愛の花
翌日の朝食後。
魔王の空間移動でフェッセンリック邸のダンスホールに直行すると、二曲目をカトリーンの前で踊った。
「まあ……っ素晴らしいです、魔王様、フルル様……っお見事です!
この曲は特に難易度の高い曲ですのに、よくぞ仕上げてこられました!」
盛大な拍手で合格をもらえたから、オルディアと握り拳を合わせて喜んじゃった。
さあ、次の曲だ。
気合いを入れてカトリーンを振り返ると、彼女は跪いて、手にした紙をオルディアに差し出した。
「魔王様、こちらをご覧ください」
私もオルディアに見せてもらったけど魔族語で、たぶん曲名が並んでる。
真剣に読み込む深緑の瞳がカトリーンに向くと、ドレスの胸元に綺麗な手を当てた彼女が顔を上げた。
「舞踏会当日の曲は、シャルルエリ家当主の気分次第と伺っています。
アスト様が傾向を分析して計画書を作成してくださいましたが、あと二日しかございません。
フルル様にお教えするのは、この順でいかがでしょうか」
「……よく出来ている。
許可しよう。フルルを任せる」
アストもわざわざ動いてくれたんだ。
魔王相手に膝をつき、頭を下げて忠誠を示しているアストの隣にしゃがみ込むと睨まれた。
私が「ありがとう」って伝えると、今度は目線を合わせないように立ち上がって腕組みしてる。
「カトリーンと踊って見せてくれるだけでもありがたいのに、さすが悪魔貴族だね。
人間の上位種だって誇ってるだけあって、仕事が早いんだ」
「ふんっ、当然だろう。
僕はいずれこのフェッセンリック家を受け継ぐものだ。並大抵であってはならない」
「……とは言いますものの、フルル様がなるべく踊れるようにと、応用のきく曲も優先して考えておいででしたよ。
調査、分析にかけた手間も何もかも、努力されているフルル様に感化されてのことなのに……決して言うなと恥ずかしがるのです。可愛らしい方でしょう?」
アストが顔を背けたけど、銀の髪から出た耳がちょっとだけ赤くなってる。
貴族として鼻を高くしてることも多いけど、カトリーンも嬉しそうにしてるように、本当は思いやりがあるんだ。
この後。
私はオルディアも時折呼び出して協力してもらいながら、ひたすら曲を覚えた。
正直に言うね。
それだけで二日目が終わった。
「さあフルル様、次の曲です!
一曲目の応用ですからね、体に染み込ませないと間違えますよ!」
「ひぃっ、頭がこんがらがりそう!」
目標が設定されたカトリーンから、とんでもない熱量の指導が入った。
ほんと、踊ってた以外に、何も覚えてない。
昨日のラストダンスが日を回ってたから、ときめきも達成してるし……魔王城に帰ってからも踊り続けた私は、詰め込み式のカトリーンからの宿題も乗り越えた。
あっという間に三日目の朝。
今晩がシャルルエリ家の舞踏会だ。
チュチュが作ってくれたドレスが出来上がったって、朝食を食べながら連絡をもらった。
今は被服室で着せてもらってるけど……あまりの豪華さに、鏡に映る焦茶の目がぱちぱちした。
「すごい、赤薔薇のドレスだ!」
満開の薔薇みたいに、幾重にもレースが重ねられてる。
お針子ネズミたちがゆるいところを締めたり、着せながらの詰め作業が進む。
小さなメガネをかけ直したチュチュも指示を出しながら、私の前で忙しく針を動かした。
「お前は人間界からきた、新しい時代の魔王妃だっちゅ。
赤薔薇の人間界での花言葉は『愛』……魔界でも求婚に使われる花っちゅ。
……魔王様への愛情に咲き誇る、一番美しい花を表現したかったっちゅ」
作業中のチュチュが説明してくれたけど、確かに着ているだけで薔薇の妖精になったみたい。
オルディアのために作られたドレスが豪華で、何度だって目を惹く。
魔王の隣に立つと、これより魔王が目立つなんて……オルディアはどんな格好になるのかな。
国王が王妃を着飾らせてそばにいるのを見た事もあるし、あんな感じでお似合いになるのかなって想像してると、ますます楽しみで笑っちゃった。
「みんなが尊敬してる魔王にも、楽しかったって言ってもらえるように頑張るよ。
だがらお土産話、待っててねっ」
チュチュが私の裾飾りを直しながら、丸っこい瞳をチラリと上げた。
すぐに逸らされたけど、素早く針を動かしてる。
「……待っててやるっちゅ」
耐えかねたみたいに出てきた一言だけでも嬉しくなってると、扉が叩かれた。
近くにいるお針子ネズミが応対して、チュチュにも耳打ちして、チュチュが一人で外に出て行った。
……何かあったのかな。
直してもらってる間にも踊って動きやすさを見たり、お針子ネズミの指示に従ってると……しばらくして戻ってきたチュチュは、そばに立てかけてあった聖剣に向かった。
「勇者、聖剣を持つっちゅ。
ここにいる誰も、あれには触れないっちゅ」
「え。なんで聖剣?」
魔族が聖剣に触れると、神の光に焼かれて火傷する。
いつも通り腰につけてたから被服室に持ち込みはしたけど、脱いだ服と一緒に置いていた。
「今日は龍貴族の舞踏会……つまり偉い魔族たちの真っ只中に行く事になるでしょ?
