探りきれない裏側
休憩のためのゆったりした音楽がダンスホールに流れると、貴族が近づいてきた。
対応するオルディアのそばにいようと思ったけど「妻を待たせている」ってはっきり断った魔王は、私をダンスホールの二階に案内してくれた。
……さすが魔王様、手慣れてるねっ。
まだ付いてくる魔族もいるから言えないけど、頼もしく感じていると……装飾が細やかに施されている階段を登り切った。
柔らかい絨毯の先には広い廊下と、たくさんの扉が並んでいる。
特別な場所らしくて、付いてきた魔族も次第に離れていった。
私はそのままオルディアのエスコートについて行ったけど……あまりにも豪華な空間に、溜息がこぼれてる。
オルディアは私を慣れた様子で導きながら、部屋の扉に刻まれた文字を示した。
「シャルルエリの舞踏会では、賓客それぞれに割り当てられた空間があるんだ。
多くは立食だが、立ったまま食事をすることに嫌悪感を示す貴族もいるからな。
家族で来ても気兼ねなく過ごせるよう、ユミスが手配している」
「人間界でも歌劇場とか、貴族と庶民で場所が分けられてるの見た事あるけど、全部個室は初めてかも。
うわ、何これすごい……壁の絵だけでとんでもない値段しそう」
「龍族は長ければ三千年以上生きるらしい。
先日シャルルエリ邸で使っていた食器を捨てようとしたら、考古学的価値があったから売却したと聞いた。
果たしてどの時代のものなのか、想像するだけでも楽しい話だ」
価値観が崩壊しそうな話を聞きながら、魔王夫妻専用の個室に入る。
用意されていたのは、かなりの広さの特等席だった。
椅子に腰掛けながら会場を一望できるようになっていて、机には料理がたくさん用意されている。思わずお腹の鳴る音がした。
「……知らんぷりしているが、僕の妻から可愛らしい音が聞こえた気がするな」
「くぅっ、会場が賑やかだから誤魔化せると思ったのに!」
「夕食もまだだから仕方ない。
フルルもそろそろお腹が空いてくる頃かと思って、準備してもらったんだ。遠慮なく食べていい」
「……それは、ありがたいけど……ドレス汚しちゃうから無理だよ。
帰ってから思いっきり食べようと思ってるから、オルディアは食べて。私は我慢するよっ」
「? ああ……化粧直しなら城でサキュバスを待機させている。
ドレスの汚れは僕の魔法で落とせばいい。フルルも使ったことがあるはずだ」
あ、そっか。
お化粧が崩れても空間移動で戻ればいいし、魔王にしか使えない洗濯魔法があるからドレスも綺麗に出来るんだ。
「さ、どうぞ。
食事も舞踏会の催しの一つだ。楽しもう」
対処まで完璧な魔王の勧めもあるし、二人で特等席に座った。
次の曲が始まるのを観覧しながら、私も食事を始める。……美味しくてぐんぐん加速した。
手が止まらなくなった勇者を面白そうに笑ったオルディアが、階下にも目を向ける。
一階では、みんな楽しそうに踊ってる。
冒険中に国王の隣に招かれたことはあるけど、あの頃の私は必死すぎて楽しむ余裕はなかったから、ようやく体験出来た気分だ。
「オルディアは貴族同士の会話とか、しなくていいの?
人間界だと王様に取り入ろうと寄ってきたり、王様も自分を支えてくれる有力者と話したり忙しそうだったから。
もしオルディアが話したい相手がいるなら、私はここで大人しく食べてるから、行ってきていいよ」
「行かない。今日はフルルと過ごすと決めている。
魔界全土で念話は繋がるし、僕と話したければ日を改めるようすでに伝えた。
こんなに可愛い赤薔薇を置いていくような、無粋な真似もしたくないな……僕が話したい相手というのなら、フルルだけだ」
知らない間に水面下で示されてた愛情にも、綺麗で色っぽい表情から繰り出される甘い言葉にも、顔が熱くなるしかない。
オルディアに見惚れちゃうから慌ててダンスホールに目を向けたけど、青い髪のユミスを見つけた。
人が集まる中心にいる。
高貴な身分を全身の宝石で示すコカトリスが、ユミスに声をかけられるだけで飛び跳ねている。
「魔族は力が全てのはずだけど、シャルルエリ家にはみんな敬意を払ってるね。
ユミスは強いの? じゃないといくら伝統や文化があっても、魔族は従わないよね」
「実力はタイクーンドラゴンの遥か上だ。
前魔王よりも力はあったが、覚醒できなかったから王にはなれなかったな」
ん?
