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メッセージボトル2・アパート

 僕の名前は先谷 悠生(さきたに ゆうき)。バリバリ働く社会人2年目......のはずだったが、訳あって今は実家があるQ県で転職活動をしている。


 とある昼下がり、気分転換に近くの川を歩いていると、どんぶらこと流れる桃のように小さなボトルが流れていた。一見するとただのゴミだが、中に手紙のようなものが入っているように見えた。いわゆるメッセージボトルというものだろう。

 僕は少し興奮しながら急いでそのボトルを拾い、中身を確認するとそこには衝撃の内容が書かれていた。それは大学時代の友人、鯊原がどこかに監禁されているのを訴えるような内容であった。


 閉じ込められている(らしい)友人の鯊原とは大学の入学式で出会い、その日に話をしてからすぐに仲良くなった。そこからずっと、卒業するまでよくつるんでいる仲だったが、働き始めてからはお互い離れて行き、連絡が少なくなっていた。その後、僕のスケジュールが真っ赤になっていた時はぱったりと連絡がつかなくなった。

 鯊原は基本冷静で論理的だが、意外と激情なところがあり、よくそれに救われていたものだ。


 しかしそういうやつが何であんな形で閉じ込められているのだろう。いや、むしろ本当に手紙通りに閉じ込められているのだろうか、そんな疑問が湧いてきた。鯊原自身、たびたび噓やドッキリを仕掛けてくるような奴なのでそう疑ってしまう。

 ...ただ、悪戯好きとはいえここまでリスクがあることをするような人物ではない。壮大なドッキリという線はすぐに消えた。


 ......しかし手紙のことが本当というならどうすれば良いのだろう。あいつは今どこで?どうなっているのか?生きているのか?謎だらけだ。

 警察に行っても聞いてもらえなさそうなこの案件を解決するために、今日みたいにまた川に流れるのを待ったほうが良いだろうか。

  せっかちと不安が入り混じるこの状況で、何日も何日も待つなんて僕自身の性分に合わない。リスク承知で鯊原を探すことにした。

(......決して転職活動をさぼるためではない......と言っておく)


 まず最初に、あいつの家に行くことにした。一年前に通話をした時の記憶だと、大学時代から変わらず隣県のR県にある地区10何年のアパートに住んでおり、引っ越すつもりもないらしい。(引っ越す金が無いんだとか)大学時代に何度か行ったことがあるため、携帯で調べなくとも道順は頭の中に入っている...と信じながら足を動かせて進んでいく。


 今は大体13時くらい、後先考えず近くの駅から別の駅へと乗り継ぎ、手紙にも示唆されていたあいつの最寄り駅「動板駅(どうばんえき)」についた。降りて行ったその駅は、一見無人駅に見えるくらい小さな駅で、全くメジャーな駅では無い。だが、あのアパートを目指すなら結局ここが最短ルートなのだ。

 少し道に迷い、結局駅から20分近く歩き、ようやく例のアパートについた。最後に来たのは3年前の一昨日、つまり10月8日。ちょうど大家さんの澪子(れいこ)さんの誕生日でパーティーをした日。その時と同じプラスチックの波板屋根と年季の入った木の壁が目立つアパートで、昔から鯊原以外の住民を見たことが無い点も変わってなかった。


 大学が終わったら駅まで一緒に来て、部屋に入ってよく遊んでいた日々。その時に通っていた道のりがなんとなく頭の中にあった。その思い出に浸っていると、いつのまにかあいつが居た部屋の前まで来ていた。無意識にドアノブに手をかけようとした時、誰かから呼び止められた。


「その部屋には誰もいませんが..どうかしましたか?」

 声のする方向に目を向けると、キラリと銀色に光る小さい物を握りしめている小柄な体格の青年がいた。どこかで見た覚えがあるが、分からない。隣人?それとも別の友人?どちらにしろ見覚えがあるわけがないので違うだろう。そう思っていた時向こうから気づいてくれた。


「あれ..?もしかして先谷さんですか? お久しぶりです。三島です」

 その名前を聞いてようやく思い出した。彼の名前は三島 賢一(みつしま けんいち)、大家さんの長男だ。鯊原は大家さんたちと非常に仲が良く、鯊原が住み始めた5~6年前からよくゲームをしに部屋に来るぐらいの仲だったみたいだ。

