ユミスの過去
さて。
踊り終わった私は、拍手の溢れる会場で一人佇む男のところに近づいた。
「さあ、お望み通り踊ったよ。
今度はユミスの事情を話してもらおうかなっ」
近づいた私に、ユミスが敬意を表すみたいに丁寧に頭を下げる。
顔を上げた龍貴族の青年は、自ら拍手しながら会場の魔族に声をかけた。
「魔王妃たる御身に不躾なお願いをしたことをお詫び致します。
勇者らしく力強い、素晴らしいダンスでした。
踊ってくださった魔王様と魔王妃に、一層の拍手を!」
主催者の指示に、ダンスホールが湧き上がる。
私たちも盛り上がりに手を振って拍手が落ち着いたら、しめやかに次の曲が始まった。
「皆様はこのままどうぞ舞踏会をお楽しみください。
……魔王妃、約束を果たします。
魔王様と共に、我の書斎へお越しいただけますか」
オルディアを見上げると、頷いてエスコートしてくれる。
先導する青い髪の男についていくけど……正直、さっきまであった毒気が感じられないから首を傾げてた。
「ねえ、オルディア。副官さんからユミスに関する連絡ってあった?」
「……尋ねたが、調査に進展はないらしい。
負けを認めたのか、すでに敵意のかけらもないな……」
「私も同じことを感じてるんだよね。
んー……ま、いっか。オルディアを信じてるし大丈夫。
頼りにしてるよ、魔王!」
エスコートされてるのとは反対の手で、親指を上げて見せる。
目を丸くされたけど、元からそのつもりだったから驚かれると不思議になっちゃう。
「だって、今日は何があっても守ってくれるんでしょ?
……さっき戦った時も、すっごくかっこよかった。
えへへ、強かったよ。あんなの惚れ直しちゃうよねっ」
ティーカーとは鍛錬で戦うことが多いけど、オルディアと杖で戦うのは約十年ぶりだ。
いつも私と本気で戦うために魔法を使ってくれるから、武器は振らなかっただけみたい。
楽しかった気分で見上げると、魔王は恥ずかしそうに頷いてる。
「フルルも縦横無尽に動き回る姿が綺麗だった。
僕の赤薔薇は誰よりも美しく、気高さも強さも併せ持つことを改めて見せつけられた気分だ」
「待って、褒めすぎじゃない?!」
「褒めすぎなものか。
誰よりも真っ先に解決方法を探して動くリーダーらしさも、僕すら引っ張っていく強さも、何もかもに惚れ直した」
半淫魔の魔王の微笑みを向けられた顔が、一気に熱くなる。
恥ずかしくて顔逸らしちゃったけど……やっぱりどうしても伝えたくなって見上げた。
「ありがと。私もオルディアのこと、大好きだよっ」
王様だからって、自分を優先しろとか細かいことは言わない。
私の好きなようにやらせてくれて、困ったら手助けしてくれるオルディアがいるから無茶できるんだ。
「戦いを見て興奮した魔族がどうなるかまで、私は考えてなかった。
でもオルディアがキス……してくれたから、みんな驚いて戦意が失せてたよね。
そうじゃなかったら、嫌な雰囲気だったから……フォローありがとう!」
勇気を出して伝えると、舞踏を一緒にした相手が自分の唇に触れて頷く。
二人で恥ずかしくて黙り込んじゃったけど……今は前を歩いていくユミスのことを解決しなきゃって気合いを入れ直した。
ダンスホールから本邸につながる長い廊下を歩いていると、やがてユミスが壁に触れた。
「我の書斎はこちらです」
言葉と共に、木製の扉が壁の途中に揺れて現れる。
指を滑らせるだけでいくつも錠が外れる音が聞こえたら、タキシード姿の青年がドアノブを持って開け、足を踏み入れた。
「どうぞ、お入りください」
先に室内に入ったユミスは普通にしてる。
書斎って言っていた通り、一面に本が並んでるだけに見えるけど……念の為魔王を見上げた。
「オルディア、入って大丈夫?
魔物の『動く小部屋』みたいに、入ったら異空間に閉じ込められるとかないよね」
「……調べたが安心していい。これは異空間ではなく、幻影魔法で扉を隠していただけのようだ。
いざとなったら部屋ごと吹き飛ばせばいい。入ろう」
よかった。実は何度か閉じ込められたことあるんだよね。出るの大変だった。
今回は魔王の許可もあるし、二人で足を踏み入れる。
扉が閉まると……ユミスがお腹に手を当てて、青の髪を丁寧に下げた。
「魔王様、魔王妃、我のせいで大変なご迷惑をおかけいたしました」
「……ねえ、なんで今、毒気抜けてるの?
