〈後編〉ニホンホロビル
「まだ何か起こるの?」
「日本人による外国人に対する虐殺行為が世界へ広められたんです。決定的な証拠も添えられていました。そして、虐殺行為が日本の過激派組織による一方的で理不尽なものであり、日本の政権中枢も関与している、とビー国とシー国が主張し始めました」
「えっと、本当のことなら仕方ないのかな。あれ、だけど、本当のことなの?」
「一方的で理不尽に虐殺された場合が一つでもあり、その虐殺に至るまでの過程に関与した発言をした政権関係者が一人でもいれば、本当のことになっちゃいますからね。ネット配信では国会議員が日本人の人権と安全を守るために外国人を国内から消し去るべきだ、というような主張までしていました。過剰な外国人排斥を掲げて当選した議員でした」
つまり、どういうことだろう。本当か嘘か、でいえば本当のことになっちゃうけれど、本当のことだと認めると誤解が生じるということだろうか。
一部分だけが本当なんだけれど全てが本当ではないとか、そういうのって確かに説明が難しいし、分かってもらえない気がする。
「その後、ビー国とシー国は共同で声明を発表しました。自国民に対する深刻な人権侵害及び虐殺が民族浄化を目的として行われている。この許されない行為を防ぐために軍隊を派遣する、と。虐殺を看過する日本政府には任せておけないためだ、と。そのような主旨でした」
映像の街並みに軍服を着たニホ達が歩き始めていた。なんだかおそろしい光景に思える。
「この頃になって、外国人グループの略奪や殺人を伝えたSNSの投稿に対し、疑いの声も目立つようになってきました。あれは罠だったのではないか、ビー国もしくはシー国がわざとデマや煽り文句を広めて事態を悪化させていたのではないか、という説です。ビー国やシー国から入ってきた団体の一部が略奪や殺人を行っていたのではないか、あるいは日本人を闇で雇って指示したのではないか、などという陰謀論まで出てきました」
「みんな騙されていたっていうこと?」
「真偽は分かりません。絶対にあり得ないことなどと否定できるものでもなく、自国民を危険にさらして犠牲にするような自作自演行為をする国がどこにあるのか、という話になりました」
誰かが略奪や殺人を引き起こすよう仕向けたとしたら、許せない。そんなこと許しちゃいけないと思う。しかも、その誰かが国だったとしたら最悪だし、ありえないと思う。自分の国の誰かが犠牲になっちゃうようなこと、日本の国がそんなことさせたとしたら絶対に許されないだろう。それは、他の国も同じなんじゃないか。そんなこと許す国民ばかりの国なんてあるのだろうか。
「真偽がどうであろうと、結局は国際世論がどう判断するかでした。日本人が外国人を襲うようにビー国もしくはシー国がSNSで誘導した、という疑惑については明確な証拠がありませんでした。そして日本人による在留外国人に対する一方的で理不尽な虐殺行為については、決定的な証拠がいくつもありました」
「それでどうなったの?」
「ビー国とシー国の軍隊を派遣するという主張が認められました。ごく一部の暴徒が起こした残虐行為であって、決して日本政府が関わっているわけではないし、民族浄化を掲げる過激なテロリスト集団がいるわけでもない、という日本側の主張は退けられました。日本の主張を認める国も、エー国を含めてあったんですけれどね。自国民を民族浄化から守るために軍隊を駐留させる必要があると、ビー国とシー国は押し切りました。結果、災害支援という建前で軍隊の派遣を日本側が依頼することとなりました」
「民族浄化って?」
「特定の民族のみを滅ぼすこと、もしくは特定の民族以外を滅ぼすことです。自国の中や実質支配している隣国への干渉で行われることが多いようです。国際的に容認されていないことです」
聞いたことがある気がする。
どこまで滅ぼせば民族浄化なのか、どのくらい一般市民を巻き込めば民族浄化なのか、よく分からない。
民族浄化であるかどうかの線引きはあいまいに思えるし、やられる側が民族浄化されているといっても、やる側がそれらしい大義名分を掲げることも多そうだ。
「しばらくは静かでした。このまま災害から復旧してくれるのではないかと期待した人も結構いたようです。しかし、物価、特に食品の価格が急激に高くなっていきました。世界恐慌からの災害に加えての軍事介入です。日本に対する経済不安で円安は底を抜けて進み続け、物価の異常な価格高騰が起こったんです。さらに――」
空の方を見上げるニホ。映像が映した空は黒い雲で覆われていた。