  僕もしょっちゅう上がり込んでいたため、彼ともよく一緒に遊んだり、彼の趣向で望遠鏡を片手に山登りをしていた。


 一緒に遊んでいたころは高校生だったのに、いつのまにか成長して敬語を使ったところを見るととても微笑ましく思う。ただそれと同時に自分自身の老化がひしひしと感じ取れた。


「その部屋ってシュウ兄さんの部屋ですけど..何かあったんですか?」

「あぁ、実は......っ! えぇっと...」

 手紙の内容をそのまま伝えようとした瞬間、ハッと我に返り踏みとどまった。よく知っている人物に手伝ってもらえるとありがたいが、監禁されているという恐ろしい現状をそのまま伝えれるほどの度胸は僕にはない。彼には監禁されてる事などは伝えずに、「何日も前から連絡がつかず心配だ」と半分事実で半分噓の言葉を伝えた。


「そうなんですか、確かにそれは心配ですね…よかったら自分も協力しましょうか?」

 焦燥よりも落ち着きが見える雰囲気で、今一番欲している返答をくれた。

「あぁ、ありがとう、とっても嬉しいよ。じゃあさっそくで悪いんだけどあいつの部屋に入りたいから、部屋の鍵を大家さんの...澪子さんに頼んで持ってきてれない?」

「っあー...そういえばまだ伝えていなかったですね。このアパートの大家は自分なんです。諸事情で母さんが居ないので受け継いだんです」

「...!?そう...なんだ?」

 気まずそうに出した新事実に驚く僕はそこまで気に留めず、彼は話を続ける。


「本来だったらちゃんとお茶とか出して話したいんですけど、今はシュウ兄さんのほうが大事ですからね。鍵取ってくるんでちょっと待っててください」

 彼はそう言って、そそくさと下に降りて行った。彼が言っていた諸事情のことが少し引っ掛かるが、とりあえずは携帯でも見て待つことにした。


 この暇なアパートでしっかりと暇をもてあそんで、待つこと10分。廊下から三島が部屋のカギと懐中電灯を持って帰ってきた。

「ちゃんと電気がつくはずですが、一応持っておいてください。どうぞ」

 そう言って懐中電灯を一本渡してきた。夕日が差す部屋前で貰った懐中電灯をグッと握り、ドアを開ける三島を見ていた。


「...よし、開きました!準備できました?」

「大丈夫だよ。そもそも覚悟が無かったらここには来てないさ...」

 互いにドアの方向に視線を向け、部屋の中に突入した。


 部屋の中は光が見えないくらいに真っ暗で、正直少しだけビビってしまった。部屋の構造なんて知らないまま部屋のスイッチを探していた僕を見て、すぐに三島が部屋の電気を付けてくれた。目を覆うほどの光が僕たちを包み込んだ後、この部屋の全貌がまるわかりになった。


 玄関を出てすぐ廊下があり、その廊下を真っ直ぐ進んだ先の6畳くらいの部屋には素朴な生活空間が広がっていた。ベッドの掛布団は少しクシャっとなっていたり、机の上のパソコンと一緒にお菓子とコップがあったり、と何の変哲もない日常の()()が残っていた。

「...久しぶりに来ましたけど、昔とほとんど同じですね」

「確かにあの時の日常って感じだな...よくコーヒーを入れてたコップもあるな......飲みかけだけど」


 部屋のあちこちを探しても特におかしいところが見つけられないまま、お互い意見を出している時にあることに気が付いた。

「あいつ...パソコン変えたのか?前は小さめのノートパソコンだったような...」

「たしか先谷さんが最後に来た時よりも後にもっとゲームがしたいから、ってデスクトップパソコンに買い替えたんですよ」

「情報を手に入れるんだったら確実に”これ”に頼るべきなんだが...あいつのパソコンのパスワードなんて知るわけないし......」

 半ば諦めの雰囲気を出していた時に三島は語りだした。


「...いや、僕の記憶の中に一つ手掛かりがあります。」

「手掛かり? いったいどうゆう事?」

「...シュウ兄さんがパソコンを新しく買った翌日、初期設定を手伝ってほしいと頼まれて開封からデータ移行までを見届けたんです。その時、パスワードを打つのを直で見たんですよ」

