6 目を閉じても
その後も遠征は続いた。いくつかの峠を越えた先で、隊は山間の小さな村に一泊することになった。
ここの村は静まり返っていた。
石畳の道には草が這い、家々の扉には埃が積もっていた。
人の気配は、どこにもなかった。
広場の隅。
薪の籠のそばに、ひとりの子どもが座っていた。
年の頃は十歳ほど。
黒い髪はぼさぼさで、袖にはいくつもの縫い痕があった。
けれど、目だけはまっすぐだった。
女の子「だいじょうぶ。ここにいるだけ」
その大人びた口調に、誰もすぐには言葉を返せなかった。
村を調べても、生きている者は他に見当たらなかった。
家の奥には朽ちた調理道具と、崩れかけた棚が残っていた。
——その子だけが、生きていた。
どれだけのあいだ、ひとりでそこにいたのかはわからない。
グリ「名前は?」
グリが、しゃがんで問いかけると、少し間を置いて返事があった。
女の子「……ユズ」
名前は、はっきりとした声だった。
その夜、焚き火の傍らで、隊の何人かが隊長に話しかけていた。
「連れていけませんか」
「ここに置いていく方が、危ない」
ヴェンも言った。
「連れていけば安全とは言えません。でも、このままじゃ……」
隊長は火を見つめたまま、長く黙っていた。
やがて、静かに。けれどはっきりと言った。
「……遠征に、子どもを連れていくことはできん。
補給も、人手も限られている。
あそこへ向かう途中に、命の保証などどこにもない」
誰もそれ以上、口を開かなかった。
グリも、何も言えなかった。正しいと思った。
ただその夜、寝袋のなかで目を閉じても、ユズの顔が浮かんで離れなかった。
翌朝、村を発つ前に、グリはユズの家の横にそっと食料を置いた。
缶詰、乾パン、水のボトル。
わずかな備えだった。それでも、それが彼にできる精一杯だった。
胸のざわめきは、晴れなかった。
…むしろ、胸の奥が鈍く痛むのを感じていた。
それは“正しい選択”のはずなのに、痛みだけが残っていた。