さっきまでの敵意は何?」
正直、踊った後からの扱いが丁寧すぎる。
ユミスは頭を上げると、紫の瞳を和らげて……自分の首に触れている。
「少しばかり、我の過去をお話ししてもよろしいでしょうか」
「……どうぞ」
「実は……我はかつて、勇者に首輪をつけられたことがあるのです」
え。
勇者に、首輪をつけられた?
目を閉じたユミスは感触を思い出すみたいに、うつむきがちになっている。
「聖剣を腰に提げた勇者は、山に一人で住んでいた我を見つけ……気絶させて捕らえるためだと、拳で襲いかかりました。
我とて若かりし頃とはいえ、龍貴族の頂点に立つ者。
気絶などさせられるわけがない……そう油断していたのですが、気づけば倒されていました」
勇者への悪意の原因なんて、一発でわかった。
けどユミスは……悔しさや憎しみを露わにするわけじゃなくて、懐かしそうに唇を緩めている。
「起きた時には首輪をつけられていた。
我は空を飛ぶための乗り物として……勇者と共に、人間界のありとあらゆる場所を飛んでいました。
解放されたのは、今から二十数年前です」
「……え。二十年前、の……人間界?」
「ええ。我を捕らえたのは、勇者イグリス。
魔王妃、あなたの一代前の勇者のはずです」
その名前に、息ができなくなる。
お父さん?!
懐かしい名前に、お父さんのしたことに、何を言っていいのかわからない。
でもユミスは私に紫の瞳を向けて、穏やかに笑っている。
「魔族の誰にも話したことはなかった。
あなたには、縁遠い話だと思っていた。
それでも……今日はただ……聖剣をもう一度目にしたい、そのつもりで仕組みました」
オルディアにエスコートしてもらうままの、私の手に指が触れる。
握りしめてた手が震えてたことに気づいたけど、混乱してて何も言葉が出てこない。
ユミスは懐かしそうに、書斎に飾られた絵に触れた。
壁に掛けられているのは、人間界で買える地図……初級冒険者だって手に入れられる安地図が、大切に額に入って飾られていた。
「我は、勇者イグリスと共に人間界を旅していました」
うそだ。
私は、そんなの、聞いてない。
お父さんは自分が魔族と関わりがあったなんて、一度だって言わなかった。
「名をスカイ・ルーと名付けられて……共に空を飛びました」
でも。
ユミスが口にしたのは、小さい頃に聞いたことのある名前だった。
スカイ・ルー。
寝物語に聞いた。
オルディアと一緒にいた時にも、お父さんの口から私たちは聞いた。
ぼんやりしていた思い出が少しずつ晴れていくみたいに、村の光景がたくさん流れて……手にした笛を優しく見つめるお父さんが、同じ名前を口にした。
「スカイ・ルー!」
驚いて振り向いたユミスよりも、隣にいるオルディアに分かって欲しくて服を引っ張る。
「スカイ・ルーだよ、オルディア!
ほら、お父さんの宝物にしてた、笛の名前!
ティーカーが吹こうとしてすっごく怒られたやつ、あったでしょ?!」
子供達は三人で、村の中で遊んでた。
冒険のお話が好きで、私たちの中で勇者パーティごっこが流行って、お父さんの宝箱を開けて中を見ようって話しになって……止めるオルディアの言葉も聞かず、ティーカーが解錠に成功した。
たくさんアイテムが入っていたけど私たちの目を引いたのは、小さな金属製の笛。
首に下げられるように紐がついていて、使い込まれた傷に「勇者の笛だ」ってワクワクした。
『吹いてみようぜ』
ティーカーが首にかけて、大きく息を吸って。
風より早く飛んできたお父さんに奪われて、三人とも怒られた。
神官様の前に懺悔に連れて行かれて、まだ黒髪に若草色の瞳だったオルディアも恥ずかしそうにしてた。
『これだけは吹くな。いいか、約束だぞ』
『ああ……スカイ・ルーの笛ですか。それはいけませんね』
『スカイ・ルーって何、お父さん。
なんでそんな使っちゃいけない笛を宝箱になんて入れてるの?』
『俺たちの仲間だ。この笛は神からの授かりもの。音色がスカイ・ルーにだけ必ず聞こえるようになってる。
……ようやく旅を終えてあいつも自由になれたのに、笛の音が聞こえたら心配して来ちまうだろ……』
『えっ、すっげー。仲間を呼べる笛なんてあるのか!?』
『ある。中でもスカイ・ルーは魔王を倒した後もずっと一緒に世界中回ってた大親友だ。
今は一人で世界中を旅してるはず……もう自由にさせてやりたいから、吹かないって決めて……宝箱にしまってたんだ』
お父さんにとっての宝物。
スカイ・ルーの笛は手慣れた仕草で首にかけられて、叱るため張られた胸の上で光ってた。
『そもそも宝箱を開けられるもんなら開けてみろって言ったのは俺だが、見つけたって使用禁止に決まってるだろ、いいな!
