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魔王と結婚した勇者ですが、いつまで経っても平穏が訪れません!  作者: 丹羽坂飛鳥


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魔王の執務室

 食後、ティーカーとの鍛錬を終えた私はオルディアの執務室に向かった。


 門番ガーゴイルが大きな扉を開けてくれたけど……室内には本が詰まった棚がたくさん並んでいる。


 一番奥の席にいる魔王は、副官さんとお話中だ。

 だから壁際で待つことにしたんだけど……五つ子で全く見分けがつかない副官さんが私に振り返った。


「ようこそ、魔王妃。

 しかし魔王様のつがいになったからとはいえ、あまりはめを外さないようにお願いしますよ」


「あれ、早速釘を刺してきたってことは今日の副官はシィさん?

 言うならオルディアに言ってほしいし、ダメなら以前の『ごゆっくり』って言葉が引っかかっちゃうんだけど」


「魔王様は良いのです。……相変わらずあなたは分からない人ですね、さすが人界の勇者です。

 やはり悪魔貴族に生まれた高貴な私とあなたでは相容れないのでしょう。それでは失礼」


 書類を手にしたシィさんが部屋を後にする。

 今まで以上に態度が厳しいのに驚いて上官の魔王を振り返ると、豪奢な椅子の背もたれに体を預けたオルディアが銀の髪をかき上げた。


「エィもビィもそうでもないが、シィだけはフルルの話題になると途端に機嫌を損ねるんだ。結婚したのが気に入らないらしい。

 後で教育しておく。悪かった」


「いいよ、気にしてないもん。

 シィさんが本当はいい人だってことはわかってるし、魔王妃が私なのも納得できるようにすればいいだけの話。

 勇者はすごいんだぞーって認めさせてみせるよ。だから気にしないでっ」


「フルルらしいな。

 ……シィも僕がどれだけフルルを認めているか、早く分かってくれればいいのに」


 入れ替わりに机のそばに立つと、オルディアが椅子を少し後ろに下げた。

 私に向き合った魔王が、窓からの光が差し込む中で深緑の瞳を翳らせてる。


「少しだけ残念な話をさせてほしい」


「残念な話?」


「神とも話してきたが、すぐに現状は変わりそうにない。

 魔神が勇者にまで幅を利かせたから、聖神との睨み合いまで始まった。……しばらくつつくことすら難しい」


「えっ、聖魔大戦の再来ってこと?

 教皇に聞いたけど、世界が終わっちゃうやつじゃない、それ?!」


「下手をすると神界、魔界、人間界がより細分化される。

 母さんにも協力はお願いしてきたから、連絡を待とう。

 僕と結婚したことで呪われたのに……すぐに解決できなくてすまない」


「ううん、早速動いてくれてありがとう。

 危険な呪いだけどいつまでに解かなきゃいけないって日数制限があるわけじゃないし、まだまだ平気だと思ってるよ。だから焦らずに行こうっ」


 魂まで壊される呪いだとしたって、オルディアにときめかない日がそもそもまだないんだ。

 敵同士で倒すべき相手だって隙間なく警戒してた心も掴まれたくらい、私はオルディアに恋してる。


 ……今だって話をできるだけでも嬉しくて、胸の中が魅了を受けたみたいにふわふわするんだよね……。


 改めて考えると恥ずかしいけど……新婚だし、今こうしてそばにいられるだけでも幸せって思えて笑っちゃった。

 魔王も私をじっと見つめて、淡く微笑む。

 見られてるのが気になって、今日も三つ編みおさげにしてる小麦色の髪を触ってた。


「どうしたの、何か変?」


「まさか。可愛い僕の猫を待っているんだが、来てくれないからどう誘おうか考えていただけだ。

 膝は空いているし、今は誰もいないからな」


 オルディアの猫って、私のことだよね!?


