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魔王と結婚した勇者ですが、いつまで経っても平穏が訪れません!  作者: 丹羽坂飛鳥


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7/20

ダンスレッスン

 フェッセンリック邸のダンスホールを使って、夕方までみっちりカトリーンに動きを仕込んでもらった。


 勇者としての技量が高いおかげで、身のこなしはぐんぐんよくなっていく。

 でも戻る時間を考えるとここまでだって、窓の外で赤く染まる空を見て決断した。


「実はオルディアにダンスを始めたこと、まだ話してないんだよね。

 未熟な状態で連れて行けないって言われても困るし、バレたら台無しだから……そろそろ帰るね。また明日!」


「はい、フルル様。また明日」


「……言わずにいてやるから、早く帰れ」


 見送ってくれたカトリーンと渋々のアストに手を振って、晩ごはんまでに帰り着くよう来た道を駆け抜けた。

 食堂に一番に入って、何事もなかったようにご飯を食べる。

 今日は四将の勉強に行っていたルネとティーカーたちとも合流出来たから、みんなで報告会もした。

 オルディアも集まれば、勇者パーティは仲間みんなと楽しい時間を過ごせた。


 そんな、食後のこと。

 部屋に帰ると「長風呂するね」って宣言しながら、私は一人になれる脱衣所で踊った。

 相手はいないから、全身の筋力で自分を支える。

 カトリーンが教えてくれた足捌きを交えて、背の高いオルディアに合わせるつもりで石床の上を動き続けた。


「タンタタ、タタ、タタタッタン……」


 習った動きを、ひたすら繰り返して染み込ませる。

 武術と同じで大事なのは反復練習だ。

 師匠は何度も同じことを教えてくれたりしない。『一度で身につけろ』っていろんな流派で言われてきたから、今回も教わったことを思い出しながら繰り返した。


 けど……魔力の込め方だけは、魔法が使えない部屋の中じゃ難しかった。


 オルディアの寝室一帯は魔王以外、魔法を使えなくされている。

 私の魔力もかき消されて散るから、うまくいっているのか不安だけれど歯を食いしばってステップを踏み続けた。


「タタタン、タタン、タタタ……あれ、次こうだったはず……タタン、タタタ……え、うまくつながらない?」


「ステップが一つ多いな。そこを点で区切るから、必ず足が止まるんだ」


「あ、そっか。細かすぎるのか。……ん?」


 声がした方を振り返ると、背の高い美形の魔王が腕組みして立っていた。

 ひえっ。

 言えないけど、思わず全身が跳ねそうになるのを根性でねじ伏せる。


 何をしていたのか、突っ込まれたら終わりだ。

 速攻で誤魔化そうと腰に手を当てると、オルディアに指を突きつけた。


「お風呂に入るって言ったよね?

 覗きは感心しないなー、そろそろ脱ぐから出ていって欲しいんだけど……」


「すまない、覗くつもりはなかった。

 夫婦として背中を流して、フルルを労わろうと思っていただけだ。

 扉を開ければ熱心にダンスを続けているから、気配も抑えたつもりだった」


 オルディアは善意の行動なのに、嘘ついてる私の方が酷い気がして口を閉じちゃう。

 壁際にいた魔王は私が何も言い返せなくなったのを見て近づくと、猫を可愛がるみたいに顎を細い指で撫でてきた。


「フルルはいつも忙しいからな。

 今日もずいぶん遠くまで走ってきたんだろう? 疲れたりはしていないのか」


「……え?」


「城内から勇者が飛び出して行ったと門番から連絡があった。

 調べたが、フェッセンリック邸にいたらしいな。

 お針子ネズミからも報告は受けたし……ダンスを始めた理由などは理解しているつもりだ」


 これは、もしや。

 全部バレてる!?


