3 機械の国の酒場
静かに灯るランプの光が揺らめく。
壁際に設置された歯車式の換気機が、低く唸りながら微細な蒸気を吐き出している。
グラスの中で酒がかすかに揺れ、店内のざわめきと機械の振動が混ざり合う。
ここは機械の国の酒場でも特に賑わっている店だ。
遠征隊の整備士、工房職人、街の警備隊——あちこちの席で戦況について話が交わされている。
言葉の端々に、誰も口にはしない不安が滲んでいる。
カウンターの奥でマスターが酒を注ぐ。
グリとヴェンは並んで座り、いつものように話している。
ヴェン: 「お前ってさ、本当にほどほどが好きだよな。」
グリ: 「何事もほどほどがいいんだよ。ルールっていうのが、それを守ってくれてるんだ。」
ヴェンは少し酒を飲み、グラスの底を指でなぞった。
「でもな……今回の遠征は急すぎるし、それに——終わる気配がねえ。」
一瞬だけ、いつもの軽い口調が消えた。
機械の国と魔法の国が争い始めて、1年が経った。
技術と魔術の戦いは激しさを増し、各地で戦火が広がり続けている。
戦況が変わる気配はない。勝ち負けさえ曖昧なまま、ただ戦いが続いているだけだ。
ヴェン: 「戦争ってさ、始まればすぐに決着がつくと思ってたんだよ。何かが壊れて、誰かが折れる。でも、この戦いは違う。どこを攻めても、どこを守っても、何も変わらねえ。」
グリは黙ったまま、グラスを傾けた。
ヴェン: 「それなのに俺らは遠征に選ばれた。触れてはいけない場所へ行って、戦争に使う資源を取ってくる。それも機人でな。」
酒場のざわめきの中で、遠征隊の話がちらほら聞こえる。
機人を操れる者が選ばれた。グリとヴェンもその一員だった。
ヴェン: 「機人は確かに強い。戦いにも使えるし、日常生活にも使われる。人型だから扱いやすい——っていう建前だが、実際は違う。」
グリ: 「操作は難しいし、感覚を掴むまで時間がかかる。それに……」
グリは言葉を飲んだ。
機人はただの兵器ではない。
知識を蓄積し、経験を持ち、状況を判断する。
それは「人間に近づく機械」だった。
あまり、使い続けるものではない。
遠征での役目は、それを駆り、資源を持ち帰ること。
だが、それが本当に戦争を終わらせる手段になるのか誰も確信が持てていなかった。