4 帰ってこい
カウンターの奥、換気機が低く唸る。
酒場のざわめきのなか、そこだけ時間の流れが少しだけ遅いようだった。
「……十三年前を思い出すな」
マスターの低く、掠れた声。
グリはグラスの縁に指をかけたまま、動かなかった。
ヴェンがカウンターに背中を預けながら、軽く吐息をこぼす。
「昔の話か。あんたがあいつを拾ったときの」
マスターは何も返さず、グラスを拭く手を止めることもなかった。
「遠征なんてさ、誰が行きたいと思うんだろうな」
ヴェンの声はやけに軽く響いた。
「“触れちゃいけない聖域”から資源奪って、戦争に注ぎ込むって……そのために俺らが機人を動かす? 本気かよって思うよな」
グリは少し怒ったように言葉を吐き出す。
「ああ、やりすぎだよ。越えちゃいけないラインってのは、必ず存在する。
俺は……ただこの日常が続けばいいのに。それだけを願ってるのに――」
そのとき、マスターの手が止まった。
グリを、真正面から見据える。
「……帰ってこい」
それだけだった。
でも、それ以上は必要なかった。
グリは、やがて小さくうなずいた。
グリが小さくうなずいたあと、空気がまた静かに沈んだ。
ヴェンが少しだけ身を起こし、笑う。
「まあマスター、俺がついてるんで大丈夫ですよ」
マスターは返事をしない。ただ、グラスを一度だけ磨いた。