あたっちゃうだけでも火傷させるし、揉め事になったら嫌だから持って行かないつもりなんだけど」
「……でも魔王様から、ドレスでも装備出来ないかと相談があったっちゅ……」
ん?
首を傾げる私に、道具袋が渡された。
「副官が伝令にきたっちゅ。
お前が通信手段を持っているのは知っているっちゅ。直接聞くっちゅ」
ごもっともだから、言われた通りオルディアと話せるコインを道具袋から取り出す。
声をかけたんだけど……すぐに出てくれたオルディアは、私にも事情を教えてくれた。
『シャルルエリから『勇者が来るなら証拠として聖剣を携えてくるように』と書かれた手紙が届いた。
今日になって。つまり拒否させないつもりで、だ』
「え。わざわざ聖剣を指定したの? まさか……私と戦いたいってことじゃないよね?!」
オルディアは『会場には勇者に恨みを持つ魔族もいる』って言ってた。
ルネのお父さんであるフェッセンリック家当主のことだと思ってたんだけど、龍貴族の舞踏会で事を起こすわけない……あ。
もしかして。シャルルエリ家。
私が倒した四将の一人、タイクーンドラゴンの縁者なわけじゃ、ないよね?
ありえる。
なんとなく察してると、私が天井を仰いでることを知らないオルディアが続けた。
『フルルは魔王妃になって日が浅い。魔族のダンスを踊れないことは見越している。
だからこそ『メタモル族を偽物の妻として持ってこられては、伝統に傷がつく』などと言い出して頑ななんだ』
「ね。ねえ、オルディア。シャルルエリ家の当主ってさ。
タイクーンドラゴンの親戚だったりしない……よね?」
『前四将なら、当主のユミス・シャルルエリの叔父にあたる』
これは私が行っちゃダメな場所じゃないかな!?
最初からオルディアが私を連れて行く気が無かった理由がよくわかる。
コイン片手に音も出ないまま口を開けてるなんて、もちろん知らないオルディアの言葉が続く。
『ただし、ユミスは人間擁護派だ』
「……ん?」
『人界の支配者になるため大陸一つを我が物にしていたタイクーンドラゴンとは、非常に仲が悪かったらしい』
「あれ、私に仇討ちしたいんじゃないの?」
『考えにくい。
ユミスにはシャルルエリ家が治める大陸に、僕の政策を浸透させる手伝いをしてもらっている。
前魔王の思想に近いタイクーンドラゴンとは、三十年以上前に袂を分かったと聞いた』
「……ますます、舞踏会に聖剣が必要な理由がわからないんだけど」
『僕も直接行って確かめたが『妻の判別のため』の一点張りだ。
……どうする、怖いのなら行くこと自体をやめておくか?』
「え、ううん。怖いわけじゃないよ」
コイン越しの会話だから、オルディアに私の顔は見えていない。
でも私が焦ったのは、自分に向かってくる相手の強さにじゃないんだ。
「私のせいで舞踏会を楽しみにしてる魔族たちに、迷惑かけたらやだなーって思ってる。
だから事前に知っておきたかっただけなんだ」
伝統あるシャルルエリ家の、一年に一度の舞踏会。
きっといろんな魔族が心待ちにしてるはず。
私もせっかくダンスを覚えたし、なるべくなら楽しい場所を壊さないようにしたい。
ただそれだけの気持ちで、どうすればいいか唸ってた。
「んー……でもやっぱり大丈夫かな。
わかった、聖剣持って行くよ。
忙しいところごめんね、教えてくれてありがとうっ」
『……普通は警戒したり、怖がるものかと思ったが。さすが勇者だな』
「大丈夫だよ。オルディアが一緒に行くんだから、私のことなんて守れちゃうでしょ?」
コインの向こうで話してる幼馴染は、半神半魔の最強魔王だ。
心強い相手の顔は見えないけど、私は自然体のままで、旦那様相手に笑ってた。
「何があったって、オルディアは絶対助けに来てくれるって信じてる。
だから大丈夫っ、楽しい舞踏会にしようね!」
コインから返事はない。
『バタン』
不意に扉の開閉音が抜けて来たと思ったら、副官さんの声が聞こえた。