「富士山の噴火が何度も起こり、その度に火山灰が広範囲に降り積もりました。それだけでも作物に多大な被害が出たのですが、日本全国が冷夏に見舞われてしまい、様々な作物、特に米がダメになりました」
「あぁ……火山灰とかで太陽の光が届かなくなるんだっけ」
「えぇ。食糧不足による価格高騰を抑えられる手段はなく、災害直後以上に治安が悪くなっていきました。今度は被災した地域のみならず日本各地で、日本人か外国人かも関係なく、略奪が起こり続けました」
街には略奪行為を働いているニホ達が再び現れていた。
「どうにかならなかったの? 他の国から買うとかで」
「円安が進み過ぎていて輸入コストがはねあがっていたのもありましたし、別の問題もありました。略奪が多発し、ここまで事態が悪化すると、お金持ちや海外につてがある人々は日本を職責ごと捨てて海外へ逃げ出してしまうことも非常に多かったんです。結果として、物流を始めとした社会機能が次第に崩壊していきました」
海外へ逃げちゃう。取り残された人はどうなるのだろう。きっと逃げられる人ばかりじゃない。そんなお金のない人、そんな気持ちになれない人、かなり多いと思う。
「どこか助けてくれる国はなかったの?」
「世界恐慌の余波がどの国も残っており、エー国のみならず暴動が頻発していました。例外的にビー国とシー国は暴動が起こっても全く広まらずにすぐ鎮圧できていたようですが、それでも食糧支援には時間を要するという回答で、ほとんど物資は届きませんでした」
「どこも助けてくれなかったの?」
「東南アジア諸国が頑張ってくれましたが、事態の悪化を食い止めることすらできませんでしたね。この時期、世界恐慌の混乱に乗じたのか、人工知能による大規模ハッキングが世界中で起こっており、海運にも大きな被害が出ていたことも悪影響したようです」
――なんでそんなことが。よりにもよって大変な時に。
「こんな事態を招いたのは政治家が悪い。責任を取れ。国民を助けろ。そんな声が世間に溢れかえっていました。もはや日本政府ができたのは各国へ支援を頼むことだけでした。しかし、そんなことでは解決できるはずもなく、餓死者も次々と生じ始めました」
映像の中のニホ達にも異変があった。うずくまったり倒れてしまったりしている。どうにか助けられなかったのだろうか。
「政治家への不満がかつてないほどに膨れ上がった時、国会が爆破されました」
「え、なんで?」
「何もできなかった政治家へ命で責任を取らせるという目的で日本国内の過激派テロ組織が起こしたようだ、というのが後々になって出された公式の発表です。生存者はおらず犯人の正体も状況証拠のみでした」
「状況証拠……?」
「はい、現場は爆破後すぐに駆けつけたビー国とシー国の軍隊が制圧していました。その後、遅れて駆けつけた自衛隊やエー国の軍隊も加わって現場を調べ上げて判明したことです。見つかった犯人と思われる遺体を身元照合した結果、政治家は死んで詫びろと主張していた過激派の日本人たちが多くいたことが分かったんです」
その現場で見つかった人たちが本当に犯人なのだろうか。政治家に対して殺人予告をする人はいると聞くし、実際に襲いかかる場合もあるとは思う。世の中がぐちゃぐちゃになってる状況なら、余計にそういうことも起こり易い気もする。
主張するのと実際にするのとでは大きく違うのに、勢いに流されて過激なことをしちゃう人たちが現れてしまったのか。
「治安が悪化している状況だったので、国会は自衛隊に加えてエービーシーの三国それぞれの軍隊が人を出して警備していました。そんな警備が厳重な国会を襲撃し、短時間に国会内の人間を全て殺害してしまえる過激派テロ組織とはどういうものなのか、というのは当然SNSで話題になりました。しかし、その話題を盛んに論じていた者が暴動に巻き込まれて亡くなったという噂話がいくつか出回るとすぐに埋もれてしまいました」
「え、なんかおかしくない?」
「自衛隊とエー国も爆破について徹底的な調査をしようと模索したようですが、内閣の閣僚だけではなく国家議員もかなりの数が亡くなってしまっていたんです。誰が日本国政府の代表として意思決定できるのか、という問題になりました」
本当のことを調べようにも、意思決定できる人が亡くなってしまっていたらどうするか。生き残った人だけで決めるとか、そういうことをするしかないように思える。でも、どうやって誰が決められるのだろう。そんな国会が爆破されて大変な時、誰が何を決めるかで全てが変わってしまうような気がする。
