5 境界より、兆しが漏れる
出発の空は、よく晴れていた。
石畳の路地を抜けた先、小さな広場に遠征隊が集まりはじめている。
機人たちは地面に沈黙し、背中に光を受けていた。
薄く蒸気を吐きながら、その金属の肢体はまだ目覚めきっていないようにも見えた。
グリは工房の前、無言で肩にかけた工具袋の位置を直す。
荷物は最小限だった。けれど十分重たかった。
グリは歩き出す。その背中を追うように、ヴェンも並ぶ。
遠くで誰かが点呼の声を上げていた。
戻ってこれるだろうか。
二人の足音が、小さく響きながら広場へ向かう。
ただひとつ、マスターの声だけが耳に残っている。
「帰ってこい。」
――
道中、遠征隊は焼け跡の残る村を通過した。
吹き抜けた家々、炭化した木の柱。
そこにあったはずの生活は、風の音だけを残していた。
ヴェンが沈黙を破る。
ヴェン「……これで“最前線じゃない”ってのが怖いよな」
数日後、丘の麓で埋もれた構造物が見つかった。
それは、かつて栄えた文明の痕跡に見えた。
朽ちた機械が苔に覆われ、ケーブルはすでに土に還りかけている。
椅子やモニターも残っていた。かつて、ここには人がいた——そう思わせる、静かな空気があった。
机の上には、ほとんど文字が消えかけた紙片が束ねられていた。
その中の一枚に、イラストが描かれていた。
——燃え盛る大地。
——空を裂いて落ちる雷光。
——ねじれながら崩れる高塔。
そして中央には——巨大な龍。
隊員のひとりが鼻を鳴らす。
「伝説だな、こりゃ。神話の部類だろ」
けれど、グリは紙の前から動かなかった。
目を細めて、かすれた文をゆっくりとなぞる。
技術と魔法、深く交わるところに……
我々は……止められなかった……
その意味を誰も測れないまま、静けさが空間を支配していた。
グリは、胸の奥にひとつの思いを抱えていた。
グリ「ヴェン…これは……どこか、今の世界に似ていないか?」
ヴェン「そうだな…。龍か。生きてるうちに見れたら、それだけで戦争なんてどうでもよくなるかもな。」
人々の生活を豊かにするためだったはずの技術や魔法。
だが今、それらは境界線を越えてしまってはいないか。
微かな息を吐くように、グリは紙から目を離した。