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魔王と結婚した勇者ですが、いつまで経っても平穏が訪れません!  作者: 丹羽坂飛鳥


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17/20

互いを想い合える友

 *




 我が家出をしたのは、二百を超えた頃だった。

 まだまだ若く向こうみずな龍は父と喧嘩して魔界を飛び出し、人間界で遊び暮らした。


 別に人を襲っていたわけではない。

 山の中の隠遁生活こそが、我にとっては一番の贅沢だった。


 我が選んだ山には、なんでもあった。

 草木を編んで、芸術を楽しむ。

 熟れたての果樹の甘美さを知り、湧き出る水で喉を潤した。

 どんぐりの渋みも、何者も関わらない自由さも、何もかもが我を満たしていた。


 次々と湧き出る欲に飽かして、父は何もかもを欲しがった。

 その貪欲さが嫌になって、離れた我にとっては……『何もない』こそが心を静かに癒していた。


 そんな、ある日のこと。

 山に人間が入ってきた。


 我とて名門シャルルエリ家の人間。

 山に入ってきた人間を驚かせ、追い返してやろうと、魔物のふりをして戦った。


 負けた。

 拳のみで弱らされた我は、気を失い……我に首輪をはめた人間に気付き、睨みつけた。

 聖剣を提げた男は堂々と胸を張り、「出来た」と満足そうにしている。

 そばで不安そうに杖を抱く、幼さの残る神官は我の睨みつけに一歩下がった。


「魔物を使役したいなどと……本当にうまくいくのでしょうか」


「だって、空飛べなきゃ時間が圧倒的に足りないだろ?

 俺たちは世界中を救うために旅をしてる……大陸を渡り歩くにも絶対に必要になる。

 神の試練の報酬に願ったから大丈夫だって」


 魔物を使役?