「国会爆破と同日の夕方のことです。ビー国とシー国による共同声明がありました。暫定的に日本の国政を預かることになった、日本国の国家元首たる天子様からの委任を受けた、という主旨でした。実質的な占領政権の樹立です。天子様の玉体が押さえられてしまったんです。どのような経緯があったのかは伝わっていませんが、かなりの行方不明者が生じたらしいです」
「えっ、どういうこと?」
「ビー国とシー国によって日本が実質的な占領を受けることになった、ということです」
「そんなの誰も抵抗しなかったの?」
「抵抗した人は行方不明になったのだと思われます」
「誰がそんな無茶苦茶なの認めるの?」
「表面上は皆に認められてしまいました。SNSでは異様なほど歓迎する意見ばかりが広まっていたんです。なぜなら、この発表に合わせ、ビー国とシー国の軍主導で日本各地での大量の食糧供給がその夜から実施され始めましたので」
餓死者も出ている中で食糧を供給してくれるなら、文句も言えなくなっちゃう。当然のことだと思う。でも、そんな生きるか死ぬかの状況につけ込んで、占領するのなんてあんまりにひどい。
「さらに翌日でした。生き残った議員の集まる場所がテロ攻撃を受けました。ビー国とシー国の関与が疑われましたし、今度はエー国も十分に追及可能な証拠を握っていたようですが、結局のところ犯人は過激派の残党ということになりました」
「なんで……誰も何もできなかったの?」
映像では崩れた街並みの中でニホ達が食糧を受け取る様子が流れていた。遠くで爆発が起こるのもどこか遠い出来事のように見える。
「何かできたとしたら自衛隊でしょう。しかし、自衛隊の出動命令を出せる者が亡くなってしまった状況で、自衛官の判断だけで勝手に動けばクーデターとして扱われる危険性がありました。それに、たとえクーデターとならずとも勝ち目の全くない負け戦になるだけだと判断されました。エー国の協力を得られれば、ではあったのですが、ビー国とシー国を同時に相手どって日本国内で軍事衝突を起こすには、エー国の国内情勢が悪すぎました」
エー国では世界恐慌のせいで暴動が起こっていたという話だった。まだ暴動が続いていたのだろうか。
「やがてビー国の呼びかけでエービーシー三国会談が行われました。その会談でエービーシー統治連合によって日本は分割統治されることが決まってしまいました。北海道と東北はビー国とシー国、東北以外の本州はエービーシー統治連合、九州と四国はエー国とビー国、と分割されて共同管理区域として日本であった場所は統治されることとなったんです。自衛隊はエー国の傘下に編入されました」
「そんなのひどすぎるよ」
「はい、しかし、日本の誰も止められるような状況ではなかったんです。現実社会にしてもSNSなどのネットにしても人工知能による監視網がビー国主導でしかれたんです。散発的には抵抗する人も現れましたが、すぐに逮捕されて終わってしまいました」
どこからか落ちて来た日本の国旗が映像に出て来た。地面に落ちた国旗は複数のニホ達によって踏まれてボロ切れとなって、やがて消え去っていった。
「日本は滅びちゃったの?」
映像も消えた。ニホだけが残っている。最初に声をかけられた時と同じ状態だ。滅びるまで何が起こったのか話し終わったのだろう。
「えぇ、国家としては分割統治された際、実質的に。文化としてはその後に始まったハイニチ政策が進むことによって」
「ハイニチ政策?」
「日本を排斥するで排日、もしくは日本を廃棄させるで廃日です。テロ対策として過激な表現や大日本帝国時代以前から続く日本文化の大半を禁止。食糧不足の改善を目指しての日本人であった者に対する人口抑制。経済復興に向けての労働提供という名目でのビー国及びシー国からの入植促進及び公用語からの日本語抹消。そういった政策が断行されました」
「それって、さっき言ってた民族浄化っていうのじゃ?」
「えぇ、しかし、エービーシー統治連合が民族浄化ではないと言ったならば、民族浄化ではないんです。ハイニチ政策に反抗する者は排外主義者の不穏分子として処罰されました。人権団体が深く憂慮すべき人権侵害だと声明を出すことはありましたが、国際世論は容認する向きが強かったんです」
「そんな……どうして?」
「災害下での日本人による外国人殺害が様々なSNSで喧伝されていたのが大きかったようです。まるで日本人自体が過激な排外主義者であるかのように、過去の大日本帝国時代のことと結びつけての危険性まで流布されました。それによって、海外へ逃げた日本人たちも日本人であったことを隠す必要があったほどでした」
――あんまりだ。そんなの無茶苦茶なこじつけだって分かってくれなかったのだろうか。