 膝の上を空けた魔王が待ってたなんて知らなかったけど、言われた通り執務室の中は誰もいない。

 暗に誘う魔王に、顔が熱を持ったけど……自主性こそ大事なんだって、足を前に出した。


 魔神には伝わってないけど、私はお金目的じゃなくて、オルディアが好きだから結婚したんだ。


 近づいた私が膝に触れただけで、魔王の綺麗な顔も朱に染まる。

 普段は堂々とした為政者なのに、幼馴染の男の子に戻って照れくさそうになったのが見えるから、私まで混乱しそうになりながら勇気を出した。


「じゃあ……お邪魔します」


 恥ずかしいけど、膝に乗り上げる。

 背中に腕を回してギュッと抱きしめたけど……広くて硬い胸に頬を擦り寄せて、甘えてみる。


「結婚した実感が湧くな。

 ……フルルがこうしてそばにいるだけで、安らぐ」


 私も同じ気持ちだから、顔が熱いけど頷く。

 膝の上に座った体を優しく包みこんでくれるオルディアの体温も、温かい。


 いちゃついたり、甘えたりしてみたいんだけど……どうしたらいいんだろう。

 猫っぽい仕草なら、私の頭を撫でる魔王も少しは喜ぶかな。


 じゃれつかれた経験を思い出したから、思い切ってオルディアを見上げると……魔王装備の胸を引っ掻いて、見えてる首に朝のお返しをした。


 カプ。


 猫科の魔物、サーベルタイガーだ。

 唇で軽く首筋を挟み込むと、少しだけ魔王の体が跳ねる。

 防御力高いはずだけど、くすぐったいのかな。

 震えてるから唇を離すと、揺れる深緑の瞳を見上げて首を傾げた。


「……にゃん?」


 猫扱いされるから甘えて鳴いてみたけど、これはふざけすぎたかもしれない。

 一気に顔が熱くなったから、胸に顔を埋めてしまった。

 奥さんになったから頑張ったつもりだし、オルディアの鼓動がますます早くなってるからいいんだって、必死に自分にも言い聞かせた。


「……フルル」


「な、なに? あ、待って、やっぱり恥ずかしいから何も言わないで、忘れてっ」


「忘れない。

 ……僕をときめかせてどうするんだ。甘やかすことしかできないぞ」


 ときめいてくれたんだ!?

 教えてくれる言葉だけでも混乱して、触れ合う体が熱を持つ。

 お互いに、ドキドキして……それでも勇気を出した。


「い、いいよ、甘やかしてくれて……。

 だって、もう、結婚したし……。

 オルディアの奥さん、なんだから……私だって、甘えたいな……あうっ!?」


 カプっ。

 私の首筋にも顔を埋めた魔王が、噛み付いてくる。

 やったことをし返されて息も出来ずにいると、肌を吸われ始めた。


 ハメを外さないように、って釘を刺されたばかりなのに、肌を刺激する音が聞こえる。掻き消すくらいの自分の鼓動まで聞こえる。

 また首筋に軽く噛みつかれながら、熱い吐息を感じて……始めたのは私だけどこのまま流されちゃ駄目な雰囲気だって察したから、慌てて魔王装備の胸を引っ掻いた。


「ままま待って、魔神に安易に手を出しちゃダメって、言われてたんじゃないの!?」


「簡単な気持ちではないからいいんだ。

 ……ああ、しかし……エィから報告か……ままならないな」


 魔族同士は念話が使えるから、魔王城では便利な連絡手段として利用されてる。

 目を閉じたオルディアがため息を吐いたから、私から銀の髪を撫でた。


「仕事していいよ。

 今日はエィさんと一緒にルネとティーカーも四将の勉強に行くんでしょ?

 何かあっても困るし、聞いてあげてほしいな」


 人間界は魔族が全撤退して平和になった。

 今度は両界を守り、魔族をまとめるための協力者として、勇者パーティが魔王の直属の部下になる話が進んでる。

 頷いたオルディアが連絡をとるのを待つ間も、体を預けて頭を撫でてもらいながら……私も考えてた。


 鍛錬で状況を尋ねたけど、聖剣の神は神界に行ってようやく会えるくらい混み合ってるらしい。

 オルディアもお母さんである『聖神エルフェリス』の連絡待ちって言ってたけど……協力を要請出来る伝手が、私にもないかな……。


 不意に、以前お世話になった魔道具店の店主が思い浮かんだ。

 ああやって人間界に紛れて生活してる魔神がいるのなら。


 私も、魔神側に協力要請できないかな。


 考えてるうちにオルディアの念話も終わったみたい。

 魔王装備を掴んで顔を上げると、深緑の瞳には決意を宿した勇者が映ってた。


「ねえオルディア、魔界にいる魔神の居場所、知らない?」


「……? それを聞いて、どうするつもりだ」


「オルディアのお母さんみたいに、人間界には聖神が降りてることがあるでしょ?

 同じく魔界にも、魔神が降りてるはず……密かに生活しながらも、魔神側に影響力を持つ神がいれば。

 説得出来れば、同盟を弱められるかもしれないよねっ」


 神族は自由に三界を渡り歩ける。

 人間界にいるなら、魔界にだって魔神や邪神が住んでいるはずだ。


「もし同盟の一角を見つけられれば、直接会うことで『何を問題視してるのか』個別に聞いて解決出来る。

 だから魔道具店の店主みたいに神の気配を感じたとか、知ってる人がいるなら教えて欲しいな。

 魔神だって一枚岩じゃないはずだから、私に協力してくれる人もいるかもしれないよっ」


 魔王は驚いて、真剣に考えてくれてる。


「魔界に住まう者に協力要請か……噂だけ聞いて参加した者もいるだろうし、僕一人で動くより理解を得られやすいかもしれないな……」


 オルディアは紙を一枚空間移動させて、私に手渡した。

 渡された紙は、魔王城内の地図だ。


「魔神は聖神と違って、自由な性質の者が多い。

 不満があったり、職務がつまらないと分かれば居場所をすぐに変えてしまう。

 ただし……たまに魔王城には『魔神が出た』という噂が立つ。

 最近騒ぎになった場所が、フルルにも縁があるんだ」


「私にも? ……えっ!?」


 オルディアが示した場所を見て、思わず短い声が出た。


「厨房と、被服室!?」


「そう。フルルが普段働いてくれる場所と、クラフトに使う場所だ」


 ここなら知り合いも多い。

 地図を見て唖然とする私を抱き込んだ魔王が、涼やかな声で呟いた。


「なぜフルルを妻に迎えたことを魔神が反対し始めたのかと思ったが……神はもしかしたら身近にいて、僕たちの様子を見ているのかもしれないな」


 私も、まさか近くに魔神が潜んでる可能性があるなんて、思ってもみなかった。

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