ようやく訪れた青春
「んー……」
抱っこしてるルネが寝返りを打とうとして唸った。
中庭でつい話し込んじゃったのに気づいたから、深く眠る小さな体を抱えなおすと、ティーカーが両手を差し出した。
「フルル、代わるぜ」
預けると振動でちょっと目覚めたみたいだけど、ルネはにーにを確かめてから腕を回した。
改めて抱っこしてもらったルネの安心し切った寝顔が可愛くて、仲間みんなで笑顔になっちゃった。
「そろそろベッドに寝かせてやらないとな。俺もルネと一緒に部屋に戻る。
フルルはオルディアと、まだ練習続けるんだろ?」
「うん、休憩で気分転換もバッチリだよ。
ルネもティーカーもおやすみ、また明日ね!」
「おう、おやすみ。また明日なっ」
ティーカーが手を振って去っていった。
改めて練習再開だって、二人きりになった魔王と組んで踊る。
足を踏んだり、作成途中の魔法陣から力が抜けたりするから、間違えた部分を指導してもらって何度も何度も踊り直した。
「タンタン、タタ……っと、ここで足回さなきゃいけないんだっけ」
「そうだ、魔法陣の外周部を描くつもりで大きく動く。
僕が支えるから思い切って動いていい、その方が後々楽になる」
うまくいかない難しいステップを、オルディアは根気よく教えてくれる。
月も傾き始めた頃には、二曲目もようやく形になってきたけど……練習の途中で副官さんから連絡が入ったみたいで、少し休憩を取ることになった。
離れて念話に対応するオルディアを待ちながら魔王装備の背中を見てると、夜も遅いせいか付き合ってもらってる申し訳なさが芽吹いてくる。
今日もお仕事しながら、私の練習にも付き合ってくれたんだよね。
……そういえばご飯、食べたのかな。
あまり食べない細身の魔王が仕事終わりにすぐ合流したんじゃないか心配になってると、話を終えたオルディアが戻ってきた。
「最後に一度、通しで踊って練習は終わりにしよう。夜も更けてきた」
「うん……ところでオルディア、晩御飯は食べたの?
まだなら終わりにして食堂に行こうよ、今日はもう十分に練習したからね」
「そうしてフルルが気にすると思ったから、ここに来る前に済ませてきた。
もしお腹が空いたのなら、夜食を用意させる」
「ちっ違うよ、オルディアが食べたのか心配になっただけ。
私は十分いただいてるから大丈夫。
じゃあ最後の一回、よろしくお願いしますっ」
オルディアと手を繋いで、肩を掴んで組み直した。
拍子を意識しながら、今日最後のダンスを踊り始める。
……あれ。なんだろう。
最後だってわかってるのに、さっきまでより出来が悪いかも!?
足が合わなくて、何度もオルディアを踏んでる。
必死になって続けてるけど、うまく繋げなかった魔法陣が壊れた。
ステップだけでも続けてるのに、焦ってるせいか息が合わなくて、今度は強めに踏みつけてる。
「ごめん、今のっ」
「慌てなくていい。
足元を気にしすぎているんだ。ずっと不安そうな顔をしている」
踏まないように。
ステップを間違えないように。
うまく行かなくて次の動作のことばかり考えてるから、表情も体もこわばってる。
……結局、今日最後の練習なのに、出来ないことだらけのまま終わった。
終わっても私の背中を支えながら、オルディアは考えてる。
休憩前よりも悪くなってるのが申し訳なくて、悔しくて……頭が自然と下がってた。
「手伝ってくれてるのに、ごめん……。
今日は一人で、出来るまで続けていい?
オルディアは明日もあるから、先に帰っててね。おやすみっ」
「帰そうとしなくていい。僕も付き合う」
「だめだよ、今日もお仕事忙しかったでしょ? 無理させたくないもん。
私は大丈夫っ。勇者の体力は底なしだからね。
徹夜なんて冒険中に何度も経験してるくらいだし、まだまだ平気っ」
……これ以上、迷惑かけられないよ。
悔しくて情けない気持ちも隠して、全力で笑って見せた。
踊れるようにならない限り、シャルルエリの舞踏会には連れて行ってもらえない。
チュチュのドレスを着てあげることはできない。
いろんな人の思いを背負ってるんだから、完璧に仕上げないと。
オルディアは私を離そうとしないけど、魔法陣を構築する動きだけでもおさらいしてると……背中を支えたままの魔王が、体を大きく動かした。
「続けよう。試したいことがある」
突然動き始めたから、また足を踏んじゃった。
足元を見ようとしたけど、曲を続けるオルディアに振り回されるから、私も合わせてステップを踏むしかない。
「ま、待って、オルディア、足っ、さっきからすっごく踏んでるけど、痛くないの!?」
「痛み一つ感じないから、いくらでも踏んでいい。
ほら、魔力を込め忘れているぞ。もう一度最初から踊ろうか」
動きが早くて強引だから、体だけが勝手に反応してる。
慌てて足元に魔力を込めたけど、ステップを確認してる時間なんてない。
合わせるため意地でもオルディアを見上げたら、目線を交えた魔王が優しく微笑んだ。
「そうだ、良くなった。勇者フルルになら出来る」
魔法陣を描きながら、少しずつ呼吸が合っていく。
繋いだ手を引いて、腰を支える魔王が次の動きに導いてくれる。
時折、予想外の激しさで私を振り回して笑うオルディアに、目を奪われて……鼓動も合わせて高鳴り始める。
あんなに苦手だったステップが、滑らかに続いてる。
体が軽い。
がんじがらめになってた足が動いて、教わった通りに踊れてる。
私を思うまま振り回す魔王に、爽快な気持ちさえ浮かんできて……真剣なはずなのに笑っちゃった。
星空の下、二人で立ち止まる。
広い中庭を吹き抜ける風に、銀の髪を揺らしたオルディアが表情を緩めた。
「ほら、出来た」
完成した魔法陣が、足元から光を放つ。
魔神は勇者の魔力を拒否したのか、淡い白が一気に舞って、私たちの周りで弾けた。
「フルルは体に染み込ませたものに身を任せた方が上手くいく。
なのに習ったものを正しく実行しようと意識してばかりいるから、思考する時間だけ動きが遅れたんだ。
強引に引っ張った方が、自然と足が動いたな」
私を知り尽くす幼馴染に、声も出ない。
組み合った手が、引き寄せられた。
指先に唇をつけたオルディアに全身が跳ねちゃうと、深緑の瞳が細められてる。
「多少失敗したところで落ち込む必要はない。
フルルになら、絶対に出来る」
いつだって受け入れて、慰めてくれる。
優しい幼馴染が浮かべた明るい笑顔に、胸が締め付けられてた。
……ああ、もう。
悔しい。
好きだなぁ。
湧き上がってくる気持ちを素直に感じてたら、熱くなった頬に繋いだままの手が触れた。
「……そんなに可愛い顔をするな。
大人でいたいのに、……触れたくなる」
顔が近づいて……特別な仕草を、目を閉じて受け入れてた。
ダンスの火照りを重なった唇でも感じながら、キラキラの星空の下、恋しい人に手を伸ばして……私も彼を抱き寄せた。




