ゴブローのお兄さん
フルル村はオルディアの『人間擁護政策』の結晶とも言うべき場所だ。
魔界に連れてこられて命からがら逃げ出した人や、人間の妻子がいて魔界に戻れなかったり、いろんな事情がある魔族と人間が一緒に暮らしている。
私も久しぶりにオルディアに連れてきてもらったんだけど……看板の前で手をひさしにしながら、村を呆然と見てた。
「大きくなったね、フルル村……考えてた規模じゃなくなってるよ」
「村というより町のようになってきたな。
ガムルルやサキュバス夫妻が守ってくれるから、安心して任せている」
特級冒険者と武闘大会優勝者が守る村は、子供達も賑やかに遊んでるし、のどかでいい雰囲気だ。
まだまだ工事が進んでるのを横目に、ゴブローのお兄さんこと『ゴブジ』がいるって聞いていた建設現場の休憩所に向かった。
ちょっと早めのお昼休憩中の魔族たちの中でも、一際目立つ金髪モヒカンのゴブリンがいた。
「……なるほど、魔神だな」
オルディアは雰囲気でわかったみたい。
私と魔王が近づくと指だけで『こっちこい』って指示したゴブジが、タバコの煙を燻らせながら休憩所から離れた。
「隠す気もないね」
「来ることはわかっていたはずだからな。行こう」
ゴブジが立ち止まった場所は、まだ測量用の杭だけ打ってある建設現場だった。
ピアスだらけの顔で美味しそうにタバコを吸って、ゴブジは煙を吐いている。
「で? ただの運搬屋のニイちゃんに、何か用かよ」
「……その態度がもう普通じゃないよね。
聖剣の勇者と魔王相手だってわかってて、堂々としすぎだもん」
「ははっ、相変わらず勇者ってのは冗談が通じねぇな。
ゴブローが世話になってるから、特別に対応してやってんだぜ。お嬢ちゃん。
それとも状態異常の全固定、またしてやろうか? ん?」
ああ、やっぱり以前会った相手だ。
舌を出して笑うゴブジで確信する。
オルディアが少し前に出ると、魔神はタバコをふかしながら口を閉ざした。
「手短に話そう。フルルの呪いを解いてもらおうか」
「冗談にも乗らないなんて、魔王様は真面目だねぇ。
そうだな……勇者一人置いていけ。二人きりでなら条件を話してやる」
言葉と同時にオルディアが私の腰を引き寄せて、腕の中に入れた。
離す気がないことも、従う気がないことも周囲のピリつく空気でわかる。
ゴブジはタバコをくわえると、両肩をすくめた。
「残念、無念。なら俺は協力しない。
じゃーな、末長くお幸せに? 魂が砕ける日が楽しみだなぁ」
煙を美味しそうに吐いたゴブジが、手を振って去ろうとした。
「待って!」
呼び止めた私の声には、足を止めてくれる。
ゴブジは条件次第で呪いを解く手助けをする気でいるのは、本当なんだ。
私一人になればいいだけ。
でもオルディアが私を心配して、離れられないのも分かってる。
だったら。
私の腰を抱く、魔王の腕を掴んだ。
背が高くて細身な体を引き寄せると、背中の上に乗せて持ち上げ、足を踏ん張る。
「はい、これで一人でしょ!」
勇者は背中に、魔王を装備した!
地面に足がついたままのオルディアの開いた口が塞がらない感じも、目の前のゴブジが手にしたタバコを落としたのも、全部わかってるけど堂々とした。
「心配で離れられないのなら、こうやって守って貰えばいいでしょ?
オルディアはもちろん装備中だから喋っちゃダメ。私だけ喋るよ。
はい、ゴブジ。何か文句ある?」
「……お前、まさかそれでいいと思ってんのか」
「勇者一人になったんだけど、何がダメなの?」
勇者は豪胆なものだ。
力が抜けたオルディアの両腕を改めて首に巻き付けて、マントみたいにして胸を張った。
多分恥ずかしいだろうから、顔は肩に伏せさせたけど銀の髪が房飾りみたいになった。
「条件って何? ほら、早く話してよ。
……私に呪いかけたの、本当は魔王のためだから聞かせたくないんでしょ?
