もう望めないと思ってた幸せ
夜。
オルディアに迎えにきてもらった私は、食事しながらもカトリーンが教えてくれた手拍子が頭を離れなかった。
……変調するのが当たり前とか、魔族のダンス、どうなってるんだろう。
ご飯を噛む間隔まで手拍子みたいになってて、目の前にいるルネが首を傾げてる。
隣にいるティーカーもご飯を食べながら、不思議そうに青の目を丸くした。
「フルル、昨日からおかしくないか。
……まさか、呪いでやられそうなわけじゃないよな?」
「呪いは多分、大丈夫。
でも頭が正直、パンパン」
ダンスは二曲目に突入した。
けど、一曲目と似たところもあれば違うところもあって、ごちゃ混ぜにならないよう必死になってる。
つい足先だけでもステップ踏んで復習してると、ご飯の終わったルネも椅子の上で体を小さく動かしてることに気づいたから、ハッとした。
「もしかしてルネも習ってるのかな、魔族のダンス。
そうだよ、家で教わってない!?」
元々は聖女としてフェッセンリック家から魔王に差し出すため育てられたルネだ。
頷いてるのを見て両手を構えると、ルネが立ち上がった。
手拍子すると私がカトリーンに習ったのと同じ動きで、踊りを披露してくれる。
ステップは同じはずなのに、華やかなカトリーンとは違って背丈が小さいから、すっごく可愛らしくて一曲目との違いがわかりやすい。
長い白髪を靡かせて、赤の瞳をキラキラさせて、ルネが楽しそうにステップを踏む。
変調にもちゃんと対応したルネは、魔法使いの服を優雅に翻した。
一曲踊り切ったのを見せてもらったけど、お辞儀したルネに食堂では拍手が巻き起こってる。悪魔貴族の女の子らしく、ルネは拍手にも丁寧に礼を返した。
「うわあ、ルネのこと思い出したら今の曲も上手く行きそうっ。
実はダンス習い始めたんだけど、難しくてさ。
武術の流派ごとに師匠が違う感じで、今のは見た目が違うからすっごく記憶しやすいよっ」
「ねーね、おーぅの? がーばって……!」
私のところにまで来て握り拳を差し出してくれたルネに、私からも拳を合わせる。
元気付けてくれる笑顔に胸がいっぱいになって何度も頷くと、急いで食事を終わらせて……今日は魔王もお仕事で戻ってないから、城の中庭で踊らせてもらった。
「タタタッタータタ、タタン、タタ……」
冗談みたいな変調子を必死になって練習する。
でもルネが見せてくれた踊りのおかげで、頭の整理はついた。
職業は踊り子じゃないけど、一曲目と同じでひたすら習った通りに踊り続ける。
やがて月が昇っていく頃……近づいてくる足音に振り返ると、ルネを抱っこしたティーカーが中庭にいた。
「よう、頑張ってるな」
「あれっ、もう寝る時間じゃないの?
ルネは……どうしたの、泣きべそかいてるよ?!」
「なんか不安で眠れないらしい。散歩してたらフルルがいたから寄った」
四将の勉強で魔界に滞在中のルネとティーカーは、一緒の部屋で暮らしてる。
だからベッドに横になってても寝られない様子に気づいたティーカーが、抱っこして気晴らしに出たんだ。
私もルネを抱っこさせてもらうと、泣き顔のルネが私に体をくっつけて、ギュッと背中を握りしめた。
「あんなに立派なダンスの先生してくれたのに、どうしたの? 何か怖いことでもあったの?」
「家のこと思い出したんだってさ。
……今日は昔習ったこと、思い出してただろ?
