本番
煌びやかな大豪邸が、夜の闇に浮かんでいる。
オルディアの空間移動で到着した会場内には、多種多様な魔族が集まっていた。
魔王城のダンスホールはどこよりも大きかったけど、シャルルエリ邸も同じくらい大きい。
着飾った魔族の多さにも改めて驚いていると、青い髪の青年が来て、魔王に頭を下げた。
「魔王様、お待ちしておりました」
「ユミス・シャルルエリ。
今宵の招待に感謝する。妻も踊れる日を楽しみにしていた」
仕立てのいいタキシードを纏った、高貴な佇まいの青年が顔を上げる。
ツノや尻尾もないし、悪魔貴族かと思うくらい、見た目に龍っぽさはない。
でも、周囲の誰もが敬う青年……彼こそが当主のユミスだ。
「ご夫妻をお招きできたこと、光栄に感じております。
……魔王妃となられまして以来ですね、フルル様。
お越しいただきましたこと、感謝申し上げます」
私もオルディアの腕にエスコートしてもらいながら、ドレスの裾を軽く持ってご挨拶した。
顔を上げると紫の瞳と見合ったけど……直感のスキルでは、なんとなく良くない感情を感じる。
やっぱりタイクーンドラゴンの件が尾を引いてる……のかな?
結婚式の時は魔王にお祝いの言葉をかけていたし、私も簡単に挨拶しただけだった。
でも改めて対峙すると……わずかな敵意に体が反応する。
ユミスも私が警戒してるのに気づいているから、淡く微笑んだ。
「舞踏会に緊張なさっているのでしょうか。
ご安心ください、あなたは魔界に来られてから日も浅いはず。
我も今宵はご無理召されぬよう、踊れる曲を用意する予定です」
「……ありがとう、お手柔らかにお願いします。
実は魔族のダンスも少しだけ覚えてきたんだ。普通の曲でも、オルディアとなら踊れると思う」
「素晴らしい。勇者としての才覚がなせるわざでしょうか。
いえ……まさか元々魔族ということはありませんよね。
我が望んでいた通り、聖剣は身につけていないようですから」
きた。
疑う目元が、鋭く細められる。
ユミスの前に出たオルディアが、私の指に触れた。
「伝えておいた通り、ドレスに合わないから僕が外させたんだ。
城から持ってきても同じことなのに、持たせ続ける必要もないからな」
剣を受け取るため手を差し出すと、慣れた重みが戻ってくる。
もちろん、私が焼かれることはない。
でも……紫の瞳を揺らしたユミスは、鈍色の輝きだけを見ている。
「……聖剣……」
「うん。聖剣の神から授かったものだけど、私は神の光には焼かれないよ。
他に何か、勇者である証拠は必要?」
ユミスが紫の瞳を細める。
……一瞬歯を噛み締めたのを、私は見逃さなかった。
「……いえ……これは確かに、聖剣です。
受け取れるあなたが、やはり今代の勇者で相違ないのでしょう」
確かめるだけなら、もう目を離してるはず。
なのに、言葉の後にも沈黙がある。
……揺らぐ瞳は、何かを隠している。
細かな装飾まで確かめてようやく顔を上げた彼は、オルディアに向かい合った。
「疑うような真似をして失礼いたしました。
懸念はもはやありません。
……魔王様もご到着。宴を始めましょう」
オルディアに聖剣を戻してもらうと、ユミスの指示に従って楽隊の音楽が変わった。
会場中を注目させての当主の挨拶が、ダンスホールに響き渡る。
続いて主賓のオルディアが挨拶して、開催の宣言が為された。
今は舞踏会の一曲目の演奏が始まったけど……魔族のダンスは曲の一回目が、踊れる人を集めるための見せ曲だ。
二回目が本番で、魔法陣を描きながら音に乗る。
カトリーンから座学で聞いた通りだって実感しながら、知る音楽を聴いていた。
「これ、三曲目に覚えたやつだよね」
「そうだ。フルルも踊れるな。
……では、魔王妃」
目の前に立つ魔王が、黒の手袋に包まれた手を差し出す。
「僕と踊っていただけますか」
ダンスホールの全てを、魔王が背景にする。
私だけを見つめる深緑の瞳に、魅入られそう。
銀の髪が明かりにキラキラ光るのを見ながら……高鳴る音を、ドレスの上から押さえた。
「……うん、お願いしますっ」
背の高い夫に手を差し出すと、賑わう魔族と一緒に移動して……再び同じ曲が始まるのを見計らって、踊り始めた。
覚えたてのステップを披露してるから「魔王様が」「魔王妃も」なんて騒がれる内容を、聞く余裕もない。
オルディアが手を繋いで、腰を支えてくれる。
私も肩を掴んで、一緒に踊る。
魔王に遠慮して近づく者もいないから、自由に動けて……綺麗に微笑むオルディアに、目が合ってようやく気づいた。
「フルルは上手くなったな。見違えるくらい余裕がある」
「えっ、今も失敗しないように必死だよ。
いつもと違って踵の高い靴だし、注目度すごいもん……」
「可愛い花が踊っているからな。
『魔王妃は魔界にほとんどいなかったと聞いていた、なのにもう覚えたのか』と驚かれてばかりだ」
皮肉混じりの言葉だったから、ちょっと笑っちゃう。
でも余計な力が抜けると、あんなに緊張していたダンスなのに自然と体が動く。
オルディアが誘導するのに合わせて、ターン。
引き戻してもらって腕の中に入ると、見上げた先では優しく深緑の瞳が細められてる。
「ふふっ、やっぱりオルディアと踊るの楽しいね。安心して体を任せられる感じ」
「僕も楽しい。
……気を抜くと、薔薇の花に目を奪われそうだ……フルルが綺麗すぎて、見惚れてしまう」
「そっそんなの、私だってそうだよ。
だから意識しないようにしてるけど……オルディア、すっごくかっこいい。
えへへ、踊れるようになって良かったな……っ連れてきてくれてありがとう、オルディア!」
合間に交わされる言葉も、照れくさい空気も何もかも、二人だけの特別な時間。
音楽に合わせて、体を動かす。
一体感とか、お互いのことを思い遣ったりとか、心地いい時間が続いて……あっという間に初めての曲が終わっちゃった。




