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魔王と結婚した勇者ですが、いつまで経っても平穏が訪れません!  作者: 丹羽坂飛鳥


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魔神探し

 ということで。

 魔王城の制服として支給された白シャツと黒スカートのお仕着せに着替えた私は早速、厨房に入った。


 副料理長が、今日は出勤日のはずだ。


 仕込みも落ち着いてきた厨房の中を探していると……狼男の料理長が非番なのにいるのを見つけたから、急いで声をかけた。


「料理長、おはよう。

 豪勢な料理で結婚式も大盛り上がりだったね。

 美味しいご飯をありがとう!」


「おう、フルルか。ついに魔王様の結婚式だから張り切っちまった。

 ……ああいや、これからは勇者じゃなくて、妃殿下として扱わなきゃいけねえんだよな。

 魔王妃、失礼をお許しください」


「えっやだやだ、いつも通りでいいよ!?

 私が勇者なのは変わらないし、料理長が今日から態度変わっちゃったら寂しいよ。

 また給仕のお仕事もしたいから、頼りにさせてねっ」


「……ならありがたく。お前も俺の弟子みたいなものだったから、昨日の今日で立場が変わっちまったら寂しいと思ってたんだ。

 今日はどうした、魔王様に茶を頼まれたのか」


「ううん、聞きたいことがあって来たんだ。

 料理長って食神だったりする? それか、厨房に神っぽい魔族がいるとか聞いたことない?」


「神か……俺が神なら生まれ育った村で苦労もしなかったはずだな。

 レミンたちが話していたが、また呪われたんだろ?