一生懸命前見て走ってる時はいいけど……後ろを振り返ったから、ルネも色々考えたみたいだ」
抱っこしながら小さな頭を撫でたけど、肩に顔を埋めたルネがしゃくりあげ始めちゃった。
顔が押し付けられたところに、短い吐息と涙が滲む。
……フェッセンリック邸で私も習わせてもらってるけど、ルネにとってはいい思い出の場所じゃないんだよね。
私もルネの伝手を頼ったのに、誰に習ってるかは言えずにいる。
ルネも気さくに踊ってくれたけど、じゃあどうやって覚えたのかとか、家のこととか、終わってから色々思い出しちゃったんだ。
「っ、ごぇん、なしゃぃ……ねーね、忙し、のに……」
「ううん、気にしなくていいよ。踊り疲れてきたから休憩、休憩っ。
……えへへ、でもこうしてると思い出しちゃうな。
私も小さい頃、眠るのが怖いときがあってね。お父さんにこうやって抱っこしてもらったことがあるんだ」
仲間と一緒に魔物を倒したり、剣を振り回したり、夢中で走ってる時は何も気づかない。
でも終わった後、仲間と別れて一人になって……ベッドに入ると小さいなりに、暗闇の中で色々考えちゃうんだ。
「ねえルネ、私のお父さんね、すっっっごく有名だし、強い勇者なんだよ」
空を見上げれば、今日の星も綺麗に輝いている。
少しだけ顔を上げたルネにもまだ話してなかったから、モチモチのほっぺに頬擦りした。
「お父さんは、魔王を倒して世界に平和をもたらした勇者なんだ。
多くの仲間に慕われて、村を興した時にもティーカーの両親やオルディアのお父さんの神官様、みんなが集まって仲良く暮らし始めた。
とっぴで面白い人でね。周りにも毎日笑いが絶えなかったんだ」
村での日々は、いつ思い出しても温かい。
優しいお父さんの人徳もあったんだろうなって、冒険した今ならわかる。
「お父さんは魔王を倒した後も世界中を回って、残る魔物を掃討したり、いろんな人のお手伝いしたりしてたんだ。
私も世界中回りながら聞いてきたけど、勇者イグリスは誰もが知る英雄で……私のことも一生懸命育ててくれた」
初めての我が子は、自分が持っていたはずの聖剣を抱いて生まれてきた。
魔王が復活したって気づいたお父さんは、元勇者として出来る限り私を鍛えてくれた。
ティーカーも懐かしんで空を見上げてるけど、同い年のティーカーとオルディアが仲間だって見極めて、三人一緒に稽古もつけてくれた。
「私が寝られなくて泣いちゃうと『この落ちこぼれ勇者め、寝るのも修行のうちだぞ』って叱るんだよ?
それでもお父さんに甘えると……こうやって抱っこしながら村を歩いたり、一緒にいてくれたんだ」
立派な勇者は、娘を突き放すだけじゃなかった。
泣いて抱きつく私に、今みたいに頭を撫でて「じゃあ夜に出来る訓練をしよう」なんて言いながら、星の見方を教えてくれた。
星空を見上げるルネの頭を、ティーカーが撫でる。
大きな手に撫でてもらいながら、ルネも涙を拭き始めた。
「俺もおじさんがフルルを抱っこして歩いてるの、見たことあるぜ。
オルディアは神官様と夜番で祈祷してるのに、勇者は泣いてらーって言ったらフルルと喧嘩になった」
「そんなのティーカーだっておじさんに抱っこされてたから、おあいこでしょ?
えへへ、うちのお父さんと道具屋のおじさんおばさん……ティーカーの両親は、同じパーティの仲間だったんだよ。
だからこうやって抱っこしながら、こんばんはーって話してた時もあったんだ」
ティーカーも訓練とかお店の手伝いで疲れて、おじさんに抱っこされながら寝てて、夢現に私に気づいた。
金髪に青い目の男はもう大人になったけど。
……懐かしい村の日々は、もう遠いけど。
みんなで一緒に見上げたみたいに、綺麗な星空は今日も、私たちの前に広がっている。
「ルネのお父さんとお母さんじゃないけど……私もティーカーも、そばにいるよ」
ルネを見つめて、ポンポン、って小さな背中を叩いた。
顔をくしゃっとさせて、また泣き始めちゃう。
それでも一生懸命頷いてくれるのが可愛くて、胸に抱き込んだ。
「ルネのことが大切だって、仲間のみんなが思ってる。
だから怖いことや苦しいことがあったりしたら、遠慮なく甘えていいんだよ。
またみんなでこうやって星空見上げたりさ。楽しい思い出、いっぱい作っていこうねっ」
元勇者としていつも私を鍛えてくれたお父さんが、大切に娘を包んだみたいに。
落ちこぼれ勇者め、って、誰よりも優しい声で言ったみたいに。
私も小さな仲間を抱っこして、あの日分けてもらえた温かい気持ちが伝わればいいな、って頬擦りしてた。
何度も頷いたルネが目を閉じたのか、大粒の涙が肩に沁みる。
しばらく背中を撫でて泣いちゃったのをあやしてると、肩に頭を預けてたルネの体があったかく重くなって……眠る時間も過ぎてる六歳の女の子が寝られたのがわかったから、ティーカーを見上げた。
