍姦を狙ってるですって……?」
凄絶な迫力の睨み。曹牙陵も危険を感じて、部下の非礼を謝罪しようとして進み出たが、玻璃はそれを横へ押しやると、陸弦翔に咆哮した。
「そんな暴言を……、そんな誹謗を……、『おまえは玻璃か』ってどういうことなんですか!」
「お……、ん? いや、それおまえの上司が言ったやつ!」
一瞬玻璃の迫力に怯んで悪口を後悔しかけた陸弦翔だが、我に返ってつい言い返す。
この後は、玻璃と弦翔の論点のズレた言い合いが続き、薫鳳と牙陵は眉をひそめて同時に溜め息をつきながら、馬丁峡に連れられて検死室へと足を進めた。
(つづく)