「一応直接は見ないようにはしていたのですが、簡素なパスワードなのに何回も迷って打ち直していたので、手の位置と打っているときの音から文字数と使っているキーで()()()()で構成されていたと分かったんです。」

 この情報により2人とも宝の地図を見つけたがごとくやる気が満ち溢れていた。僕たちはそのやる気のままパスワードの解析作業を始めることにした。


 解析作業とは言ったがやることはひたすら思いついた数字を総当たりで打ち込んでいくだけだ。ひたすら本人やその知人の誕生日、関連しそうな語呂合わせの数字を当てはめてはロックをかけられる工程が続いていた。

 作業を始めてから時間にして5時間が経っており、外はすっかり暗闇に包まれていた。と言っても内訳のほとんどが打ち込みよりも30分のロックを待っている間に夜食を買ったり一緒にゲームをしていた時間の方が大半だったが...


 そんなこんなで2人に少し飽きが来た頃に、ついにロックの解除に成功した。しかし、パスワードの数字は意外なものだった。

「1008?それがパスワードなのか?」

「えぇ、今まで予想立ててきた数字じゃなくて、なんとなく思いついた数字が当てはまるとは..」

「でもこの数字どこかで聞いたことがあるような......」

 必死に今の時点から記憶を遡った時、最後にこの部屋に来た時の光景がおぼろげに浮かんできた。ワイワイと賑やかな光景がヒント、というより答えになっていた。


「...そうだ。これ、澪子さんの誕生日だよ。」

「......え? 母...さんの?」

「仲が良かったから、でも片づけきれないなこれは...」

 謎を一つ解決したと思ったら新たな謎が出て、部屋に変な緊張感が出てきた。


 嫌な汗が出てきたところでふと三島の方を見ると、彼の様子がさっきまでとは違うことに気づいた。さっきまで頼れる好青年だったのに、とても暗い表情で下をうつ向いていた。あまりの陰の雰囲気にどう声をかけるべきか悩んだが、素直な気持ちで接することにした。

「大丈夫? 何か怖がっているようだけど...」

「っ...なんでもありません....大丈夫ですから......」

 大丈夫と言っているが、明らかに大丈夫なわけがない。体全体を震わせ、今にも涙がこみ上げてきそうな状態だ。

 彼のためにも、勇気を振り絞って言葉を出した。


「......三島、今日の調査はいったんここで切り上げよう」

「え? ちょっと先谷さん、こんな進展を生み出せそうなものがあるのにもったいないですよ...まだ時間も10時くらいですし...」

「その熱意はとても良いことだが、熱意が消えないように体調と精神を崩さないようにするのが一番大事だよ。鯊原が心配という気持ちは僕も負けていないが、それ以上に今の君のことが心配なんだよ、三島。

 ...まあ少し説教臭かったかもしれないが今日はゆっくり休みな、弟さんたちも心配してるだろうし」

「あ...っありがとうございます! ...ではおやすみなさい!」


 そう言いお辞儀を何度もしながらパソコンから離れて行った。部屋から出る瞬間、彼の体全体の震えと堪えていた涙が無くなっているのがチラッと見えた。さっきの言葉は隠れ自己満足かもしれないが、親心のように少しだけ笑みと涙が溢れ出てきた。


 涙が収まった後に改めて彼の様子がおかしくなった原因を考えた。しかし何故かというのはなんとなくでも分かった。おそらく僕が言った()()()()に反応したのだろう。といっても澪子さん自体に恐怖があるわけではないだろう。

 もしそうならば会ってから部屋の鍵を開けてもらうまでの間に固まっているはずだ。具体的に言うと澪子さん+鯊原に対して恐怖を抱いているのだろう。


 彼は澪子さんが居ない理由を諸事情と言っていたが、あの反応を見てからだと諸事情に悪い予想が出てくる。ただの旅行や帰省では無い、そうなると入院...死......それに鯊原が関わっていたとしたら......そんな不謹慎なことは考えないほうがいいのだろう。