今、とんでもない話がさらっと聞こえたような。
「……え。ユミスって、前魔王より、強いの?」
「強い。
当主になって以降は『大陸を固めるため』と言いながら、人間界の侵攻政策には一切加担していない。
あの横暴な前魔王が『自分を敬って兵を出せ』と強制出来なかったくらいには、力の差がある」
つよい。
勇者パーティ四人がかりでようやく倒せた相手以上の実力なんて、開いた口が塞がらない。
でもそれ以上に強い魔王が、私の口に小さく切られた牛肉を入れた。
もぐもぐ。上品な脂がさらりと溶けて美味しい。
オルディアは餌付けされた私相手に楽しそうに笑って、階下のユミスに目を向けた。
「龍はそもそも一体だけで、魔界の大陸一つを治めるに足る力を持つんだ。
中でも強者の血を受け継いで繁栄してきたのがシャルルエリ家……魔貴族の誰もが敬い、集まるのにも理由がある」
「……ユミスは私が聖剣を持てるかじゃなくて、聖剣自体を気にして見てたよね。
そんなに強い魔族なのに、因縁があるのかな」
声を顰める私に、オルディアも頷いている。
聖剣を目にした時の隠しきれない動揺と、歯を噛み締めるくらい強い感情にはお互い気づいている。
銀のフォークを一旦置いて野菜スティックを持ったけど、考えたって答えが出ないまま噛み砕くしかなかった。
「三百年近く生きているらしいから、幼い頃など力がつく前に、勇者に傷を負わされた可能性もあり得る。
副官にも調べさせているが、まだ情報は出てこないな……ん?」
「はい、オルディアも。あーん」
私は食べさせてもらったのに、魔王はまだ一口もご飯食べてない。
だから私も美味しかったし食べやすそうな人参スティックを差し出した。
「難しい話を始めちゃったのは私なんだけど、オルディアと一緒にご飯食べながらにしたいな。
私を守ってくれる人には、万全の状態でいてほしいし。ね?」
「……じゃあ、あーん」
戸惑って恥ずかしそうにしてるけど、二人きりだから口を開けてくれる。
きめ細かくて形も整った唇に入れると、照れ臭そうな顔が可愛い。
私ももう一本食べたけど、甘くて美味しい。このおいしさを今は共有したい気分で笑っちゃった。
「実はさ、野菜がずっと美味しいんだよね。
サラダが置いてあったから食べたんだけど、全部新鮮でパリパリ。
木の実のドレッシングも絶品だし、オルディアも食べやすいと思うよ」
「ああ……ユミスが菜食主義者なんだ。
捧げるため、優先的に改良も進められている」
「えっ、龍なのに菜食なの!?」
「生まれつき肉類が苦手らしい。お互いに招く時は避けて提供している。
龍族は効率の良い体構造だから、食事も少量で平気だ。
料理長に『魔力量と食事量は反比例すると覚えておきます』などと冗談を言われた」
オルディアも少食だもんね。そりゃ料理長も驚くよ。
お肉が好きな大食い勇者も、信じられない気持ちで牛肉を頬張った。
魔王が食肉の改革をしてくれただけあって、魔界の肉類はいつ食べても美味しい。
……でも、ユミスは肉食じゃないのか……。
ますます勇者との接点がわからなくて、スープを飲みながら考えてる。
オルディアの言う通り、まだ弱い頃に勇者に切られたのかな。
私もそうだったけど、勇者は魔族なら全員滅ぼすつもりで戦ってる……嫌な思い出があるなら、聖剣に釘付けにもなるよね。
考えて手が止まると、オルディアが今度は大根の角切りを差し出してくれた。
大きく口を開けて頂いたけど、シャキシャキで甘くて美味しい。
私も一個同じのを取ると「あーん」した。
顔を近づけたオルディアが、今度は遠慮なく食べてくれた。
「えへへ、聞きたければユミス本人に聞けばいいんだから、悩む前に今はご飯を楽しもうかな。
あんまり難しい話せずに、そばで笑ってた方がオルディアもいいよね?」
「そうだな。……実はユミスの話ばかりするから、少し妬いていた。
二人きりの時は、僕のことをもっとフルルに見てほしい」
「う、ごめん。安心してそばにいられるから、甘えちゃうのかな。
でもね、こうして作戦会議みたいに話せるのも、ご飯を一緒に過ごせるのも全部、ぜーんぶ、楽しくて好きだよ。
オルディアのこと、大好きだからねっ」