 ついてこい。心当たりはないが、当日にいた職員なら分かる」


 頼りになる料理長と一緒に、厨房の管理室に移動した。

 帽子と革素材のジャケットでふさふさの毛並みを抑えた狼男は、整った爪で頬をかきながら考えてる。


「神の話が出たのは、一昨日の仕込みの時だったな……氷室の雪女がへばっちまったんだ。

 ポーションじゃ疲労もどうにもならなくて、氷室の温度が下がらないから雪女もますます弱って騒ぎになった」


 魔王城の氷室を管理する雪女も、材料が多くて温度管理に苦労したらしい。

 ……責任感が強くて気が弱いから、疲れたって言い出せなかったんだろうな。前に会った時も勇者を見ただけで震えてたから、すぐに想像がついちゃう。


「しかしアイスゴーレムも手一杯だ。予備の氷室の管理を任せてたから動けねぇ。

 魔王様の手を煩わせるわけにもいかねえからどうしたもんかと相談してたら、突如として氷の山が雪女の前に現れた。

 雪女も不思議と回復して動けるようになったから、見かねた魔神が力を貸してくれたんじゃないかって話になったんだ」


 料理長が差し出してくれた帳簿を見たけど、その日に魔王城で働いた魔族の名前が書かれてる。

 普段なら帳簿一枚だけど、この日は三枚もあった。さらに結婚式に向けてどんどん多くなっていく。


「一時的に手配された魔族とか、いつもよりずっと人員が多くなってるね」


「滅多にない祝い事だからな。ケーキも城下の専門店に頼んだし、関わってるやつはかなり多い。運搬員まで合わせるともっと増える」


 今日の帳簿はまた一枚だけだ。

 結婚式の事前準備からずっと、悪魔の力を使って従属契約して、いろんな魔族が単発で仕事に入ったみたい。

 城下町だけじゃなく遠くの町からも協力者が来たみたいで、知らない名前ばかりが書かれていた。


「忙しくて誰が魔神だったか気にもしなかったな。調べたいなら書き写してもいいぞ」


「ありがとう。でもここから調べるの大変そうだね……時間かかっちゃいそう。

 被服室にも噂があるって聞いたから、先にそっちに行くよ。またあとで戻ってくるね」


「料理とは違ってドレスは事前仕上げで、そこまで人も増えてないはずだからな。

 任せろ、俺の方でも神に心当たりがないか聞いておく」


 優しい料理長にも調査をお願いして、私はお針子ネズミたちの働く被服室に向かった。


 魔王城の従業員の制服を手掛ける部署、被服室。

 扉を開けると、中ではお針子ネズミたちが動き回って、布を次々に縫っていた。


 一人一人の体型に合わせて作ってくれるから、動きやすいんだよね。

 私もお仕着せ姿で自由に動きながら、ここを管理しているチュチュを探した。


「あ、いた。チュチュ、聞きたいことがあるんだ」


 お針子ネズミの親分のチュチュは、レースをふんだんに使った可愛らしいお仕着せ姿で布を縫い合わせている。

 式典衣装も手掛ける腕利き親分は、意匠案を見ながら小さなメガネを掛け直している。


「なにっちゅ? 今日は忙しいっちゅ」


「城内にいる魔神を探してるんだ。

 ここにも出たって噂を聞いたんだけど、何か知らない?」


「ふん。知ってても、魔王様と金目当てで結婚したような女と話すことはないっちゅ。

 チュチュと話したいなら、魔王様を通すっちゅ!」


 ……ん?

 ずっと引っ掛かってる言葉が聞こえた気がして、チュチュの後ろに立った。

 もう話は終わったみたいにしてるけど、動き続けてる両手を掴んで止める。

 ジタバタ動こうとしてるけど膂力が全然違うから、諦めたみたい。ため息と共にお針子ネズミらしい体から力が抜けた。


「ねえ、なんでお金目当てだって思ってるの?

 オルディアとは幼馴染同士、愛し合って結婚したんだよ。

 チュチュもドレス作ってくれた時に、魔王が私のためにどれだけ心を配ってくれたのかとか、教えてくれたよね」


「勇者が財産目当てだってことは、その後に聞いたっちゅ。

 お前は騙したいから信じて欲しいのかもしれないっちゅが……魔王様は勇者のことが好きでも、お前は魔王様のそばに全然いないっちゅ。

 金目当てって言われても、チュチュには否定できないっちゅ……」


 落ち込むみたいに丸まった背中を見ると、チュチュも噂を聞いて悲しかったんだってわかる。


 チュチュはお針子ネズミの中でも一番努力家で、腕を買われて魔王城に入った。

 オルディアは良い魔王だから服を作りやすい環境をすぐに整えてくれるって、自慢そうにしてたのを私は知ってる。

 なのに恩ある魔王が騙された話を聞いて悔しかったみたいに、チュチュの声は震えてる。


「魔王様はチュチュたち弱い魔族が襲われた時も、すぐに助けに来てくれるような素晴らしい方っちゅ。

 前魔王様の圧政で荒んだ心も、魔王様のためならって前を向けたっちゅ。

 なのに人間の勇者にたぶらかされてしまったなんて、信じたくないっちゅ」


 被服室に響いてた一定の音が、止まったり遅くなったりする。

 チュチュの言葉を止める人もいないし、……みんなも、なんとなく思ってたのかな。


「……たまに現れてタダ飯食べて泊まって帰るだけの貧乏勇者が、お金持ちの魔王を魔法で射止めたってこと?」


「よくわかっているっちゅ。そういうことっちゅ。

 魔王様は淫魔としての経験が無さすぎるっちゅ……でも……女性に騙される一人目が、信じてた幼馴染なんて悲しいっちゅ……」


 お互いに話す姿を知っている食堂ならまだしも、一人で行くような場所ではどう接しているのかも伝わりにくい。

 ……副官さんも、わざわざ執務室内の様子なんて漏らさない。

 再びチュチュのじたばたが始まったから、手を離さずに後ろから抱きしめた。お針子ネズミの体は小さいから、腕の中にすっぽりおさまった。


「ねえチュチュ」


「離すっちゅ。仕事の邪魔っちゅ」


「チュチュが魔神?