 ふぅっと一息つき、周りをキョロキョロと確認した。主に窓とドアスコープを。

「...三島は戻ってきてないよな、大丈夫だよな?」

 確認の独り言をつぶやき、スリープ状態になっていた鯊原のパソコンを起動したが、更新と重なったのか起動するのに時間が掛かりそうだった。その時、ふと自分の無意識的な行動に驚いた。

 僕はなぜ、わざわざ三島を部屋から出して寝ずに残業を始めようとしているのか。忌々しい社畜精神に関係なく別の理由があると思い、待ち時間を使って考えてみた。


 ――正直に言うと僕は未だに鯊原のことを信用できていない。流れてきたメッセージボトルの手紙すら半信半疑なところがある。

 もともとあいつ自体が初対面の人に口調やら心情やらが詐欺師っぽいと言われ、僕の心の中でもその意見に同意してしまうくらいには胡散臭く、謎だらけの人物だ。

 そんな奴についての情報の中で万が一、恐ろしい罪の痕跡が出てきた時、シュウ兄さんと慕っていた彼が冷静に飲み込めるだろうか。しかもついさっきまで澪子さんのことで精神的に疲れていた彼に...だ。

 ...そういう万が一を防ぐために今、目をこすりながらでも作業をしているわけだ。


 ...念のために付け足しておくが、鯊原を化け物のように評価した。しかしあくまで疑わしい点があるだけで根っこが悪いわけでは無い。むしろ普段はお節介焼きな一面が目立つ奴だ。


 今までの説明は僕が只々疑惑の人物を救うか裏切るかのカスな2択が浮かんでしまったものだ。三島も行方が分からないと言っているのだから、疑う余地も無く選択肢は救う1択しかない。

 長く寂しく一人で考えている間にパソコンが開いた。


 パソコンを開いてすぐ気付いたことはデスクトップにアイコンがなーんにも無いことだ。もっとゲームがしたいからと買い替えたパソコンなのに、ゲームアイコンが一切見当たらない。しかもフォルダの中を調べてみるとゲームどころか音楽や動画等も無かった。パソコンの容量がたっぷりと200ギガバイトくらいはあるのに、ほとんど初期設定と変わらない30ギガバイトしか使われていない。


 そんなとんでもなくもったいない使い方をされているパソコンに同情の目を向けていた後、何かないかとデスクトップ上を探っていた時にあることに気づいた。

 1つだけ透明なファイルがあったのだ。どうにか加工して作ったであろう透明なファイルが画面の左上に置いてあった。恐る恐る透明ファイルを開くと、1枚の写真がそこにあった。


 その写真には目をつぶって部屋の床に仰向けで横たわっている女性の姿があった。上半身部分しか見えないその女性は寝ている、とは考えられないくらいには生気が見えない姿だった。

 首にねじ巻かれた縄のような跡があるためこの人が生きているとは考えにくいだろう。また、撮り方や構図は鯊原が前に写真を撮っていた時と非常に似ているため、本人がスマホ等で撮って保存した物で間違いないと思う。では被写体となっているこの女性は一体誰なのだろうか?


 かなりの期間一緒にいたがあいつに女性の気配を感じたことが無い。今までに彼女や女友達を作ったことがないと本人も言っていた。家族?とも思ったが、あいつは一人っ子で両親とも大学時代からまったく会っていないらしいので家族の線は考えにくいだろう。僕が思いつく限り、鯊原と関りがあった女性は数分前に口にしたあの人しかいなかった。


「......澪...子さん?」


 考えたくもなかった。失踪した鯊原、様態が分からない澪子さん。最悪な形で点と点が結ばれた。


 ...しかしこの最悪な形が真実と決まったわけでは無い。鯊原の手紙に書いてあるあの場所が実在するとしたら、鯊原を見つけることに近づき澪子さんに関する真実を知ることができるだろう。