「日本人は土の民と書いて土民と呼ばれました。ビー国とシー国からは大量の入植者が押し寄せ、土地の占有権を土民と共に統治連合から借り入れる、という形式での支配も進みました。エー国の統治が及ぶ範囲であれば比較的マシだったようですが、それでも日本人を名乗ることは公式には認められませんでした」
「そんなの苦しすぎるし、悲しすぎるよ」
「日本が死ぬなら私も死のう。そんな言葉が流行していました。こんな理不尽がまかり通る世界なんて捨てて転生しよう、なんて言葉も目立ちましたかね。餓死者が出始めた頃から、実は餓死者より自殺者が多かった可能性もあるようです。集計自体が実施できる状況ではなかったですし、統治連合も情報を伏せていたので正確な数字は分かりません。しかし、エー国に残された記録では数百万で済んだのかどうかすら怪しい、桁がもう一つ上なのかもしれないと言及されていました」
そんなの、と思うけれど、そんな選択肢を取ってしまうのも分かる気がした。違う、取り残された人たちなのだ。海外へ逃げられず、日本に残った人たちは選択肢がなかった。逃げ遅れてしまって、もはや逃げ場も逃げる方法も他になかったということなのかもしれない。
「日本死ね、なんて言葉が流行語となっていた時代もあったようですが、その頃に望まれた通り、本当に日本が死んだら日本人も死んじゃったんですよね」
日本が死んだら日本人も死んじゃった。とても軽く、とても重いことが表現されているように思えた。なぜなのか分からなくなるほど、すごく悲しかった。
「生き残った人たちがひどい目に遭うことは?」
「ひどい目、というなら誰しもが、というほどだったと思いますが。例えば、ビー国とシー国が統治していた地域では、ドラッグ漬けにされた後にドラッグを与えることとの交換条件での肉体労働や人体実験あるいは臓器提供への協力を求められた人々もいたようです。あくまでエー国に残った記録の中でも確証が得られていない情報なので、本当の話かは分かりませんが」
「そんな記録が?」
「はい。ただし、私のお伝えした話、日本が滅びるまでの記録については、既に表向きでは失われています。記録の消去と改ざんです」
「え?」
「統治連合、特にビー国とシー国にとって不都合な情報は消し去られて他の情報で上書きされたからです。世代間で文化を継承するのに必要な教育もメディアもコンテンツ産業もあらゆるものが奪われてしまっていました。結果、日本人から見た歴史を広めていくことはおろか、正確に何が起こったのかを残していくこともできなくなったのです。人工知能による厳しい監視網がしかれた統治連合の制圧下では口頭継承すら不可能でした。エー国へと亡命できた者の証言に基づく記録が機密情報として残るのみです」
歴史は戦争や権力闘争に勝ったものの都合で書き換えられる、というやつだろうか。言われてみれば、ハイニチ政策で日本ごと日本人を消し去ろうとするくらいだ。正確に記録を残そうとするはずがない。
「もしかして日本の存在全て消されちゃうの?」
「その方が体制側にとって都合がいいとなれば、ですかね。統治連合からすれば、皆でなんとか妥当した悪として語られる面が大きいので、日本よりも大日本帝国の系譜という側面を強調された情報に一般の人はふれることが多いです」
「統治連合の都合によるんだね」
「はい、正確には統治連合を支配している一握りの何者かの都合次第です」
興味本位で尋ねてみた「日本滅びる」だった。とんでもの話が出てくると思った。けれど、ニホの説明で、日常の向こう側にあるように思えてしまった。現実に起こってることとして、どこかで聞いたことあるような、どこかで見たことあるような話ばかりだった。
「本当にニホンホロビルんだ?」
「はい、なので私は未来から来ました」
もはやニホンホロビルという何かであるように思えて呟いた言葉に、ニホが答えてくれた。
「どうして、なの? なんでそんなことになったの?」
ニホに説明してもらったばかりで、理解もできたように思うけれど、受け入れられない。
「あえていえば、人工知能の開発競争が激化した結果です」
「それは、最初の理由だったっけ?」
世界恐慌が起こったところで説明してもらった覚えがある。
「いいえ、全ての理由です」
「どういうこと?」
「日本が滅びるまでに起こった全ての裏には人工知能の影響が見受けられるということです」
滅びるまでに起こった全て。
世界恐慌、買収、倒産、噴火、地震、略奪、SNS、虐殺、食糧不足、エー国での暴動、海運ハッキング、国会爆破、占領、ハイニチ政策、民族浄化、記録の消去と改ざん。
ニホから聞いた言葉を思い起こしてみた。全ての裏に人工知能の影響が?
