闘争
曲は序章から、どんどん勢いをつけて盛り上がっていく。
ユミスは壁際に寄っていく大勢の魔族とは逆に、私たちの方へ歩いてくる。
「人間界から魔王城に至り、魔王様を射止めた勇者。
我はあなたに聖剣をお持ちくださいとお願いした。
その理由が、この曲……『闘争』」
打楽器が激しく叩きつけられる音が続く。
中盤に打ち合いを表現して、後半へ向けてなのか旋律が少し物悲しくなっていく。
状況に戸惑って怖がる魔族もいる中で、ユミスは堂々と私とオルディアの前に立っている。
「いかがいたしますか、魔王様。
勇者と戦うのは嫌だと、愛をお示しになるのでも良い。
ただ……それではこの場の誰も、納得はできません。
愛玩されるだけの魔王妃に、我も疑問は残ります」
立派なタキシード姿の貴族を見て、魔王に顔をあげた。
困ったように眉を顰めてるけど、袖を引いた私の答えなんてわかってるはずだ。
「……フルル」
「よし、やろう。聖剣ちょうだい、オルディア!」
目が輝いてるって自分でもわかる。
両手を出しておねだりした。
急がないと曲が終わりそう。盛り上がりがどんどん激しくなってる。
「僕は、拒否は簡単だと言ったはずだ。要求など一蹴してもいい」
「だめ。私と戦う方がもっと簡単だよ。
ねえ、ユミス。これは舞踏会の催しの一つなんでしょ?
盛り上げるため、私にオルディアと踊って欲しいってお願いしてるってことでいいよね」
「もちろんです、魔王妃」
「だったら踊る。
ただし『お願い』に乗るからには、一つ約束して」
今までは控えてたけど、呆れ顔を押さえた魔王の前に立つ。
だって……これは勇者と、龍貴族の戦いでもあるんだ。
赤薔薇のドレスを着た私は堂々と胸を張って、腰にも手を当てて笑った。
「終わったら私と話し合おう。ただし嘘偽りなくねっ」
ずっとモヤモヤしてた。
でも聖剣にユミスが持ってる悪感情や、勇者に突っかかる理由なんて本人に語らせた方が早いに決まってる。
曲の終わりは近い。
二回目の頭から、魔族の踊りは始まるはずだ。
「……いいでしょう。私の話でよければ、いくらでも」
ユミスが決意の表情で頷いたのを見て、オルディアから離れると手を差し出した。
聖剣の重みが戻ってくるのを、掴む。
悲鳴が上がったのを聞いて、オルディアが魔法で全面に壁を作った。闘争神の結界の中みたいだ。
「僕と魔王妃が踊るだけだ。仲の良さでも見て帰るといい。
ただ、踊るのに遠距離攻撃は無粋か……僕も武器で相手しよう」
異空間から取り出して振り抜いたのは、神官の杖だ。
青い魔石が嵌め込まれているから、灯りを受けた青の軌跡がまっすぐ輝く。
「あ、いいね、昔みたい」
「おじさんには訓練で木の杖を振らされていたからな。
僕も接近戦には対応出来る。フルルも知っているな」
オルディアが神官の杖をわかりやすく回転させて、握り直す。
滅多に見ない魔王の戦いに、魔族も恐怖より興味が勝ち始める。
お互いに武器を構えると、盛り上がってた曲が最高潮になって、幕を引き……静寂。
一音目の打楽器。
響いたと同時に聖剣を握りしめ、全力で駆け出した。
勇者が白く光る聖剣を魔王へと振り回す。
悲鳴も、歓喜も、いろんな声が上がる中で神官の杖めがけて、聖剣をまっすぐ打ち込む。
余裕の魔王が大振りに吹き飛ばした。
円を描きながら、ドレスを翻した私も両足で着地。
間合いを見計らいながら……音に合わせて、再び駆け出す。
楽隊に重ねて、剣の音を高らかに響かせる。
オルディアも私の振りに合わせて体を捻って避け、時には弾いて距離を取る。