前回私を呪ったのも、オルディアの日頃の行いが良いからだーって言ってたはずだからね」
状況を理解したゴブジが瞠目して、大きく息を吸った。
魔神っぽい笑い声が森を拓いた建設現場に響く。……響き続ける。
ゴブリンの男はお腹を抱えて満足するまで笑うと、落としたタバコを咥え直して煙を吐き出した。
「ヒャハハ……あーあ、ゴブローからも『勇者は普通の女じゃねえ』って聞いてたが、変わってるな。
……そうだな、装備は喋らない。ならいいか、話してやるよ」
私を見るゴブジの鋭い目が、楽しそうに歪んだ。
「お前は今から俺の指示に従え」
「何をさせたいの?」
「魔王との楽しいデートプランを立てろ」
「……それは、どうして?」
「お前は遊び方を知らなさすぎるんだよ。
剣を振り、魔物を狩り、ただ大地を前に進むしか知らない。
役目役目で、魔王城に行く前に一度潜入しただけの街がどんな場所だったのかも覚えてないだろ」
記憶を辿ってみたけど……確かに、路地裏しか覚えてないかも。
タバコを吸いきったゴブジが、地面に投げ捨てて踏みしめた。
吸殻を拾って手にした金属の箱に入れると、音を立てて蓋が閉まる。
「計画案を作ったら、俺に見せに来い。何度でも練り直させてやる。
完成した案が出来たら、実践して感想文を書け。
全部ちゃぁんと出来たら、呪いを解く手助けをしてやるぜ?」
「……それ、ゴブジに何の得があるの?」
「何言ってんだ。こんなに面白いことねえだろ」
新しいタバコを持ち出すと、ピアスだらけの男は火魔法で付けた。
また吸い始めた顔が、邪悪に歪む。
「遊びを知らない女に遊びを教える。楽しみ方を覚えさせる。……最高の愉悦だ」
煙を吐きながら妖しく笑う顔は、まさに想像する魔神そのもの。
なのに……兄だって言ってたゴブローの顔が思い浮かぶと、首を傾げてた。
「計画立案して練り直して、終わったら感想文ってさ。
私が小さい頃、神官様に勉強教えてもらって、実験して、最後にまとめ文書かされたのを思い出すんだけど」
「ははっ、勇者は顔で怖がらねえな。
その通り、覚えて身につけるためのお勉強術だ。
うちは弟が多い。全員文字の読み書き出来るようにしてやるのに、同じことをさせたぜ」
あっけらかんと言い放ったゴブジに肩の力が抜けちゃうと、魔神は笑ってそのまま歩き始めた。
「じゃあな、また計画案が出来上がったら来い。
魔王様も。魔神が集まってかけた呪いが成就すれば、その女の命はないんだ。
俺がわざわざ仲間を裏切ってまで手を下す方が損だってこと、覚えておきな」
ゴブジはそれだけ言うと去っていった。
私も装備していたオルディアの頭を撫でたけど、顔を上げられない魔王の耳が赤い。
「なんかその、ごめん」
「……まさか装備される日が来るとは、思わなかった……」
ギュッと抱きしめられたけど、威厳もへったくれもなくしちゃった魔王の銀の髪をいい子いい子した。
でもおかげで、魔神を新しく見つけた。
呪いを解くために協力する条件は、オルディアとデートすることだ。
「ねえ、オルディア」
「……ん?」
「デートだって。……どうしよう……ちょっと楽しみって思っちゃったんだけど……魔神の策略だもんね?
楽しみにしちゃ、だめだよね……あれ、でも実践するなら楽しまなきゃいけないのかな……?」
初デートはティコの実を取りに行った。
あれもオルディアが連れて行ってくれたし、準備も何もかもお任せした。
今度は私が頑張る番だ。
……でもこれって呪いのためなのかな。自分のためなのかな。
混乱して顔が熱くなってきた私にオルディアもますます赤くなりながら、顔を肩に押し付けた。