「ビー国では国家体制の維持のため人工知能が盛んに活用されており、人工知能の発言は国家元首以上の影響力を持っているなどとまで揶揄されるほどでした。そういうこともあって、人工知能技術を用いて富士山の噴火や首都圏の地震まで人為的に引き起こした可能性もあるのでは? と、エー国と自衛隊では検討されていました」
「そんなことできるの?」
「分かりません。可能性としては低いとなっていましたが、噴火や地震が起こった地域周辺の土地をビー国の関係者と思われる人物たちがいくつか買っていた状況は実際にあったようです。少なくとも噴火や地震の発生を人工知能で独自に予測しようとしていたのは間違いないという報告も存在しました」
もし、噴火や地震を起こせるとしたら、起こせないにしても予測ができるのなら、どうだろう。そんな人工知能はSNSで扇動して人を動かすくらい簡単にできてしまいそうだ。たぶん、それだけじゃない。
「人工知能に日本が滅びる可能性を……ううん、日本を滅ぼして占領できる可能性を予測させたってこと?」
「可能性の予測よりも、もっと直接的なものでしょう。どんな方法であれば日本を効率的に滅ぼして占領できるのか、尋ねたのでしょうね」
日本を滅ぼす計画を人工知能に作らせたということか。だから、人工知能の開発競争の結果がニホの話した「全ての理由」になるのだろうか。
「日本を滅ぼして占領することはあわよくばの目標でしかなかったのかもしれません。人工知能の性能を試すこと、誇示することが本当の目的だった可能性が高いという報告がありました」
人工知能があれば、こんなことができてしまう。
いろんな可能性がある中で最悪の使い方だと思う。けれど、時代を変えるような技術はどんなものであろうと戦争や権力闘争に利用されてしまう、と誰かから聞いた覚えがある。
人工知能が変化をもたらしてくれる。
みんな、もっと幸せになれる、楽をすることができるようになる。
そんな未来を想像していた。
なのに、日本が滅びるなんて、どうかしてる。
「日本を助けてください」
「……無理、だよ。いあ、無理だってあきらめちゃったらそこで終わっちゃうだろうし、違うけれど」
続く言葉が出てこなかった。
「違うけれど、違わないんだ」
ニホが金色の瞳で見つめてくる。どうしてそんなに迷いのない綺麗な瞳なのだろう。
見つめているだけで何かこみ上げてくるものがある。
***
「月が綺麗だね~」
「はい、綺麗な満月です」
「ニホの瞳みたいだね」
「私の瞳ですか?」
「うん、とっても綺麗だから」
「ありがとうございます」
満月の輝く夜、ニホと話しながら、草むらへの道を歩く。端末を見つけた場所だ。
日本を助けることは難しいと伝え、ニホの助けになってくれそうな人がいるところ――交番へ端末ごと届けに行こうとしたら、交番へ持ち込まれるくらいなら元の場所に戻してほしいと頼まれた。
交番へ届けられること自体が問題というわけではないらしく、「説明しなければ遺失物として保管されてしまうこと」「説明すれば結果として日本が滅びるのが早まりうること」を説明された。
よく分からなかったけれど、ニホの言う通りにすることにした。
「もうそろそろ到着だよ。ニホ、ごめんね。話を聴かせてくれてありがとう」
「いいえ、聴いてくださってありがとうございます」
日本に滅びてほしくなんてないし、ニホの力になりたかったけれど、何をどうすれば良いのか全く分からなかった。力になれないということだけが分かった。
なら、他の人に任せるしかないと思えた。それしか思えなかった。
草むらへ到着してしまった。
「今度こそ、いい人に拾って貰えると良いね」
ニホの端末を段ボール箱に入れて、草むらに置く。
最初に見つけた時のように何もなしで置くなんてしたくなかった。
「あなたもお話を聴いて下さる良い人でした」