「……魔王妃が、踊ってる……」
「魔王様もだ」
「すごい……『闘争』に合わせて杖を打ち込んでいるぞ!」
誰かが答えを呟いた。
私も薔薇のドレスを大きく翻して、派手に回りながら剣を打ちつける。
受けるオルディアが次々といなして、軽い動作なのに吹き飛ばしてくる。
「ふは、っ……、やっぱり強いなぁ……っ」
派手に回りながら、踵の高い靴で着地音を響かせながら、私は聖剣と一緒に踊ってる。
音に間に合わせるため、剣技すら交えて連続攻撃。
中盤を超えた。
オルディアから、間合いを一気に離させるぶん回しがきた。
魔王と距離が開くと共に、音楽も物悲しく落ち着き始める。
構え直した私に、黒の豪奢な装備を身につけた男が笑ってる。
「武闘大会の時も、武器では相手しなかったからか。
随分嬉しそうだな、フルル」
「だって……昔みたいじゃない?」
大きな青い宝石がついてる、神官の杖。
作りが清楚ながらも、くるくる回すと綺麗で目を引く。
神官様が、お父さんと戦って見せてくれた。
勇者と打ち合う姿がかっこいい、って子供達みんなで話してた。
今は、オルディアと私が演じてる。
私たちが昔覚えたこと。
教わったこと。
全部踏まえて、オルディアは私と踊ってくれる。
「オルディア、やっぱり強くなってるし……っ。
最高に楽しいよ!」
後半に向けて、再び曲が盛り上がり始める。
命を奪うためじゃない。
踊るためにぶつかるんだ。
『いつかお父さんの杖を受け継ぎたいな』
そう憧れてた男の子が、同じ武器を派手に回す。
私もドレスのフリルを大きく翻して、打楽器に合わせて聖剣を振り続ける。
終盤だ。
曲がどんどん盛り上がっていくのに合わせて、技巧全開で聖剣をありとあらゆる方向から連打。
オルディアは連続移動にすら対応してくる。
私も夢中で杖を叩き続けて、ステップ踏んでたら。
「っ?!」
気づいたら、空中にいた。
持ってたはずの聖剣の重みもなくて、オルディアの上に落ちていく。
……空間移動させられた!?
「勇者が素晴らしい戦いを見せるから、魔族の誰も闘争心が高まってしまった」
杖を音高く床に打ちつけて、消した魔王がイタズラっぽく笑ってる。
私も二階の高さから落ちながら、感じてる。
ダンスホールには、興奮して高まった熱気がある。
魔族の目が爛々と輝いてる。
落ちてきた赤薔薇を片手で受け取った魔王が、私の頬にも手を伸ばす。
「なら、責任をとって鎮めてもらわないとな」
「……っ!?」
黒の手袋が触れて、顎を引き寄せられる。
何か喋ろうとした唇には、目を閉じた綺麗な男の唇が重なってる。
周囲の興奮が唖然とどよめきに変わって、引き寄せられた私も真っ赤になりながら目を閉じてる。
あ、そっか。
曲の終わりは、戦いの終わり。
私ももう魔王妃になったんだし、こうした方がいいのかな。
全楽器の終了と同時に、オルディアの頭をギュッと抱きしめて受け入れた。
ますます悲鳴と騒ぎが広がるけど、長いキスにさっきまでの血の気が湧くような興奮が引いたみたいで、まばらな拍手に変わってる。
唇を離した魔王に抱き上げられたままでいたけど、動き回ってた全身よりも顔の方が熱い。
「フルル」
呼びかけに目を合わせると、魔王と見つめ合う。
「僕はやっぱり、フルルが大好きだ」
幼馴染の深緑の瞳が、ダンスホールの灯りをキラキラ映す。
薔薇の花を受け取った魔王が誰よりも幸せそうに笑うから、私だっておんなじ気持ちなんだって、ギュッと抱きついてた。