『戻りました……おや、魔王様。
状態異常耐性があるはずなのに、熱でも出ましたか。顔が赤いですよ』
『……もうすこし浸りたかったな……いや何でもない、気にするな』
執務室に一人だから、素直に照れてたのかな。
恥ずかしそうにしてるオルディアを想像して、私まで頬が熱くなっちゃう。
『フルル』
「ん?」
『必ず守る。……だから安心して僕のそばにいてほしい』
涼やかな声に、胸が甘酸っぱく疼く。
いつも私を助けてくれる幼馴染の言葉が胸の奥にも届いて、ドキドキ響いてる。
『シィが最終試験をすると張り切っているから、乗り越えて一緒に舞踏会に行こう。
お墨付きがあったほうが気楽になるだろうし……僕もフルルと踊れるのを楽しみにしている』
「うんっ……約束だよ!」
改めて握り拳を作って気合を入れ直した私に、魔王の嬉しそうな笑い声が聞こえた。
『チュチュ』
「はいっちゅ」
『シィからも聞いたと思うが、問題はドレスだ。
聖剣は携帯必須になるが……拒否したと報告があった。難しいのか」
チュチュ、拒否してたんだ!?
今もドレスと聖剣を見て、チュチュは難しい顔してる。
自分が完璧だって信じて作り上げたドレスに、今から余計な装飾がつくことになるのが嫌なんだ。
それでも魔王のため小さな手を握りしめて、必死に考えてるチュチュを見て……改めてコインを向いた。
「ねえ、オルディア。一個だけお願いしてもいい?
チュチュのドレスね、すっごく、すーっっごく綺麗なんだ」
赤薔薇のドレスは、もう完成してる。
状況を知らないオルディアには私こそ伝えないとって、見上げてるチュチュにも親指を立てて、全力で笑って見せた。
「聖剣は空間移動させてさ、必要な時だけ出そうよ。
もし腰につけたらレース潰れちゃうし、綺麗なドレスはそのまま着たいな。
ね、お願いっ。シャルルエリ家当主の方を、なんとか説得できないかな」
コインを両手で包み込んで、魔王にお祈りする。
考えてるのか、少しだけ間があって……「わかった」って聞こえたから、改めてコインを持ち直した。
『ではそうしよう。愛しい妻の、たっての願いだ。
フルルが感動したドレスを、僕も楽しみにしている』
オルディアの言葉に心がふんわり浮かんで、見えないのに何度も頷いちゃった。
話も終わったからコインを道具袋に戻すと、お針子ネズミたちがチュチュの指示を待って戸惑ってる。
「……なぜ、魔王様に意見したっちゅ」
「えへへ……実は赤薔薇のドレス、私も気に入ってるんだ」
魔王妃として、初めての舞台に立つ。
私だってさすがに緊張しちゃうけど、そんなの一目見て吹き飛んだ理由を、胸を張って示した。
「チュチュが作ってくれたこのドレス、着てるだけで幸せになれちゃうくらい、すっごく素敵だよ。
だからオルディアにも、このままの姿で見せたいんだ。
きっと魔王の衣装の隣に立ったら、ぴったりだよ!」
満開の愛の花。
この胸に咲いてる気持ちと同じ、魔王へのたくさんの想いが、花びらのように集まっている。
素敵なドレスを作ってくれたお針子ネズミが、見せたくて手を広げた私にまんまるの目を向けてる。
かけてる小さなメガネを直して、チュチュがうつむいた。
「……そうっちゅ。チュチュが作った服を着て、幸せになれないやつなんていないっちゅ」
「うんっ。早く髪も整えて、オルディアにも見せたいな。
あ……でも先にダンスの試験合格しなきゃだね……調整終わったらすぐ練習に行ってくるねっ」
「待つっちゅ。戦うかもしれないって聞いたっちゅ。
……中の方をもう少し動きやすいように調整しておいてやるから、動くなっちゅ」
ドレスの調整をするチュチュに身を任せて、試着は無事に終わった。
次は最終試験のためにも、まだ覚えてない曲を覚えなきゃ。
カトリーンのところにも、全力で走った。
疾走したことで体も温まってるから、すぐに踊り始めて……ほとんど踊られない曲だって言われた残り数曲も、なんとか動きだけは身につけた。




