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個人的お気に入り

たまごの愛し方

「きみが好きだ」


 ぼくがそう口にするときみは、少し困ったような色を、素敵なその笑顔に浮かべた。


「しろみのことは?」

 きみがそう聞いた。

「しろみのことも……好き?」


「ああ、もちろんだよ」

 ぼくは、嘘をついた。

「たまご……。ぼくはきみのことが、ぜんぶ好きなんだ」


 きみはとても嬉しそうに、うなずいた。


 ほんとうはしろみのことは好きではなかった。

 しろみすての海へ捨ててもいいぐらいだった。


 甘くて、張りがあって、とてもいい色のきみと違って──

 しろみは味がなくて、どろんとみっともなくて、色もない。


 ぼくはきみのことだけが好きだったんだ。





 ぼくはきみのことを愛した。


 冬の町を、手を繋いで、どこへ行くともなく歩いた。

 行き先なんて、どこでもよかったんだ。ただ、きみが、傍にいれば。

 きみの太陽みたいに丸いほっぺたを──

 つまみたくてつまめない、そのほっぺたを──

 隣に見ているだけで、ぼくは幸せだった。


 そんなきみにも、不満はあった。

 きみのまわりを、いつもしろみが囲んでいる。

 だらんと、ぬらりとした、気持ちの悪いしろみが包んでいる。

 このしろみさえなければな──そう思いながらも、やはりぼくはきみが好きだったんだ。





 喧嘩をしてしまった。


 きみを泣かせてしまった。


「わたしは、たまごなの!」

 訴えるように、それでいて逃げるように、きみはぼくを見た。

「しろみも含めて、わたしはたまごなの! ぜんぶ愛してよ!」


「ごめん」と謝ったけれど、それはきみを失いたくなかったから。

 ほんとうはきみからしろみを引き剥がして、純粋なきみだけを見ていたかった。

 しろみには触れないように、見ないようにして、きみをきつく抱きしめた。





 ある日、円形のプールの中で──

 きみはぼくに自慢をした。

 きみのからだの、その神秘さを──

 いたずらな目をして自慢した。


「ね、かき混ぜてみて?」


 ぼくは夢中になってかき回した。

 きみの、とろけるような、その、しろみを……

 それはきめ細やかな泡となり──

 やがてクリームのように立ち上がった。


「……すごい」

「でしょう?」


「石鹸みたい」

「砂糖を振って、食べてみて?」


「素敵だ」

「でしょう?」


 ぼくはそこを舐めながら、うっとりした顔を作って見せる。


 得意げなきみの笑顔に、ぼくはまた嘘をついた。

 砂糖なんてなくても甘い、きみをやっぱり好きだった。

 こんなに飾らないと美味しくならないしろみのことは──


 ぼくはありのままのきみだけが好きだったんだ。





 きみは気づいてしまった──

 ぼくのほんとうの気持ちに。

 それを受け入れられなかったきみは──

 固い殻の中に閉じこもってしまった。


 出てきてほしい──

 また、あの、まぶしい笑顔を見せてほしい──

 

 固い殻は、もろい。

 叩けばすぐに罅割れてしまう。

 だからぼくは必死で抱きしめた。

 あたたかいこの腕で、やわらかく──

 きみが茹であがるほどに、長く──


 きみの殻を、割った。

 丁寧に、丁寧に、一枚ずつ、剥がした。

 白い殻を剥がすと、白いきみの素肌が現れた。

 しろみに包まれて、きみがいた。

 恥ずかしそうにぼくを見ると、懐かしそうに、笑った。


 塩を振って、マヨネーズをかけた。

 ぜんぶ美味しかった。





 純白のドレスを着たきみにキスをした。

 しろみごと、きみを抱き上げた。

 フライパンに落とすとしろみが広がって、太陽みたいになった。

 その真ん中で、きみが幸せそうに笑ってる。

 




「ねぇ、わたしから、どんなものが産まれると思う?」

「産まれないだろ。だってもう、ぼくが食べちゃった……」

「産まれるの。たまごはどんどん、次から次へと産まれてくるの。そしてそのたまごから、何かが孵るの」

「素敵だ」

「だから……誤って床に落とさないでね? わたし、割れて、無駄になっちゃうから」


 ぼくは思わず想像した。


 きみが割れて、くらげみたいに床にくっつくところを──


 ぽつんと寂しい黄色の玉がひとつ潰れるのではなく──

 豪快に広がって、壊れた殻を乗せてぶちまけられる、しろみの中にいるきみの姿を。




 これまでのこと──


 楽しい思い出も、苦しい思い出も──


 きみがかけがえないのは──


 ぜんぶ含めてだ。




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― 新着の感想 ―
脳内スクリーンで映像化しつつ拝読していたら、とってもシュールなSFとなりました。「きみ」と「しろみ」の姿がくるくるとマーブリングで変わっていくの。面白かったです。
ちょっと前のことになりますが……。 たまごを割ったらキミが二つありました。 すごく特をした気分でした。 これが全部シロミだったら……ずいぶん損をした気分になるでしょうね。 シロミには申し訳ないですが……
 きみが好き⋯⋯たまごへの愛に溢れつつも、美味しく食す。最後のたまごの割れてしまった様子は、実際に起こった時にフラッシュバックしそうです。
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