次なる魔神
華々しかった舞踏会の、翌日。
私は魔王城の中庭で、ティーカーと朝の鍛錬をしていた。
お互いに剣を交わしながら技の精度を磨いたり、反射神経を上げるため避けたりしてる。
絶え間なく金属音が響き続けてるけど、二人とも合間を縫って喋ってた。
「スカイ・ルーの笛かぁ、懐かしいな。
吹こうとしたらフルルのおじさんにめちゃくちゃ怒られた、あの小さな笛だろ?
旅してる間に会えなかった勇者パーティの仲間もいたし、魔王討伐後に送った場所覚えてるなら一度くらい会いにいってみたいよな」
「だよね、だよね!?
ユミスも「また今度魔王城に行きます」って約束してくれたんだ。
もう人間界に残る魔族はいないんだから、オルディアと一緒に足がかりを追うのもいいよねっ」
「そうだな。実は俺もフルルに相談があってさ」
「なに?」
「あー、やっぱやめた。
とにかく今はフルルの呪いを解くことの方が優先だからな。
食堂でも話題になってたけど、神探し。俺も面白い話を小耳に挟んだぜ」
「えっ、ほんと!? 私も料理長に今日聞こうと思ってたから、まだ知らないんだよね」
「ゴブローに魔神説が出てる」
握力が抜けて、下から切り上げられた聖剣が弾き飛ばされた。
ティーカーも分かってるから剣を納めたけど、石床に転がった聖剣を取りに行くより先に、私はティーカーの腕を掴んでいた。
「まっ待ってよ、ゴブローが魔神!? 嘘でしょ!?」
ゴブローは私とも仲の良いゴブリンだ。厨房で下働きをしている。
……にしては顔のピアスが多いし髪型もいかついけど、性格は優しくて穏やか。とにかくいいやつなんだ。
そんなゴブローが魔神なんて、冗談としか思えない。
ティーカーも食事の時に話すことが多くて仲良いから、笑いながら肩すくめてる。
「俺もまさかとは思ってる。本人も否定してた。
でも山盛りのピアスとか、特徴が同じ魔神に会ったことがあるって言い出したやつがいてさ」
私もその魔神は覚えている。
ぼんやりとしか見えなかったんだけど、前に呪われた時に邪神の隣にいた。
粗野な言葉遣いの魔神はゴブローみたいに顔がピアスだらけで、ヤンチャっぽい風貌だった。
「魔神を信仰してる祈祷師が『ゴブローさんだと思ってました』って言い出してさ。
周りに揶揄われてちょっとした騒ぎになった」
「……よし、気になるし今すぐ確かめようっ。
料理長に調べてもらった結果も聞きたいし、今日はゴブローも出勤日のはず……。
そろそろ朝ごはんが出来て厨房も落ち着いてるよね。ティーカー、行くよ!」
私も信じられない気持ちだし、疑いは早く晴らしてあげた方がいいはずだ。
聖剣を回収した勇者たちは、急いで料理長の元へ向かった。
大勢の魔族が働く厨房は朝の支度でまだ賑わってるけど、お皿を準備中のゴブローがいるのを確認して、狼男の料理長に声をかけた。
「おはよう、料理長。
ゴブローが魔神かもって聞いてきたんだけど、本当?」
「おう、おはよう。『手がかりはゴブロー』ってことだけは本当だ。
本人に聞いた方が早いな……おいゴブロー、カトラリーはもういい。勇者と休憩室行ってこい!」
「へいっ」
魔神だったら命令されて飛び上がったりしないと思うんだけどな。
それでもゴブローが手がかりだって教えてもらえたから、私とティーカー、ゴブローの三人で休憩室に入る。
ヤンチャな風貌に清潔なお仕着せ姿のゴブリンは、扉の前に立ったティーカーを見て両腕をさすった。
「うわ、勇者パーティの尋問とか怖ぇよ……。
なあ勇者、まさか俺が呪ったって思ってない……よな?」
「思いたくない。……ゴブローって見た目は怖いけど、そういうことしなさそうだし、料理長も魔神だったら顎で使わないと思う。