 僕の頭の中のナビはこのパソコンの中身を調べたら近くのカプセルホテルで朝を迎えようとしていたが、すぐさま変更することにした。


 目的地はあいつからの手紙に書かれていた「無罪販売所」がある場所。このR県は比較的都会なため田舎道は数か所しかなく、最寄りの動板駅に近い田舎道となれば絞り込むのはもっと簡単になる。

 移動手段が歩きのため12時という深夜から出たほうが三島に報告できるのも早くなって一石二鳥になるはずだ。


 パソコンを切り、大急ぎで準備をして部屋から出ようとした。その瞬間、近くの方から「ドンッ」と籠った音が聞こえた。車の事故か?とその時は気にも留めず目的地に向かうためにひとまず後回しすることとなった。


 まだ1日くらいしか経っていないこの旅も物語で言うと、そろそろ佳境に入る頃か...あまりここからハッピーエンドに向かう兆しが見いだせない。本音を言うとこのまま逃げたい...ただ、まあこんなところで諦めるほど(やわ)ではない、少なくとももう僕の足は最寄り駅に進んでいる。


 暗い夜の中、駅には目的の電車が来ていた。こんな深夜にちょうど行きたい場所の電車が来るのは、ただの終電とはいえ運が味方しているような気分になれた。

 誰も居ない電車に乗り、堂々と席の真ん中に座った時に見えた夜景。満月にとても近い月が輝いて見えた時、記憶の中に3年前の鯊原と一緒にこの電車に乗っていた記憶がフラッシュバックしてきた。


 ――最後にあいつと会った夜、初めて行くと思っていたあの田舎道に来ていた。あいつが近くの風情ある田舎道できれいな景色を見ようと言い出し、目をこすりながら見た景色が思い浮かぶ。

 大きくは無いが夜でも作物が輝いていた畑、軽トラックがぎりぎり通れるくらいの道、と古めかしさを感じた。

 そして今から降りる駅の名前にも使われている「火田山(かたやま)」という少し小ぶりな山が後方に佇んでいた。


 いい感じに思い出してきた所で目的の駅に着いた。電車から降りてホームから出た時の景色は()()()()を除いてまったく変わっていなかった。

 お察しの通り、ある一つとは手紙に書いてあった無罪販売所の事だ。大きい山と田んぼ道の景色を堪能する間もなくそれに近づくことにした。


「ようやくお目当てのものに出会えたが......?」

 僕の今の疑問は外見が思っていたものと違ったことだ。無罪販売所と書かれた旗はある、木造なのも間違いない。でも、僕には明らかに販売所というよりも移動式の屋台にしか見えないのだ。明かりも無く、中に誰も何も無いとはいえ、ドラマで見る沁みたおでんが出てくる、まさにその屋台であった。


 思ったものとは違ったが少しだけ手がかりがあった。この屋台からはおでん...ではなく酒の匂いがするのだ。少し嗅ぐだけでも酔ってしまいそうなこの匂いの酒は、強くても2~3杯飲んだだけで床に倒れてそのまま眠っていくレベルだ。


 手紙によると鯊原が拉致される前の日にどうやって最寄りの駅に帰ったのかが明記されていない。おそらく記憶が飛ぶくらいにこの屋台で酒を飲まされたのだろう。

 深夜テンションか、はたまた酒の匂いにあてられてか、根拠も証拠も薄味な推理に浮かれていた。レジの中でも見ようと屋台の中を覗こうとすると突如、眩しすぎる光が僕の目を襲った。


「ちょぉっと君ぃ!こんな時間にこんな場所でなぁにやってるの!?」

「えーっと...これは......」

 友人を助けるため犯人をしょっぴこうと思ったらこの一瞬で立場が逆転してしまった...弁明しようにもできない状況と光の眩しさで脳内が混乱しかけた時、光が足の方を差し、相手が語り掛けてきた。

「ん? あぁ...君、もしかして最後の電車にいた人? いや~ごめんね!おじさん気がつかなかったよ 車掌として恥ずかしい//」

「いっ、いえいえ怪しい動きしていた僕が悪いですから」

 気休めの謙遜の言葉をかけた後、車掌さんは続けてこう言った。


「酔っ払いしかいないこの時間帯で君みたいなまともな人見るのは久々だなぁ......まあ、わざわざ終電で電車で来てこの屋台を見てるってことは何か用でもあるのかな?」