 ……お金目当てって言葉、魔神以外からまだ聞いてないんだよね」


 わかりやすく、腕の中にある体がビクッとした。

 体も手も離したけど、チュチュは動けずにいる。


 多分、同盟の一人だ。


 指摘しないけど、チュチュ以外は様子を伺ってる。

 私が被服室に来た時にも、チュチュと魔神の話をしてても、他の子達は特別意識や目線を向けたりはしなかった。

 魔神の話題は他のお針子ネズミたちにとって、他人事なんだ。


「正直で優しいチュチュだから、私も正直に話すけど……オルディアとは本当に好き同士で結婚したんだよ。

 離れてばかりいたけど、オルディアがお休みの日は冒険も一緒にしてた。

 愛がなかったら、私も魔王城の厨房でお茶汲みしたりとか、働きに来ないよ」


「信じないっちゅ。魔王様を利用するだけ利用したって聞いたっちゅ」


「チュチュが信じられないのは、私からオルディアへの愛情?」


「そうっちゅ。……三日後のシャルルエリの舞踏会にも、お前は不参加っちゅよ。薄情っちゅ。

 夫婦同席が必須の場で、結婚したばかりなのに一人で参加予定の魔王様に申し訳ないと思うっちゅ!」


「……シャルルエリの舞踏会って何?」


「ごまかすなっちゅ。西のヘブラール大陸を治める、伝統と格式ある龍貴族シャルルエリ家の年に一回の催しっちゅ。

 魔王様の礼服は縫い終わって、お前のドレスもと思っていたのに、不参加だと聞いたチュチュの絶望と悲しみを知るっちゅ!」


「え?! あんな大々的な結婚式の直後なのに、オルディアまさか私に『妻として参加してくれ』って言わなかったの!?」


「なぜお前まで驚いているっちゅ!?」


 チュチュと見合ったけど、本気で知らなかったんだから驚くに決まってる。


 龍貴族シャルルエリ家。

 晩餐会の会場内で敬われている龍は、確かにいた。

 結婚式の後も貴族関係がオルディアにごますったり長居せずに帰って行くから『魔界の結婚式ってあっさりしてるんだなー、人間界の国王の結婚式は帰る人いなかったのに』って不思議に思ってたけど、大陸間の行き来が必要だから間に合わせるために撤退が早かったんだ。


 新婚の魔王も、長居されたって心象を悪くするだけ。

 龍も余裕ぶって自分を軽く見る相手だってわかったら怒るはず。


 それ以上はよくわからないけど、オルディアが絶対にわかってて組んだ日程だ。結婚式の後二人になれるのが早くて喜んでたもん。

 色々考えてたら、チュチュが首を傾げた。


「魔界のダンスを覚えるのが面倒だから、お前は魔王様の誘いも断ったんじゃないっちゅ?」


「そんなわけないよ!

 遠慮されたんだ……私にダンス覚えて仕上げろなんて、オルディアなら言わないもん……」


 私に命じるくらいなら、貴族を黙らせる方を選んじゃうはず。

 自分が泥をかぶるくらいなんでもないって、昔からそういう判断は早いんだ。


 戸惑うチュチュの手を取ると、椅子に座る彼女の前に膝をついて目線を合わせた。


「ねえチュチュ、私のためになんて嫌かもしれないけど、今からドレスを作って欲しいんだ」


 本当はチュチュだって、作りたかったはずなんだ。

 でも不要だと言われて悲しんでたものを、私は作ってもらって着たい。

 チュチュも本気で見つめる勇者に、黒の丸っこい瞳を向けてくれた。


「知った以上は絶対に参加するよ。

 後三日しかないかもしれないけど、チュチュならドレスを仕上げられるでしょ?