 魔王の情報収集能力に唖然としながら見つめると、オルディアは私の頭も撫でた。


「シャルルエリ家の舞踏会のことは気にしなくていい。

 好奇の目にフルルがさらされるのを僕が嫌っただけだ。

 ダンスを踊れない妻だからなんて理由で、置いて行こうとしたわけではない」


 ……やっぱり、全部知ってるんだ。

 流石にこれ以上誤魔化すのは無駄だって、全身から力が抜ける。

 踊って少し乱れた髪をオルディアの指が整える間に、少しだけうつむいていた。


「フルルも知っての通り、魔界は力こそが全てだ。

 シャルルエリ家が夫婦同席と定めていても、僕が妻を見せたくないと言えばそれまで。

 会場にはフルルに恨みを持つものもいるし、人間だと侮るものも多いだろう。行かない選択こそが正しいと僕も判断した」


 全部、私を守るためなんだ。

 優しいオルディアが無理も無茶もさせたくない気持ちも、魔族の集まる中で人間だって騒がれるのを聞かせたくない気遣いも、わかってる。


「……それでも、私は行きたいって言ったら?」


 チュチュはドレスを着せるのを楽しみにしてくれていた。

 舞踏会の話を聞いて私に芽生えたのも、魔王妃として堂々としていたい気持ちだった。


「私はもう魔王妃になった。

 だからオルディアの妻として、隣に立ちたいよ」


 深緑の瞳を丸くした魔王が魔界に攫われてから、どんな苦労をしてきたのか私は知らない。

 オルディアの言う通り、知らないふりして魔王城にいるのが誰にとっても面倒じゃないはずだ。

 でも……ただ守られるだけの魔王妃になんてなりたくない気持ちで、顔を上げていた。


「誰にだって、オルディアはいい妻を娶ったって言わせてみせる。

 だからお願い、隣に立たせて。私も舞踏会に連れて行って」


 決意と共に、オルディアの胸元を握りしめる。

 服を引かれた魔王の瞳には、十九でまだまだ未熟な、おさげ頭の勇者が映っている。


「だめ?」


 オルディアが嫌だって言えば、無理強いはできない。

 空間移動で当日移動するのに置いていかれたら、大陸の向こう側へなんて私はどうあったって行けない。

 私を置いて行くことは、簡単なんだ。


「……っ!?」


 でも……切なそうに細められた瞳を見ていたら、顔が近付いて……唇が柔らかい感触で塞がれた。

 ただ唇を重ねているだけなのに、好きな人の体温に、触れ合う感触にドキドキする。

 軽く吸う音とともにキスが離れると、オルディアがギュッと私を抱き締めて、ため息を吐いた。


「フルルが好きすぎて辛い」


「えっ、何それ? なんで辛いの?」


「僕はもう大人になった。だからフルルの手を引いて、僕こそが導きたい。

 なのに……小さい頃から頼もしい背中ばかりを見せてきたみたいに、フルルは今も前に立って僕の手を引こうとする」


 小さい頃から一緒に冒険をしてきた男の子が、甘く笑って頬に口付けてくる。


「そんなフルルが誇らしくて、僕は好きだ。

 ……改めて、そう実感した」


 くすぐったさとか色んな感情で何も言えなくなってると、オルディアが私を腕の中に包みながら見つめてきた。


「シャルルエリ家の舞踏会に行くのがフルルの願いだと言うのなら、連れて行ってもいい。

 ただし、条件がある」


「条件?」


「行くと言ったからには練習を万全に行わなくてはならない。……フルルが侮られることを、僕は許せないんだ。

 そのためカトリーンに習うのは許そう。今日だけでもある程度ステップは踏めるようになっているのに、今から師を変えても混乱する。

 しかしアストと組んで踊ることは許さない。……まさかもう済ませていないだろうな」


「アスト? 今日はカトリーンに教えてもらうので精一杯だったよ。

 じゃあ誰に相手して貰えばいいかな……副官さん?」


「なぜ副官なんだ。もっと身近に相手がいるだろう」


 体が密着するまで、男性らしく力強い腕に腰を引き寄せられる。

 結婚指輪をはめた左手を持ち上げられて……心地よい手のひらに包まれたのを感じていたら、オルディアの綺麗な唇が指輪に触れた。


「フルルに触れていいのは、僕だけだ」


 私を見つめる深緑の瞳に、息が出来なくなる。

 涼やかな声に鼓膜が痺れて、美形に育った幼馴染を見ながら目線も動かせなくなった。


 気づいたら、今日見たダンスみたいに組み合ってる。

 凛々しい魔王が間近くにいて、なんだか恥ずかしくて……慣れないむず痒さのせいで目を逸らしちゃった。


「……約束、するよ。

 オルディアだけと、踊るから……相手してくれる?」


 密着する肌の温もりまで伝わってきて、照れた体が熱い。

 手のひらが汗かいちゃってる。

 恥ずかしくてまともに見られないから盗み見ると、オルディアが表情を和らげていた。


「もちろん。コインで呼び出してくれればいつでも組むから、すぐに連絡してくれ。

 今からでも踊るか? 僕が教えられる部分もあるはずだ」


「えっ、本当!? いいの!?」


「フルルと踊ってみたかったから、喜んで」


「じゃあお願いっ。ここのステップがどうしても難しくてさ。練習したかったんだ」


 組み合って手を繋いだまま、習った動きを繰り返した。

 ステップはまだぎこちないのに、オルディアが次に移れるように体を動かして導いてくれる。


 ダンスを好きな人が、世界中にいっぱいいる。

 魔族もそうだって聞いてたけど……どうして好きになるのか、なんとなくわかった気がした。


「えへへ」


「どうした。何かおかしいことでもあったのか」


「練習が楽しいんだ」


 触れ合う温もりも心地いいし、オルディアの動きと噛み合う感覚が楽しい。

 こんなの、離れたくなくなっちゃう。


「オルディアのこと、やっぱり大好きだよ。

 だからこうして一緒にいられる時間も幸せーって思っちゃった」


 幼馴染を見つめて伝えると、深緑の瞳が揺らいだ。

 でも、その気持ちも何もかも込めたみたいにオルディアが私を支えて、ダンスを楽しませてくれる。


 夜が更けても夢中になりながら二人で体を動かして……大変な練習だったはずなのに、すっごく幸せな気分で踊り続けた。

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