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屍霊術師にスローライフは難しい。

作者: ほりあむ

「先生、ありがとうな」


「はーい、お大事に一」


 治療を終えた村人を送り出すと、俺は大きく息をついた。


「ふう」


 俺が日本からこの異世界に転移して、気が付けば5年が過ぎていた。

 昨年から、この辺境の村で始めた治療師という生業も、今では一人で暮らす分には、なんとかなっている。


 とはいえ、ここまでの道のりは楽ではなかった。

 平穏な暮らしをしたい。

 その一念で、人を癒す治療師となるため術師に弟子入りし、パワハラに耐えて技能を磨き、さらになんとか金を工面して、この村で家を買い取り、治療師として起業した。


 村の人々から訝しまれたけれど、努力の甲斐あって、今では受け入れられた……ように思う。

 いやあ、我ながら、チートも使わずよくやった。


 

 ……実のところ俺にも、転移の際に神様から与えられたチートな力はある。

 

 それは、屍霊術の能力だ。


 死者の魂と亡骸に、仮初の命を与えて、自在に操る屍霊術。

 死んだ人間の魂や亡骸を操ることは、この世界でも禁忌とされている技術だ。使用が判明すれば、すぐさま縛り首、ってレベル。


 まあ、俺自身、死んだ人を好き勝手に扱うのは抵抗があるし、死体に触れるのも色々ときつい。なので、滅多なことでは使わず、これまで生きてきた。


 このまま、このチートは使わず、ひっそりと過ごしたい。そう考えていた。


 だが、世の中はままならないものだ。


 ある日、家に武装した男たちがやってきた。

 

「領主様の命に基づき、貴様を捕縛する!」


 やってきたのは、領主直属の衛兵たちだ。


「ちょ、ちょっと待ってください!一体、なんで!?」


「とぼけるな!貴様は妖術師であろう!」


 玄関前で取り押さえられ、俺は背筋を凍らせる。


 まさか、屍霊術のことがバレたのか!?


 だが、一番偉そうな衛兵たちの隊長が読み上げる罪状は、ちょっと違った。



 曰く、怪しげな術を用いて、昨年の秋に長雨を呼び、麦を不作にした。

 日く、怪しげな術を用いて、三頭の家畜を流産させた。

 日く、治療と偽って村人から不当に財貨を巻き上げた。


「以上の罪により、私財は没収。身柄は、監獄へ送る!」


 ……全部、濡れ衣じゃないか!?


 そう叫んでも、聞いてもらえない。


 ふと気付けば、村人達が俺を遠巻きに眺めている。


 彼らに、弁護を頼もうとして、気が付いた。


 皆の俺を見る目が、冷たい。中には、あからさまににやけて侮蔑の笑みを浮かべている連中もいる。


 ……そうか。何となく理解できた。


 俺には友好的な顔をしていても、裏では不信感を持っていたのだろう。


 平穏に見える村でも、様々な変事は起きるし、諍いで不満もたまる。

 そんな状況にあって、皆の不平不満をぶつける、手ごろなスケープゴートに、俺が丁度良かったのかもしれない。

   村になじんでいたなんて、とんでもない。その気になっていたのは、俺ばかりだったようだ。



 失望感で頭が冷えるのを感じると、思わず体が動いていた。


「ぬお!?」


 俺を取り押さえていた男の腕を力任せに振り払い、その場に転倒させる。

 すると、横で剣を構えていた別の男が、すぐに動いた。


「おのれ!」


 振り下ろされる剣。咄壁に、左手で受け止めた。


 周囲から悲鳴のような声が上がる。


 男の剣は、俺の左の手の平から肘あたりまでを切り裂き、骨に当たって止まった。


「馬鹿め! ……む?」


 剣を持った男の顔色が、嘲りから困惑に変わった。


 切られた俺の腕から、血が殆ど流れないのに気付いたのだろう。そしてなにより、左腕を切られた俺が、悲鳴一つあげていないことに。



 仕方ない。やりたくはないんだけど。このまま殺されるのは勘弁だ。


 俺は、左腕を切り離した。

 死体で作り、屍霊術で動かしていた左腕が、ぼとりと落ちた。


「!?」

 

「な、なんだ!?」


「ひっ!」

 落ちた腕は、俺の制御通りに地面でのたうった後、指をわさわさと足のようにうごめかし、衛兵達の周囲を動き回った。


 その奇怪な動きに、衛兵に村人……皆の視線が釘付けになる。


 まあ、これはトカゲの尻尾切りと同じ、ただの日くらましだ。


 その一瞬の隙を使って、俺は家の中に飛び込んだ。


「貴様ぁ!」


 すぐに気付いた衛兵の一人が追いかけてくる。


 だが、その男は、室内に入った途端、足元から股座を噛みつかれ、絶叫した。


 入口付近に飾っていた狼の剥製が、俺の屍霊術で動き出し、襲い掛かったのだ。


 のたうつ男は放置して、俺は次々に室内の戸棚を開け放つ。

 すると、そこに格納しておいた、野犬、狐、蛇、蜘蛛などの刺製や標本が、次から次へと動き出し、外へと飛び出していく。


「な、なんだこれ!?」


「ほ、本当に妖術師だったのかぁ!?」


 剥製たちは、手当たり次第に噛みつき、まとわりついていき、村人たちは悲鳴を上げる。

 