……ん、どうしたフィユット』
『イグリス。子供達をそそのかしたのなら、あなたも一緒に説法を聞いていきなさい。
さあ子供達も。座りましょうね』
神官様に聖神の教えを説かれた元勇者と子供三人は、それでもお父さんが優しい目で笛を見てたことを覚えてる。
私もたくさん仲間の話を聞かせてもらったけど、そのうちの一人が魔族なんて気づかなかった。
「優しくて、力持ち。きのみと果実が大好きなスカイ・ルー」
筋骨隆々の男の人だと思ってた。
紫の瞳を見張って、懐かしそうに唇を少しだけ開いた貴族の青年は、頷いてる。
「……我は最初、あなたが聖剣を受け継いだだけで、イグリスこそ勇者として相応しいということに固執していた」
新しい勇者を見て、歯噛みしたのも何もかも。
私に対する妬みだと自白するユミスを、見つめるしかできない。
「ですが、戦いを見て考えを改めました。
魔王様は、神官フィユット。魔王妃は、勇者イグリス。
それぞれに似た戦い方を見て、きっとお二人は彼らに関連があると思い、こちらにお招きした。
……改めて我も、招いて良かったと思っています」
書斎を歩いたユミスが、本を手にした。
中から出て来たのは、古い紙きれ。
お父さんが龍に寄りかかって寝てる、似顔絵だ。
仲間がそばにいて、神官様も、ティーカーのおじさんとおばさんも、知った顔もたくさんあって、みんな笑ってる。
「我は、一度も勇者たちと言葉を交わしたことはなかった。
……言語を持つほどの知能があると知られれば、戦いになる。
だから小さな鳴き声しか出さない我を、彼らは飛龍などの魔物だと思っていた」
魔族は、知恵持つ敵だから倒さなきゃいけない。
でも……無害な魔物は次の冒険者を育てるための必要悪でもある。
お父さんにそう習って来たから、悪事で討伐依頼が掛からなければ、私だって魔物を全滅させながら歩いたりはしない。
「……それでもイグリスが村を作ると決めた時、我の命は終わると思っていた」
似顔絵を本に仕舞い直して、本棚に収める。
大切な思い出を懐かしむように、紫の瞳が瞼の奥に隠れた。
「お前はもう自由に生きろと、イグリスは笑って……我は首輪を外されたのです」
お父さんらしい姿が、その言葉だけで浮かんでくる。
自由奔放で、豪快で、誰にも愛された勇者。
ユミスに目を向けられたオルディアも、懐かしむようにうつむいている。
「フィユットは勇者パーティで一番若かった。
だからイグリスに稽古をつけられて、渋々杖を振らされていた。
派手に杖を回せと言われては『なぜ戦いに派手さが必要なのか』とフィユットはよく怒っていた」
オルディアも最初は上手く回せなくて、取り落とすたび不安そうにしてた。
神官様が『威嚇の効果があります』って伝えて、コツを教えてあげて、二人で練習するのを楽しそうにしてた。
「魔王妃、問わせてください。
あなたは父が笛を持っていたと言いました。
まさか……あなたの父は、勇者イグリスですか」
お父さん。
懐かしい顔を思い浮かべるだけで、喉が締まる。
でもユミスは頷くと、オルディアを見て、考えて……指を握りしめた。
「……イグリスは、元気ですか」
誰も、言葉が出ない。
でも……結末までは知らないなら。
私は娘として、勇者としてユミスに伝えなきゃって決意して、首を横に振った。
「お父さんは……もういない」
少しだけ見張られた目。
うつむくその人に、それでも仲間なら、伝えてあげるべきなんだ。
「勇者を滅ぼすため魔族の侵攻があった時に、私たちを生かすためお父さんは戦って命を落とした」
足が、震えてる。
握りしめてた手が白くなるほどの感情を、ユミスはお父さんに持ってくれてたんだ。
「……イグリスは……フィユットは……共に住むと決めたカフィも、ティファナも……もう……?」
「神官様も、道具屋のおじさんとおばさんも……お父さんと一緒に、最後まで戦ってくれた。
お墓も全部作って……今は村で安らかに眠ってるはずだよ」
タキシードの膝が、床につく。
懺悔するみたいに頭を下げて、顔を覆ったユミスは……首を横に振った。
悲しい知らせに響く慟哭が、嗚咽が……かつて私が流したものと同じ涙と共に、溢れて来ていた。




