最終試験
夕方。
私は最終試験に挑んだ。
魔王城のダンスホールでオルディアと踊って、悪魔貴族の副官さんに審査してもらう。
音楽も用意された中で『招かれていたけれど出席は弟に任せました』なんて身分の高いシィさん相手に、染み込ませた動きを披露した。
この曲は……盛り上がりと共に、オルディアの腕の中に入って……背中を密着させて終了っ。
アストとカトリーンでも見た動きを真似て、最後の一音と同時に足を止める。
終わっても拍手までは静止って聞いてるから待ってると、後ろから抱きとめてる魔王が先に、私に頬擦りしてきた。
「あれっ、待って待って、まだ動いちゃダメなんじゃないの!?」
「シィは拍手したくないらしいからな。僕がフルルに賛辞を送ろう。
素晴らしいダンスだった。シャルルエリ邸に行っても問題ないだろう」
「……別に、拍手したくないわけでは。
まさか三日でここまで仕上げてくると、思っていなかっただけです」
改めて拍手をもらえたから、ほっとして……腕を解いた魔王を見上げた。
「合格だ」
その一言が、どれだけ嬉しかっただろう。
私を改めて腕の中に包んで、顔を埋めさせてくれるオルディアの背中を、つい握りしめてる。
「よく頑張った。……フルルはすごいな。僕の想像なんて軽く飛び越えていく。
苦労も自分から楽しみに変えて……頼もしかった」
大きな手が、頭を撫でてくれる。
褒めてもらえることも、魔王のいたわる声にも、涙腺が緩むから必死に顔を押し付けた。
「はあ……かといって、泣き顔で行くのはやめてくださいね。
新婚早々『まさか喧嘩でもしたのか』とダンスホールの話題になりますよ」
「うわぁんっ、さすがシィさん、毒舌っ。
でも今はありがたいよぉっ」
涙も引っ込む指摘に、顔を上げる。
ばちっ。深緑の瞳を緩める魔王と目が合った。
泣いてるのが恥ずかしくて締まりなく笑っちゃうと、顔同士が近づく。
「……ほら、僕の魔王妃。
今は恋しくてたまらないんだ。そんなに可愛い顔で僕を見るな」
背中越しにシィさんがいるのに、唇が軽く触れた。
目の前で微笑むオルディアと何をしたのか、理解した全身が熱くなって力が抜ける。
抱きつき直した勇者を受けとめた魔王が、頭を撫でながら笑った。
「さあ、楽しみにしていた舞踏会だ。
僕たちが行かないことには始まらない。着替えようか」
そうだ。
ついに私たちは、舞踏会に行くんだ。
「うんっ、準備しよう!」
気合を入れて拳を差し出すと、オルディアと合わせる。
着替えのため用意された部屋までは、空間移動で連れて行ってもらえたんだけど……。
「っ!?」
すでに待ち受ける侍女が、大勢いた。
結婚式の時にも髪を結ってくれたサキュバスが美脚を前に出して、櫛を手に、とんでもない質量の胸を揺らしながら近づいてくる。
「では皆にフルルを任せる。
僕も着替えが終われば迎えにくるから、ここで待っていてくれ」
「う、うんっ、またねっ」
あっさり移動した魔王にとっては普通なんだろうけど、部屋の圧がすごい。
近づいたサキュバスが私の顎を撫でて、甘い声で囁いてきた。
「では、魔王妃……覚悟はよろしくて?」
待って。なんの覚悟でしょうか。
前回も妖しかったけど普通だったって思い出しながら手を引かれた私は、椅子の上でおさげ髪を丁寧に解かれた。
侍女たちの目まぐるしい盛り付けに身を任せるしかできないけど……やがて、磨き抜かれた私の前には大鏡が運ばれてきた。
「完成ですわ……うふふ、良い仕事ができて満足です……」
部屋の前では「魔王様がお迎えに来てくれた」って侍女たちも騒いでいる。
大鏡で最終確認してから頷くと、賑やかな部屋の中にオルディアが招かれた。
「……」
魔王は銀の髪を踊りやすいよう整えて、チュチュが仕立てた豪奢な衣装を着てる。
黒を基調としたタキシードとマントは羽飾りとか金の装飾とか、全体的に魔王っぽい。強さも威厳も溢れてる。
それが、すっごく似合ってる。
背が高くて衣装にも負けないくらい、オルディアは普段から顔も何もかも格好いい。
結婚式の時もそうだったけど、今回も格好良くなって戻ってきたから、拳を前に突き出してた。
「オルディア……格好いいよ!」
語彙力が欲しいって思うくらい言葉が出てこなくて、とにかく親指を立てて勢いで褒めた。
深緑の瞳を瞬く魔王は頷いて、私の姿を見てる。
ドレスの繊細なレースをつまんだけど、自慢してた格好だから胸を張った。
「そうだ、どうかな。これが話してた赤薔薇のドレスだよ。
チュチュが似合うように作ってくれたんだけど、綺麗だよねっ」
こくり。頷いてる。
……あれ?
