メッセージボトル3・終点
翌朝
カーテンに差す光で目が覚め、ベッドから飛び起きた。起きて早々、三島に会うために眠たい目をこすりながら廊下へと出た。
早速彼を探そうと息巻いていると、突如ドアの裏から声が聞こえる。
「あれ?先谷さん、起きてましたか」
察したかのようにお目当てのの人物がこちらを訪ねていた。
探す手間が省けたのは良かったが、昨日の服のまま自分だけが慌ててた、ということを知って少しだけ恥ずかしかった。
その後、しっかりとした服に着替え、彼を部屋に入れた。
覚悟がいる話、と前置いたうえでメッセージボトルの中の手紙を含めた前日の出来事をすべて語ることにした。
話し始めは固唾を飲むような緊張感で情報を聞いていたのだが、話の後半になるにつれてどんどん表情が曇り、冷徹な眼差しを見せていた。
「...そう、なんですね」
反応を鑑みるに、おそらく予想は当たっている。そう感じた。それなら尚の事、慈悲を与えるわけにはいかない。
「昨日会った時に手に何か握っていたけど、あれは何?」
「...部屋の鍵ですよ。誰も居なくてもチェックするのが大家の役目なので」
「なるほど...ありがとう。君の情報のおかげで鯊原の居場所とこの事件の犯人が分かった。推測ではあるが、少し聞いて欲しい。」
【――まず最初に犯人は屋台の3人組で間違いないだろう。車掌さんの話曰く大柄な人、細身の人、そして小さめの人が居たようだね。
偶然か必然か、鯊原の手紙にこの3人の特徴と似ている人が出てくる。順番に鯊原の部屋に家宅捜索しに来た警察官、牢屋内でペンや紙を渡していた警察官、そして無罪販売所の店員だ。この3人を同一人物と仮定したとき、おのずと正体も分かってくる。
そもそも、ターゲットを鯊原に絞っており、最寄りの駅を知っているあたり赤の他人ではない。部屋も知っている、となるとさらに限られてくる。
......君は、3人兄弟だったよね。今の弟さん2人の体系は知らないが、昔と変わらなかったらそれぞれ警察官たちの特徴と一致する。そしてその2人をまとめることができる長男も、特徴が合う。
呼応するかのように隣から響くように音が聞こえる。
「...ドンッ!」
あいつも気づいたんじゃないか...ずっと居た牢屋が自分の隣の部屋だってことに。
そもそも会った時にキラッと光る鍵のような物を持っていたのに、鯊原の部屋の鍵を持っていなかったことに少し違和感があったんだ。
もし部屋のチェックをするとしたら、鍵はまとめて持っておいた方が便利だろう?...でもそれをしてはいなかった。つまり君はただ部屋をチェックするのが目的なのでは無く、君自身が鯊原の様子を見るために、隣の部屋の鍵だけを持っていたんじゃないか...と。
ざっとこんな推理だ、どうだ?三島賢一】
三島からの返答が、冷たい眼差しのまま返された。
「...さすがです、先谷さん。しっかりと合っていますよ、推測の通り、全部私の仕業です」
今までと変わらず丁寧な口調だが、再会した時に見た声色と表情はどこにも無かった。
「......何故、こんなことを...?」
彼はしばらくの間、沈黙を続けた。静かに目をつぶったまま。
たった数分のはずなのに、数時間に膨れ上がるように感覚がその空間にはあった。辛い沈黙に耐えていると突如、その数分間の葛藤を破るように、彼は口を開いた。
「...お願いなので、弟たちも呼んで話させてください。巻き込んでしまった責任が、私にはありますから」
数分後、協力していた弟2人、強二郎(ムキムキな方)と優三(細身な方)が呼び出された。理由が理由なだけに気まずそうな表情の2人。それをよそに、三島の口から事件の全貌を話し始めた。
【――母は、シュウ兄さんに殺されたんです。
今からちょうど1か月前、私は火田山を登っていました。
昔から望遠鏡を使って景色を見るのが趣味で、よく火田山の頂上を登っていたんです。その日も昼過ぎから出かけて、夕方になるまで頂上で町の景色を見ていました。
空が暗くなってきて家へ帰る準備をする前に、こっそりとやっていた事があるんです。さっきまで町を見ていた望遠鏡を使って、家族で住んでいる管理部屋を窓越しに覗く事です。もちろんバレたら怒られる行為であるとは分かっています。ですが、強二郎と優三が遊んでいたり、母がご飯を用意している光景をひっそりと見るのが楽しかったんです。
その日もいつものように部屋を覗いていたのですが、そこで見たんです。シュウ兄さんが座椅子に座って寝ている母の後ろで、母の首に縄を掛けようとしている光景を。
混乱しながらも山を降りてアパートの方に向かいましたが、すでに警察や救急隊員に包囲されていてアパートに入る事すらできませんでした。
強二郎と優三はその日出かけていたので何も被害はありませんでした。母は救急車で病院に搬送されましたが...助かることはありませんでした。そして、シュウ兄さんは、もうその場には居ませんでした。
翌日、母の訃報を親戚に伝えていた時、携帯にシュウ兄さんからメッセージが来ました。
『3週間ほど出張に行ってきます。その間、連絡が取れないと思います。』
その時に、なぜ捕まっていないのか、という疑問と純粋な怒りが混ざり合ってしまい、監禁して絶望させようと考えてしまいました。
その計画のために、何も知らなかった弟たちに噓を吹き込んで協力させました。その後は「無罪販売所」なんて名前付けた屋台を作って酒を飲ませ、警察に変装して貰って拉致監禁して......そして、今ですよ。
ただね、1個...いや2個、イレギュラーが起きたんです。
1個は手紙の事です。今回私が起こした出来事がここまで念密に書かれているとは思いませんでしたね。少し、シュウ兄さんの記憶力を侮っていましたよ。
そして、2つ目はその手紙を外に出した人物がいたこと。
悪い言い方をすれば裏切り者がいたってことですね。
まぁ、何となくその裏切り者が分かったから、自白する前に確定させておこう。強二郎、優三。2人がやったんだろう?
