アストとカトリーン
今日もダンスの練習をするため、フェッセンリック邸に向かった。
悪魔貴族として客人も招くような広いホールで、カトリーンからステップを習う。
足捌きがある程度出来るようになったら、アストと踊る姿を見せてもらいながら私も同じ動きを真似し続けた。
朝はやがて、昼になった。
練習もひと段落したし、魔王城に一旦帰ろうと思ってたんだけど……アストが「来い」って言い始めて、本館の食堂に招かれた。
「魔王様から正式に依頼があったからな。……教えている間だけだが、食事も振る舞ってやる。
恩に着ろ。アスト・フェッセンリックの名をその胃袋にも刻め」
渋々って顔をしながら、アストは昼食も振る舞ってくれた。
カトリーンがそんなアストを見て、口元を隠して笑っている。
私の食事量も聞いたみたいでテーブルの上には山盛りの食事が出てきたから、遠慮なく大喰らいさせてもらった。
「っ、美味しい!
魔王城とは味付けが違うけど、上品で貴族って感じ。
はむはむ……フェッセンリック邸でご飯出来る日が来るなんて、思ってもなかったな……あ、おかわりだ。ありがとうございますっ」
「大喰らいとは聞いていたが、なんだその食欲は!?
……勇者は魔王様と同じく、何もかも規格外だということか……」
呆然とするアストの前で、次々運ばれてくる料理に舌鼓を打つ。
お皿の上のものが来るたび吸い込まれて行くのを見て、カトリーンも目を離せずに手を止めていた。悪魔貴族に生まれた彼女は、大食いの人なんて初めて見たのかもしれない。
「んぐ。そうだ、カトリーンに聞きたいことがあったんだ。
アストのどこが好きなの?
カトリーン相手にも上から目線の時が多いけど、夫婦として普段ときめくことってある?」
「ぐふっ!?」
突然聞かれたカトリーンじゃなくて、上品に食べていたはずのアストが咳き込んだ。
銀髪に青い目の悪魔貴族が侍従に介抱されているのを見ながら、カトリーンが目を瞬いている。
でも、聞いた私だって本気なんだ。
昨日は朝から晩までオルディアにドキドキしたから呪いは心配なかったけど、今日の分のときめきは急いで出てきたからまだだ。
夫婦として仲良さそうなカトリーンたちからも、手がかりをもらいたい。
金髪の美女は夫に目をやって、戸惑いに頬を押さえている。
「ええと……貴族間の結婚は政略結婚なので、私たちもお見合い結婚となります。
ときめきと言われますと、少々難しいですね……」
「ゴホッゴホッ、そうだぞ勇者、好き嫌いで決まるのが結婚ではない。
魔王様は恋愛結婚だともっぱらの噂だが、カトリーンとは双方の家に有利な条件があって結婚しているんだ。
ときめくだの好きだの、愚かな感情を持ち出すな」
「でもお互いに信頼はしあってるよね?」
「はん、なぜだ? 根拠があって言っているのだろうな」
「だって私が来た時に、アストは一目散に逃げるんじゃなくて、カトリーンを守ろうと前に出たでしょ?
カトリーンもアストを置いて逃げられたはずなのに、そうしなかった。
ってことは、お互いに守り合おうとしてた、ってことじゃない?」
本能的に逃げ出したくなる場面で、それでもそばにいる相手を守ろうと前に出られたのは『犠牲にしても良い相手だ』って軽んじていないからのはずだ。
指摘するとアストが、大きく両手を広げて首を横に振った。
「それこそ家のためだ。カトリーンに何かあっては家同士のつながりが崩れる。
守らずにいて良い相手ではないから守った。それだけだ」
「んー……私が来る前とか、仲良さそうにお茶してたと思うんだけどな」
「茶は貴族の嗜みだ。
カトリーンがわざわざ呼びに来たから付き合っていただけだとも。なあカトリーン」
呼びかけられた奥様に目を向けると、青い目の美女は自分の頬に手を当てたまま首を傾げている。
「そうですね……アスト様はフェッセンリック家の次男で、私も家督を継げない長女でした。
家のために娶されたため、恋ほどの激情に身を焦がしたことはありません」
「そうだろう、そうだろう。
優秀な我らは心を動かさぬよう日々訓練も受けている。魔王様とて同じことのはずだ」
「ですが私は、アスト様の正直なところは気に入っています」
カトリーンの言葉に、紅茶を手にしたアストが止まった。
「他愛無い妻との会話しかないお茶会に、お呼びしてもわざわざお付き合いしてくださることも……。
今も私の答えを恐れて必死にお喋りになるような可愛らしいところも、好んでいます」
「……別に、そういうことではない」
紅茶を口にして不満そうにしてるけど、それ以上アストは喋らなかった。