 私はダンスを覚えてくる。だからチュチュは、オルディアの隣にいて似合うものを作って」


 魔神とか呪いとか言ってる場合じゃない。

 何も知らないまま嫌な思いをさせるところだった。

 そんな魔王のために、私はできることをしたい。


 チュチュは迷うみたいに目線を彷徨わせて、唇を尖らせた。


「魔界のダンスは人間界のものとは違うっちゅ。

 難易度にこだわった難しいステップも覚える必要があるっちゅよ」


「オルディアに恥かかせたくないのは、私だって同じ気持ちなんだ。全力で間に合わせてみせる。

 でもダンスの先生か……オルディアに手配してって言ったら、きっと誤魔化そうとするよね……」


 笑顔で「フルルは城を守ってくれ、僕は連れて行かないと決めている」なんて言われそう。昔から一度決めたことには頑固なんだよね。


 ……悪魔貴族の伝統と、格式のある場所でのダンスか。

 教えてくれる人なんて、誰がいるだろう。


 副官さんたちも由緒正しい悪魔貴族だ。

 でも異性ではダンスの動きも違うから、絶対に嫌がられる。


 必死に、魔界に来てから出会った人たちを思い出していって……。


 知り合いじゃないけど。

 伝手だけはあるってことに気づいた。


「よし、急いでひとっ走り行ってくるね!」


 立ち上がって扉に向かう。

 チュチュが慌てて服を掴んで、私の背中にぶら下がったから止まった。


「待つっちゅ、まさか本気でいくっちゅ!?」


「本気だよ」


 勇者は、やらなきゃいけないことがある状況には強いんだ。

 何よりも。


「オルディアが私のせいで嫌な思いするのなんて、絶対に嫌だから。

 シャルルエリ家の舞踏会に行って、魔王妃としての役目、絶対に果たすよっ」


 昔から、オルディアは包み込むような愛情を向けてくれた。

 今だって何も知らせず、全部が終わってからも気づかせず、一人で行こうとしてた。


 人間の勇者なんて不利があるんだから、魔界のことは少しずつ覚えればいいと思ってたはずだ。

 私のためならなんでもするし笑顔で飲み込んじゃう魔王のために、私だって動きたい気持ちでチュチュを振り返った。


 チュチュが私の服を離して、床に降りた。

 お針子ネズミは自分の腕に触りながら、私をまっすぐに見上げている。


「金目当てのくせに……魔王様のために、お前は本当に頑張れるっちゅか……?」


「絶対に恥かかせない。約束する。

 だからチュチュも、作りたかったドレスを実現させてよ」


 今大事なのは夫婦同席の場に立って、オルディアの妻にして良かったって思ってもらえるくらいのダンスを踊ることだ。

 改めて決意を口にすると、チュチュが丸い目を揺らして、うつむいて……踵を返すと、小走りに自分の机に向かった。


「みんな、廃案にしていたドレスを作るっちゅ。

 エリーシャ、以前しまった図案を持ってくるっちゅ。クロックは……」


 私も指示を出すお針子ネズミの親分に安心して、魔王城から全力で飛び出した。


 勇者の足は、世界最速の獣よりも早い。

 以前聞いたことのある場所に疾走すると、慌てて飛びかかろうとしてくる何もかもを避けながら目的地まで到達した。


「頼もうっ」


 庭園すらかなりの広さを誇る、貴族邸の敷地内に滑り込む。

 薔薇に囲まれながらお茶会中だったらしい女性の悲鳴が上がって、共にいる男性が彼女を後ろに守りながら剣を手にした。


「勇者フルルめ、魔王様と懇ろになったと見せかけて攻め入ってくるとは、なんたる策っ」


「違うよ!

 ルネのお兄さんと、義理のお姉さんだよねっ。

 お願い、私にダンスを教えて!」


 飛び込んだのは、フェッセンリック邸だ。

 私の目の前には剣を構えたルネの実兄と、その妻がいて震えてる。


「悪魔貴族の女性の知り合いで思いついたの、ここしかなかったんだ。

 不躾だけど……お願い、シャルルエリ家でも通用するダンスを教えて!」


 ルネの両親は、すでに西大陸へ出発している。

 でも後を任された兄と、その妻は邸宅にいて……頭を下げた私の前で困惑しながら、お互いに目を見合わせていた。

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