でも聞いた方が早いってことは、何か知ってるんでしょ?」
「……まあな……身内を売るみたいで嫌なんだけど……多分、俺の兄貴が魔神……かもしれない」
「ゴブローのお兄さん?」
「俺の家、兄弟が全部で二十六人いてさ。
二番目のゴブジ兄さんだけが、昔から浮世離れしてるんだ。
俺っぽい魔神って言われたら、ゴブジ兄さんしか思いつかないくらい、魔神っぽい」
「結婚式にも来てたって聞いたよ。
何してる人? ゴブリンロード?」
「いや、運搬屋」
思いがけない職業が出てきた。
運搬屋が肉体労働で大変なのは身をもって知っている。
……魔神なのに偉ぶってないのかな。
首を傾げる私の前で、ゴブローは親指を立てて外を示した。
「結婚式の時は食材の搬入に来てたんだけど、雪女の騒ぎがあった時にもいたんだ。
兄さんは『大変だなー』って一言言っただけで、仕事終わったら帰って行ったけど……雪女が回復したって聞いたのは、その後だった」
状況証拠は揃ってるみたい。
ゴブローも身内だけど『もしかして』って日頃考えてたのか、伏し目がちだ。
「うちは貧しかったけど、ゴブイチ兄さんが稼いでくれたおかげで、俺らも読み書きができるように本とか買ってもらえたんだ。
どうやったら同じように稼げるか聞いたら、全部ゴブジ兄さんが考えたって聞いた。
普段から神って言われても、違和感ないくらいすごい人で……今回の魔神探しで、俺じゃなくてやっぱり兄さんが魔神じゃないかって、思って……」
「聞けば聞くほどそれっぽいね……。
私も一度会ってみたいな。今はどこにいるか知ってる?」
「普段はフルル村に資材を運んでるって聞いた。
ほら、兄貴が村の建設に関わってるって教えただろ?」
オルディアの計画を聞かせてもらったのは、確かにゴブローからだ。
……お兄さんが関わること全てがうまく行きすぎてる気は、確かにしてくる。
ぐうー。ググー。
考えてるはずなのに、すでに運動済みの勇者パーティ二人のお腹から音がした。
気まずそうなゴブローが、扉の向こうを指してる。
「俺が言えることなんてもうないから、朝飯行かね?
ってかお前らの腹の音すごいな、時間ぴったりかよ」
「ちっ違うよ、今のはたまたまだもん!」
「俺は扉越しに厨房からいい匂いしてるから、腹減ってた……。
んじゃ、ここまでにして行こうぜ。
ゴブローも悪いな、話してくれて助かった」
「おう、無事に戻れそうで安心したぜ。
そうだ、今日はお前らの好きな腸詰が多めに用意されてるからな。残さず食えよ」
「「やったー!」」
賑やかな勇者たちは、食肉改革の成果とも言うべきパリジュワな腸詰を求めて食堂に向かった。
ルネもオルディアもすでに席についていたから、ご飯を食べながら作戦会議だ。
「フルル村のゴブジか……調べるなら僕も行こう。
ルネとティーカーは勉強会を優先した方がいい。結果だけ後で報告する」
「おうよ。ゴブローの兄貴だってわかってるのに戦うこともないだろうし、俺も予定通り動くわ。
また何かあったら教えてくれよ、すぐに駆けつけるからさ」
「ごぅろーの、にーに?」
「うん、様子見がてら会ってくるよ。
フルル村にはルネのお友達もいるから、また次にでも一緒に遊びに行こうね」
「うんっ、あそぅー!」
嬉しそうなお返事が可愛いルネに和みながら、パンに挟んだ腸詰を遠慮なく頂いた。
……でも魔神がゴブローのお兄さんだとして、私に何の恨みがあるのかな。
考えても『一度呪われた』以外に、接点が思いつかない。
前回呪った理由も、確か勇者への恨みじゃなかったはずだ。
食が細いからもうフォークを置いたオルディアが、ルネと話しているのを見ながら……次々と朝食を口にする私は、魔神たちの事情に想いを馳せていた。