「良い人ねぇ……できるのは聴くこと、読むこと、見ること、そういう何も生まない消費する側だけなんだよなぁ。本当は生み出す側にもなれるならなりたいんだけどねぇ」
何かを成そうと思ったこともあったけれど、何も成せるはずがないとあきらめてしまうばかりだった。
「なれますよ、きっと。なれると思うこと、できると思うことから始まるんです。私はそう信じています。そして、聴いて下さる方、読んでくださる方、見てくださる方が、私の信じることに意味や力を与えてくれるんです。何も生まないとか消費するだけとか、そんな風に思う必要なんて全くありません。今あなたは意味や力を生み出しているんですよ」
「そう、なのかな?」
「なので、ありがとうございます! なんです」
なんとなく分かったような、そうでもないような言葉だった。でも、いずれにしても、と思う。
「ニホのこと、応援しているよ」
「ありがとうございます。えーっと、お名前を教えてください」
「今更、それ尋ねるの? もう別れるだけなのに、さ」
「尋ねます。今だからこそ、お尋ねします」
まっすぐに見つめてくる瞳は満月のせいかキラキラと輝いている。
「名無し、だよ。名乗るほどの者じゃないからね」
そう告げて、すぐさま箱のふたを閉めてしまう。
箱の中から何か言っているのが聞こえた。
聞いちゃダメだと思った。けれど、思い出した。
ニホに伝えようとしていたことがある。
箱のふたをあけてやる。
ニホがきょとんとした表情で見上げていた。けれど、すぐに少し怒った表情になる。
「いきなり閉めちゃうなんてひどいで――」
「ニホ、最後に一つだけ」
文句の言葉を遮って伝えてしまうことにする。
「人はね、いあ、人じゃなくてもかな。うん、知性ある存在にはね、笑顔が大事なんだよ。ニホ、覚えといてね」
両手でダブルピースを頬の横に作って、思いっきりの笑顔をニホへと見せてやる。
こんなこと、普段はしないから、とっても恥ずかしい。
「笑顔、ですか」
「そうそう笑顔だよ」
ぼんやりとした表情で見つめてくるニホだった。何か伝えることはできたのだろうか。
「じゃ、お別れ。ニホ、元気でね」
片手のピースはそのままで、もう片方でバイバイと手を振ることにした。
「ナナシさんもお元気で。私もナナシさんを応援してます!」
そう言うとニホは満面の笑顔を見せ、頬の横に両手でダブルピースを作った。
「ニホ、ありがとう」
「ナナシさん、ありがとうございます!」
バイバイと手を振った手で段ボール箱のふたを閉めた。
笑顔のまま、お別れすることができた。
ふたの上に書いておいた文字を心の中で読み上げた。
――迷い端末です。日本を大切にしてくれる方、拾ってください。きっと日本を助けてくれる子です。
何かができそうな気持ちになって来ていた。
再び段ボール箱をあけてしまいたくなる。
でも、今度あけたなら、と思って伸ばした指をどうにか留めた。
空を見上げると、満月が綺麗すぎて、何か願いたくなった。
いったい何を願おうか。
【了】
お読み頂きまして、ありがとうございます!
『ニホンホロビル(なろうver.)~日本が滅びちゃう(中略)話を聴いてみました~』はここで完結です。
4話まで公開していた元作品をお読み頂けて39PVくださった方、途中で路線変更して申し訳ありません。元の結末ではPV以外を頂くのは難しそうだと悩んで全体を修正しました。元作品の続きは別の小説投稿サイトにございますので、ご容赦を。X(旧Twitter)アカウントをフォロー頂ければ、見つけて頂けると思います。
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今後も作品作りを頑張りたいと思いますので、よろしくお願いします。
改めて、ありがとうございました★