さっきからオルディア、何も喋らない……。
……もしかして、私、変かな!?
まとめ上げた小麦色の髪は、鏡で確かめたけど上品な感じだった。
顔も濃すぎず、元を活かしながらお化粧済み。サキュバスたちは魅力を引き上げる行動がめちゃくちゃ得意なんだ。
ドレスもお針子ネズミたちが整えてくれて、今朝よりも綺麗なはずなんだけど……。
不安になりながらも首を傾げると、魔王が息を呑んだ。
手袋で覆われた片手で、口元を押さえてる。
何があったのかと思ってたら……徐々に赤くなった。
「結婚式の時にも、綺麗だったから。
心構えはして入ったつもりだった」
「ん? うん」
「それすら突き抜けてくるくらい、フルルが綺麗で……。
すまない。褒め言葉ひとつ思い浮かばないほど、目を奪われた」
え。
「可愛くて、たまらない……良く似合っている。
昔一緒に読んだ絵本のお姫様みたいに、フルルが綺麗だ」
褒め言葉がくすぐったくて、お互いに照れながら顔を逸らしちゃった。
どうしよう、すっごく褒めてくれた!
私も勢い任せだったから、何か言わなきゃって、必死に目を向けるんだけど……銀の髪に深緑の瞳の幼馴染が格好良すぎて、直視できない。
「オルディアも、黒の衣装、すっごく似合ってるよ。
……でも、ごめん……っ格好いいから、あんまり見られないんだ……慣れるまで、ちょっとだけ待ってほしい……っ」
拍手がなぜか沸き起こって、ますます恥ずかしくなっちゃう。
あ。
助けを求めて目線を彷徨わせた私は、チュチュが私を見てることに気づいた。
そうだ。
きっと隣に立った時に、完成する。
恥ずかしがってる場合じゃないって、足を前に出した。
自分からオルディアのところに向かうと、ドレスに合わせて作られてる赤の手袋で、魔王の衣装を摘んで並んだ。
「えへへっ……これで完成だよね、チュチュ!」
魔王に合わせて作るはずだった、赤薔薇のドレスの私が隣にいる。
黒の堂々とした魔王のそばに立つと、お互いの装束の色の対比も素敵に感じた。
チュチュもかけてる小さなメガネを少し持ち上げて、頷いてる。
「……そうっちゅ。勇者」
ほんの少しだけ、震える声。
それでもチュチュは、黒の丸っこい目を逸らさずに、まっすぐ私たちを映してた。
「チュチュはこの光景を、見たかったっちゅ」
完成させたお針子ネズミたちも、目をキラキラさせてる。
私まで嬉しくなって「ありがとう」って手を振ると、オルディアが手を差し出してくれた。
「では、綺麗な花を見せに行かないとな。
まずはティーカーに自慢していいか。ルネも綺麗になったフルルを見たいだろう」
顔が熱くて汗かいちゃいそうだけど、エスコートしてもらう。
準備の整った私たちは仲間たちにも一眼見せてから、シャルルエリ邸へと移動した。