「へへー、今日はにーによりもねーねだったね」
「傷つくから言うなっての。
……俺はずっと一緒にいるのに、最近は一緒にならないフルルのことも気になってたんだろうぜ。
四将の勉強は俺たちの方が先輩だから、また教えてやれる日もくるだろうけどなっ」
「っくう、その時は頼っちゃうかもしれないっ」
「へへっ、まかせろ。
なんてな。フルルはフルルでダンス習ってるんだろ? お妃教育ってやつか」
「ううん、それがね……」
ティーカーにも事情を話したけど、納得して笑ってる。
「オルディアならうまくやるのに、フルルは昔から世話焼きたがるからなー。
一人で行かせてやった方がいいんじゃね? その方がすんなりいくって」
「夫婦同伴って決まってるのに、自分だけ例外にしたらオルディアだって他の魔族に示しがつかないでしょ。
苦楽を共にしてこその仲間……もとい夫婦なんだからねっ、私も頑張ってみせる!」
「あ。オルディアの世話焼こうとして失敗して、逆に時間かかったやつ思い出した。
聖堂で使う香木集めてたら、普通の枝混ぜたから分け直すハメになったの。覚えてる?」
覚えてるから、記憶が一気に蘇って顔が熱くなった。
これも昔、昔。
多分ルネより小さい頃のこと。
オルディアを冒険に誘いに行ったら、一人で森に入って香木集めに行く用事があるって言われた。
まだ神官見習いだったオルディアに「僕一人でも大丈夫だよ」って言われた。
けど「魔物が出てきたら大変だから、私とティーカーも参加する」って無理についていった。
……結果、私が収穫した『香木だと思い込んでる』枝まで全部一緒にして運んじゃったんだよね。
「一人で行かせてやった方が良かったなーって、あの時は俺も罪悪感感じたんだよな。
言われた通りフルルと遊んでれば、オルディアもお手伝いの時間、かからなかったのにな」
「そっ、そういうこともあったけど、オルディアは『お手伝いしてくれて嬉しい』って言ってくれたもん。
ティーカーはお店のお手伝いで審美眼あるから分かるけど、私持ってなかったし……それでも仲間として手伝う心が大事でしょっ」
興奮した私に、背の高い男が口元に指を「シー」って当てたから慌てて閉じた。
ルネが寝てるのに大声出しちゃった。
二人で様子見したけど、寝てるみたいで一定の呼吸が続いてる。
ティーカーがおもしろそうに笑ってるから膨れてやると、おさげ頭をかき混ぜられた。
「ま、結果は良かったよな。
オルディアもフルルが「一緒にやろう」って言ってくれたのが嬉しかったのか、ずっとニコニコしてたし。
枝を三人で分けるのもおもしろそうだった……ん?」
のんびりしてる勇者パーティに、誰かが近づいてくる。
振り向くと、話題に出ていたもう一人の仲間が現れた。
月明かりに照らされる銀髪に深緑の瞳の魔王は、でもちょっとだけ唇尖らせてる。
「フルルとティーカーは相変わらず仲が良いな。
……何を話していたんだ」
「おつかれ。聖堂の香木集めの話してた。
余計なこともしたけど、オルディアが手伝ってもらえて嬉しそうだったなーって喋ってた」
「ああ……あれは賑やかで楽しかったな。
ティーカーが意外に頼りになった。
香木も香りが良いものとそこそこのものなんて分けて教えてくれるから、僕も勉強になったんだ」
「私は邪魔しちゃったよね……昔の話だけど、改めてごめん」
「ん? 邪魔なはずがない。
僕が集められる量なんてたかが知れていたのに、フルルが持っていた大きな布に乗せて、ティーカーと一斉に運んでくれたからしばらく森に行かなくても良くなったんだ。
みんなで分けたのもいい思い出だし……『面倒なことでも一緒に手伝ってくれる最高の仲間が僕にはいる』……そう今でも思い出せる」
優しい魔王の言葉に、胸が疼く。
私よりも背丈が小さかったのに、今では見上げなきゃいけないくらい大きくなった幼馴染を見つめると、微笑んだオルディアに頭を撫でられた。
「ルネは珍しく夜に出掛けているが、どうした。
四将の勉強は順調で、何かあったとは聞いていないが……たまにはねーねに甘えたくなったのか」
「寝る前に色々思い出しちゃったみたい。
ベッドで不安そうに泣いてるのにティーカーが気づいたから、一緒に散歩しようって誘ったんだって」
「夜の散歩か。
……懐かしいな…… おじさんがフルルを抱っこして村を回っていたが、フルルはうとうとすると聖剣を抱き始めるから、おじさんが「寝るなら早く寝落ちしてくれ」なんて顎を突かれて笑っていて……あの頃は聖剣を抱くのはただの癖なのかと思っていた」
魔王が出した新しい話題にも、花が咲いた。
……今は大人になった三人が集まって、昔話を共有出来る。
オルディアとティーカーも男の子同士で仲が良いから、笑って話してる。
一年前まではもう望めないと思ってたのに……夜空の下、みんなで集まれるのが楽しくて……幸せな時間を満喫しちゃった。