隣にいる魔王は自然体でいられる相手だから、素直な言葉がでてくる。
深緑の瞳が丸くなったのを見ると、何を言ったのかに気付いて、恥ずかしくなって笑っちゃった。
「オルディアと結婚して幸せだなーって、何度でも思ってるんだ。だから妬かなくていいよ。
……ん? どうしたの、口押さえて。もしかしてこの大根、辛かった?」
「……いや……なんでもない……」
やっぱり辛かったのか、口を押さえて赤くなってるオルディアに慌ててお水を汲んで渡した。
落ち着いた魔王に料理を勧められて、鶏肉にも舌鼓を打つ。きのみと鶏肉の甘辛炒めも美味しい。
味わっているとオルディアが小さく溜息して、ソファの背もたれに頬杖つきながら私を見つめてた。
「僕の方こそ幸せなのに……情けないな、つい妬いてしまう。
……全部フルルが可愛すぎるせいだ」
「ふへ? はひはひっは?」
「僕が幸せなのは、全部フルルが可愛すぎるせいだって言った」
頬の赤い魔王のせいで、ごはん飲み込み損ねるかと思った。
唇をちょっと尖らせてるオルディアと、気まずいような幸せなような不思議な空気になったけど……幼馴染二人で笑い合うと変な照れ臭さも薄れちゃって、遠慮なく食事の時間を楽しめた。
その後はまた、ダンスホールに戻って踊った。
魔族の前でオルディアと踊る曲数が増えるたび、今は感嘆のため息が聞こえる。
「魔王妃は勇者だろう? 魔族の踊りまで習得しているなど、あり得ないことだ」
「結婚されてからの三日間、毎日休む間もなく努力されていたと息子から聞いておりますわ」
「やはり勇者だけあって、身体能力にも優れているとか……」
カトリーンが「違う曲で踊れることに意味があるのです」って熱弁してた理由を、身をもって体感した。
私のダンスは急拵えだから心配してたけど、オルディアの面子は潰さずに済んだみたい。ほっとして、肩の荷が降りた気分で足も自由に動く。
曲が終わったら休憩のため、中央部から人が去ろうとする。
私とオルディアも「次の曲何かな」って話しながら移動してると……休憩とは似つかない音楽が、一気に盛り上がりを見せ始めた。
みんなざわついてるから何かと思ってると、ユミスが手を叩いて衆目を集めた。
「皆様。
本日は我らが魔王オルディア、そして魔王妃となられた勇者フルルのため、特別な曲をこの会場に響かせましょう」
誰もが今から起きることを知らないみたいで、顔を見合わせてる。
近づいてくるユミスを見たオルディアも、私の前に立った。
青い髪に紫の瞳のシャルルエリ家当主は足を止めて、魔王の前で頭を下げている。
「魔王様。本日は魔王妃のため、特別な一曲をご用意しておりました。
いかがでしょう、お二人で次の曲を踊っていただけませんか」
「え」
「心配はご無用です。必ず踊れる曲をご用意いたしました」
そうだ、最初に挨拶した時にも言っていた。
……人間界の曲?
それにしたって、私が踊れるとは限らない。
「どうするの、オルディア」
「……拒否する方が簡単だから、出方を見てもいいか」
魔王の提案に、私も頷いた。
ダンスホールの注目の中でオルディアは堂々と、龍族の青年に向けて声を響かせる。
「フルルに活躍の場を設けようという試みを、まずは好意として受け取ろう。
しかし僕たちに何を踊らせる気だ。曲は?」
青い髪の男が念話で伝えたみたいで、流れていた音楽が変わる。
魔族が慌ててどんどん端に寄っていくから、異様な光景にも、盛り上がり始めた曲にも、ダンスホールが騒ぎに包まれ始める。
「え、人間界の曲じゃないよね? 聞いたことないんだけど」
「これは魔族のために作られた曲です、魔王妃。
名を『闘争』……武器を持て、相手を滅せと気分を高揚させるために奏でられる曲ですよ」
男は、紫の瞳を鋭く細めている。
「魔王妃には、ぜひ我ら魔族に勇者としての実力をお示しいただきたい」
……最初から私に戦わせるつもりで、聖剣を持って来いって言ってたんだ。
「勇者なら、戦いはお得意でしょう?
我らが納得できる実力を、魔王様相手にお見せください」
挑戦的な目に、私も真っ向からぶつかる。
賛同する魔族を背にしたユミスは、顔を顰めるオルディアの前でも引くことなくタキシードの胸を張っていた。