カトリーンがふんわり笑うのを見ながら、想い合う姿に不思議とティコの実みたいな甘酸っぱさを感じた。
……もしかして、ときめきってこういうことを言うのかな。
照れくさそうなアストと、信頼しているからこそ本音を口にしなくても理解してるカトリーンの関係を見ていると、素直に『いいな』って思えた。
たっぷり昼食をとったあとは、夕方まで体を動かした。
基本の動作を全て出来るようになったから、男性と組ませて踊れるか試したいって話になった。
道具袋からコインを出して呼びかけると、仕事中だから魔王装備のオルディアがダンスホールに現れる。
半信半疑だったアストと、驚いたカトリーンがそれでも寄り添って謁見室みたいに膝をついた。
「出迎えご苦労。突然の来客は僕の方だ、顔を上げていい。
呼び出したということは、フルルのダンスは上達したのか」
「うん。昨日よりも断然上手くなったよっ」
忙しい魔王と手を繋いで、肩を掴んでダンスの形を作る。
オルディアも私の腰を支えると、先生役のカトリーンが立ち上がった。
……手拍子に合わせて、教わった通りに体を動かす。
足で細やかなステップを踏んでいく。
ぎこちなかった動きが滑らかになった分だけ、私がオルディアを掴む力も和らいだ。
足先は精一杯だから魔法陣を確かめ続けてると、耳元で密やかな声が聞こえる。
「僕を見た方が合わせやすい。
ステップが合わずに踏んでも構わないから、身を任せてくれ」
顔をあげると、柔らかく微笑んだ魔王と視線が絡む。
体がオルディアのリードに導かれて、羽のように軽やかに踊ってた。
あ。
オルディアと一緒に踊るの、やっぱり気持ちいい。
難しいステップの最中なのに、胸の奥が弾んでふわふわする。
緊張でこわばってた顔から笑顔まで引き出されちゃうくらい、目を合わせて笑ってくれる魔王と一緒に踊るのが楽しい。
やがて足が止まると手拍子が拍手に変わって、カトリーンが頬を紅潮させているのに気づいた。
「魔王様、フルル様、素敵でしたっ。これならシャルルエリ家の舞踏会にも間に合いますっ」
「やった、出来た……!?」
「出来ました、『一曲目』はバッチリです!」
……ん?
一曲目?
あ。
冒険の合間に見た舞踏会が、次々に浮かぶ。
各王国で紳士淑女が曲に合わせて踊る姿を思い出して血の気が引くと、見上げた先ではオルディアも頷いていた。
「舞踏会ではシャルルエリが曲目を選ぶ。
今回のものが一番踊られやすい古典形式のものだが、何が出てくるかわからない以上、全て覚えておかないことには対応出来ない。
人間界でも、ダンスは一曲だけではないだろう?」
「そうだよね、なんで気づかなかったんだろ!?」
魔族のダンスは三日では習得できない、って誰もが口を揃えるのは。
こういう難しい曲が、何曲も待ってるからなんだ!
焦茶の目を瞬く私にオルディアが笑って、カトリーンがアストを呼んでいる。
「では急いで次の曲に参りましょう。
魔王様はしばらく出番がないのですが……」
「僕は一度城に戻って、また迎えに来よう。
カトリーン、お前にフルルを任せる。
……どうした、フルル。まさか諦めるのか?」
「っそんなわけないでしょ。
次の山が見えて燃えてきたところだよっ、どんとかかってこーい!」
勇者は簡単に、心折れたりなんてしないんだ。
私をよく知る幼馴染がからかってくれたから改めて気合が入ると、頬に軽く唇が触れた。
「さすがは僕の勇者フルル。
……どんな困難にも打ち勝てる。僕はそうフルルを信じている」
涼やかで甘い声が、ダンスホールに響く。
背中に触れていた温もりが消えて、静かな空間には私とアストたちだけになった。
……まさかキスして帰るなんて、思ってなかった。
頬に残る感触に手を当てた私は、それでもオルディアの言葉を反芻してる。
簡単じゃないってわかってても、舞踏会に連れて行くって決めてくれた。
それは……私を信じてくれてるからなんだ!
「よし、急いで次の曲の準備しよう。
アスト、カトリーン、踊って見せて!」
「もちろんです。さあアスト様、お手を」
「ま、魔王様が、自分から勇者に、キスしたぞ」
「……今更何をお言いでしょうか。
魔王様がフルル様の突然の呼び出しにも、貴重なお時間を割いていたことも何よりの愛情ではありませんか?
さあ、早く仕上げなくては。私の指導力こそお疑いになります。行きますよ」
カトリーンがアストと、次のダンスを見せてくれる。
魔法陣がまた違ってるから冒険の記憶も引っ張り出しながら、私はとにかく二曲目に着手した。




