7 自分の意志で
月の出ていない夜だった。
遠征隊は森の外れに野営を張り、機人たちは沈黙のなかで待機していた。
焚き火の明かりだけが、小さく揺れている。
グリは寝袋のなかで目を閉じていた。
けれど、眠ってはいなかった。
思い返すのは、ユズの顔。
ほつれた袖、黙ってこちらを見るまなざし。
「だいじょうぶ。ここにいるだけ」
その声が、ずっと耳の奥に残っていた。
(……自分も、同じだった)
家族を失った戦火。
ひとり焼け跡で立ち尽くしていた自分を拾ってくれたのが、マスターだった。
何も問わず、居場所と仕事をくれた。
だから、自分が今ここにいる。
(今度は、俺の番だ)
グリはそっと寝袋を抜け出し、工具袋を肩にかけた。
金具が、小さく音を鳴らす。
野営地の外れに停めてあった機人に向かい、音を立てないようにハッチを開ける。
手慣れた手つきでパネルを起動し、蒸気制御ラインを走らせる。
この行為は、ご法度だった。
遠征隊から抜けるということは、機械の国を裏切るということ。
もう戻る場所はなくなる。
マスターにも、ヴェンにも、二度と会えなくなる。
隊員のみんなにだって迷惑をかける。
グリ「……ごめんな。マスター。ヴェン。みんな」
ハッチに足をかけたそのとき、背後から声が届いた。
ヴェン「……おい。戻ってこられなくなるぞ」
グリは足を止める。
振り返らなかったが、声の主はわかっていた。
焚き火の影で、半身を横たえていたヴェンが続けた。
ヴェン「でもまあ、マスターには俺から言っとくよ」
グリの目が、わずかに揺れる。
言葉は出ない。
ヴェン「あと、腹壊すなよ。食い物、ちゃんと煮て食えよな」
いつもの、軽い調子だった。
だからこそ、胸に響いた。
グリ「……ありがとう」
ようやく、グリはそのひとことだけを返した。
機人が、静かに動き出す。
蒸気が低くうなり、森の奥へと滑るように進む。
グリの姿は、やがて夜の闇に溶けていった。
ヴェン「グリ……お前は、ちゃんと“選べるやつ”だよ」
焚き火が、風にパチリと音を立てた。