2人には外での見回りと、部屋の中での監視を交代交代で行うようお願いした。どちらか片方が独断で実行したとしてもすぐにバレるはずだが、両方が裏切り者の場合は話が変わってくる。確実に手紙を外に出せるからな。
...これで私からの話は終わり。さて、君たちはここから何を話すのかね?】
ひたすらに辛い長話が終わった時、数分間の沈黙が続いた。最初の冷たい空気感は据え置きで、それ以上の重苦しい空気が部屋全体を張り詰められていて、誰も何も言うことができなかったからだ。
魂が抜けたように固まる弟たちに代わり、受験や会議以上に必死になってこの静寂で頭を動かした。そしてついに、この状況を打破するための突破口を導き出せた。
「君自身が、警察に通報したわけでは無いんだよね」
「...? えぇ、そもそも掛ける余裕も無かったですから」
「君では無いのなら、近くにアパートの2階の1室を覗ける建物が無いこの場所で、いったい誰が通報したんだ?」
「え...?」
「しかも警察だけでなく、救急車を呼んでいるということは、澪子さんが危ない状態だとすぐに判断できる状況にある人物だろうね」
この言葉でハッキリと彼は気づけたのだろう。絶望でかすれた声が、絶え絶えながら聞こえてくる。静かに俯く3兄弟に向けて言い放つ。
「そう、鯊原自身が通報したんだよ...」
それでも彼は疑ってかかった。
「......そ、それは、じじ自供するため、か? だって縄を、縄を掛けていたじゃないか!」
「それは、むしろ逆だ。鯊原は、首吊りをしていた澪子さんを降ろして、縄を解こうとしていたんだよ...誤認なんだよ」
言葉無くうなだれていく彼に向けて、意外な人物が声を出した。
「兄さん!!(×2)」
「ぅっ...!強二郎、優三、すまない...本当に......」
「...賢一兄さん、実は僕ら2人とも、鯊原さんが犯人じゃないことも、お母さんが亡くなった理由も知っているんだ」
お母さんが亡くなったあの日、強二郎兄さんと帰ろうとしていた時に、鯊原さんから電話が掛かってきたんだ。出てみたら息を切らせながら淡々と話してきたんだ。
【――借りていたものを返そうと管理部屋に入ったら、部屋の真ん中でお母さんが首を吊っていたらしいんだ。
遺書も確認したらしくって、双子のお姉さんの十子さんが行方不明になったり、そこから霊感商法に付け込まれて多額の借金を背負っていたみたいなんだ。
そこから、一つ頼みごとをされたんだ。賢一兄さんに、澪子さんが自殺をしたことは黙っていてほしい。曰く、賢一兄さんは秀才だけど、それはお母さんへの想いが人一倍強いからみたいなんだ。】
「それを聞いたから、ずっと知らせれなかった...本当に、ごめんなさい。賢一兄さん」
「...あぁ」
全てを聞いた三島賢一は昨日よりもずっと、涙を流していた。その涙は兄弟を巻き込んだこと、勘違い、拉致監禁の罪の意識がぐちゃぐちゃに混ぜ合わさって床に落ちていった。
崩れ落ちた彼に手を差し伸べて、僕は言う。
「僕と、君と、鯊原に会って話をしよう。有罪か、無罪かは分からないけどさ...そのあと5人で飯、食いに行こうよ...」
彼、いや全員が、静かにその言葉にうなずいていた。枯れた涙を拭いて、無言で外を出ようとする2人の足取りは不思議と重くは無かった。
今日の旅の終点は、隣の部屋。
(弟たち待機中・・・)
「なぁ、優三」
「どうしたの? 強二郎兄さん」
「...パソコンの中の写真、見たか?」
「お母さんの写真...だよね。 一応見たけど、不気味な感じだったね」
「......あの写真の人、母さんじゃない」
「えっ...はぁ!?」
「泣きぼくろの位置的に、十子さんに似てたんだよな。行方不明って言われてるけど、まさか鯊原さんが...!?」
「い、いやそんなわけ......」
強く否定できない気持ち悪さは、2人を静寂にさせた。
「ぎャ...ドゴっ...ドゴっ」
静寂を破るように、隣室から鈍い音が聞こえる。
「ズ...ズッ......」
音が近づく。
「がちゃ......」