 我は魔族だ。

 しかし戦いの最中、口をきかなかったから勇者たちは魔物だと思い込んでいるのだろう。


 我にとっても好都合だ。

 知恵持つ龍相手につけられた首輪に爪をかけ、外そうとしたが……聖神の加護がついていると聞いた通り、いくら掻いても外れなかった。


「おっ、起きたな」


 小麦色の短い髪に、銅色の瞳。

 精悍な冒険者が我を振り向いた。


「お前は今からスカイ・ルーだ。

 俺たちの旅の仲間になってくれ。

 これからよろしくなっ」


 ……明るく笑う男が何を言っているのかわからなくとも、我の旅はそこから始まった。


 聖神の首輪は外れない。

 我は勇者だという男たちを乗せて、目的地まで飛ぶことになった。

 手綱を引かれて飛ぶことに、最初こそ抵抗はあったが……人間の命など、百年ももたない。


 本当に勇者なら、いずれ魔界にも向かうのだろう。

 魔王を倒すにしろ、倒せないにしろ、首輪が外れるまでは余興と考えて付いて行ってやることにした。


 賑やかな勇者たちと、我はあらゆる場所を飛んだ。

 笛の呼び出しはどこにいたって聞こえるから、すぐに向かう。

 背中の上の人間たちが騒ぎ、冒険譚を聴くのも、時には一緒に食事を囲むのも、……次第に愉快に、楽しくなっていた。


「スカイ・ルーは飛龍なのに果実ときのみが主食なんて、変わっていますね。

 神官の私と同じ食生活なんて、仲間ですらごめんだと言いますよ」


 勇者イグリス、神官フィユット、商人カフィ、踊り子ティファナ。

 剣士サルー、武闘家セモン、魔法使いジャッテ。

 後から仲間になった聖女アーテルだけは我が魔族だとその力で気づいていたが、何も言わずに微笑んでいた。


 様々な職種のものが集まって、共に旅をした。

 多くの冒険を過ごし、仲間として、彼らの翼としてある日々が誇らしかった。


 やがて勇者は魔界の扉を越えた。

 人間界で待っていると、勇者は魔王を倒して帰ってきた。


 魔族は一斉に撤退し、次の魔王を選ぶ。

 勇者たちは冒険が終われば、それぞれの新たな夢を追う日々が待っていた。


「じゃあ、またな!」


 イグリスとともに、思い思いの地に一人ずつ仲間を送り届けた。

 最後の仲間となった我に、勇者は笑う。


「スカイ・ルー」


 軽く広くなった背中の上で、いたわるように鱗を撫でた。


「お前だけはまだまだ俺と一緒に冒険してくれよ。

 これからも、世界中の困ってる人たちを助けたいんだ。

 お前の助けがなきゃ、こればかりはどうにもならないからなっ」


 明るく笑う男に、仲間として声をかけてやることは出来ない。

 それでも共に旅立つ魔物として、我は一声鳴いた。


 人のため、世のため。

 聖剣の勇者は共に世界を周り、新しい冒険を始めた。


 時にはかつての仲間と合流し、一人では超えられない難曲も乗り越える。

 勇者イグリスと共に過ごす日々は、いつまでも一つ一つが輝いていた。


 やがて、勇者は村娘と恋に落ちた。

 何度も何度も同じ村に運ばせるから、浮かれてどれほど綺麗で優しい女性なのか語るから、我とて察しもする。


 ……ただ、我らは知っている。

 勇者は魔族に目をつけられている。


 大半が撤退したとはいえ、まだ残る魔族もいる。

 新しい魔王が選ばれれば、再び侵攻が始まる。

 イグリスも無事にひと所では暮らせないし、村娘のことなど知られれば弱みとして……無事では済まされない。


 だからイグリスは、新しい村を作って密かに暮らすことを決めた。

 世界中の仲間に声をかけて、共に行くと言った者と共に森を選んだ。


 深い森に彼らを運んだ日を。

 最後の日を……覚えている。


「スカイ・ルー」


 イグリスは我を振り返った。


「お前を世界中に飛ばしてやることは、もう俺にはできなくなった。

 これからは嫁さんを守って、静かに暮らしたいんだ」


 魔物が共に住む村など、聞いたこともなかった。

 聖剣に手をかければ、我とて首を下げてやるつもりでいた。


 飼っていたとはいえ、魔物を……飛龍を放つことなど、勇者にはできまい。

 互いに苦しむくらいなら、我は思い出という多くの宝物を抱えて、灰になる覚悟もあった。


 男が首輪に手をかけて。

 外した。


「お前も、俺たちの大切な仲間だ」


 笛の音を聞けば、何度だって向かった。

 どこまでも遠くへ共に向かった男が、我の首を抱き寄せた。


「きのみと果実が好物の、おとなしい龍、スカイ・ルー」


 我の背中に、何度だってお前を乗せた。

 いつしか冒険譚に耳を澄ませ、我も勇者パーティの一人だと、誇らしく思っていた。


 我が魔物のふりをしていなければ。

 声を交わすことは出来ただろうか。


「一緒に旅をしてくれて、ありがとう。

 ここからは、自由にな。

 いつまでも、元気でいてくれよ」


 勇者はもう、旅立つことをやめた。

 安息の地を願い、自らの手で作るのだと、森に入っていく。


 イグリスが振り返る。

 笑顔で、我に手を振る。


 隣に妻を迎えたことで、ようやく立ち止まることができた男。

 その幸せを願うからこそ、我は飛び立った。


 ……他の仲間と同じく、我の旅もまた、終わったわけではない。


 我は名門、シャルルエリ家の嫡男。

 あと五十年もない男の時間を守るため、飛び出した家に戻った。


 魔界を変えれば、イグリスも……やがて出来る新しい家族も、静かに暮らせるはずだ。


 魔界は新魔王を求める争いに満ちていた。

 我も戦った。

 しかし……我は魔王族には覚醒できなかった。


 新たな魔王は、人間を滅ぼすため動いた。

 諭しても強固な意志を変えることは出来ず、人間界での悪逆こそ魔界にとっての美徳だと民を煽った。


 我は大陸を隔てていることを理由に、協力はしなかった。

 人間を滅ぼすため行こうとする魔族を止め、大地に目を向けさせ、無駄な争いから領土を守った。


 ……せめて、人間と関わりのないふりしか出来なかった。

 元勇者たちの居場所を知らず、教えず、我の思い出の何もかもを明かさず。

 広大な人間界を思い描きながら、口を閉ざすことでイグリスを守っていたつもりだった。


 聖剣を持った新たな勇者は、やがて旅立ちの時を迎える。

 人を滅ぼす魔王を倒してくれる。


 その時を待った。

 覚醒して連れてこられた新たな魔王は人に与してくれるというから、影より支えた。


「スカイ・ルー!」


 やがて魔王が連れてきた、イグリスの聖剣を持った、小麦色の髪に、焦茶の瞳の娘は。

 懐かしい名前を呼ぶ。


「スカイ・ルーだよ、オルディア!

 ほら、お父さんの宝物にしてた、笛の名前!

 ティーカーが吹こうとしてすっごく怒られたやつ、あったでしょ?!」


 もはやイグリスたちは魔王軍に殺され、いないのだと。言う。


 人など、短い生だ。

 初めて首輪をつけられた時にも、長くてたった百年と思っていたはずだ。


 なのに。


 全身から力が抜けた。

 顔を覆いながら、込み上げてくるものすら耐えられなかった。


 大切な、仲間だった。


『スカイ・ルー』


 我の本当の名前を、イグリスは知らない。

 それでも、仲間たちが呼んでくれるその声に応えるのが、誇らしかった。


『一緒に旅をしてくれて、ありがとう』


 我も。

 共に空を飛ぶのが、楽しかった。


『いつまでも、元気でいてくれよ』


 同じ気持ちで、我もいつだって仲間を想っていた。


 魔物のふりをして、声の一つもかけられないまま。

 仲間はいつしか、その短い生涯を終えていた。




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