 ただの疑問か、はたまた尋問か分からないその訊き方には、濁して話す他なかった。

「ま、まぁそうですね この屋台の事で調べたいことがありまして」

「なーんか聞いてる感じ、ちょっと訳ありって感じだね君...1年前のあの事件とは関係なさそうだけども」

 ベテランの老警察官のような口ぶりは、見た目にあった貫禄があって職質でもないのに少し怖かった。しかし心の中で怖がられているとはつゆ知らず、車掌さんはまた屋台の事を質問をする。

「ところでこの屋台を調べてるっていうなら、これがいつ作られたかってのは知ってる?」

「......その情報、知らないですね...もしよろしければ詳しく聞いてもいいですか?」

「あぁ、もちろんいいよ」

 車掌さんは屈託のない笑顔を見せた後、少しだけ間を入れて話し始めた。


【――あれは2週間前の...ちょうど今日みたいな深夜の時間だったかな、いつものように帰る前に変な奴がいないか見回りしてたんだよ。そしたらどこからか知らない男3人が大量の木材持ってこの屋台を作ってたんだよ!


 ...本当はさっきみたいにライトで照らして注意すべきなんだろうけど、1対3は分が悪すぎるから、すぐにホームの端に逃げたよ...怖いもの。それと暗かったから顔とかは見えなかったけど、体系がそれぞれムッキムキでデカい奴と細身な奴、あと少し小さめの奴ってきれいに分かれていたよ。


 その後の仕事は一週間くらい長めに有給取ってたからやっている様子は見てなかったけど......他の奴らから聞いた話なんだけどさ、一週間前に明かりが付いていてあの屋台に店員と客みたいな人が居たらしいんだよ。店員の人の姿はよくわからなかったみたいだけど、お客さんとして来ていたスーツ着た兄ちゃんが強い酒を何瓶か飲み干してたらしいんだ。

 ...だからかな、ここ数日酔っ払いなんか居ないはずなのに未だに酒臭いのは。】


 ...あっ、やっべ!そろそろ帰らないといけないや、奥さんに怒られちゃうわ。それじゃあ、またね!


 そう言い残して名前も知らない車掌さんは、こちらが感謝の言葉を言う前にそそくさと駅から出て行った。完全に出て行ったのを確認した後、用が無い僕も駅から抜け出していった。


 10月9日午前1時、いつもなら寝ているこの時間に寝場所を探し、只々あてもないまま夜を彷徨っていた。携帯の充電が切れたため近くのホテル等を探すのは難しく、電車が無いため実家に戻るのもダメ、そうなったらおのずと(開いているであろう)鯊原の部屋に行くしかなかった。


 居ない友人の部屋に寝泊まりするのはあまり気乗りしないが、状況が状況なのでやむなし...そう言い聞かせるうちに部屋に着いた。

 鍵をせず出て行ったため泥棒に入られていないかが心配だったが、部屋は数時間前の時と変わりなく人の気配が無い寂しいままだった。


 ふぅっと一息つき内鍵をかけている時、駅に行くときと同じように近く、というより隣の部屋から「ドンッ」と音がした。その音を認識する間もなく「ドンッドンッドンッドンッ...」と数えきれないぐらい連続で壁を殴るような音が続いた。その音は2分くらいで鳴り止んだが、明らかに隣に人がいるという事実が僕をとても悩ませる。


【――あくまで憶測の話だが状況整理をしておこう。

 2週間前の9月24日の深夜に謎の3人組が屋台を作っていた。メッセージボトルの手紙の内容では、その1週間後に屋台の人物に酒で酔わされたような書き方をされており、その4日後にはどこかに拉致監禁されている。


 しかしどういう事か1人の警察の力を借りて手紙を書き、放流させることができた。そして僕が流れてきた手紙を拾い今に至る...こんなところだろうか。

 この調子で直近の自分の出来事も振り返っている時に、とある疑問が出てきた。考えれば考えるほど確信に変わっていくその疑問は、少し寝た後に合うであろう彼にぶつけることにしよう。】


 そう思いながら僕は眠りにつくこととなった。

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