「狼狽えるな! ただの獣だ! 落ち着いて仕留めろ!」


 そんな中でも、隊長の叱咤する声が響く。


 剣や槍で武装した連中なら、あの剥製たちなど簡単に倒せるだろう。悠長にしている暇はなさそうだ。


 俺は、戸棚の奥に仕舞っておいた、予備の左腕をまずは取りつける。



 俺の左腕は、転移して最初の2年程、冒険者稼業をしていたころに、怪物に食われて喪失した。

 それ以来、死体から調達した腕を、屍霊術で動かして義手代わりにしている。


 操作に慣れた今では、元々生えていた腕と変わりなく自由に動かせる。いや、切り離して操作できる分、前より便利かもしれない。まあ、人前で披露は出来ないが。


 そう、死体の一部でも、適切な処置を行えば、俺は屍霊術で動かすことができる。


 腕であれ、足であれ……あるいは、それ以外の器官でも。


 そして俺は、戸棚の裏に隠していた、とっておきの逸品……見た目は、棒状の干物を取り出した。


 その棒を片手に、股間をかみ砕かれて息も絶え絶えになっている男を跨いで、家の外に出た。


 外に出ると、放った剥製たちの殆どは、衛兵たちによって無残にばらばらにされていた。


「お、おのれえ、妖術師! そこを動くな!」


 息を荒げた衛兵たちが、出て来た俺に武器を向けてくる。その後方では、村人たちが恐怖におびえた視線を向けてくる。


「……なあ、俺はもうこの村を去ろうと思う。だから、ここらでやめにしないか? 見逃してくれたら、俺もこれ以上あんたらに危害を加えないよ」


 手打ちを申し出てみたが、激昂している相手は聞く耳を持たないようだった。


「黙れ、妖術師! この場で、その首切り落としてくれる!」

 衛兵隊長が叫び、残った衛兵たちが改めて戦闘態勢をとる。


 敵の数は3人。


 俺が手にした棒を警戒しつつ、包囲しながらじりじりと距離をつめてくる。


「……なら、仕方ない」


 俺は、手にした干物に、魔力を流し込んでいく。乾いた砂が水を吸収するように、干物は魔力を貪欲に吸収し、次第にかっての姿を取り戻していく。


 屍霊術の力によって、干物……すなわち怪物の肉片が、仮初の命を得て動き出した。


 先端に針を持ち、いくつかの節で自在に動く鞭のような物体。


 それは、マンティコアの尾だった。


 冒険者時代に、俺が討ち倒した魔獣の、体の一部を加工して屍霊術で使役したものだ。


「な、なんだそれは!」

 

 俺の手の中で、ゆらゆらとうごめく巨大な蠍の尾に、衛兵たちが立ち尽くす。


 次の瞬間、マンティコアの尾は、風を裂くような金切り声を響かせて、奔った。


 鞭のように振るわれたマンティコアの尾が、二人の衛兵たちの横っ面を次々に弾く。


 鉄の兜が歪む程の打撃に、二人は声もなく倒れ伏した。


「な……」

 残された隊長は、部下たちの惨状に愕然とし、直後、背を向けて逃げ出した。


 うん、なかなかに判断が早い……けれど、ちょっと遅かった。


 するりと伸びたマンティコアの尾が、隊長の頭に絡みつく。


 藻掻く隊長の額に、マンティコアの尾の先端の毒針が突き立った。


「が…ぐぇ……」


 しばらくがくがくと痙攣し、隊長はすぐに動かなくなった。尾が拘束を解くと、隊長の体はくにゃりとその場に崩れ落ちる。


「さあ、あんたたちはどうする?」


 俺が尾をゆらめかせながら、村人たちに問いかけると、全員恐慌状態に陥って逃げ出した。 逃げ損ねた者も幾人かいたが、そいつらは平伏し、上ずった声で命乞いしてくる。


 ……良き隣人だと思っていた人たちの、そんな有様に、俺はなんだか悲しくなった。


 俺は背を向け、黙って家に入り、戸を閉じた。



 衛兵たちを手にかけた以上、只では済まないだろう。


 追手が来る前に、出来るだけ離れないといけない。俺は、荷物をまとめて、すぐに村を出た。

 殆どの家財道具は置きっぱなしだが、仕方ない。もう、戻ることはないだろう。


 命の危険のない、おだやかなスローライフを目指していたのに……しかたない、またやくざな冒険者稼業に逆戻り、するしかないか。


 面倒だが、まずは、かつての仲間に連絡をとるか……いや、その前に領主の追手を撒く手を考えないと。


 冒険者時代に何度もやったことだが、荒事は気が重い。


 これからの先行きが不安になり、思わず頭をかきむしる。


 つけ慣れていない左手からは、すこしばかり防腐剤の匂いがした。


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